~闇に消ゆるも誰そ彼て~
北の大地での激闘を経て、勇達に心強い仲間が加わった。
その名は【白の兄弟】ことアージとマヴォ。
魔者でありながら種族に囚われない人物観を抱く者達である。
彼等との邂逅は勇のみならず、その周りにも大きな影響を与える事となる。
二人の存在感はそれだけ誇り高く、それでいて優しかったから。
故にきっと、二人の力は勇達にとって何よりも心強いものとなるだろう。
しかしその一方で、仲間となりながら即座に離反した者も居る。
その者の名はドゥーラ、謎多き『あちら側』の魔剣使いである。
人の命を弄ぶ禁術を扱う事さえ厭わない恐れるべき者だ。
過去数々の人間・魔者を切り裂き、死に至らしめたという経歴さえ持つという。
ただ、そんな彼女も既に勇達の下を離れて姿をくらまして。
今となってはもう福留さえ追う事が出来ないでいた。
でも今はそれで良かったのかもしれない。
下手に関われば、余計な被害が出かねなかったからこそ。
なお、そのドゥーラはと言えば―――
今なんと、北海道最北部の空路・稚内空港に居るという。
ただその服装は当初のものとはだいぶ違う。
リボンを巻いただけの様だった服装も、今はなんと現代のフォーマルスーツで。
とはいえその体格もあって袖はほぼ肘に、スカートも太もも半ば程で途切れている。
着こなしこそ間違ってはいないが、よく見ればどこか不自然だ。
ついでに言えば髪型や化粧などはそのままで、妖しさは残ったまま。
それでも堂々と構内を歩く様は、まるで現代を歩き慣れたかのよう。
「いらっしゃいませぇ」
土産店などに入る姿に至っては、もはや観光客のそれと大差ない。
違いを強いて言うなら、その仕草がどこか気怠そうというくらいか。
そんな彼女は何を思ったのか、お土産を物色し始めていて。
ふと真白の雪ウサギキーホルダー人形を見つけては、そっと摘まみ上げ。
更には首を捻っては見上げる様にまじまじと覗き込むという。
まるでそのままぺろりと食べてしまいそうな雰囲気である。
でもさすがにそこまではしないらしい。
満足して頭身体を起こすと、キーホルダーを摘まんだままレジへ。
途中で箱菓子を一つ手に取り、きちんと会計を済ますという。
取り出した財布も現代モノで、そうして見せる仕草はまさに現代人そのものだ。
明らかに馴染んでいる。
しかも一日と足らずの間で。
一体そんな知識をどこで、いつどうやって手に入れたのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
「お客さん観光者さん? この商品も人気なんだけどね、どうかしら~」
「じゃあ、いただく、わ」
遂にはこうしてコミュニケーションまで取る。
なればもはや現代人となんら変わりはない。
精々化粧が風変わりな女性程度にしか見えないだろう。
ただその行動原理はと言えば、若干不自然ではあるが。
「お客さんお釣り!」
「いらない。 貴女に、あげる……」
そうしてお釣りも受け取らずに店を去り。
ゆらりゆらりと幽霊の様に構内へ消えていく。
唖然とする店員になど一目さえ向ける事も無いままに。
その後ドゥーラはあろう事か、なんと航空チケットまでをも購入していた。
行き先は当然の如く東京である。(そもそも本土便はそこしか無いが)
そのまま普通にフライト受付さえも済ませ、悠々と機内へ。
他の乗客もが流れていく中、何事も無く指定席へと座り込む。
ここまで来ると、最初から現代の事を知っていたとしか言いようがないだろう。
もちろんそんな訳も無く、内装に指を走らせては好奇心を向けていたが。
どうやら一人の方がずっと動き易いらしい。
勇達の傍では見せなかった仕草が今ここに。
するとそんな時、隣の席前に一人の男が立ち留まる。
これまたフォーマルなスーツを着込んだ青年だ。
―――うォ、身体でっけ。 外人か? にしてもなんかエロいな、へへ―――
こちらは何の変哲も無い普通の市民で、ついでに言うと少し好色気味か。
自席の隣に座るドゥーラを前に、どこか期待の笑みを浮かばせていて。
