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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第八節 「心の色 人の形 力の先」
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~夏、終わりを告げる狼煙~

 ミズニーランドから栃木への帰路。

 それはそれは実に長い道のりであった。

 全体で見ればおおよそ二時間程にも拘らず。


 なんといっても最初の三〇分が地獄過ぎで。

 満員電車はそれ程に勇達を苦しめた様だ。


 しかし栃木に近づけば近づく程に人の数は減り。

 最終的にはゆったりと座りながら待つ勇達の姿が。




 そんな旅路もようやく終わり、遂に勇達は栃木駅へ。

 降り立った彼等は座れていたにも拘らず疲労を隠せない。


「く、空気が美味しい……」


「人が多いなりの恐ろしさというものを身を以って体験しました。 これはとても恐ろしい乗り物だったのですね……」


「うん、電車は怖いですよ。 色んな意味で」


 ちゃなの言う「色んな意味」はさておき。

 こうして現実を知るまでが、ある意味で言えば今日の目的でもある。

 例え綺麗だった髪がクシャクシャになろうとも、それもまた一つの体験として生きるだろう。


「でももう出来れば思い出したくはないですね」


 そんなツッコミが出てしまうのもいざ仕方のない事であるが。




 疲れた体を引き摺る様にしながらホームを登り、改札口へと向かう。

 そうすれば当然の如く、その先にはあの女性職員の姿があって。


 ただ、さすがの彼女も抱えた大荷物を前に少し引き気味だ。


 ともあれ、後は荷物を車に押し込めばミッションコンプリート。

 達成を目前に控え、勇達が力を振り絞って荷物を運んでいく。

 ちゃなに至ってはもはや顔を崩すまでに必死である。


 しかしそれもなんとか女性職員の力も借りて完遂し。

 ようやくエウリィを送り届ける事に成功したのだった。


 その達成感や、終わった途端に「やったぁ!!」と声を張り上げるまでに大きかった様だ。


「藤咲さん、今日はお疲れさまでした。 後日福留先生から連絡があると思いますのでよろしく願いいたします」


「わかりました。 エウリィさん、またね」


「またねー」


「今日は本当にありがとうございました。 また後程【れいん】でお話致しましょう。 それでは勇様ちゃな様ごきげんよう」


 そうして無事、送迎車が夜の街へと走り出す。

 エウリィが勇達を名残惜しく見つめ続ける中で。


 また一緒に遊べる日が訪れる事を願いながら。




 エウリィが帰れば、後は勇達の番。

 とはいえその旅路は、ここに至るまでの道程にも等しい距離な訳で。


「俺達も帰ろうか。 ちょっと遠いけど頑張れる?」


「うん、また背負われないように頑張ります」


 でももう何の疎いも無い。

 後は真っ直ぐ家に帰るだけだから。






 勇達が肩を寄せ合って眠りながら、夜の電車に揺られ行く。

 きっと二人はその時の様相になど気付いてはいないだろう。

 それ程までに疲れ果ててグッスリだったから。


 その様子はまるで恋人同士の様で。


 そんな事になど関係無く、車両は進み続ける。

 彼等が帰るべき街へと送り届ける為に。




 今はただ静かに―――眠り続けても良いのだから。






◇◇◇

 





