~陰艶たるその者と共に 発~
朝八時前、栃木。
フェノーダラ城の大門が音を立てて開く。
招かれた客を迎え入れる為に。
そうして城門外に姿を現わしたのは、一台の白い大型車【アルファーダ】。
勇達が藤咲家自慢の自家用車に乗っての登場である。
それというのも、今日は勇の父親が移動に乗り気だったのだとか。
〝たまにはこんなドライブもいいしな〟などと言い放って、割と強引に。
そんなにコタツを引っ張り出すのが面倒だったのだろうか。
何はともあれ、電車で来ようと思っていた勇達も折角だからとその案に賛同して。
景色を楽しみつつ、サービスエリアなどをゆっくり経由してここまでやって来たという訳だ。
もちろん、しっかりお土産も用意して。
そんな勇達を最初に迎えたのは、いち早く着いていた福留で。
門内へとゆっくり進む車に近寄っていく姿が城内から。
「やぁ皆さん、来てくれてありがとうございます」
「どうも福留さん、御無沙汰しております」
そうして降車すれば早速久しいあの声が。
懐かしい所為か、勇達の口元に思わず笑みが零れる。
特に勇の父親に限っては本当に久しぶりで。
最後に会ったのは四ヶ月程前だろうか。
ちゃなが藤咲家へと正式な居候を決めたあの日以来だ。
〝あの時から息子達がだいぶお世話になった〟
そんな募る想いがあったからだろう、挨拶を交わすや否や頭をも下げていて。
これには福留も「いやいや、よしてください」と照れ臭そうに肩を叩く。
性格柄、義務をこなしただけで礼を言われる事をしたとは思っていないらしい。
だからこそ、次に口走るのは当然―――
「まずは皆さんに紹介しないといけない方がいますので、一旦王の間までお越し願えますか?」
「例の魔剣使いですか?」
「えぇ、その通りです。 ではこちらへ」
社交辞令よりもまずは仕事の事を優先に。
細かい事に拘らない、福留らしい行動は相変わらずだ。
もっとも、それなりに急いでいるという事もあるのだろう。
でなければこんな朝早くに呼び出しなどしない。
そんな意図を読み取った勇を筆頭に、四人が足早に城内へと踏み入れていく。
しかしそうすると、今度は城内の変化に目が行くもので。
船頭を切っていたはずの勇さえ、次第に足を緩ませる。
素っ気なかった石積みの通路が、まるでトンネルの様に電飾で飾られていて。
端にはケーブルが奥まで伸び、その先にはなんと自販機が幾つも。
洋風の城内にある自販機、というミスマッチが堪らず笑いを誘ってならない。
お金はどうやって賄っているのだろうか。
床もしっかり整備・清掃されており、おまけに人工芝が植えられている。
元々は赤砂だらけだったともあって随分な色変わり様だ。
お陰で埃っぽさが失われ、見掛ける兵士からも土気が消えているという。
その代わり、盛り上がった筋肉を覆う衣服も随分とカラフルになってはいるが。
というか何故か妙にファンシーアニメ柄が多い。
見掛ける兵士の八割くらいがアニメTシャツを着こんでいるのだからもう。
確かに以前、王様もキャラTシャツを着ていたけれども。
これは支給品がそんな物ばかりなのか、それとも彼等の新しい趣味なのか。
「福留さん、俺が来なかった三ヶ月間に何があったんです?」
奥に行けば行くほど謎が深まるばかりで。
遂にはこんな質問が飛ぶ事に。
「うーん、彼等の要請に応えていただけなのですが、気付いたらこうなっていまして。 それと服装に関して割と拘りがあるそうで、キャラクターモノの衣類に関しては王様達で分配制御しているらしいです。 それだけ人気なんですかねぇ」
でも返って来たのは、あまりパッとしない答えだった。
これは福留もさすがに把握しきれていなかった様だ。
ある程度は担当者に任せきっていた所もあるからなのだろう。
にしても、まさかの後者とは。
勇達の乾いた笑いが止まらない。
福留も釣られて止まらない。
可愛いキャラクター達がムキムキの筋肉に引き伸ばされた無惨な姿を前にすればもう。
