~これが世界の進むべき道 初~
愛希への入念な(表向きの)説明を終えた所で、ようやく本懐の時が訪れる。
本来行うはずだった、福留の友人との会合が。
なんだかんだで説明に時間を喰われ、予定時刻より一五分ほど遅れた後だ。
先程までは落ち着いて話していた福留も、途端に動きがせわしなくなる。
「さて、話が終わった所で……実は先方がもう来ていまして。 勇君、予定通り会って頂きたい」
「そうですね。 すいません、余計な時間喰わせてしまって」
「いえいえ、来てくれた友人は温和な方ですのでこれくらいは大目に見てくれますよ。 何せ相手方も三時間待たせたのですからねぇ」
「あはは……」
こうは言うが、内心は少し焦っているのだろう。
上の階―――応接室があるフロアへ誘う掌は、どこか急かすかの様にキレがある。
普段は感情を余り体に表さない福留だが、こういう時だけは別で。
それを勇も知っている事だから、何となく気付いた様だ。
「折角なので愛希さんも一緒にどうぞ」
「えっ? 私も?」
「えぇ、是非勇君の友人として。 さぁこちらへ」
しかしそんな事情など、会ったばかりの愛希にわかる訳も無く。
半ば巻き込まれる形で会合へと同伴させられる事に。
更には福留に背を押され、もはや退く事も叶わなさそう。
これも自ら首を突っ込んでしまった事への代償か。
勇は覚悟を決め、愛希は観念して。
押されるがままに階段を駆け上り、颯爽と三階へ。
そうして間も無く、三人の前に応接室の扉が立ち塞がる。
実に豪華な造りの木彫り扉だ。
漆らしい艶やかな輝きを放ち、重厚さをふんだんに漂わせているのだからもう。
小さくて質素な建屋のモノとは到底思えない程に。
これにはさすがの勇も緊張を隠せない。
何せここまで来るのは初めてなので。
これだけの扉の先に一体誰が待ち構えているのかと。
そんな扉が福留の手によって今開かれる。
すると、その先に居たのは―――
「オゥ! こんにちは。 お越し頂いた事に感謝します」
なんと予想外にも日本人ではなく外国人。
それもブロンドの髪を靡かせた白人女性だった。
歳は見た目で言えば三十代後半から四十代と言った所か。
髪型はロングストレートで跳ね毛一つ無く、とても美しく仕上がっている。
顔もスッキリと整っていて、ブロンドの髪が浮く程に白く綺麗だ。
その体格はと言えばやや細め、でも勇と比べてほんの少し大きめか。
ただ、そんな身体に纏う衣服は見事としか言いようがない。
ダークブルーのフォーマルスーツが身体にしっかりとフィットしていて。
まるでマネキンが着て動いているかの様に、挙動一つ一つ綺麗に追従していく。
まるで、これが本当の着こなしなのだと見せつけんばかりに。
その姿は上品ささえ漂い、様相だけで上級の人間である事が伺える。
そんな人物が今、ソファーに座りながら勇達を手招きしていて。
とはいえその物腰は福留にも通じるくらいに柔らかだ。
勇がついつい、「ど、どうも」とペコペコ頭を下げて返してしまう程に。
「貴方にお逢い出来て光栄です、ミスターフジサキ」
「あ、どうも初めまして……」
その女性がそっと立ち上がり、握手を求める様に手を差し伸べる。
福留の言った通り、全く怒った節も無く。
類は友を呼ぶ、とはよく言ったもので。
相手が予想を越えて温和だった事に、勇も安堵を憶えてならない。
ただし、その背後に控える愛希としては戦々恐々としていた訳であるが。
それもそうだろう。
愛希には客人の女性が何言っているのかさっぱりわからない。
なにせ本場の英語を一切緩ませずに語っているのだから。
英語成績の悪さは伊達では無い。
それ故に驚きを隠せないのだろう。
〝勇さんはこの外国語がわかるんだ!?〟と。
当然だ、わからない訳が無い。
勇には命力による自動翻訳能力があるのだから。
これ実は『あちら側』の人間だけでなく、『こちら側』の言語にもしっかり対応している。
心がある者には分け隔てなく力が働いてくれるのだ。
だから勇は女性の言葉が日本語に聴こえるし、女性は英語で聴きとれる。
しかも地元に根付いた方便・訛りまでしっかりと。
そのお陰で、まるで昔ながらの隣人と接するかの様に語り合えるという。
相変わらずの、ご都合的な程に便利な能力である。
もちろん、そんな能力があるからこそ福留も彼女を誘ったのだろうが。
「この方はアメリカ合衆国の使節外交官、ミシェル=スミスさんです。 今回日本で行われる緊き―――首脳会談に代表として出席する為に訪れたのですよ」
「「ええー!?」」
「ははは、でも慌てなくても結構ですよ。 気軽に行きましょうか」
そう、翻訳能力が無ければ誘える訳も無い。
語学学習の為に呼ぶなど以ての外な重要人物なのだから。
まさか世界が誇る最上級要人の一人を招き入れていたとは。
これには勇も愛希も開いた口が塞がらない。
勇に限っては、握手で掴んでいた手までがガチリと止まっていて。
ミシェルもそんな初心な反応に、微笑みを零さずにはいられない。
