~これが世界の進むべき道 翌~
鷹峰総理大臣とアメリカ外交官ミシェルとの会合の翌日、月曜日。
いつもと変わらぬ通勤通学風景が朝の街を賑わせる。
その中には当然、勇とちゃなの姿も。
待ち合わせ場所へと一足早く辿り着き、二人静かに佇んでいて。
「二人共おーっす!」
「おはようー」
「勇君勇君会いたかったー会いたかったよー!!」
そうして待てば間も無く、威勢良い声が二人に届く。
相変わらずの三人組、心輝と瀬玲、あずーの登場だ。
最近の登校の様子はいつもこう。
以前と違って朝練直行も無くなり、ちゃなも同伴に成って久しくて。
気付けばこうして、五人揃って登校するというパターンが出来上がっていた。
もちろん、勇の背中にぐりぐりと頭を押し付けるあずーの行動も同じなままである。
そんな日常も慣れきって、何気無く学校へと辿り着く。
勇達が望んだ、平凡な日常だ。
でも、今日の話題だけはちょっと毛色が違うらしい。
「そういや、福留さん達から聞いたか? 今日の首脳会談の件」
「あぁ、『録画でもいいので後で目を通しておいてください』ってな。 って事はよ、カプロ達も議題に上がるんじゃね?」
そう、その話題とは国際会議の事。
『あちら側』に関する問題はいわば彼等の領分で、無視する事は出来ない。
だからこそ福留も裏で心輝達に手を回し、関係者としての役割を与えたのだろう。
真実・事実を知り続ける。
それが心輝達、事情を知った者達への義務なのだから。
「御味さんめっちゃパシャってたからねー、もしかして私達の顔も映っちゃうんじゃないの?」
「「「え"ッ!?」」」
だが個人情報流出となると話は別である。
その核心的な一言を聞いた途端、勇達の視線が一挙に瀬玲へと。
皆揃って驚きの目を向けるものだから、これには瀬玲もタジタジだ。
「い、いや、可能性の話だし?」
「まぁさすがに福留さんがそんなヘマはしないだろ」
「だ、だよなぁ~ビビったぜ……」
いきなり国際デビューは、目立ちたがりな心輝でもちょっと怖かった模様。
瀬玲と一緒に胸を撫で下ろす姿は、さすがの幼馴染か。
とはいえ正直な所、そこは勇にも確証が無い。
何せ今回の会議は転移問題に関する話し合いがメインだ。
そうなると、会議参加者にだけは心輝達の事も公開されるかもしれない。
いわゆる国家間の機密情報扱いとして。
故に今は笑って誤魔化すしかない。
〝何があっても、それは自分達から巻き込まれた所為なんだからな〟などと思いつつ。
するとそんな時不意に、交差点の影から見知った人物が一人。
どうやらその〝自ら巻き込まれた人〟がもう一人合流したらしい。
「あ、愛希ちゃん! こっちこっちー!」
そう、愛希である。
自転車を引く彼女に気付き、ちゃなが手を振って迎える。
昨日の事を知ってもなお何一つ怒る事も無く。
昨日の一連の出来事は当然、ちゃなにも伝えられた。
勇としては少し恥ずかしかったけれど、共有しないと福留に怒られそうだと思って。
でもちゃなからは「あ、そうなんですね。 私も総理さんに会いたかったです」程度の反応しか返ってこなかったという。
全般的にあんまり興味が無かったのだろう。
その後の映画の論評の方が凄かったとかなんとか。
そんな訳で勇への誤解も愛希への蟠りも一切無し。
万遍の笑みで迎える姿がここに。
愛希もそれで安心したのだろう。
同様に大手を振って応えていて。
「ちゃなと先輩ズ、おはようございまーすっ!」
「おはよ、愛希ちゃん」
今まで以上の親しみある様子で合流だ。
やはり昨日の出来事で一層距離が近くなったから。
それは主に勇・ちゃなとの間だけではあるが。
今の愛希もれっきとした、勇達の事情を知る者の一人だ。
そこに真実の知る知らないはもはや関係無い。
秘密を共有しているという事実があるだけで、人は深く繋がり合えるのだから。
とはいえ、今の愛希ならもう真実を知ろうとはしないだろう。
昨日の最後の一件で、今の関係が丁度良いのだと理解したから。
その鋭い目線を鑑みるに、無駄に頭を突っ込んだ心輝よりはずっと賢いのかもしれない。
「勇さん昨日ぶりぃ! 昨日はありがとうねー!」
「あぁ、うん」
「オイオイ、いつの間にそんな仲良くなったんだよお前ら?」
「フヒヒ、秘密に決まってるじゃないですかー!」
ただし、こうやって自らの行いをバラしてしまう所以外は。
心輝の追求を前に、優悦を交えた不敵な笑みが愛希の顔にニンマリ浮かぶ。
