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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第九節 「人が結ぶ世界 白下の誓い 闇に消えぬ」
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~騒ぎ前のめり 結~

 誤解が晴れ、ようやく仲直りした勇と愛希。

 その誤解を生んだ償いにと、二人は改めてデートする事に。


 しかしそれでも時間は待ってくれない。

 だから残り一時間半と限りある中で、二人は濃密な一時を過ごした。


 急いで動物園へと向かっては、軽く動物を見て回り。

 ほんのちょっとお土産を物色しては、そのチョイスで笑い合って。

 間食に選んだアイスクリームで一緒に舌鼓を打つ。


 どれもこれも急いでいたからほんの少し物足りなかったけれど。

 それでも存分に楽しもうと思っていたから、充分に満足出来た。

 そんな二人にはきっと、時間なんて関係無かったのだろう。


 ただ、仲良く楽しく笑い合えるならそれだけで。






 時というものは、楽しければ直ぐに過ぎ去るもの。

 時間を意識していても、とめどない流れには逆らえない。

 二人のデートもあっという間に終わりを告げ、上野駅へと舞い戻る。


 でも愛希はまだまだ勇から離れるつもりは無いらしい。


「うーん、やっぱり繋がらないな」


「ちゃな、今日観たい映画があるって言ってたからねー。 だから皆で観ようって集まっててさ」


 それというのも、二人ともちゃなを呼ぼうと四苦八苦していたから。


 本当ならデート前に連絡して、終わった頃に合流するつもりだった。

 でも肝心のちゃなにどうしても連絡が付かなくて。

 こうして再び連絡したのだが、それでもやはり駄目な様だ。


「ちゃなってこういう時ほど律儀だから、多分ケータイの電源切ってるよ。 それに今の時間はまだ上映中だしね」


「そうかぁ……にしてもごめんね、折角楽しみにしてたのに」


「あーいいって。 映画自体は私自身そこまで興味無かったし。 ん~フウも藍も駄目ね、多分ちゃなに言われて同じ様にしてるわ。 ホントタイミング悪い、勇さん今日厄日なんじゃない?」