そうして上品に優しく笑う姿はまるで聖母のよう。
気付けば勇も愛希も、そんな笑顔に惹かれてはにかむ姿がそこにあった。
挨拶を済ませ、早速全員が室内の椅子へと腰掛ける。
すると福留が「どうぞ」と言わんばかりにミシェルへと手を差し伸べていて。
満を持しての合図に、聖母の微笑みがたちまち万遍の笑顔へ。
笑窪の浮かんだその口元を、またしても素早く刻ませていく。
「貴方の噂はかねがね。 お隣の方は田中ちゃな様でしょうか?」
「いえ、彼女は違います。 清水愛希さんって言って、俺の友達です」
「ウゥ!? という事はガールフレンドでしょうか?」
「いやいやいや……そうではなくて、《・》普通の友達です。 ちょっとした経緯があって、田中さんの代わりに来たんですよ」
「フフ、そうでしたか。 仲が良さそうだったので、私はてっきり恋仲なのかと」
「アハハ……」
その笑みは勇の緊張を解すのにも一役かった様で。
気付けばこうして二人で冗談まで交わすまでに。
勇としてはさっきまでの事もあって、心境はちょっと複雑だけれども。
なお、その隣にはもっと複雑な心境を巡らせる愛希が居る訳だが。
ミシェルが英語で話しているからどんな話題かはわからない。
でも勇の言葉だけはしっかり聞き取れるので。
その上で〝普通の友達〟とハッキリ言われてしまえば、その眼を据わらせずにはいられない。
しかしそんな愛希の気持ちなど置き去りに、ミシェルの話題は遂に核心へ。
自慢の微笑みこそ崩れてはいないが、僅かに瞼を細めさせていて。
「ミスター福留から話は伺っていますか? 海外遠征の件です」
「はい、先程聞きました。 とても驚きました」
「おや、この話はひと月程前の提案だったのですが。 ミスターフクトメ、さてはまたお得意の話術ではぐらかしたのです?」
「いやいや人聞きの悪い。 私もいささか歳なもので、話す事を忘れてしまうからですよ」
「フフッ、全く……貴方は本当に冗談がお好きですね。 歳を追うごとに顕著になっている様に感じますよ?」
「ははは、性分ですからねぇ」
核心の内容は全て英語で語られているから、もちろん愛希にはわからない。
ミシェルもその仕組みを理解し、敢えて流す様に語っているのだろう。
勇も福留もしっかりその言葉を聴き取れるからこそ。
伊達に外国との橋渡し的存在である外交官を務めていないという事か。
その賢さも機転の強さも折り紙付きである。
「我々の国でも『ビーストメン』が各地で猛威を奮っていまして。 是非とも貴方の力を借りたいと願っているのです」
「ベ、ベストメン?」
でも一方の勇はと言えば、たちまち首を傾げる姿が。
やはり元々の教養が拙い所為か、早速ボロが出始める事に。
そう、聴き取れない言語が出て来たのだ。
「魔者の事です」
そのボロを、福留がそっと耳打ちで掬い上げる。
事情をよく知っているからこそ出来るナイスなフォローと言えよう。
「不幸にも、我が国には貴方の様な『ソードメン』はまだ居ません。 ですから、我々にも貴方の力が必要なのです」
「ソ、ソーメン……?」
「魔剣使いです」
しかし、いざこんなやりとりが続けばもはやコントにしか見えない。
三人の言動がリズミカルに行われ、話がわからないはずの愛希に笑みが零れる。
むしろ何を見せられているのかわからないのが逆に面白いのかもしれない。
ただ勇としてはきっと心境複雑に違いない。
ほんのちょっと聞き取れればわかりそうな単語ばかりなだけに。
わからないのは恐らく、アメリカ側がそれぞれに独自の呼称を付けている所為だろう。
勇達の様にフェノーダラ王国の様な協力者が居ないからこその結果か。
この能力、やはり便利そうで意外と不便である。
「近日中に条約を締結し、貴方達が動き易いよう手続きを進めるつもりです。 その時はどうかよろしくお願いいたします」
「はい、俺なりに頑張ってみたいと思います」
「ありがとう、ミスター」
そんな重要な話題も終わりを告げ、二人が再び握手を交わす。
先程とは違う、ミシェルからの熱意が伝わってくる強い掴みで。
きっと彼女はそれ程までに祖国を愛しているのだろう。
だから今、勇達魔剣使いという存在に縋っている。
彼等にしか魔者問題の早期解決は望めないからこそ。
その熱意を受けた勇もまんざらでは無さそうだ。
海外遠征の話も乗り気となってしまう程に。
元々が困ってる人を見過ごせない性質だから。
だから世界へと戦いを拡げる事は、きっと宿命だったのかもしれない。
魔剣を手に取った時から決まっていた運命なのだと。
でも勇だけが戦っている訳じゃない。
今はレンネィも居るし、きっと剣聖も手助けしてくれるだろう。
もしかしたら、同じ様な志を持った仲間もこれから現れるかもしれない。
故に期待が膨らむ。
これからの世界が進む先に。
日本だけでなく世界を舞台にした時、どの様な変化が周りに訪れるのだろうかと。
そんな好奇心を、抱かずにはいられない。




