~雲は流れ、時は流れ 前~
緊急国際会議から二日後、水曜日。
勇達五人は授業が終わるや否や、寄り道もする事無く勇の部屋へと集まっていた。
それというのも―――
「よぉし、んじゃ動画開くぜ」
心輝が自慢のタブレットを操作し、勇の机へと立て掛ける。
すると間も無く、画面にはあの鷹峰総理大臣の姿が映っていて。
そう、政府公式発表の動画を皆で揃って観る為である。
この日の日中、日本政府より例の魔者の存在公表が行われた。
これは数時間前より各国で既に行われており、日本が追従という形で発表されたものだ。
というのも福留曰く、「こうする方が世間体的にも言い訳がし易いから」だそうな。
もちろんこれも国際会議にて決まった事だそうで、色々と大人の都合があるのだろう。
もっとも、動画だと日本語でないと誰もわからないというのもあって。
こうして関係者である勇達は皆で揃って動画を観ようという事になったのだ。
『日本政府は彼等の事を魔者と呼称すると決め―――』
「おぉ~言ってる言ってる。 すげぇ、本当に公表しちゃってるよ」
「良かった、私達は映ってないみたいね」
しかしこれも一種の共同声明。
世界全体への発信の一つである事には変わりない。
だからこそ、こうして浮かれている様に見えても皆至って真面目だ。
誰もがちゃんと領分をわきまえているのだろう。
「でも魔剣使いの事は言ってないねー」
「やっぱ極秘のままなんだろうな。 あ、でも魔者の特性はちゃんと伝えてるんだ」
「喧嘩しに行っちゃう人とか居ると危ないですもんね」
その一方で、気になる話題が出れば話も弾む。
やはり魔剣使い―――つまり勇達当人に関わる事は気にしていた様だ。
幸い、アルライ族の映像は出ていても勇達の姿は映っていない。
どうやら取り越し苦労だったらしい。
これには誰しもが安堵せずには居られない。
「あ、渋谷と徳島は無かった事にされてるね。 やっぱり被害大きかったからかな?」
「いや、露出度の問題じゃね? どっちもあんま情報出てねーし」
「シンが正解だと思う。 封じ込めが出来た種族は公表しない事にするってさ。 代わりに熊本はかなり大々的だったから公表せざるを得ないって言ってた。 長野はそもそも情報も少ないから言うだけ言っとくみたいな感じらしい」
「長野だけは適当なんですね……」
友好的な種族であるアルライが公表された後は当然、露出していた勢力の発表も。
ただしそこはやはり国民の情緒も考え、公表する存在は絞っているらしい。
ダッゾやオンズの様な、殺意剥き出しな種族は公共倫理的にもアウトなのだろう。
今考えてみると、渋谷の惨状は今までに類を見ない酷さだった。
そんなものをいざ公表してしまえば、世論は一発で魔者反対に傾きそうだ。
「それ考えると、世論って凄いめんどくさいわねー」
「誰に言ってんだお前」
その面倒臭さがあるからこそ、情報の制限も必要な時がある。
『言う側』からではわからない〝正論の危険性〟というやつだ。
情報文明は盤石な様で割と脆い。
手堅い株がデマで簡単に暴落するのと同じで、世論もイメージ一つですぐ大きく傾く。
時にそれは政界や商界にさえ大きく響き、最悪の場合は傾国にさえ至る事も。
無知は罪だが、知恵無き知識は猛毒を吐く。
知識に理解と許容が出来ないのなら、無知者の方がずっと賢いと言えよう。
〝知らぬが仏〟とはよく言ったものだ。
「でもこれ、魔者の居る場所とかフェノーダラ王国の事とか言っちゃってるよね、おおまかだけど。 活動が大分やり辛くなりそうだけど平気なのかな?」
「そこはどうだろうなー。 政府は常に動いてると思うし、公表した以上はマスコミも制御しやすくなるから平気なんじゃないか?」
でも世界というものはどうしても、人を無知なままでいさせようとはしてくれない。
情報屋という存在が居る限りは。
世界発展を促してくれた程の役割を担う彼等も、時には世論扇動を引き起こす事もある。
情勢が不安定になれば虚偽・偏向報道を駆使する事もあるので、油断は禁物だ。
真実を語ってくれるだけなら、これ以上に頼もしい存在は無いのだが。
そして誰もが情報を発信しやすい時代だからこそ、憂いは晴れない。
勇もこんな事を言ってはいるが、確証は無いのだろう。
福留の事だから何とかしてくれる、と今は思うしかなくて。
その点は魔剣使いの存在が公表されなくて良かったとさえ思う。
少なくとも、今の自身の在り方は凄く過ごしやすいと感じているから。
「ま、俺はこのまま何事も無ければそれでいいさ」
「楽観的ー!」
あずーにどう突っ込まれようが、その事実は何も変わらない。
そう、足掻いた所で何も出来はしないのだ。
今はまだ只の少年で、一介の戦士にしか過ぎないのだから。
結局、公表動画からは海外遠征に関する情報は抜き出せなかった。
ミシェルの話もあったから、遠征自体が無くなる事はなさそうだが。
それでもいずれ、世界を舞台に戦う事もあるかもしれない。
もっともっと強い魔者が立ち塞がるかもしれない。
もしかしたら、今までよりもずっと強い魔剣使いさえも。
そう考えると震えずには居られない。
戦いへの恐れと、そして昂りで。
街の頭上に青空が広がり、細々とした雲が薄っすら彩りを与えていて。
そんな雲々は流れに流れ、日を追う事に冷気を纏って再び彼等の前に姿を現す。
そう繰り返して気が付けば、およそ一ヶ月半の時が過ぎ去っていた。
勇の望んだ通り、何事も無く―――