もう冬なんだからせめて上着を着て隠して欲しい。
そう思わずには居られない勇なのであった。
幻惑だらけの通路を抜け、ようやく王の間へと辿り着く。
そんな勇達を迎えたのはやはりフェノーダラ王達。
王を筆頭にエウリィと数人の家臣達という、いつもながらの面々だ。
「各々方、元気そうで何よりだ」
「皆様、お久しぶりです」
いつもは【RAIN】で話しているから、本来では久しぶりという感覚は無い。
でも実際に会ってみれば、不思議と懐かしさが沸き上がって来るものだ。
だからこうして挨拶を声で交わすのも本当に嬉しくて。
勇もちゃなも、ただの挨拶返事なのについつい声を跳ねさせる様子が。
特に勇は、アプリで話すよりも直に話す方が好きだからこそ笑みが止まらない。
いや、エウリィと顔を合わせられた事が嬉しいから、と言った方が正しいか。
しかしふと周囲を見渡すと―――あの巨体がどこにも見当たらない。
いつもならどこかに背を預けていたりするのだが。
「そういえば剣聖さんは?」
「はは、剣聖殿は部屋に引き籠っているよ」
「え、引き籠り……?」
そう、あの剣聖は今この場に居ない。
それも部屋に引き籠っているというのだから驚きだ。
閉じ込めようとも部屋ごと壊して出て行きそうな性格だというのに。
「ああ。 それというのもね―――」
にしてもフェノーダラ王は何だか妙に楽しそう。
いやらしい笑みを浮かべている辺り、この話題を振られたのが嬉しかったのだろう。
面白事好きな王の事だ、きっと剣聖が引き籠っている理由を知っているに違いない。
だが、そんな王が意気揚々と口を動かそうとした時―――
「ウフフ、あの方は、私の事が、お嫌い……ですから」
一つ艶声が、勢い立った口を思わず留めさせる事となる。
「えッ!?」
その声に気付き、勇達が勢いよく振り返れば。
声のした先、王の間入口の傍に一人の人影が。
女性、だった。
女性が一人、扉隣の壁に背を預けて立っていたのだ。
勇達は今までずっと気付けなかった。
傍を通っていたというのに。
周囲を見渡したと思ったのに。
つい今しがた現れたのかと思える程に気配が無くて。
そう示す存在感は、まるで幽霊である。
これは比喩でも何でもない。
その容姿からしても、まさに幽霊と思えるものだったのだから。
その肌は雪の様に真っ白で、血気を全く感じさせない。
加えて高身長で全体的に細身、むしろ痩せ切ってるのではないかと思える程だ。
しかしそんな身体を隠す事も無く、燻った紫色のリボン状布を巻き付けて纏っている。
それも全体という訳では無く、主に関節部や局部のみで露出の方がずっと多い。
加えて、地に付きそうな程に長い布の端部を幾つもひらひらと揺らしているという。
まるで半端に巻いただけの包帯を纏っているかのよう。
そして肌白のやや面長な顔と、服よりもずっと濃い青紫色の、整っていない長髪。
細めた目の下にも紫のアイシャドウを乗せている。
そんな顔がニタリと笑みを浮かべていたのだ。
何を考えているのかわからない様な妖しい笑みを。
その様相は見方によっては妖艶とも言えるだろう。
ただ、レンネィの様な色欲を誘う大人の色香とはまるで違う。
心臓を直接手で握られる様な、心の中を見透かされる感覚を催す色香だ。
端的に言えば不気味、その一言に尽きる。
「紹介しよう。 彼女はドゥーラ。 『我ら側』の世界でも有数の実力者として高名な魔剣使いだ」
「そんな事は、有りませんよ王。 私、未だ知識に乏しい未熟者、ですから……フフフ」
更にはその独特の話し方もが相まって、異質さを露わにしている。
吐息から始まる途切れ途切れの言葉遣いと、高い声色から繋がる低い笑い声。
腹を撫でてひり出した唸りの様な声は、聴いている者にも緊張を催させる程で。
実際、王の側近達も顔色が浮かない。
彼等も女性の事をあまりよくは思っていないのだろう。