 おまけ同伴しているはずの風香も藍にも通じず、お手上げ状態。

 これではもう福留たっての願いさえも叶わなさそう。


 もっとも、今呼べた所で約束の時間までには到底間に合わないだろうけども。


 なにせ、福留に言われた時刻まであと残り一〇分程度で。

 走って行けば間に合う、くらいの時間しか残されていない。

 福留なら少し遅れても許してくれそうだが、それこそ勇自身が許さないだろう。


「なら仕方ないかぁ。 もう諦める事にするよ。 ありがとう愛希ちゃん、付き合ってくれて。 俺はこれから仕事があるから行くよ」


 だからこそ、ここで別れを告げて踵を返す。

 急ぎ足で駆ける様にして。


 今の勇ならきっと、この残り時間でも余裕で辿り着けるだろう。

 問題があるとすれば人の目を気にするくらいで。

 駅から抜け出てしまえば、後はどうにでもなる。


 そんな想いで構内から駆け出た―――のだが。


「―――ってなんで愛希ちゃん付いてきてんの!?」

「は? 何言ってるの? 付いていくに決まってるじゃん! 秘密とかやめてよね!?」


 まさかの展開に勇が戸惑いを隠せない。

 さすがに、これで今日の付き合いは終わりと思っていたのだろう。


 でもそうは問屋が卸さない。

 愛希の要求はまだまだ終わってはいないのだから。

 それにまだ高級ブランドのバッグも買ってもらっていないので。


 故に必死である。

 それはまるで「獲物をここで逃がして堪るか」と言わんが如く。


「ええ!? ちょっと困るって!?」


「そ~!? 『ちゃなちゃん』は知ってるのにぃ!?」


「うぐっ……それ言われると辛いっ!!」


 だからこそ、ここぞとばかりに切り札を行使する。

 これは決して卑怯な事ではない、正当な権利だ。

 今日だけ使う事を許された特権なのだ。


 その特権を前には、勇の抵抗など全て無為と化す。

 抵抗したらすぐにでも思春期の残滓(わかさゆえのあやまち)が公にされそうなので。

 それをネタにされた暁には恥ずか死ぬ事請け合いである。


 そんな切り札を盛大に掲げ、愛希が「ニタァ」といじらしく笑う。

 ならば勇にはもはや言い訳すら許されず、観念するほか道は無い。


 走りながらも、頭をがっくりと落とす姿がそこに。


「う~、すいません福留さん。 俺にはもう無理……」


 急いでる事もあって、もはや四の五の言っていられる状況でも無く。

 という訳で結局、愛希を特事部本部へと連れて行く事に。


 愛希の言う通り、今日は勇にとっての厄日なのかもしれない。

 とはいえ自業自得なのだから、自ら呼び込んだと厄だと言っても過言では無いだろうが。


 




