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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第九節 「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」
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~そして戦士達は理解する 虚~

 勇とアージが雪上を駆け抜ける。

 道なき道を迷う事無く一直線に、積もる雪を一心不乱に掻き分けて。


 アージにはマヴォの居場所がわかるのだろう。

 命力レーダーとは違う、絆の様な何かが。

 だから勇もそれを信じて続く。

 もはやアージを信頼するべき人物として認識しているからこそ。


 でも当然、疑問もある。

 何故ドゥーラが脅威なのか、それがどうしてもわからない。


 ここまでの道中、ドゥーラにそれらしい素振りは無かった。

 会話はあまり無かったが、変な敵意を見せた訳でも無く。

 それどころか治癒術まで教えてくれたという。


 それにあの時の一言が忘れられなくて。




―――特に私は、人や魔者の体を、治す事が、好き―――




 確かに勇は以前、『あちら側』の魔剣使いに一度騙された事はある。

 でもその背景にはしっかりとした明確な理由があった。

 顕示欲という個人的な理由が。

 

 しかしドゥーラからはそういった欲が感じられない。

 強いて言うなら自語りに対する欲だろうが、それが一概に利己的とは言えない。

 なら人を治す趣味を持っていてもなんら不思議ではないだろう。


 他者に何かを供与出来る者は心に余裕がある証拠である。


 これは人の世における真理だ。

 ギブアンドテイク(供与と享受)ギブ(供与)は信頼の始まりともされる。

 理屈こそ知らない者も多いが、意思の根底にこの理念を抱く者は多いだろう。

 俗に言う〝相互扶助(たすけあい)の精神〟として。


 少なくとも勇にはそれに値すると感じていた。

 だからこそアージもドゥーラも信じたい気持ちがあって。

 

 そんな信頼の気持ちがふと懐疑と好奇心を呼ぶ。

 自分の向ける信頼が本当に正しいのか、と。


「アージさん、ドゥーラさんって一体何が問題なんですかっ!?」


「全てが問題だッ!! 奴を単的に言えば悪魔憑き(サイコパス)。 魔者も人も見境無く、気に入らぬ者を容赦無く刻み殺すと言われているッ!!」


「そんなっ!? でも俺が会った時にはそんな素振りは全く……」


「最初はそうらしい! だが一度戦場へ赴けば奴は帰ってこない! 敵と認識した者を飽き足るまで刻み、そのまま戻る事も無く去るからだ! 実際にその場面に出くわして逃げ延びた奴からも話を聞いた事がある!」


