~誓い に 殉じて~
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統也は昔からとても賢い子でね。
教えた事を直感的に理解出来る子だったんだ。
親の私達も驚く位に理解が速くて、何でも覚えて、何でもこなしてしまう。
この子のそんな長所をもっと伸ばしたい、そんな欲が生まれる程にね。
統也にあったのは才能で、他の人よりも少し能力が優れているだけに過ぎない。
しかしいくら才能があっても努力を怠れば結局突き詰めた人間には敵わない。
だからやりたいと望んだ事をやらせる一方で、努力する事も憶えさせようとしたんだ。
何をするにも苦労が伴うものだ。
その苦労を克服して、学んだ事を身に着けて。
そこから余裕が生まれて新しい事へ挑戦し、突き詰めていく。
それが努力なのだと。
何かの習い事をする為にノルマを課したのもそうだ。
統也もその事をすぐに理解してくれてね。
ノルマも率先してやり遂げて、その上で自分のやりたい事もこなして。
私達はそんなあの子にこれ以上無い期待を寄せたものさ。
でも、それが間違いだったのかもしれない。
統也が中学生に上がった頃からだろうか。
その頃から、あいつは何もやらなくなってしまったんだ。
「努力しても意味がねェし」
それがある日私達に言い放った一言だった。
努力する事が嫌いな訳じゃない、とも言っていたけどね。
私達にはその時、統也が何を言っているのかよくわからなかった。
努力はするけど意味は無い……そんな訳が無いじゃないか、とね。
私が弁護士をしているのは君も聞いているだろう?
私も叩き上げの人間で、子供の頃から努力する事で今の立場を得たから。
努力する事の強みはよく理解しているつもりだったんだけどね。
でも本質はそこじゃあなかったんだ。
統也も努力をしたかったんだろう。
でも、努力する事で周りを置いて行ってしまう。
そして誰も付いてこない。
だから何かを始めても、すぐに辞めてしまった。
何故なら、あいつが本当に欲しかったのは―――共に切磋琢磨し合える友達だったんだ。
きっと大きな世界で見ればそんな相手も見つかるんだろう。
しかし不運にも身近な所には居なくてね。
大きなクラブに入れて挑戦させたりもしたけどダメだった。
とある高名な先生の下に連れていったけど合うお弟子さんは居なかった。
それは才能があったから、じゃない。
努力し過ぎる事で何もかも追い越してしまったからなのさ。
そんな事もあって、統也は塞ぎがちになっちゃってね。
私達もその事実に気付いてもどうしようもなくて。
食事の時間でも、ほとんど会話を交わす事すら無くなってしまったんだ。
もう諦めていたよ。
私達には何も出来ない。
これは統也自身の問題なのだと。
でもね、そんなある日の事―――
「父さん、俺、剣道習いてェんだけど」
それは中学三年になったばかりの時だったかな。
いきなりそんな事を言われて驚いたよ。
中学生になってから習い事をしたいなんて言い出した事は無かったからね。
とはいえ、本人が言い出した事だから無下にも出来ない。
どうせ始めてもすぐ辞めるのだから大した出費でも無いだろうし。
そんな軽い考えで承諾したものさ。
けど、それから一ヵ月、二ヶ月……あいつは辞める事無く続けていた。
こんなに長続きしたのは初めての事だったからね、私も妻もびっくりしていたよ。
一体何が統也をやる気にさせたんだろうかって気にもなっていたけど。
まぁそれもすぐにわかるんだけどね。
ある日の夕食の時、統也はいきなりこう言いだしたんだ。
「俺、友達出来たよ。 勇って奴でさ」
この一言には私達も唖然とするばかりだった。
何せ今まで友達と呼べる友達は出来なかったんだから。
統也は頭が良いから何でも論理的に考えて話せてしまう。
いや、話してしまう、の方が正しいかな。
結論が先に出るから言いたい事が伝わらなかったり、その事が極論だったりで。
同学年の子と話しても、会話が成り立たないんだ。
相手は子供だから感情を優先しがちで理屈を理解出来ないし。
そんな統也に友達が出来たんだ。
私達も嬉しくてしょうがなかったよ。
それからというものの、統也は事あるごとに君の話をしていたものさ。
「勇はすげェ奴なんだぜ!」
「勇の奴、俺の動きに付いてきやがったんだ」
口を開けば「勇」ばかりでね。
もしかしたら私達は統也の次に君の事を知っている人物かもしれないな。
それくらいに飽き飽きするほど聞かされたけど、悪くは無かったよ。
気付けば夕食の団欒も昔みたいに明るさを取り戻していてね。
いや、嬉しかったんだ。
まるで私達の望んでいた生活がやっと訪れたみたいで。