 愛希が付いてくるとなれば、やはり足の速さも鈍るもので。

 その所為で福留に連絡する時間も無いまま、時間ギリギリで本部へと辿り着く。


 しかし現れた愛希を前にして、警備員の顔はどうにも浮かない。

 どうやら彼女の事は入場対象として認められてはいない様だ。

 事実関係者ではないからだろう。


「すいません、二人通りますよ」


「ちょっと待ってください。 登録されていない方は通れません」


 でも、だからと言って勇もここで引き下がる訳にはいかない。 

 ここで愛希を追い返してしまえば、それこそ面子に関わる。

 男としてでなく、人としても戦士としても。


 例え間違った行いを犯そうと、時には意地を貫かなければならない時もある。

 愛希の気持ちに応えなければならないという今の意思がまさにそうだ。

 理屈だけで止められないのならば、正当な理由以外で遮る事は許されない。


 真実を語れる権利を持つ者にしか、今の勇と愛希は止められないのだから。




「俺が通るって、言ってるだろ……!?」




 故に実力行使も辞さない。

 その唸り声と共に警備員を睨み、魔剣の入った鞄をギュッと掴み取る。


 関係者ならば、その意味は充分にわかるだろう。

 勇が魔剣を一度奮えば、こんな鉄とガラスの壁など何の意味も成さない事など。


「う……し、知りませんよ、どうなっても」


 もちろん勇がそこまでしない事も知っている。

 ただ、その勇が特別扱いされている事も良く理解しているからこそ。


 その間も無く、鋼鉄のゲートが開き始める。


 警備員にも、これ以上勇を圧し留める理由や権限が無い。

 彼等はあくまで、関係者以外の進入を阻む役割しか与えられていないのだから。

 なら関係者筆頭である勇の連れを追い返すなど、そんな事出来る訳がないだろう。


 警備員に礼を返し、勇と愛希がゲートを潜る。

 時間がタイトだからか、開ききるのを待つ事も無く。

 そうして見えた本部建屋へと空かさず、再び走る姿がここに。


「何、何なの今の!? 勇さんってヤバくね?」


「ヤバくないよ、ちょっと脅してみただけさ」


 そんな勇は妙にご満悦だ。

 よほど今一連の行動が格好良かったと感じたのだろう。

 女の子の前でキメたくなるのは男の(サガ)ゆえか。


 ただし愛希はと言えば、勇よりもこの敷地自体に興味津々の様だが。


 なにせ存分に怪しい。

 表先には【大安商事】というありきたりな名前の看板が置かれていたのに。

 それがまるで高級マンションを彷彿とさせる様な、大層な鉄壁に囲まれていて。

 でもいざ中に入って見れば至って普通で質素な建物が並んでばかり。


 怪しいと思わない訳が無い。

 予備知識を持って訪れた心輝達とは事情が違うのだから尚の事。


 そんな怪しさてんこ盛りの敷地内を突き抜けて。

 遂には事務棟へと、躊躇う事無く足を踏み入れていく。

 その中でカードキーを手馴れて扱う勇に、愛希は内心ドッキドキだ。


 意外な一面とは、それだけで人の気を惹くもので。

 手慣れた場所での動きには一切迷い無く、それが格好良くて見えて堪らない。

 だからか、今では惚けたまま手を引かれるままに進む姿が。

 先程までの勢いがまるで嘘のよう。


 すると、その二人の前にとうとう福留が姿を見せる。

 内線電話を掴み降ろしている辺り、恐らく警備員から連絡を受けた直後なのだろう。


「おかえりなさい勇君。 さていきなりですが、どういう経緯でこうなったのか少し教えて頂けませんか?」


「は、はい。 それがですね―――」


 ならもう後は事情を話すだけだ。

 例えそれがどの様なお咎めをもたらす事になろうとも。


 時間が無い事をわかっている上で、勇がここまでの経緯を淡々と語る。

 それが最も早く場を収集する秘訣なのだと理解しているから。


 そしてどうやら、福留も一概に怒っているという訳ではないらしい。

 それどころか、経緯を知るや否や「ははは」と柔らかい笑みを浮かべていて。


「なるほどなるほど。 勇君は本当に面白い子ですねぇ。 普通の人はそんな間違いしませんよ?」


「う、面目ない……」


「いやいや、個性的でいいと思います。 まぁちゃなさんが来れなかったのは残念ですが、そんな事情があったなら仕方ありませんし。 あ、パンダの帽子、似合ってますよ」


 少なくとも、こんな冗談を言えるくらいには温和な様だ。

 もっとも、内心どう思っているかは表情から読み取れないが。


「さて……初めまして、清水愛希さん。 あ、(わたくし)こういう者です」


 そんないつもらしい雰囲気で近づくと、愛希に向けて手早く名刺を差し出す。


 もちろん、学生の愛希にはビジネスマナーなんて物はまだ早い。

 だからか、受け取り方も片手指で摘まんで取るといった感じだ。


 その事を充分理解しているからこそ、福留も別段気にしていない様子。


「内閣府、興業促進委員会、委員長、福留春樹さん……はぁ、おじいさん公務員なんだ?」


「ええ。 とはいっても、しがない下部組織の者ですけどねぇ」


 ぶしつけな態度を前にしても、なお表情は変わらない。

 福留が若者の在り方に大きく寛容的だからだろう。

 愛希の読み上げに微笑んで頷くなどは今まで通りで。


 だが、差し出した名刺は勇達が貰った物とは全く違う。


 造りはとても質素で、必要な文字と内閣府のトレードマークが刻んであるだけ。

 裏には同等の文言が英文で書かれているが、特にこれといった特徴は無い。

 まさに下部組織にピッタリの、予算がある事を感じさせない簡素な名刺と言えよう。


 つまりこれが福留の持つ、もう一つの顔という訳だ。


 一つは貿易会社【大安商事】の代表取締役。

 一つは【内閣府興行促進委員会】の委員長。

 しかしこれらは所詮、一般世間を誤魔化す為に造られたダミーに過ぎない。


 本命は当然、特事部である。

 今の福留はその本命を隠す為の役割を演じているだけで。


「愛希さんの事はかねがね伺っております。 ちゃなさんとは特別親しいと。 家族は両親との三人構成で、家は勇君と同じ街にある様ですね。 学校の成績は少し頑張らなければなりませんが、まぁ勉学ならやる気次第でどうにでもなるでしょう」


「え、なんでアタシの事そんなに詳しいの?」


「立場柄、勇君達の身辺は調査済みでして。 あ、深くは考えないでくださいねぇ。 これも国を担う公務員のお仕事ですから」


「はぁ……」


 今はその本命の情報力を最大限に利用し、こうして話題を繋げている。

 実態を晒さないで当然の様に語る姿はさすがの福留か。


「すいません福留さん、俺じゃもう愛希ちゃんを止められなくて」


「ははは、しょうがありませんよ。 君達の年頃の子は大抵、探究心に満ち溢れていますから。 なら私が代わりに説明する事にしましょうか。 何、そうまでして隠す事の程でもありませんよ」