それと同時に、その身長を前にした動揺も隠せない。
やはり常人には二メートル近いドゥーラが異様に見えるらしい。
とはいえ、その細身のお陰で窮屈という事は無さそう。
座り込んだ青年もほっと一安心だ。
「……ご旅行っすか?」
そんな間際、ふと青年がドゥーラへ声を掛ける。
なんだか、そうしないといけない気がして。
確かに少し軽めの男だから、という事もあったのだろう。
しかしそれ以上にどうにも気になって仕方が無かったから。
なにせ隣に座って初めてその妖艶さがわかる。
それだけ心地良い甘香りが漂ってきたのだ。
市販のフレグランスとは少し違う。
香りを感じさせながらも息苦しさが全く無くて。
それも透き通る様な薔薇香と僅かな酸味を交えた、鼻腔を通り抜ける良質な香りだ。
思わず吸い込み楽しんでしまいたくなる程の。
「えぇ、とても素敵な、場所でした」
しかしドゥーラはそんなあからさまな男を前にしても嫌な顔一つせず。
それどころか、とろんと瞼を下げた横目を向け、妖しい微笑みでそっと返すという。
勇達を前にした時には見せなかった顔がここにも。
「いやぁ羨ましいです。 僕は出張でここまで来させられてね、おまけにあの大雪ですよ。 一時はどーなる事かと。 これならスノボとか持って来ればよかったなぁって」
「アラ、それは大変、ねぇ。 でも雪も、いい。 真っ白で、フワ、フワ」
青年もこうして返してくれるドゥーラに気を良くしたらしい。
その話し方に少し違和感こそ感じれど。
でもちゃんと会話が成り立つから自然と口が弾むもので。
「あぁ、わかりますよその気持ち。 ここの雪ってすごく綺麗でなんすよ。 ほら、結晶とかって見た事が有ります?」
「結、晶?」
「雪質が良いと、雪の結晶って目で見えるくらいにしっかり出来るんすよぉ。 幾何学模様みたいで凄い綺麗なんすわ」
「へぇ……それは、知らなかった」
そうして遂にはスマートフォンまで取り出し、雪の結晶まで見せて。
ドゥーラは妖しさこそ変わらないものの、そんな青年の好意に身を寄せ笑う。
こうして見ると、何の変哲も無い普通の人間としか思えない。
先日の勇達と対峙した時とはまるで別人である。
そんな会話が弾む中、遂に旅客機が動き出す。
どうやら離陸準備が済んだらしい。
とはいえ二人は未だ顔を画面を合わせて談笑中だが。
しかしそんな楽しい時間も、乗務員の指示を受けて終わりを迎え。
旅客機がとうとう空へと向けて走り始めていく。
乗組員全員に凄まじい圧を与えながら。
するとその時突然、青年の身体に不自然な衝撃が。
ドゥーラの上半身が覆い被さっていたのだ。
まるで衝撃に耐えられず転がる様にして。
あろう事か彼女の腰にはベルトが備わっていない。
取付指示を聞きそびれたのだろうか。
にしては余りにも不自然な倒れ込み方だったが。
でも青年にはそんな不自然さなどどうでも良かった。
こうして倒れ込んで身体が振れた、ただそれだけで。
その姿はまるで抱き合う男女だ。
胸元に吐息が当たる様な形で頭を添え、胸は股間へと押し当てて。
肘を曲げて当てた手は膝に乗せられ、まるで股を開かせるようにしていて。
明らかに誘っている。
そうとしか思えなかったのだ。
たちまち青年の鼓動が高まる。
心拍数が上がっていく。
期待と高揚に心を握られたまま。
そしてドゥーラが振り向き見上げた時、青年は目の当たりにするだろう。
まるで何かを求めるかの如く口を窄め開かせた、その妖艶なる素顔を。
もう我慢の限界だった。
ドゥーラが放つ香りがそれだけ理性を奪っていたから。
更にその仕草一つ一つが心を擽っていたから。
だから気付いた時にはもう―――自ら唇を求めていた。
航空機が大空へと舞い上がる中、二人の男女が欲を唇で貪りあう。
誰もが空へと想いを馳せるその中で。
ただ静かに、ただ濃厚に。
でも二人の関係はそこまでだった。
事後、青年はドゥーラをそっと座席へ返してはベルトを締めて。
まるで寝かしつけるかの様に、彼女の瞼をそっと指で降ろす。
たった数分の行為でも疲れ切ってしまったのだろうか。