統也が私達の望んでいた姿になっていた事が。
君の存在が私達の願いを叶えたんだ。
近場の白代高校に通いたいって言いだした時、私達はピンときたね。
「きっと勇君と同じ学校に行きたいんだろう」って。
統也なら名門校に受かる事も難なく出来るだろうし、資金もあるから通わせられる。
本人だってそこからキャリアアップが望める事くらいは知っているだろう。
でも択ばなかった。
わかり易い理由だったよ。
キャリアよりも、肩書よりも。
友達と同じ時間を過ごす事を選んだんだ。
きっとそれが統也の最も望んだ事なんだろうな。
だから止めなかったよ。
妻は少し不満だったみたいだけどね。
統也なら経歴くらい軽く覆せる事くらいわかっていたしな。
それから……統也が高校生になった時かな。
私とこんな話を交わしたよ。
「父さん、その、なんていうか……前は悪かったよ」
「いきなりどうしたんだ?」
「中学くらいの時の事さ。 色々連れてってもらったけど、身にならなかったじゃんか」
「あぁ、気にするな。 お前に合わなかっただけだしな。 でも今はそうじゃないだろ?」
「あァ……」
剣道の道場通いは辞めたけど、君との繋がりは続いていて。
剣道部での活動も順調だったし、君繋がりで別の友達も出来たって聞いていた。
だからもう過去に悩んでいた事なんてどうでもよくなっていたよ。
統也が楽しければそれでいいってね。
「昔の事は昔に考えていたからいい。 将来の事も将来考えればいい。 今は、勇君達と一緒に楽しい時を過ごす事が大事なんだろう?」
「あぁ」
「統也がそれだけの事を言う子なんだ、相当凄い奴なんだろうなぁ。 一度は会ってみたいものだよ」
「ははっ! 普段は冴えない奴なんだけどな。 いざって時がすげェんだ。 踏み出しも、勢いもさ」
「それ言うの何度目だァ?」
「何度でも言いたくなるって!! そうさ、アイツはそれだけすげェんだ。 俺でも説明しきれないくらいにさ」
君の事を話す時だけは、さすがの統也も語彙力を失っていたよ。
半ば興奮気味でね。
「アイツがいなきゃ俺はずっと塞ぎ込んだままだった。 何にもなれないクズのままだった。 そんな俺を、アイツはここまで変えてくれたんだ。 感謝してもしきれねェ……」
ずっと気になって、後悔もしていたんだろう。
自分が何にも向き合えない事を。
だからこそ、統也は君に対して凄く感謝していたんだ。
私達よりも、誰よりも。
「だから俺は、勇の為なら命を張れる。 俺を変えてくれたアイツの為ならなんだってやってみせる。 これは理屈なんかじゃねェ。 俺の……本心だ!」
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統也の父親が語った背景は、勇も知らない事だった。
けれどその話には、統也の想いがこれでもかと言う程ふんだんに詰まっていて。
あの時庇ってくれた理由が痛い程よくわかるくらいに。
「―――そして統也は自分の言った事を実証して見せたんだ。 君を守る事で、その本心が嘘偽り無いものなんだってね」
「統也がそんな事を……」
「けどこうして君に逢えて、なんとなくわかった気がするよ。 統也が守りたかった〝勇〟がどんな人物なのかって事がね」
そして父親も勇に会えた事で息子の本心がやっと理解出来た。
実直なまでに素直なその態度を見て。
嘘を感じさせないまでの想い籠った語りを聴いて。
目の前の少年の特徴が、息子の語って来た存在と全てにおいて合致している事を。
「結果的には不幸になったのかもしれない。 でもあれだけ慕っていた君を助ける事が出来たのなら、これが統也の選んだ事なら私達は誇りに思いたい。 あいつは私達の誇る最高の息子なのだと」
「統也は、俺にとっても絶対に忘れる事の出来ない最高の親友です」
勇もまた己の悲しみを押し込めて。
胸を張り、自信を持ってこう答えよう。
それが何よりもの両親への、そして統也への手向けとなるだろうから。
悲しむ事よりも、辛さを見せるよりも……ずっと、ずっと。
こうして勇は全てを伝えて統也の家を後にした。
統也の秘めていた想いをも受け取って。
それでも何故本当に庇ってくれたのかまではわからない。
ただ有言実行したかったのか、それほど自分の事を想ってくれたのか。
良い方に思いたくても、その気持ちを確かめる事はもう出来ないから。
だからこそ迷いも残っている。
統也は一体何を思って助けてくれたのか、と。
けどもう伝えるべき人に全てを伝えられたから。
なら後は前向きに考えよう。
〝生きろ〟と言ってくれた統也へ報いる為に。
辛さから逃避するのではなく、辛い過去と決別する為に。
そして、今を大切にする為にも。