逆に王自身はあまり気にならない様なのかいつも通りだが。
勇達も例外とはいかないらしい。
福留以外は思わず避ける様に一歩を引かせている。
よほど恐れを感じていたのだろう、ちゃなに至っては堪らず眉間を寄せる程だ。
「彼女が福留殿に伝えていた魔剣使いでね。 見聞を広げる為に、機会があれば色々と見て回りたいそうだ。 ならば勇殿と共に居れば平気であろう、とね。 その対価として協力を申し出た。 是非とも彼女の力を有用に使ってくれたまえ」
「わ、わかりました。 ドゥーラさんよろしくお願いします」
「えぇ。 よろしく」
とはいえ、勇達に対してもそっと頭を下げる程に物腰は柔らかで。
見た目や雰囲気ほど恐ろしくは無さそう。
剣聖やレンネィの様な強い自我は無いのかもしれない。
おまけに実力者と呼ばれる程ならば相応に強いのだろう。
あの剣聖が引き籠る理由となるのだから、下手すれば彼以上か。
なんにせよ頼もしい事には変わりない。
後はいつだかの裏切り者の様に騙されない事を祈るばかりだ。
「……あら? フフ、フフフ」
するとドゥーラが何を思ったのか、脅えるちゃなへと足を踏み出していく。
ぺたり、ぺたりとその素足を滲ませながら。
そのちゃなはと言えば、もう固まったままだ。
まるで蛇に睨まれた蛙の様に。
迫る艶女を前にして、ただただ見上げるばかりで。
そうしてちゃなの前に立って初めて、ドゥーラの背の高さがよくわかる。
その対比はもはや首元に居る人間を見下ろすキリンだ。
異様な猫背を見せつけて首を降ろす姿はまさに。
しかもこれでもかと言う程にその顔を近づけさせていて。
「貴女、もしかして、アストラルエネマ、そうなのね……?」
「え、え?? あすと……?」
体格差もあるからこそ、たちまちちゃなの顔が影に覆われる。
天井に備えられた明るいシアリングライトが陰影を浮き彫りとさせる中で。
「貴女はきっと、そう、象徴になるわ。 人々の、切望のね……」
「は、はぁ」
その中で残したのは、このたった二言。
けれど意味深で、何が何だかよくわからない。
これには、脅えていたはずのちゃなもただキョトンするばかりだ。
そんな時ふと、ドゥーラの横から手が差し伸べられる。
それに気付いて首を僅かに捻らせると、そこには握手を求める勇の姿が。
ちゃなへの助け舟か、それともただ友好を示したかっただけなのか。
何にせよ、それ程怖くないと感じたからだろう。
笑顔で腕を伸ばし、敵意が無い事を示していて。
だからか、そんな手をドゥーラがゆっくりと掴み取る。
首を傾げた辺り、握手の文化は持ち合わせていない様だが。
けれど見聞を広めたいと願う人物だけあって、飲み込みは早い。
にしても随分と体温が冷たい。
勇の手に冬らしいひんやりとした感触が漂ってくる程に。
おまけに力も籠っていなくて、簡単に捻り潰せてしまいそうだ。
「さて皆さん、そろそろ出発致しましょう。 モタモタしていたら魔者に逃げられてしまうかもしれませんので。 外にヘリコプターを用意しています。 それに乗って空から向かうとしましょうか」
「わかったわ。 フフ、楽しみ……」
しかしその間も無くに福留からの声が掛かり、手が離れ行く。
その白く骨張った手をぬるりと、勇の掌からすり抜けさせる様にして。
それだけ空旅が楽しみなのか、それとも握手にそれほど興味が無いのか。
なんにせよ急がなければならない事に変わりはない。
フラフラと歩き去るドゥーラを追って、勇達もが城外へと踵を返す。
ただ一人佇む福留を置いて。
―――はて、【アストラルエネマ】とは何でしょうかねぇ―――
ドゥーラの呟いた一言が耳に引っ掛かって取れなかったらしい。
考え込む余り、手に顎を乗せる姿がそこにあった。
その後、勇達を乗せたヘリコプターが空へ行く。
勇の父親が見守り見上げる中で。
目指すは北の大地―――北海道、稚内。
既に白雪で覆われている極寒の地へ。
その地にて待つ者とは、果たして。




