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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第九節 「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」
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~力を奮うという事への決意 憶~

 三時間である。

 ちゃなが命力を送り始めてから、なんと三時間もが経過した。


 その間もちゃなはずっと集中し続けていて。

 しかも膨大な命力を絶やさず送り続けていたという。


 でもそのお陰か、マヴォの状態は安定し始めている。

 荒かった呼吸は寝息の様に穏やかで、震えていた体も今は呼吸に合わせて動くくらい。

 血黒に染まっていた腹も、完治とは言わないがピンク色程度に収まっている様だ。


 それでも長時間の奮闘でベッドの布地は汗でぐっしょりで、床にも滴るほど。

 こうなると後は水分や栄養補給の方が大事だと思えてきそう。

 

 とはいえ、二人の作業はまだ終わった訳じゃない。

 少なくともアージが終わりだと思うまでは。


「どうでしたか勇君、マヴォさんの様子は」


「多分もう平気じゃないかなと思います。 少なくともアージさんの表情からはそう感じました」


「おお、そうですか……ああ良かった。 大事に至らなくて本当に良かった」


 勇がそんな様子を確認し、二つ隣の部屋へと戻る。

 その結果を報告すれば、皆がこうしてホッと胸を撫で下ろさずにはいられない。

 福留も、医者も、ついでに勇の父親も。


 やはり皆も緊張を隠せなかった様だ。

 全ての事情を知らない勇の父親でさえ、今ではもうぐったりとしていて。


「こんなに長いこと緊張したのは勇が産まれた時以来だよ。 いやなぁ、なかなか出てこないっていうんでホントハラハラしたものさぁ」


「その例、ここで要る!?」


 ようやく訪れた緊張の解れが遂にはこんな話までをも呼ぶ事に。

 たちまち小さな笑いが部屋中に零れ、皆の心に穏やかさをも呼び込む。

 やり玉にされた勇としては恥ずかしくて堪ったものでは無かったが。


「……まぁでも再発とかわからないから、俺にはそう見えた、としか言えないですけどね」


「そうですね。 後はアージさんに詳しく聞く他ありません。 全てが終わるまで待ちましょうか」


「―――なぁに、もう待つ必要は無いさ」


 するとそんな時、低い声がそれとなく会話を遮る。

 それに気付き勇達が振り向いてみれば。


 入り口にはなんとアージの姿が。


「あれアージさん、もう大丈夫なんですか?」


「うむ。 あそこまで落ち着けばもう平気だろう。 マヴォももう眠りに付いたしな」


 とはいえ、こう訊かずともそれだけでもう答えは出ている様なものだ。

 だから勇達もこれで真の意味で安堵するだろう。


 剣聖が言っていた死の結末。

 その確定事項とも言える結論を見事回避する事が出来たのだから。


「田中さんは?」


「彼女も相当疲れたのだろう、マヴォにもたれて一緒に寝ているよ」


「とするとアージさんもお疲れなのでは? ささ、お座りになってください」


「いや、気にしないでくれ。 実はだな、途中から彼女の命力に押されて俺自身にも命力が伝わり続けていたのだ。 はは……」


 それは単にちゃなの膨大な命力のお陰らしい。

 アージ曰く、想像を絶する命力量があったからこそマヴォが回復に力を注げたのだと。

 でなければ間違い無くマヴォは死んでいたという事だ。

 それもかなり早い段階で。


 勇達が急いで帰らなければ手遅れだった。

 そういう意味では、急いだ甲斐があったというもの。

 その結果得られた成果を前に、勇も福留も思わず「やった!」と気合拳を握らせる姿が。


「じゃあ後で田中さんにもその事を伝えないとね。 きっと喜ぶよ」


「ああ、是非言ってあげてくれ。 俺からも感謝を、と」


「うん。 さて、さすがに腹が減ったなぁ。 俺何か調達してきますよ。 少し待っててください」


「おお、助かる。 実は俺も腹が空いて堪らなかったのだ」


 そうなれば動かずには居られない。

 〝思い立ったが吉日〟を成果に繋げられたのだ、嬉しさで調子に乗りもするだろう。

 すると親の制止も聴かず、あっという間に部屋から飛び出していて。


「では私もこれで失礼する事に致しましょう。 何かあれば引き続きこのお医者様に。 点滴などはアージさんに協力願わないと出来ない事もありますので。 それと、お好きな部屋を使ってください。 寝泊りに不自由無いようご協力致しますので」


 勇に続き、福留もそそくさと場を後とする。

 といっても颯爽と連絡を行っている辺り、仕事終わりという訳ではなさそうだけれども。

 

 医者達も大事が無ければと、階下に待機している事を伝えて去り。

 そうして気付けば、その部屋にはアージと勇の父親だけが取り残される事に。


 だとすれば、あの出しゃばりな勇の父親が黙っている訳も無い。


「えっとぉ、アージさん? 勇とちゃなさんがお世話になっております」


 ようやく巡って来た機会にと、そっと頭を下げてアージへと声を掛ける。


 ただ、当然二人には面識が無い訳で。

 急にこう話しかけられると、人に免疫の無いアージとしては首を傾げるばかりだ。


「其方は?」


「あ、勇の父親で藤咲徹と言います」


「ぬぅ!? 其方―――貴殿が彼の……そうか。 息子殿は戦士でありながら実に素晴らしき優者だと思う。 きっと貴殿の育て方がしっかりしていたのだろう」


 ただその正体を知れば話は別で。

 たちまち敬意を払い、胸に拳を充てた敬礼をして見せる。

 どうやらアージにとって勇とはそれほど特別な存在になっているらしい。


 もっとも、勇の父親としてはそこまでされると逆に戸惑いを隠せないが。


「いやいや、私はそこまで立派なものじゃないですよ。 勇は殆ど人の話なんて聞かずに自分でやりたい事を見つけて。 今も自分の意思でここに居るので、私が教えた事なんて何もありません」