 ただ返ってくるのは当然、悪い話ばかりだ。

 恐らくは、相応に悪い噂が広まっているのだろう。


 では何故フェノーダラ王はそんな人物を寄越したのか。

 危険だと言うならむしろ止めそうなものなのだが。


 そう考えれば考える程、疑惑は深まる一方で。

 その深みに嵌った勇が遂には黙り込む事に。

 もう訊けない程に、頭が疑念で一杯なのだろう。


「奴にとっては魔者も人間も玩具に過ぎん。 己の欲望を満たす為だけのな」


 なら今はもう黙って付いていくだけだ。

 こんな言葉よりも噂よりも、実際にまた会えば答えが出るかもしれないから。

 故に勇は走る。


 〝知識を学ぶ事〟が、アージの言う欲望ではない事を祈って。






 だが、事実は時として非情を執る。

 世界が人情の為に在る訳では無いと示唆させるかの様に。






「あぁ、あぁっ! いィ!! 素敵、ねぇっ……!」


 雪に覆われたとある場所で、女の嬌声が断続的に響く。

 白い吐息を漏らし、真っ白だった頬肌に血色を帯びさせて。

 光悦に浸り、ただひたすらに肩を腰を振り続けながら。


 ドゥーラである。


 その様相は先程の暗い雰囲気とはまるで違う。

 艶笑まで浮かべ、跨った()()へ腰を擦り付けていて。

 昂るままに口から体から、己の体液さえも滴らせているという。


 その彼女の跨っているモノこそ―――マヴォだった。


「カ……ハ……」


 生きてはいる。

 生きて意識はあるが、身体がどうしても動かない。

 首上以外の全感覚が失われていた事によって。

 声を出す事さえ叶わない様だ。


 その原因も、こう至った経緯も何も理解出来ていない。

 突如として感覚を失い、倒れ、そのままドゥーラが跨って来たから。

 それで()()()()をされてしまえば、恐れさえしよう。


 その両腕を体の中へと埋められてしまえば、恐れない訳が無い。


 そう、ドゥーラの腕は決して、抱き込んでいた訳でも掴んでいた訳でも無い。

 本の表紙を開く様にして捌いた腹の中に埋めていたのである。

 その腕を赤黒く染め上げて。


 でも傷口は「コ」の形にぱっくりと開かれているにも拘らず血は滴っていない。

 恐らく治療術の応用で切り込んだ血管を塞いでいるのだろう。

 つまりその腕を染めているのは、臓器が纏う体液そのもの。


 故に腹からは未だ脈打つ臓器の姿が露わとなっていて。


「ほぅら、見てぇ、これが、貴方の腸よぉ。 素敵なピンク色ねぇ~! ウフ、ウッフフッ!」


 遂にはその体内を「グチュリグチュリ」と音を立てて掻き回す。

 臓器に傷を付けないよう丁寧に、それでいて感覚が伝わる様に動的に。

 まるで、うどんの上で見栄えある卵とじを作り上げるかの如く。


 それを遂にはそれを引き上げ、本人に見せつけるという。


 自身の内臓を見せつけられて気持ちよくなる者など居る訳がない。

 それどころか痛みさえ無いままそうされて、むしろ恐怖心を煽ってくるかのよう。

 目も閉じる事さえ叶わず、凝視させられればなおの事だ。

 気絶するさえも許されないのだろう。


 ならあまりの恐怖に、涙さえ浮かべずにはいられない。


「心臓が、ビクン、ビクン。 鼓動の、音。 命力の、声。 あぁ、キモチイィ……」


 そんな手でまさぐる感覚だけは何故か伝わってくる。

 指がぐねぐねとうねりながら腹の中を突き進んでくる感覚が。


 その感覚が遂に、左胸へと到達していて。

 心臓のある場所である。


 魔者の体内構造は基本的に人間と同じ。

 臓器の造りこそ僅かに異なるが、配置は似た様なものだ。

 そう進化した理由はわからなくとも、事実は変わらない。


 つまり心臓が最重要臓器であるという事実も当然、変わらない。


 ではその心臓を意識あるまま敵に、直に掴まれればどう思うだろうか?

 想像さえ及ばないだろう。

 そんな事態を前にしたならば気が動転してしまうのもおかしい事ではない。


 故にマヴォの瞳は震え、焦点が合っていなかった。

 それ程までの恐怖が、絶望が心を覆っていたのだから。


「さぁ、吸って、吐いて、止めてぇ……。 その動きを、私にも、感じさせてぇ!」


「ア……オォ……!!」


「貴方も、楽しんで? ほら、自身がどうなって、いくか、こんな事がわかるのは、今だけだからぁ! あぁっ! はぁっ! さぁ一緒に、愉しみましょう!?」


 まるで心臓の鼓動をも操られているかの様だ。

 マヴォの心拍数が上がる。

 ドゥーラの興奮と共に。

 共に絶頂へと誘うかの如く。




 そう至りそうになったその時―――




 突如、景色の果てから回転物が。

 空を裂く轟音を掻き立て、真っ直ぐ飛んで来るではないか。


「ッ!?」


 それに気付き、ドゥーラが咄嗟に飛び退く。

 両腕を素早く引き抜き、纏った赤黒い体液を白銀のキャンパス上へと跳ね上げて。

 身体に纏う細布をリボンの如くひらひらと舞わせながら。


 そうしてふわりと舞って雪の中へと音無く着地を果たす。

 魅せた姿は優雅そのものだ。

 今までの行為さえ無ければどれほど様になっていたか。


 しかして飛来した物体を目の当たりとした時、無表情の顔に陰りが生まれる。

 

 この時地面に突き刺さっていたのは魔剣【大地の楔】。

 唯一無二の意匠を誇る魔剣を前にすれば、何が起きたか想像するに容易いだろう。


「おや、あの子、もう死ん、じゃった? ……ん?」


 魔剣を手放すという事はすなわち、所持者の死を意味するからこそ。

 その常識を抱いているであろうドゥーラなら、こう連想するのは当然だ。


 だが真実を目の当たりにした途端、澄ました顔が動揺を抱く事となる。


 ふと傾斜の上へと視線を向ければ勇の姿が。

 それも敵であったはずのアージと共に立っているという。

 これに驚かないはずが無いだろう。


「これは、どういう事、かしら……?」


 この時ドゥーラが見せたのは明らかな敵意。

 アージのみならず勇にまで睨みを利かせ、精一杯の低い声を唸らせる。


 一方の勇達はもはや必死だ。

 颯爽と傾斜を滑り降り、マヴォの下へと駆け寄っていて。


「マヴォ、しっかりしろ!マヴォ!!」


「オ、オォ……!!」


 マヴォの惨状を前にして、アージも動揺を隠せない。

 大事な弟が()()にされてしまえば当然の反応か。

 生きている事がまだ救いと言えよう。


 その傍らで勇が魔剣を拾い、すぐさま切っ先をドゥーラへと向ける。

 アージの言った事が本当なのだと、この惨状から充分に理解出来たからこそ。


 だからこそ疑わずにはいられない。

 ドゥーラの真意を、その目的を。

 未だその心に、彼女を信じたいという気持ちがあったから。

 