だからか、青年ももう何も語らない。
余韻とも言える虚ろ目を虚空へ向けたまま、ただじっと座り続ける。
航空機が目的地へと到達したその時まで。
『本日はJNAをご利用頂き、誠にありがとうございました。 またのご利用をお待ちしております』
そんなアナウンスが流れ、人が動く。
ようやく降機指示が降りたのだ。
ならばと、乗り合わせた乗客がこぞって連絡通路へと歩き始めていて。
皆きっと早く家路に、あるいは宿泊先へと向かいたいのだろう。
その中には当然、青年も。
ドゥーラに一言も掛ける事無く、そそくさと退出していく姿がそこに。
一方のドゥーラは降りるどころか俯いたまま微動だにしていなかったが。
そうして次第に人の流れが収まりを見せ。
代わりに乗務員の動きが活発となっていく。
この様に忘れ物や異常を探して回るのも彼等の役目の一つだ。
するとそんな中、一人の女性乗務員が何かに気付く。
ドゥーラに、である。
まだ彼女は椅子に座り続けたままで。
ぐったりと壁にもたれる姿は、まるで眠り続けているかのよう。
乗務員もきっとそう思ったのだろう。
もう他の客の姿も無いから、素の呆れが顔に思わず浮かぶ。
「お客様、もう到着なされましたよ?」
しかし客である限り、誠意ある対応をしなければならない。
すぐに明るい表情へと戻し、微笑みのままにドゥーラの肩をトントンと叩く。
ただ、それでも動く事は無かったが。
きっと「随分と眠りの深い人ね」とでも思った事だろう。
「お客様、お客様?」
だからか、今度は肩を掴んでゆさゆさと。
ドゥーラの身体を揺らし、懸命に落ちた意識を取り戻させようする。
だがその行為は、ドゥーラに更なるモノを落とさせるだけにしか過ぎなかった。
ゴトリ……
そう、何かが落ちた。
大きな何かが床へと。
でも乗務員はただただ身を固まらせる他無い。
落ちた物を前にして。
常軌を逸した光景を前にして、何もかも理解出来なくて。
何故なら、落ちたのは―――ドゥーラの頭、だったのだから。
その頭は、まるでミイラの様だった。
いや頭だけではない、身体もだ。
全身が干からび、枯れ果て、崩れていく。
皮が割れ、肉がしおれ、骨が変形して。
遂には乗務員へ向けて倒れ行き、体片を「バシャリ」と隣の座席へとぶち撒ける事に。
粉々だった。
衣服だけを残し、跡形も残らないくらいに。
精々、頭だけが頭蓋を遺したくらいか。
それも間も無くパサパサと表皮を崩していて。
もうそこには眼球すら残されてはいない。
「きゃあああああ!!!!」
その惨状を前にしてとうとう乗務員が叫びを上げる。
それだけの異様さが彼女の前で起きていたが故に。
多くの警備員が空港構内を走る。
機内で起きた惨状を聞きつけて。
あの青年さえも素通りしたままに。
先程ドゥーラと絡んだ青年は平然と歩いていた。
物々しい雰囲気に全く気をやる事も無く、ただただ堂々と。
そして電車やバスなども利用せず、徒歩で空港外へと歩き去る姿がそこに。
そんな青年の手に摘まんでいた航空半券が宙を舞う。
過ぎ去るバスの横風に煽られヒラヒラと。
そうして道路へと落ちれば、間も無く焼けたタイヤとアスファルトに挟まれ屑と化そう。
でもその様な小物に気を向ける者などこの場に居はしない。
轢いた車の主も、傍を通る民衆さえも。
誰しもがみな自分だけの事を考え、視界にさえ映さないだろうから。
「……男の体は、久方振り。 暫く、慣れそうに、ない、な」
こう呟く青年の姿さえも同様に。
好奇の目を向けない事に慣れ過ぎた今の世の中だからこそか。
歩く青年は、端的に見れば自然だったけれども。
頑なと動くその姿は―――
連続的に観ればまるでロボットの様に、歪と不自然だった。
なおこの一件は福留の耳に入るだけに留まった。
ミイラ化した存在がドゥーラであった事の証明が取れなかったからである。
遺体が持ち合わせていた身分証明書は偽造品。
彼女の顔写真だけが貼り替えられた別人の物で。
その素となった人物も、現在は行方不明だという。
故にその足跡からはもうドゥーラの痕跡を辿る事は出来なかった。




