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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第十節 「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」
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~狂騒前のぷろろうぐである~

 アージと誓いを交わした日から半月が過ぎた。


 時期はもう十二月の初頭。

 本格的な冬の訪れの所為で、朝の空気は人々の肌を刺す程に冷たい。

 だからか、もう街を歩く者達の服装はいずれも厚着ばかり。

 これくらいの寒さになればきっと、フェノーダラの兵士達もTシャツだけとはいかないだろう。


 ちなみにマヴォの容体は順調だ。

 ちゃなのお陰であの二日後には目を覚まし、元気に食事を摂っていたという。

 咳き込むだけで出る痛みはまだ残っていたようだけれども。


 勇達が学校帰りの見舞いに行けばそんな姿があったから、もう安心だろう。

 しっかり者のアージも居るのだ、最初から何も心配していなかった訳だが。


 とはいえ、すぐの復帰は厳しいとのこと。

 医者によれば、マヴォの身体は壊死こそ逃れられたがまだ不安定で。

 無理にでも動かせば、くっついた部分が千切れてしまいかねないのだとか。

 アージ曰く、こればかりは命力再生でもどうにも出来ないらしい。

 無理矢理くっつけた反動は思ったより深そうだ。


 だからアージもしばらくはマヴォの看病で付きっ切りとなる。

 助けになると宣言した後だが、実際の参戦までは少し時間が掛かりそうである。


 なお、二人の失くした魔剣は既に手元へと戻っているそうな。

 事後、自衛隊が戦闘現場を捜索して見つけて来たとのこと。

 ちゃんと返された事には二人も驚きを隠せなかったらしい。


 アージが持っていたのは魔剣【アストルディ】。

 特殊な力こそ無いが、その超重量と高出力命力を誇る自慢の大斧だ。

 マヴォが持っていたのは魔剣【ヴァルヴォダ】と【イムジェヌ】。

 どちらも小斧で、流線形状が前者、刺々しい方が後者となっている。

 いずれも彼等が数年来使い続けている相棒なのだそうな。


 という訳で現在特に問題は無く、状況は落ち着いている。

 後の些末な問題はきっと時間が全てを解決してくれるだろう。

 勇達も自分達の生活があるからと、訪れる事も減ったけれども。


 今はそうして、ただ思うがままに生きるだけでいい。

 この世界では、自由に生きる事が許されているのだから。




 自由とは良いものだ。

 自分の思うがまま、気の向くままに何でも出来る。

 もちろん何もしなくてもいいし、だからと言って文句も言われない。

 ずっとという訳にもいかないが、僅かな間の事なら誰だって許されるだろう。


 でも、そんな自由を宿命によって奪われた男がここに一人。


『エウリィ:さいきん会いに来てくれません。さみしいです』

『勇:学校でテストがあったのでなかなか行けませんでした、ごめん』


 勇である。


 現在、木曜日の夕刻。

 夕食も済み、勉強に励もうとしていたその時の事である。


 エウリィも随分とスマートフォンの扱いに慣れた様だ。

 打ち込んでくる速さも既に尋常ではない。

 勇が返したものの数秒で答えを返してくるものなのだから。

 きっと指の速度なら勇の知る中でトップクラス、福留とタメを張る程だろう。


 だからか、もはや勉強どころではない。


『エウリィ:今度はいつ会えますか』

『勇:あさってに行きます』

『エウリィ:喜びのスタンプ』

『エウリィ:うれしいです。シンキさまとセリさまは?』

『勇:部活動があるので来られないみたい。田中さんはたぶん来ます』


 おまけにこうして急かされた末に、休日の自由すら奪われる事に。

 まぁ勇としては別段気にしていない訳だが。


 むしろ会いに行く口実が出来て嬉しいと言った所か。


 何せ北海道の一件では迷惑を掛けたものだから。

 その償いをする為と、おまけに妙な期待も添えて。


 あの時、通訳として立っていたエウリィも終始困り顔だった。

 それに加えて、主が対決する時の気分はまるでロミオとジュリエット。

 自身の言葉を交わしたくても交わせない状況だったもので。

 結局マヴォの一件ですぐ別れたから、彼女としても鬱憤が溜まっているに違いない。


 だからきっと次会う時は前以上の愛情を見せてくれるかもしれないと。

 そんな期待があったから、勇もいやらしいニヨニヨが止まらない。

 なんだかんだで相思相愛である。

 ちょっとばかり青春に歪められてはいるけども。


 しかしうっかりちゃなの名を挙げてしまったのはまずかった。


 考えてもみれば、ちゃなを無理矢理連れて行く必要は無い。

 彼女も今や愛希達と自由に遊んだりする事が多いもので。

 二人きりになりたいならむしろ置いていくべきだっただろう。