「ドゥーラさん!! 何故こんな事をするんですか!?」


「何故……? その問いは、貴方に答えた、ハズ」


「えっ!?」


 しかしその信頼は間も無く打ち砕かれる事となる。

 ドゥーラの光悦なる不敵な笑みによって。




「全ては、好奇心の為、生き物?の全てを識る、為よ……フフ、ウフフフ!」


 


 そう、笑っていたのだ。

 赤黒く染まった両腕を掲げながら。

 先程の行為の余韻を未だ愉しんでいるかの様に。


 勇やアージが驚愕していようが構う事無く。


「肉を探るのは、とても愉しい。 全てが違って、同じなの。 一つ突き、潰し、千切り取ってもぉ! だから戻す。 同じ場所に、時に違う場所に、くっつけてぇ、試すのぉ! どうなるか、どうなってしまうか、それを見るのが、愉しいからぁ……!」


「それが、それがアンタの言う知識だっていうのかあッ!? そんな事を知る為にこんな残酷な事が出来るもんなのかよッ!?」


 しかもあの鬼気溢れる所業は体中を弄るだけに留まらないという。

 これに勇が憤りを見せない訳も無い。


 気付けば叫んでいた。

 悦に浸って語るドゥーラを罵る様に。


「残酷? 残酷では、無い。 私は殺して、いないもの。 殺さない様に、見て、触って、弄って、いるだけ。 全てが終わったら、傷を塞いで、見逃してあげている」


「殺していないだとォ……!? 貴様は知っているのか、そうやって放置してきた者達の末路を!? 全員だ、全員が死んだのだッ!! ならこれは殺したも同然ではないか……まさに生殺しだあッ!!」


 勇だけではない。

 あのアージもが遂には奮い立つ。

 マヴォの傍に落ちていた片手斧一つを拾い上げて。


 許せる訳が無い。

 マヴォを捌いた事もだが、何より鬼畜の所業を行うドゥーラそのものが。


 他者を守りたいと願う二人だからこそ、猛らずには居られなかったのだ。


「いいわぁ、いいわぁ~! 二人共、面白い事を、して、差し上げましょう……!」


 対するドゥーラも俄然やる気だ。

 命力を奮い立たせ、更には腰から得物までを取り出していて。

 ただそれはどう見ても魔剣では無い。

 明らかに現代製の刃物、医療現場などで使われる小型切開刀(メス)である。


 一体どこでそんな物を手に入れたのか。

 謎は深まるばかりだ。


 でもマヴォが動けない以上、勇達に後退は有り得ない。

 例えどんなに謎の多い相手だろうと、二人がどれだけ消耗していようとも。


 その意地が更なる命力を引き出し、抵抗を示す為の力となろう。




「―――どうやら分が、悪い様ね。 さすがに、魔剣使い()()は、手に余る」




 しかし直後、ドゥーラが突如としてその気を収めていく。

 勇達では無く、その背後に立つ者を視界へと納めた事によって。


 ちゃなである。


 どうやら勇の言った事を守らず、そのまま付いて来たらしい。

 背中に少女を背負ったままで。

 戻り道がわからない、という理由もあった訳だが。


 けれど今だけは、これ以上に心強いと思った事は無いだろう。


 勇とアージがその事実に気付き、更に気を上げる。

 どちらもちゃなの実力を痛いほど知っているからこそ。

 この三人なら、例え戦いに至ろうと遅れを取る事は無いと。


「仕方ない、ここは引く、としましょう。 ウフフ、面白かった……さよう、なら」


 とはいえ、もうドゥーラに戦う気は無かった。

 勇達に向いたまま、素早く背後―――麓へと飛び去っていく。

 その姿はあっという間に雪林の先へと消え、悪寒だけが取り残されていて。




 まるで今にもまた姿を現しそうな存在感だった。

 終始幽霊の様で、恐怖だけを撒き散らす様な者だったから。




 真実を知った今なら勇でもわかる。

 道中で感じた異質さが、実は人ならざる意思から生まれたモノだったのだと。

 人間とも魔者とも言えない思考が故の存在感なのだと。


 出来うる事ならもう会いたくはない。

 そう思えるくらいに、何もかもが理解に及ばない存在だったのだ。




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