~二人発つ、嵐が前の静けさ~
勇達を乗せた小型ジェット機が遂に徳島へ降り立つ。
しかし滑走路を外れて向かう先は空港施設ではなく倉庫前。
そこには一台の車を背にした一人の男の姿が。
巨大な航空機が迫って来るにも拘らず、堂々と立ち塞がっていて。
間も無く速度を抑えて止まる機体を迎える様にして静かに見上げる。
でも迎えようとしているのは当然―――
「勇君、ちゃなさん、足早にお願い致します!」
その一声と共に航空機の扉が開かれ、福留達がその姿を晒し。
同時に降機用タラップ車が駆け付けるも、完全に取り付く前に三人が駆け下りていく。
そんな彼等の前に例の男の姿が映り込んだ。
「久しぶりだね、勇君、ちゃなさん!」
「あ、御味さん!!」
そう、アルライの里の一件で世話になったあの御味である。
特事部西日本担当ともあって、こうして四国での対応でも先陣を切っていたのだ。
アルライ交流会の時からもう既に一ヵ月近く経つ。
あの時の思い出も程よい過去で、御味の姿が懐かしく感じる頃合いだろう。
ただし、状況が状況とあって懐かしがってもいられないが。
「御味君、まずは急ぎましょう!」
「はいッ!」
事態は一刻を争う。
福留の様な老人でさえこうして駆けねばならない程に。
だからこそ御味も颯爽と車の後部座席を開いて待ち構えていて。
三人が揃って飛び込む様に入れば、己も空かさず運転席へと乗り込んでいく。
「急ぎます! 頭を打たない様に気を付けてください!」
御味のこういった時の運転はとても荒い。
たちまち、まるでレーシング車の様にタイヤをスリップさせて高加速し。
勇達の姿勢など構う事無く車体を揺らせつつ、一気に滑走路外へと目掛けて突き抜けていく。
勇とちゃなはその慣性によってもう壁に押し潰されんばかりだ。
もはや頭を打つどころの話ではない。
とはいえ、ちゃなの膨らんできた胸が押し付けられ、勇としては悪い気もしなかった訳であるが。
一方で福留はと言えば、手馴れた様に取っ手を掴んで耐えていて。
「御味君、状況は何か変化はありましたか?」
車内が揺れる程の荒々しい運転の中、遂にはその手まで放してタブレットを弄り始める。
画面に映るのは当然、現状況を映像化したデータだ。
着陸・合流するまでの間にも状況は変化しているかもしれない。
こうしてデータに反映されていない情報だってあるだろう。
こういった時に役立つのはやはり己の耳。
直接現場から話を訊き、受け取った情報を伝える事も重要となりえるのだから。
「状況は悪化する一方ですね……相手は第二陣を派兵、村落を拠点にしつつ周囲三地区への侵攻を開始しています。 隊員の死傷者一名、重軽傷者と合わせて九名と被害も甚大です」
「既に彼等の活動時間帯に入っていましたか」
ふと福留達が空を見上げれば、赤く染まった夕焼けが映り込む。
彼方は既に闇がかっていて、もう間も無く夜が訪れる事を示唆させる。
予想を超えた状況に、「むぅ……」と喉を唸らせずにはいられない。
「もしも今夜彼等を止められなければ―――」
「―――必ず何とかしないといけないという訳ですねぇ」
そう、事態はもう最悪と言っても過言ではない状況に突入しつつあるのだ。
何故なら、御味の言う「三地区」が都市部に繋がる中間地点だから。
それはすなわち、【オンズ族】が都市部目掛けて真っ直ぐ侵攻しているという事に他ならない。
普通の人間が魔者に太刀打ち出来ないのは周知の通り。
もしそんな魔者が都市部へと雪崩れ込んでしまえば、きっと大被害は免れない。
想像通り虐殺が始まってしまう。
ダッゾの時にも引けを取らない程の大惨事が。
そうなれば融和計画どころか、日本人全てが魔者アレルギーになりかねない。
むしろ前代未聞の殺戮劇として歴史に名を刻む事となるだろう。
それだけは絶対に阻止せねば。
今すぐ王を討たないと、四国地方は間違いなく【オンズ族】の手に渡る。