 でもついうっかりいつもと同じ感覚で応えてしまった様だ。


「ま、まぁいっか。 田中さんも行けるかな」


 とはいえ、エウリィはきっとちゃなにも会いたがっている事だろう。

 そういう所では割とピュアなので嫌がりはしないはず。

 途端に返信が止まった事だけを深く考えなければ多分、おそらく。


 そんな少し複雑な気持ちを巡らせながらも、勇がちゃなの部屋へと赴く。

 そのまま戸をコンコンと叩けば、早速扉の細い隙間から彼女の顔がちらりと。


 だが何故フルオープンしないのか。


 でも、余計な詮索は無粋というものだ。

 うら若き乙女とは部屋を手に入れれば言い得ない秘密を持つものなのだから。

 故に、会話は廊下to扉で行われる事となる。


「エウリィさんが明後日来て欲しいって」

「それ、勇さんが行きますって言ったんじゃないんですか」


 ただしバレバレだった訳だが。

 何一つ間違い無く盛大に。


「エウリィさんから今聞きました」


―――エウリィさぁぁぁんッ!?―――


 これが詰まる所の、返信の止まった理由という事か。

 ピュアだという事の証明ではあるが、いささか方向性が違う。

 正直なのは良い事なのだが、これでは秘密もうっかりもあった物ではない。


「う、うん。 彼女が会いに来てくれないって言うからつい……」


「もぉ……でも私も予定無いし、いいですよ」


「あはは、あ、ありがとう」


 幸いなのはちゃながこういう事に優しい所か。

 きっと予定があってもすぐに合わせてくれるから。

 前々からこうして日常で助けてくれていた訳で、勇が自然に頼るのも必然というものだ。


 といっても、以前の様に言いなりという訳にはいかないが。


「フィアンセに会いに行くのに女の子を連れていくってどうなんですか?」


「だ、だからフィアンセって。 そこまで進展は無いよ!?」


 そんな時、扉の隙間からちゃなが眼光を輝かせて睨んでくる。

 見上げる様にじぃ~っと、焦る勇の心を貫かんばかりに。


 この様に最近、ちゃなの突っかかりが妙に多くなってきた。

 藤咲家での生活にも慣れ、感情の引き出しが豊富になって来た様だ。


 いや、もしかしたらこれが本来のちゃなの姿なのかもしれない。

 まともな親に育てられれば、きっと最初からこんな感じだったのだろう。


 もっとも今回の件に限り、この反応は当然な訳で。


「も、もしかして怒ってる?」


「んー、怒ってます! ムー!」


 そうして僅かに隙間が広がれば、その先にはぷくりと頬を膨らませた顔が。

 その素顔もよく見れば可愛らしいのだけど、状況が状況なだけに勇もそれどころではない。

 女の子を怒らせるのは個人的にも不本意な事なので。


 思わず首を引かせ、戸惑いで歯を食い縛らせる勇の姿がここに。


「―――冗談ですっ! ふふっ!」


 とはいえ、そんな膨れっ面も間も無く笑顔に変わったけれども。


 勇に対してはもう随分と慣れきったものだ。

 こうして弄る事もあるくらいに。

 それだけ心を許しているのか、それとも操心術の才能でもあるのか。


 あるいは、勇の安堵する顔を見るのが好きなだけか。


「ふぅ……本当に怒ってるのかと思ったよ」


「怒りませんよぉ、だって私もエウリィさんに会いたいですから。 この間のお詫びもありますし」


「うん、そうだね。 俺もさ」


 互いに意識はしているのだろう。

 決して愛情ほどではないけれど。

 こう自然と目を合わせ、意思を向け合う事も少なくはないから。

 平時の時も、戦闘の時も。


 だからこんな冗談でも笑い合える。

 視線を交わすだけで感情を読み取り合える、二人だけの遊びの様なものだ。


 そんな顔遊びを交わす二人はまるで、恋人と言うよりも兄妹のよう。


 いや、もしかしたらちゃなはもう勇達の事を家族と認識しているのかもしれない。

 言葉や仕草はまだまだ他人行儀だけど、気持ちはもうずっと寄り添っているから。

 それはきっと藤咲家もまた同様に思っている事だろう。


 もっとも、勇にとっては他意もあるからモヤモヤこそ抜けない様だけども。


「それじゃ、土曜日お願いするよ」


「はぁい」


 しかし理性を押し通し、会話を終わらせ戸を閉める。

 少しでも彼女だけの時間を守る為に。


 すると間も無く、隙間から吹き込んだ女の子の香りが鼻腔に触れて。

 たちまちその胸を揺るがす程の堪らぬ桃色の感情が巻き起こる。

 こればかりは例え半ば家族であろうと抗えない。


 この香りに慣れるにはもう少し時間が掛かりそうだ。





 こうして準備は万端に。

 あとは明日の金曜日さえ乗り越えれば楽しみの日がやってくる。

 久しぶりの、遊びでのフェノーダラ王国訪問の日が。


 だが勇はまだ知らない。

 その金曜日こそが彼にとって最大の試練になるという事を。


 悶々とした感情を抱いたまま過ごす事が、如何に苦痛であるのかという事を。




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