 あれからの翌日、夏休み最終日。

 それももう昼過ぎ、もう間も無く夕刻へと差し掛かった頃。


 先日の興奮も冷めやらぬ中、勇達は早速エウリィと【RAIN】での会話を楽しんでいた。


 既にミズニー土産は各友人宅に届け済み。

 それも恒例のロードワークを兼ねての宅配ともあって、朝から完遂である。

 早朝に乗り込まれた心輝や瀬玲としてはきっと不愉快極まりなかった事だろう。

 ちなみにあずーはちゃんと起きていたのでそこは褒めてあげよう。


 ちゃなの方も昼前には届けた様だ。

 先日の疲れが抜けていないちゃなだったが、そこはどうやら愛希がカバーしたらしく。

 自転車二人乗りで強引に風香や藍の家に乗り込んでいったのだそう。

 持つべきものはやはり親友と言った所か。

 なお、自転車二人乗りは原則禁止なので真似しない様にしよう。


 そんな訳で二人とも明日の始業式への備えも十分。

 各々の制服もクリーニング済みで抜かりはない。


 なのでこうしてSNSでの会話に華を咲かせる事が出来ているという訳だ。


 とはいえ、その雲行きは別の意味で怪しいが。


「エウリィさん凄いですね。 昨日よりずっと日本語上手くなってます」


「だよな。 なんだかんだで田中さんが沢山教えてたからじゃない?」


「ううん、ここまで教えてないですよ。 この漢字とか私も知らないんですけど……」


 どうやら昨日のミズニー体験は楽しいだけでなく、語学学習にも繋がっていた模様。

 明日までの準備は抜かりなくとも、勉学面では大いに不安を感じてならない。


 というのも、あの道中には漢字が書かれた看板も多く設置されていて。

 子供向けにフリガナを振ってあった事もあって、エウリィでも読める事が出来ていた。

 そのおかげで生の日本語にも触れられ、たったそれだけで不足知識分を学習してしまったらしい。


 まさか遊びながら学習していたとは。

 これには勇達も舌を巻かずにいられない。


「これ、その内俺達の会話能力超えるんじゃね?」


「あ、有り得ます……負けないように勉強しなきゃ」


 顔良し、器量良し、素養良し。

 おまけに膂力(りょりょく)胆力(たんりょく)・命力も良し、加えてこの学習能力はもはや天才か。

 非の打ちどころの無い実力は、スマホを介しただけでも画面から滲み出て来るかのよう。


 スマホを前にエウリィの長所を挙げてはウンウンと頷く二人。

 でも最後の欠点が挙がれば、揃って「コテン」と首を傾げ落ちる。


 後はあの〝闇エウリィ〟さえなければ完璧なのだが。


「でもそろそろ俺もエウリィさんに負けないくらいには力付いて来たと思うんだけどな」


「目覚めましたしね。 あの闇エウリィさんを抑えられるくらい強くなってください!」


 こんな事を言う辺り、やはりあの鬼気具合はちゃなも相当怖かったらしい。


 ともなればこんな事を宣う勇に期待せずにはいられず。

 「キラキラ」とした期待の眼差しを向けては、可愛らしく胸元に両腕を「グッ」と寄せてみせる。


 ただ、そう出来るポテンシャルを一番秘めているのは言った当人だろう。

 これには勇も「君も頑張ろう?」と思ってならない。

 と言ってもそんな事を口に出せる訳も無く。


 良い意味でキラッキラな威圧感が凄かったので。




 そんな感じで何気無い裏話を交わしつつ、画面の向こうでは爽やかな会話を打ち返す。

 ピュアな別世界人の相手を他所に、現代の黒い縮図が今ここにも展開中である。

 もちろん二人とも悪意は無いが。


 するとその最中、勇の画面が突如として真っ黒に。

 間も無く一人の人名が中央に浮かび上がり、勇を驚かせる。


「あ、福留さんからの電話だ」


 そう、相手は福留。

 先日の女性職員が言った通りに連絡してきたのだ。

 