なんだかよくわからないが、やけに勝ち誇った風だ。
だがその優越感に浸った顔も、たちまち跡形も無く消え去る事となるが。
「勇君と……何をしたんだぁ~!!」
「ぎゃあああ!! 天然あずーが居たァァァ!?」
勇の背後から赤く目を光らせたヤバい奴を前にして。
ずっと話には聞き耳を立てていたのだろう。
主に勇に関する部分だけ。
故にあずーが許す訳も無い。
知らぬ内の男女の密会など。
ならば実力行使による聴取も辞さない構えだ。
両手指をうねうねとうねらせ、妖しい眼光を解き放つ。
魔剣使いも魔者もビックリな、嫉妬の魔人が今ここに顕現す。
これには愛希のみならず、勇達もドン引きである。
「何してたのか~!! 話せぇ~い!!」
そんな魔人がとうとうに愛希へと飛び掛かる。
しかし愛希も負けてはいられない。
するとたちまち、女子二人による取っ組み合いが勃発だ。
両手を掴み合い、力の限りに押し合うパワーファイトが。
「勇君はァ~!! 私の~モォ~ノォ~!!」
「舐めるな天然あずー如きがァ!! 万年帰宅部のアタシに勝てると思うなよォー!!」
それは愛ゆえか、それとも意地か。
はてまた、ただ馬が合わないだけか。
なんにせよ朝から突如として始まった肉弾戦は無駄に暑苦しい。
涼しい秋さえも夏に戻してしまいそうな雰囲気だ。
残された勇達もただただ見守るしかない。
互いの力は均衡。
いや、どちらかと言えば運動部のあずーの方がちょっと強い。
帰宅部の愛希には若干、荷が重い相手か。
しかし、愛希にはあずーに負けない武器がある。
機転を利かせる小賢しい頭脳が。
勇の間違いにいち早く気付ける洞察眼が。
故にそれは起きた。
なんとこの時、あずーが突如として姿勢を崩したのだ。
愛希がわざとその手を引かせた事によって。
しかもそれだけには留まらない。
あずーの身体を支点にしてぐるりと回り込み、瞬時にして羽交い絞めに。
魔剣使いな勇もビックリの身のこなしである。
それに愛希の強みは他にもある。
この戦いが決して一対一ではないと言い張れるストイックさが。
「今だちゃなー! 脚を、脚を持てぇーい!!」
「え、えぇ!?」
これが仮にプロレスならば、この戦いは残念ながら二対一となる。
愛希にはちゃなという心強い味方が居るからこそ。
そして意志の弱いちゃながこんな要請に応えない訳も無く。
気付けばあずーの手足を掴んで担ぐちゃなと愛希という珍妙な構図が今ここに。
「ぎゃあああ!!」
こうなったら最後、あずー如きでは解く事叶わないだろう。
足に限っては特に、ちゃながしっかり脇で固めてしまったので。
命力も籠っていれば、常人が解ける理屈はもはや存在しない。
「ええー……」
蚊帳の外な勇達三人はドン引きもいいとこだが。
「いやぁ離してぇー!!勇君に愛してるって言われないと私死んじゃうのォー!!」
こんな意味不明な事を叫んでも愛希には通用しない。
というかむしろ、逆にきつくなってないだろうか。
あずーの呻き声が酷くなる一方だけれども。
おまけに、苦悶するあずーの目前には兄・心輝の顔が。
その顔は何故か劇画調だ。
「ならばお前は既に死んでいる……!!」
「あでっ!!」
締めにはおでこにキツいデコピンの一発が見舞われる事に。
妹の凶行の数々を戒め続ける事で鍛えられた渾身の一撃が。
この一撃を以って、とうとうあずーの暴走は収拾へ。
半べそを掻いているその隙に、愛希が空かさず声を張り上げる。
「行くよ、ちゃな!!」
「う、うん!!」
この二人のなんたるコンビネーションか。
親友の関係はやはり伊達じゃない。
その姿はあっという間に校門前へ。
「エッサホイサァ、エッサホイサァ!!」
「イヤアアア勇くぅーん!! ギャワーーー!!」
あずーの叫びも虚しく、そのまま校内へとその姿を消していく。
唖然とする勇達を置き去りにしたままで。
ついでに自分の自転車も。
「……さ、行くか」
「そうね」
でも忘れてはいけない。
勇達にとってはこれも日常の風景なのだと。
故に、勇達はもう平然としていた。
何事も無く、愛希の自転車もそっと引いて。
随分と慣れたものである。
そう、これでも勇達は充分楽しいのだ。
非日常を知ってしまった身だからこそ、何よりも。
それに、これからもっと非日常を迎える事になりそうだから。
だからこそ、この楽しい風景が普通だと思いたい。
そんな願いを込めて、彼等は今日も道を行く。
自分達らしい望む限りの日常を皆で、歩んでいく。