だからこの戦いはもはや退く事も負ける事も許されない。
退路無し―――それが勇達に与えられた最後の悪条件である。
だがその悪条件も、時には思い掛けないキッカケを呼び込む事も。
「だったらもうやるしかないですよね。 それなら今までと何も変わらないから大丈夫です!」
「うんっ、こうなったらとことんやりましょうよ!」
二人にとってはこんな不利的状況は初めてではない。
むしろ困難にばかり立ち向かってきたから、今はもう馴れたものだ。
だからちゃなでさえ「とことん」なんて言葉をこうして吐き出す事が出来る。
二人共もう既にやる気十分。
ちゃなでさえこうなのだから、御味は愚か福留も目を丸くしてならない。
そしてその一言が、福留に思い切りを与える事に。
「そう、そうですね……ええ、そうしましょう。 ならもう気兼ねなく大暴れしてきてください! 戦闘区域に在る住宅や畑などの被害は気にしなくても構いませんので! 我々が全て責任を取ります!」
「ふ、福留さん!?」
これから向かう場所はすなわち相手の占領区域内。
住民は避難済みで一帯には魔者しか居ない。
避難した人々への補償も約束されている。
ならばもう遠慮は必要ないだろう。
全てを薙ぎ払うつもりでいけばいい。
幸い、こちらにはそれが出来る人物が居る。
「あちらがその気なのです。 ならばこちらも。 ええ、と こ と ん、やりましょうっ!」
「……そうですね。 後始末は僕らが頑張れば良いだけですから」
福留の思い切った提案を前に、最初は動揺していた御味も吹っ切れた様だ。
たちまち車内が二人の「ふははは!!」という高笑いに包まれ始めていて。
そんな大人二人の哄笑コーラスは実に不気味。
勇達が堪らず顔を引きつらせてしまう程に。
「では勇君、ちゃなさん。 全力で然るべき対応をよろしくお願いいたします。 ……今回のツケは大きいという事を彼等に思い知らせてあげなさい」
そうして括った言葉はまるで代官を懲らしめる世直し老中の台詞そのもの。
だが力が籠りに籠ったその台詞は、勇達の背を押すにも十分な程に気迫が乗っていたから。
そうなれば勇達が応えない訳も無い。
「「了解!!」」
そう応える二人にもまた笑窪が浮かぶ。
福留達の思い切りに感化されたのだろう。
そう話している間にも車は進み続け。
既に作戦開始地点までもう間も無くの所へと到達している。
しかし空はもう漆黒を帯び始めていて。
少ない街灯の光とヘッドライトだけが先に行く道を照らしていた。
「勇君、これを。 この地図を頼りに【オンズ族】の拠点に向かってください。 まだ王はそこに居るはずです」
そんな時に勇へと差し出されたのは、今まで福留が使っていたタブレット端末。
最小サイズの物ともあり、持ち運びにも不都合はなさそう。
「壊しても構いません。 最大限に活用してください」
「わかりました。 お借りします」
何分、行く道は農村部で明かりも少なく視界は最悪で。
おまけに目的地は村を抜けた先の林ともあって、目印も乏しいからこその道標だ。
福留の愛用していたこのタブレットならきっと勇達を正しく導いてくれるだろう。
これでもう疎いは何も無い。
間も無く車が停車し、御味が静かに合図を掛ける。
作戦開始地点に到着したのだ。
「行こう、田中さん」
「はいっ」
その拍子に二人も車から飛び出し、早速装備に不備が無いかを確かめる。
二人とも既に車内で着替え済み、戦闘準備はバッチリである。
そんな二人の様相、もはや以前のそれとは違う。
勇もちゃなも服装そのものが変わっていて。
二人が上半身に着込んでいるのは薄手生地で出来た深紅のジャケット。
特事部が用意した戦闘服で、見た目的には以前勇が使用していた市販品と殆ど変わらない。
でもその内部はと言えば―――
布地の裏側に極細炭素繊維網を多重配合。
