~白が燃ゆる山 格~
微風が去る。
粉雪が舞う。
太木細木が連立つその中を。
そんな風情溢れた緩やかな傾斜上で、二人の戦士が相まみえる。
共に戦意を迸らせ、その手に掴む魔剣へ火を灯して。
もはやどちらも退く気は無い。
背を見せれば、その瞬間には戦いが終わるだろう。
一触即発。
そう察せる程の空気が二人だけの場をピリリと包む。
故に、安易と懐に飛び込む様な真似はしない。
共に隙を狙って回り込もうと、見合いながら傾斜をゆっくり上がり続けるだけで。
しかしアージはそれでも隙を見せはしない。
勇の動きに合わせて斧の傾きをも変えていて。
だからか、勇の戦術視線には有効な手立てがどうにも見つからない。
どこから攻めても返り討ちの姿しか想像出来ないのだ。
故に勇の焦りが如実に顔へと浮き出る。
これ程までの相手と戦って勝った事など一度も無いからこそ。
そう、勇はこの焦りの理由を知っているのだ。
格上と称される相手と対峙した時に湧くこの感覚を。
それはかつて剣道を嗜んでいた時、師範との試合時に体験したものと同じだったから。
勇は師範に勝った事が今一度とて無かった。
どの様に飛び込んでも躱され、反撃の一本を取られてしまう。
いくら対策を講じても全て無為とさせられて。
すると自然と感じる様になったという。
相手がどの様に思って自身へと向き合っているのか、と。
そうして生まれた洞察力のお陰で今の勇があるのは確かだろう。
でもその感覚がこの時だけは邪魔をする。
〝下手に攻撃を仕掛ければ、間違い無く負ける〟
そんな感覚をもたらしていた事によって。
そしてその洞察力は当然、アージにも備わっている。
「思った以上に出来る様だな。 並みの相手ならもう既に事は終わっていただろう」
「くっ……!!」
「だが踏み込めないという事はすなわち、地力がまだ伴っていないという事ッ!! ならば俺の方が、強いッ!!」
その及び腰がアージに報せたのだ。
勇には格上とも言える相手との戦闘経験が乏しいという事を。
ならば全てにおいて秀でた者が飛び出るのは道理。
その巨体がここぞとばかりに空へと跳ねる。
速い。
雪などお構いなしの勢いだ。
これは明らかに雪原での戦いにも手慣れている。
「カァァァーーーーーーッ!!!」
そうして見せる重量感はまさに一撃必殺。
それ程までに力強く、両手斧が空を突かんばかりに掲げられていて。
ここからの斬撃を受ければ、如何に魔剣【大地の楔】と言えど無事では済まされない。
最悪の場合、魔剣ごと叩き潰されて一貫の終わりだ。
ただ、速くはあったが速過ぎるという訳ではない。
勇ならば充分に躱せる速度だ。
故に勇が跳ね退ける。
雪に脚を取られながらも辛うじて。
確かに、刃物ならば斬撃軌道から逸れるだけと回避は容易だろう。
加えて勇の反応速度と動体視力ならば、雪の不利点さえも跳ね退けられよう。
―――そのはずだったのだが。
「甘いわァァァーーーーーーッ!!!」
手練れであるという事はすなわち、そんな動きさえも予測済みだという事だ。
ならば強烈な叩き落としさえも只の牽制となり替わる。
打ち上がる雪。
遮られる視界。
その隙間から、たちまち光が迸る。
そして勇は垣間見る事となる。
そんな白粉塵を切り裂き迫る巨大な一閃を。
なんと先程の叩き落としから一転、刃を切り返して勇を追っていたのである。
その勢いは強引にして豪速。
勇の飛び跳ねる勢いにさえ追い付ける程に。
しかもその一撃、先の攻撃にも違わぬ程に強烈な光を放っていて。
その直後、そんな二人の間に激しい火花が飛び散る事に。
勇が魔剣で防いだ事によって。
「うあああッッ!!?」
威力は地面で受け止めるよりはずっと乏しい。
だからこそ勇も魔剣も無事だ。
でも弾かれた勢いは凄まじく、細木をもへし折って景色の先へと飛ばす程という。
たちまち雪面で勇の身体が転がり滑り、傾斜に沿って流れていく。
魔剣で突き刺して止める事は叶うが、焦りだけは雪玉の様に転がり増すばかりで。
「クソおッ!! 動き辛いッ!!」
アージは自由に動けているが、勇には逆に制約が多い。
戦い慣れない雪上と、身を包む防寒具。
この二つが邪魔をしてストレスさえ呼び込む事に。
「どうやら雪原での戦いにも慣れていないらしいな。 だが俺は容赦せん。 目的の為には手段など選んでおれんのだからな」
しかしそうであろうともアージは止まらない。
再び力を溜めつつ、ゆっくりと坂を下りてきていて。
先程よりの威力の正体はやはり命力なのだろう。
見る限り、原理は勇の【天光杭】と同等。
あの技よりもより力を限定収束させ、目前の敵だけを砕く事を目的としている。
洗練された技術とストイックなまでの意志があるから為せる業だ。
つまり、紛れも無く強敵である。
強敵という意味ではオンズ王も相当だった。
でもどちらかと言えば力押し一辺倒で、洗練された技術というものは無くて。
だから勇でも付け入る隙はあったし、対処も出来た。
けれど、アージは今までの相手とは全く違う。
言うなれば、この者の奮う力は暴力で無く武術。
動き一つ一つが戦いの為に突き詰められている。
それに己の力に驕る事無く、戦いにまるで余念が無い。
必ず敵を倒すという強い意志が垣間見える程に。
故に、弱点は皆無。
更に勇の抱く不利が互いの力量差を広げるかのよう。
「くそおッ!! こうなったらあッ!!」
「ほう……?」
ただ、戦いへの志を強く抱いているのは勇だって同じだ。
不利を取り除く為ならどんな事も厭わないという意志だってある。
その意志が今、防寒着を破り脱ぎさせていた。
力に任せて強引に引き千切って。
防寒着も靴ももう必要ない。
これだけ激しく動けるなら寒さには耐えられるから。
そんな目先の苦痛よりも自由に動ける様にする方が、今はずっと大事なのだと。
たちまち戦闘服が露わとなり、靴下を纏った素足が雪を踏む。
お陰でずっと感覚的に動けそうだ。
今まで抑圧されてきたからか、開放感でむしろもっと速く動けそうとさえ思えていて。
「これからが本番だッ!!」
「フッ、そうこなくてはなッ!!」
そんな足が遂に大地を蹴る。
先程までに見せない速度を以て。
それも互いに負けじと。
雪、弾け舞う戦場で二人の戦士の咆哮が轟く。
その激しさは一向にして強くなるばかりだ。