 とはいえ、昨日の件で話をするには若干遅めにも感じさせてならない。

 やはり仕事で忙しいのだろうか。


「もしもし?」


『こんにちは勇君。 先日はどうもありがとうございました。 いやぁ本当に助かりました、ええ』


 電話に出れば、早速あの福留の緩やかな声が。

 莉那とは違った優しい声色が、思わぬ安堵の溜息を呼び込む事に。


『孫娘も大変喜んでおりましてね。 あれ程喜んだ所は見た事がありません。 勇君達に任せて正解でした。 やはり同年代同士の方が楽しく遊べるものなんですねぇ』


「マジッスカ」


 その溜息が聴こえなかったのか、それとも心境を変に察したのか。

 それともただの親バ―――孫への愛か。


 続いて放たれたのは莉那の話題で。

 しかも予想外の展開に、勇の顔が別の意味で驚きを見せてならない。


―――え……あれ、喜んでたの?―――


 確かに最後の辺りは打ち解けて、普通に話を交わす事も出来た。

 莉那自身も優しい所を見せてくれたし、それが本質だと言えば納得も出来るだろう。

 でも莉那側は終始あの不愛想っぷり、笑ってる所なんて一切見せなかったもので。


 それをこうして〝今までに無いほど喜んでいた〟なんて言われても実感が湧くはずも無く。


「ま、まぁ俺達もTML楽しめたんで良かったッスよ……」


『そう言って頂けると、こちらとしても幸いです。 少しハプニングがあった様ですが、その件は我々の方でカバーしますので心配なさらないでくださいねぇ』


「え、知ってたんですか……?」


『ええもちろん。 あれ、言ってませんでしたか? 四人の状況は常にモニタリングされていたので把握済みですと。 それと私服監視員も紛れ込ませていましたので危険は無かったハズです』


「マ、マジッスカ」


 ここで明らかとなる、まさかの新事実。

 勇の驚愕はもう既に最高潮である。

 事情のわからないちゃなが隣で首を傾げていようとも関係無く。


 つまり勇達の行動は全て福留に筒抜けだったという事だ。

 ドラマや映画にある様な監視劇が、まさか自分達に展開されていたとは夢にも思わなかったのだろう。


 もっとも、エウリィの様な要人を連れていたのだ。

 監視員が居るなど、考えればわかりそうな事なのだが。


『それと事実こそ話しては居ませんが、孫娘にも相手が口外無用の人物である事は伝えてありますのでご安心を。 あの子は幼く見えますがしっかり者なので信頼して構いません』


「は、はぁ……そうですか」


 莉那への対応も含め、機密保持に抜かりなしと言った所か。

 相変わらずの徹底した用意周到さに、勇も驚きを通り越して呆けるばかりである。


 ほんの少し過保護さも垣間見えるが、この際気にしてはいけない。


『ただ、エウリィさんの暴走は少し頂けませんでしたね。 やはりそこは勇君が何としてもコントロールせねばならない所です。 もう少し女の子の扱いに気を付けてください。 お腹を殴られて悶絶する辺りは男として失格と言わざるを得ませんからねぇ、幾ら相手が強いとはいえ』


「ウ、ウス……」


 というか何も反論出来ないので、気にする事にさえ至れない。


 何せエウリィのあのボディブロー、考えても見れば先週の訓練施設事件の再来とも言える。

 なのにああも再び悶絶させられれば、教訓を生かせていない事にもなる訳で。


 魔剣使いたる者、相手が女の子であろうとも油断をする事は許されない。

 少なくとも命力を有している相手ならば。


 そう言われた様な気がして。

 そこにはスマートフォンを耳に充てつつ、刻む様に頷いて深~く理解する勇の姿が。


『それと、先日のエウリィさんのお土産の事ですが、予算超過分のお支払ありがとうございます。 差額は後日勇君の口座に振り込ませて頂きますので』


「あ、別に構わないですよ。 大した額じゃないですし、フェノーダラの皆さんの為なら―――」


『いえいえ、そういう訳にはいきません。 ここはちゃんとしておきましょう。 それに安心してください。 税金という形で勇君のお金が回ってるだけですから、払おうが払うまいが結局戻ってきているだけですので』