 それに、勇やちゃなが隠し事を苦手としているのは良く知っている。

 そんな彼等を支えるのも仕事の一環だ。

 ならばこうして救いの手を差し伸べるのも吝かではないからこそ。


「それで、ここって何するトコなの?」


「そうですねぇ、いわゆる巡業、というやつです」


「巡業ってナニ?」


「簡単に言うと出張講演ですね。 日本各地で得意の芸を披露して、お客様を喜ばせるというお仕事です。 勇君やちゃなさんにはその芸の披露する役目をお願いしています。 例えば、勇君が得意な剣術とか」


「あ~なるほど」


 と言う訳で始まった説明なのだが。

 これまたあの絶妙な話術が炸裂だ。


 福留は決して嘘を言ってはいない。

 勇達の巡業とはすなわち変容地区への出張で。

 得意芸の披露とはさしずめ、魔剣使いの戦いだろう。

 だとすれば、お客様=魔者となる訳で。

 

 こうして本当の事を話しながらも真実をぼやかし、嘘で生まれる様な齟齬も失くす。

 隠している方も余計な心労を増やさずに済むという、実に巧みな説明手法だと言えよう。


「へぇー、それでちょくちょく居なくなったりしてるんだ」


「そうなのです。 なのでお二人にはとても感謝していますよ。 お客様にも()()()ですからね、えぇ」


 ならばこの〝お客様に大盛況〟とは詰まる所、〝魔者の断末魔〟といった所か。


 そういった意味なら勇も納得出来る。

 確かに、その大(せい)況っぷりをこの日までにそれなりと経験してきた当人なので。


「それにお二人を求めるお客様は結構居まして、最近は海外進出も考えています」


「えッ!? マジすか!?」


「えぇ、はい」


 おまけに勇もが驚くネタまで交え、抜け目が無い。

 昼間に世界の魔剣使いを想像していたから尚の事。

 家に盗聴器でも仕込まれているんじゃないかとさえ勘繰ってしまう程にタイムリーだ。


 それに、勇の驚く様を見れば誰だって思うだろう。

 福留が仕事の全てを牛耳っているのだと。

 だとすれば、その本人の話す事が真実だと思えてしまう訳で。


「ちゃなさんも実は相当な有段者でして。 実は勇君より凄いんですよ?」


「マジで!?」


「えぇ、驚くでしょう?」


 更にはこんな一言まで添えられれば疑う余地は無い。

 何せ、勇と愛希が初めて会った時に言われた台詞がそっくりそのまま重なったのだから。


 別れ際に残した、「田中さんは俺より強いよ?」という言葉が。


 もちろんこの一致はただの偶然。

 ただ単に自身が持つ認識をそっくりそのまま伝えた結果に過ぎない。

 福留もさすがに、個人的な会話を把握出来る様な超人ではないから。


 といっても、真実だけを語れば理屈はおのずと合うものだ。

 嘘で塗り固めなければ、信憑性というものはこうして簡単に積み上がる。

 福留が嘘を嫌うのは、こういう時の齟齬を嫌っているからなのだろう。


「うそぉ……信じらんない。 本当だったんだ」


「あ、ちなみにインターネットで調べても出て来ません。 これも公務の一環で非公開となっておりまして」


「そういえば外に【大安商事】って看板に書いてあったケド」


「あれはお隣の建物のテナント名ですね」


 その最後にはこうしてしっかりと外堀も埋め、秘密の漏洩防止も欠かさない。

 何事も抜け目無い福留らしい締め方である。


 だとすると、もしかしたらその隣の建物も既に買収済みなのかもしれない。


「大体把握してもらえたでしょうか?」


「うん。 ごめんね、アタシ勇さん達がそんな頑張ってたなんて知らなくてさ……」


「いや、俺も誤解させたし。 こっちこそごめん」


 そんな福留の徹底した話術と準備が今こそ活きる。

 お陰で愛希は今やっと、真の意味で勇を解放してくれた様だ。


 困った時の大人頼み。

 でもこれは決して悪い事などではない。

 時には先駆者に頼り、力を借りる事も問題解決の大切な糸口となるだろう。


 勇はこの日、再び福留に感謝する。

 その問題解決を担ってくれた事と、怒らず話を聴いてくれた事に。


 だからこそ感じずには居られない。

 これが本当の意味での〝困った時はお互い様〟という事なのだろうと。




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