~善意と悪意と定められぬモノ 帰~
夜が明けた。
心躍る一日の始まりだ。
出立の準備も終え、勇とアージが迎えのヘリコプターに乗り込む。
ちゃなとマヴォの待つ東京へと早く帰る為に。
僅かな期待と高揚感を抱いて。
しかし、にも拘らず機内では妙な緊張に包まれていた。
前屈のアージと、足を揃えた勇。
どちらも言い得ぬ困惑に苛まれ、顔を強張らせていて。
終始笑顔の福留を前にどうにも緊張を隠せないでいる。
それというのも―――
「これから飛行機という乗り物に乗り換え、高速で東京という街へ向かいます。 そこからまたこのヘリコプターに乗り換え、マヴォさんを収容した施設へ直接向かう事となるでしょう。 ですが都合上、乗り換え時にどうしても人目に付いてしまいます。 今はまだそれは良くありません。 魔者に慣れていない人々が多いですから。 なので、アージさんにはこれを着て移動して頂きます」
福留の横に添えられたモノが、余りにも異質だったからこそ。
着ぐるみ、だった。
それも白熊をモチーフとしたゆるキャラの。
いや、これは決して着ぐるみなどではない。
彼こそ北海道が誇るご当地公式ゆるキャラ、【ほわっくま君】である。
雪だるまとツキノワグマを掛け合わせて生まれた妖精という(闇深い)存在で。
白くモコモコな体毛に赤いマフラーと、その可愛らしい容姿は子供達にも大人気だ。
去年のゆるキャラグランプリという(札束と血みどろの)戦場でも善戦を喫したという。
誕生して以来から今でも盛り上げてくれる、北の大地の守護神と言えるだろう。
ちなみに道庁で働いてる【ほわっくま君】は現在四代目。
勇達の目の前に居るのは三代目だ。
大人の都合で心の故郷に還ろうとしていた所を福留に引き取られたらしい。
もちろん中の人など居ない。
色んな意味で。
「これを、着るのか……」
「えぇ。 マヴォさんの時の様に死体の如く運べるなら良いのですが、さすがにそれは失礼でしょうから」
「ぬぅ、確かに。 それと比べたらこちらの方がまだマシか……だが解せぬ」
そんなくたびれたキャラを前にして、アージは僅かながら不満そう。
ゆるキャラに何の意味が籠められているかなどわかる訳もないからこそ。
故に、珍妙な様相のモノへ「フーム」と溜息を吹かずには居られない。
しかしまさか熊のゆるキャラの中に本物の熊が入っているなど、誰も思いはしないだろう。
モチーフを逆手に取った見事な作戦だ。
福留がそこまで考えているかどうかは別として。
という訳で、降り立った新千歳空港では大きな盛り上がりを見せたものだ。
突如降り立ったヘリコプターからあの【ほわっくま君】が現れたのだから。
なぜ黒服の男達に囲まれ、小型飛行機に乗って去ったのかは謎として残ったが。
なお、東京の成田空港でも同じ様な光景が見られたという。
熱が冷めた今でも、ゆるキャラの人気は未だ衰えずといった所か。
「お疲れさまでした。 もう脱いでも平気ですよ」
「ぶはぁッ!! 暑くて堪らん!!」
そんな経緯を挟んで今は本部へ向かうヘリコプターの中。
もう隠れる必要も無いからと、ようやく扮装から解放される事に。
北海道と比べて気候が安定しているから、毛深いアージには少し酷だった様だ。
とはいえ、ヘリコプター自体も狭くて適わない訳だが。
「フェノーダラには夕方にでも向かう事にしましょう。 今回の一件は少し見過ごせませんしねぇ、早めにお話しに行かねばなりません」
「そうですね、俺も疑問がありますから。 ドゥーラさんを何で寄越したのかって」
その着替えの横で、勇と福留が声を唸らせ合う。
やはり引っ掛かる所はあるらしい。
ドゥーラが危険人物である事をフェノーダラ王達が知らない訳は無いのだと。
実際、先日訪れた時には家臣達が相応の態度を見せていたから。
おまけにあの剣聖までが引き籠る程に避けていて。
だから訊きに行かなければならない。
何故勇達を危険に晒そうとしていたのか、と。
「奴は確かに無差別殺害を行うが、比率はやはり魔者の方が多い。 故に我等の世界には奴の在り方を信奉する人間も居る。 魔者にも一定数。 強き者が讃えられる世界だからな、良かれと思ってやったとしても不思議な事ではない」
するとその最中、アージが厚手の被り着を脱ぎ捨てながら間に入る。
その語りは敢えての『あちら側』視点寄り。
彼等からすれば、勇の疑問への答えも〝ただの善意〟で済まされてしまうのだと。
やはり事情に詳しいだけあって、それだけで納得させる程の説得力を秘めている。
もちろん、それが現代に通用しない事も承知の上で。
「えぇ。 人とは千差万別、その点は我々も変わりません。 ですがこの世界では盲目的である事が正義とはなりません。 力の押し付けよりも汎的道理、倫理を重んじておりますので」
「うむ、それが我等の世界との決定的な違いなのだろうな。 秩序の有無に関わる根幹的な違いだろう。 その理屈が通るのは実に羨ましい限りだ」
「そう達観しているアージさんも充分素晴らしいと思います。 今までに出会った『あちら側』の人物の中で最も理知的と言えるでしょう」
しかしこうして語れるのは、物事を多角的に観られる人物だからという事だ。
つまり、出会ったばかりでこう考えられるアージは相当に頭が切れる。
だからこそ福留もこうして褒めずには居られなかった。
魔者にこの様な人物が居るなど思っても見なかったから。
それも、『あちら側』の人間から見つかるよりも先に。
現代において、人とは客観的に物事を見られる者ほど信用されると言われる。
至るならば自身さえも分析の範疇とし、差別無く考える事が出来るからだ。
例えその目的が利己的であろうと関係は無い。
独善か、協調か。
人が手を取り合って作る世界に必要なのがどちらかなど、訊くまでもないだろう。
もちろん例外はある。
独善的思想に信奉して付いていく者も居るから。
ドゥーラの在り方を信奉する者達が居るのと同様に。
だが世界は後者を取ったから発展した。
人と手を取り合う事を決めたから、争いが減ったのだ。
独善で紛争を望んだ者達を淘汰した事によって。
それは紛れも無い事実である。
そして、争い極まる『あちら側』にも後者たるアージが居た。
ならば可能性はあるのだろう。
『あちら側』の者にも現代人と同じく発展に寄与出来るという大きな可能性が。
だから福留は嬉しかったのだ。
平和へと繋がる一つの可能性を見出せた気がしてならなくて。
アージは期待を乗せるに値する人物なのだと。
「もう間も無く本部に着きます。 マヴォさんにはもうすぐ会えますから、あと少し辛抱してくださいねぇ」
そのお陰で、こうして伝える言葉が僅かに踊る。
それだけわかり易い程に心を昂らせていたから。
なら、それを見ていた勇もアージも共感さえしよう。
目下に見える街並みに期待も懸けて。
今はただ静かに、降り立つその時を待ち焦がれながら。