 サラっとそう言われると、さすがに勇もちょっと複雑な気分だ。


 勇の活動費は給料に至るまで全てが税金払い。

 戦いに関する交通費も、支給される装備品も。

 昨日のミズニーランド観光も、土産の支払いも。

 何もかもが税金で成り立っている。


 でもその拠出素の一部はと言えば支払った勇本人。

 それが税金というものなのだ。


『むしろ勇君自身に沢山使ってもらった方が助かります。 消費量が多ければその分経済が回りますから。 税金はその為に有ると言っても過言ではありませんからね』


「そ、そうですか。 それならまぁ」


 とはいえ税金の話は勇にはまだ早い様だ。

 こうも返事してはいるが、福留の話を理解出来た訳ではない。


 それはどうやら福留も察した様で。


『ちなみに先日の一件でも報酬も出ますので後で確認お願いいたします。 戦いと比べると少額ですが』


 切って続く話はちょっとした嬉しい話題。

 降って沸いた様な出来事ともあって、勇が思わず「えっ!?」と驚きを露わに。


「報酬も出るんですか!? いいのかなぁここまで貰っちゃって」


『はは、友好国との親睦を深める大事な機会でしたから。 外交報酬だと思ってください』


「ガイコー報酬……ですか」


 勇としてはただ友達と遊んでいるだけな感覚だったのだが。


 けれどそれも、日本政府にとってしてみれば大事な外交手段の一つ。

 実は勇が思う以上に、エウリィと交流する事はとても重要な仕事なのだ。


 フェノーダラ王国はまだ正式に国として認められてはない。

 しかし特異な状況の今、異例として非公式に国として扱う事が決まっている。

 となれば友好国として交流するのも当然の事で、勇達はいわばその架け橋。


 その外交交流が成功ならば、今回の様に報酬を出す事も吝かでは無いという訳だ。

 存じないとはいえ、当然の権利だろう。


「何から何まですいません……」


『いえいえ。 勇君達はそうする程の成果を上げていますから。 さて、そんな楽しい話題はこれくらいにしておいて―――』


 だがそんな浮かれ話も間も無く、福留の途端の含み節によって空気をガラッと変える事となる。


 勇もそれを察した様だ。

 緩んでいた目元が途端に鋭さを帯びていて。


『ゆっくりとしていた所を申し訳ありませんが、これより十五分以内に戦闘準備を行い、すぐに家を出てください。 目的地は羽根田(はねだ)空港。 乗る電車は駅に着き次第連絡します』


「ッ!? わかりました!!」


 だからこうして、福留の話を前に動揺もせずに受け応える事が出来る。


 きっと勇もなんとなくこうなると思っていたのだろう。

 何せ福留の話し方はここに至るまでにどこか早口で。

 まるで急いでいる、そんな風にも思えてならなかったから。


 もう既に勇達が乗るべき便は決まっている。

 その便が来る時刻も乗り継ぐ先も。

 その上でこうして話す余裕があったから、伝えるべき話を混ぜただけだ。


 そしてその全てを勇は直ぐに理解出来たから。

 福留が電話を切る前にはもう、スマートフォンを懐へと仕舞い込んでいた。


「田中さん、今すぐ装備を整えて駅まで行こう。 急がないと不味いと思うから急いで!」


「はいッ!!」


 ちゃなももうそんな対応にすっかり慣れている。

 勇の雰囲気だけで察せる程に。


 だから二人は直ぐに駆け出す事が出来るのだ。






 突如として訪れた不穏な空気。

 果たして、勇達に舞い込んだその空気の正体とは。


 知らぬ間に蠢き始めていた悪意は―――平穏を享受する事すら許してはくれない。






 なお、これは余談であるが―――


 これよりおおよそ一年後、ミズニープロダクションよりアニメ作品『エメリーと輝きの園』が公開される事となる。

 これは主人公である青髪の小さなお姫様エメリーが、輝きを失った夢の国を復興するという物語。

 彼女は光を操る不思議な能力の持ち主で、国民を始め、輝きを奪った闇森の精霊を説得するというのが大まかなあらすじだ。

 この物語にはエメリーが光の花火を打ち出す場面もあり、そこがミズニーランドで起きた一件と酷似しているなどと騒ぎに。


 しかしこれがエウリィの出来事を元にしたかどうかは、結局のところ明らかにはされなかったという。




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