耐せん断性・耐弾性に加えて柔軟性にも優れ、ちょっとやそっとじゃ破れない切れないという代物で。
性能試験においては、勇が全力で引っ張ってもなかなか裂けずに難儀したという実績さえある程。
おまけに重量もただの布製とほとんど変わらず、ちゃなでも着こなす事が可能だ。
これならば勇の様に激しく動く者でも気兼ねなく扱えるだろう。
そんな装備がこうして完成したのも、今までの勇の戦闘データがあったからこそ。
それから試行錯誤を繰り返し、ようやく正式試作品として二人に支給されたのである。
これぞまさに最新技術の塊。
勇達の為だけに開発された真の戦闘服なのである。
もちろん装備はそれだけに留まらない。
勇が戦闘服の上に纏うのは【大地の楔】運用の為の魔剣ホルダー。
【大地の楔】はいわゆるショートソード級の魔剣で、【エブレ】と異なり刀身がそこそこ長い。
そのため基本携帯を腰から肩に変更、背負う形での運用に変更された。
また、戦闘中の帯刀を考慮して腰にも簡易ホルダーを搭載、引っ掛けて下げる事が可能となっている。
もちろんこれもチタンワイヤーを複合したベルトを使用、その強度はもはや防具クラス。
戦闘服と合わせれば並みの斬撃程度ならば断裂を防ぐ事が可能な程だ。
命力に対しての耐性は無いが、それでも十分な防御力と言えるだろう。
ちゃなの装備にも変化が訪れている。
試作で作ったエーヴェホルダーも正式版として用意されたのだ。
それも勇の魔剣ホルダーと同じ、チタンワイヤー複合ベルトによる軽量仕上げで。
また、魔剣使用時にあらゆる角度から取り出せるフリーマウント方式を採用。
特に大きい【ドゥルムエーヴェ】を咄嗟に運用出来る様に考慮された仕様として仕上がった。
なお、【アメロプテ】を仕舞ってあるウサギ鞄は個人物なのでもはやデフォルト装備である。
これ程に頼れる装備がある。
戦う為に必要な情報もある。
そして後に引けぬ理由もある。
「それじゃ、行ってきます!!」
「お二人とも、お気をつけて!」
だから勇もちゃなも自信を以って発つ事が出来る。
背中を支えてくれた人達の為にも、負けられないから。
拳に力を込めて―――二人は行く。
【オンズ族】の横暴を制する為に。
勇とちゃなが暗闇に消えた後も、福留達はその場を離れようとはしない。
ここが二人の帰ってくる場所だからこそ、待つ事を望んだから。
「御味君は戦いに赴く彼等を見送るのは初めてでしょう? どうですか彼等は」
「とても勇ましいものです。 もし自分にも彼等と共に戦える力があるなら是非とも一緒に戦いたい……そう思えるくらいに」
見えなくなってもなお、視線はその先に向けたまま。
交わす会話もどこか弾むかの様に軽快で。
その姿はまるで魔者の事を恐れていないかのよう。
いや、実際に恐れてはいないのだろう。
勇とちゃなのあれ程までに勇ましい姿を目にしたから。
もう何も心配無いと思わせる程に凛々しかったのだから。
「そうですか、いやぁッハッハッハ!!」
「先生……?」
「実はですね、私も初めてなんです。 彼等があんなに勇ましいと思ったのはね。 やはり若いというのはいい。 とても成長が早い。 あんな子達を見たら年甲斐も無く昂ってしまいますよ」
かの凛々しさは福留にもバイタリティを与えた様だ。
そうして御味に向ける笑顔はいつもと違った、ずっと無邪気そうなニッカリ顔で。
それでいて共感出来る程に、微笑ましくて。
「年甲斐も無くねぇ、私も御味君と同じ気持ちなのですよ?」
そんな二人が顔を合わせれば、命力なんて無くても気持ちは簡単に通じ合える。
少なくとも、信頼出来る者同士としてこの場に居る二人ならば。
戦いの前の静けさが二人を包む中、再び視線は戦場の方へ。
今はただ静かに祈ろう。
勇とちゃなが無事に帰って来てくれる事を。
未来を切り拓き、平穏を勝ち取って来てくれる事を。
それこそがあの二人にとって最も心強い応援となるだろうから。