「はは、子供とはそんなものだろう。 しかし間違い無く影響はあるはずだ。 その謙虚な所などは特にな。 その地盤を創り上げた事は誇ってよいと思う」


「そう言って頂けると嬉しい限りです。 でも気付けば、いつの間にか色んな人に出会って、あんな大きな背中を持つ様になって。 アージさんの様なお友達もすぐに作れるようになった。 親としても驚くばかりですよ。 ええ、自慢の息子です」


「フッ、自慢の息子か……やはりそう言え合える家族とは良いものだ」


 しかしこうして話し込んでしまえばもう互いに遠慮なんて無い。

 きっとアージとしては勇と話している時と同じ気持ちだろう。

 その父親もそれぐらいそっくりな雰囲気を持っていたから。


 証明など必要無いと思える程に。


 そんな父親がそっとアージを誘い、共に部屋の外へ。

 すぐ近くの自販機へと歩み寄ると、早速お金を投入してボタンをポチリ。

 その間も無く「ガチャン」と音を立てて現れたのはペットボトルのスポーツドリンクで。


 これはグゥも好んで飲んでいたそうな。

 勇からそう聞いていて、折角だからとアージに御馳走しようと思った様だ。

 もちろん、自分の分も一緒に。


「これは飲み物です。 こうしてキャップを開けると飲める様になっています」


「ほぅ、保存飲料か。 随分と発達して―――つっ、冷たいな!」


 そんな些細なやりとりも経て、二人でごくりと一杯。

 その姿はまるで仕事終わりのサラリーマンのよう。

 腰に手を充てる事もちゃんと忘れない。


「おお……体に染みわたる様だ。 実に美味い!」


「でしょう? これ、以前ここに住んでいた魔者の方も愛飲していたらしいです」


「そうか。 聞けば確かグゥという名の者だったか。 やはりここに魔者が居た事があったのは本当なのだな」


「ええ。 まぁ私は直接お逢いした事無いんですけどね。 というか魔者に会うのが初めてで……実は今とても緊張してます、はは」


「案ずるな、俺もだ」


 どうやらその一杯がそんな緊張を僅かに溶かしてくれたらしい。

 気付けば互いに小さく笑い合っていて。

 明かりの乏しい暗い廊下にて、意気投合を果たす姿がそこに。


 そうして不安も削がれれば、後は欲が剥き出しとなる。

 アージの握るペットボトルは間も無く空となり、ゴミ箱へと投下される事に。

 勇の父親の好意で別の飲み物が手渡され、早速手馴れた様に口の中へ。


 それが炭酸飲料という事もあって、途端に驚きを見せたのはご愛敬である。


 ただ、一度わかれば慣れたもので。

 次にはもう「これも美味いな」と喉へ流し込んでいく。

 人によって好みが違うのは魔者と言えど一緒か。


 にしても余程乾いていたのだろう。

 二本目もあっという間に空となり、その飲みっぷりには勇の父親も関心を隠せない。

 もしお酒を酌み交わす事となれば、きっと良い飲み仲間となれるに違いない。


「アージさんって御歳は幾つくらいなんです?」


「深くは数えていないが、マヴォが二四歳だからおおよそ二八歳と言った所か。 まだまだ若輩者よ。 とはいえ、そこらの魔剣使いには決して負けんがな」


「おや、結構お若いんですなぁ……」


 しかし見た目ほど歳を取っているという訳ではなさそう。

 勇の父親としてはてっきり同年代(30~40)くらいかと思っていたのだが。


 だとすればマヴォの軽さも説明が付く。

 『こちら側』と暦が同じなのなら、まさに盛んなお年頃なので。

 ならちょっと、ちゃなと二人きりにさせるのは怖いかもしれない。


 もっとも、アージが居れば間違いは起きなさそうだけれども。

 同じ若輩者とはいえ、弟と違って随分としっかりしているから安心だ。


「とすると御家族は?」


「家族か……肉親という意味ならばマヴォだけだ。 共に伴侶も居ない。 ずっと独り身さ。 それに同族はもう居ないのでね」


「あぁ、デリケートな話でしたか。 すみません……」


「いや、気にしないで欲しい。 もうとっくに馴れた話だ。 むしろ俺達としては語りたいくらいなのだから」


 そしてそんな歳に至るまで旅を続けていた二人なのだ。

 なら家族を持とうという意思も無いのだろう。

 いや、どちらかと言えば―――家族は持てない、と言った方が正しいか。


 心に決めた目的を果たすまでは。


「俺の一族は魔剣使いに滅ぼされたのだ。 しかも魔者のな。 だから俺達は人間を怨むのではなく、魔剣を怨んでいる。 それを嬉々として行使する魔剣使いも。 ならば諸悪の根源である魔剣を全て破壊し、争いを失くしたい。 同族の様な悲劇を失くす為にも。 それが俺達の旅の目的だ」


 その決意は固い。

 だから家族を持つ事さえも諦め、目的の為に戦い続けている。

 いずれ己の持つ魔剣さえも打ち砕く日が来る事を祈って。


 その時がきっと、彼等に平穏が訪れる時なのかもしれない。




 二人の会話から零れ出た過去の逸話は、軽言であれこそ実に重く。

 しかしその過去があり、目的があったからこそ勇と出会えて。


 お陰で今なら、その果てしない目的の終着点が見えるかのよう。


 アージはそんな可能性を感じずには居られなかった。

 勇達との出会いはそれ程までの奇跡としか思えなかったのだから。




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