~手紙、騒動の始まりは突然に~
一週間ほど前の訓練施設での騒動熱がようやく冷めてきて。
あの時の痛みも忘れ始め、勇達は再びのびのびとした日常を満喫し始めていた。
でもまさか、またしてもこんな騒動が巻き起こるとは。
それは夏休みが残すところ僅か三日となった頃。
空が淀んで雨が降りそうな日の、些細な出来事から始まる。
この時期ともあって、勇もちゃなもやるべき事はしっかり終えた後。
心輝の無茶振りも跳ね退けたので特に予定も無く。
何も無いという至福の一時をただ静かに堪能していた。
そんな訳で。
その勇とちゃなは現在、恒例となったニュース視聴の真っ最中。
というのも―――
真実と報道のギャップが堪らなく面白いから、なのだとか。
変容事件に関する世間の動向は、福留からの政府動向とは全く異なった動きを見せている。
時には全くの虚実を「新事実!」などと謳って報道していたり。
でも時には的を得た意見に論議を重ねていたり。
酷い時には、関係無い話と混ぜ込んで批判の材料にする事も。
でもそれが勇達にはエンターテイメントと同じ様に見える様で。
事情をよく知り、事実と虚実を見分けられる勇達ならではの遊びと言えるだろう。
ただ最近、ちょっとばかり魔者関連の話題が増えてきている。
国内外に問わず、目撃証言や画像・動画が流出し始めてきているのだ。
さすがにあれからもう二ヶ月。
隠蔽工作の綻びも出始めているのだろうか。
魔者に関しては国連や各国政府が協力して情報封鎖を行っているはずなのだが。
世界中で起きている事とあって、やはり人の好奇心は抑えられないのかもしれない。
その様な動向もテレビからは垣間見えるから。
勇達がこうやって世間の視線で情報を集める事も大事なのである。
中には政府が把握していない事もあるだろうから。
「勇君、福留さんから書留届いたわよ」
しかしそんな時、リビングに甲高い母親の声が響き渡る。
どうやら郵便物を受け取った様で。
屋内に戻ってきて早々、勇に「ピラリ」と差し出して見せていて。
「え? なんだろ」
母親が見せたのは少し重厚そうな茶封筒。
しかも蓋が封蝋で閉じられた、見た目実に大層なモノで。
受け取った勇もどこか怖れ多く、目から離してまじまじと眺めてしまう程だ。
しかも、いざ封を解いて開けてみれば、真っ先に出て来たのは一枚の手紙。
金色の紋様が描かれた、如何にも高価そうな用紙である。
「今時手紙っていうのも珍しいな。 福留さんらしいと言えばらしいけど」
送り主が年寄りである福留とあって、手紙を扱う事に違和感は無い。
ただ昨今ではメールやSNSもあって、意思疎通には事欠かないはずなのだが。
というかその福留、実はそっち方面でも人並み以上に手馴れている。
スマートフォンの扱いも手馴れたもので、勇やちゃなよりも文字を打つのが断然速い。
わざわざこうして封書で送る必要があるのか怪しい程に。
とはいえ福留のやる事に意味の無い事など無いだろう。
それを理解している勇だからこそ、何の偏見も無くこの手紙を読む事が出来る。
「福留さん、さすが達筆だなぁ」
「なんて書いてあるんですか?」
でも中身はやはり皆気になる様で。
ちゃなもが手紙を広げる勇へと視線を向ける。
「えーっと、じゃあ読み上げてみるか。 『拝啓、勇君。 突然の事で申し訳ありませんがお願いがあります』」
「お願い?」
「うん。 『実はエウリィさんが例の発作を再び発症させしまった様でして。 先日フェノーダラへ訪問した際、その事実が明るみとなりました』、うわぁ王様大変だな……」
しかしその内容はと言えば、文面だけではわからない深刻さが滲み出るかのよう。
読み上げていた勇の口元に堪らず苦笑が浮かぶ。
決して他人事ではないのだが。
「エウリィさんが大暴れしたやつでしたっけ?」
「そうそう、瀬玲なんか『もう行かない』って言ってたやつ」
「大変そう……」
あの時の思い出は勇も心輝達も未だ忘れられない。
猛牛が如き勢いと、悪魔が如き邪悪さと、幼児が如き無邪気さが交錯したあの時の出来事は。
出来うる事ならもう二度と味わいたくないと思える程に。
だからこそ敢えてもう一度言おう。
決して他人事ではないのだが。
「『しかも今回は少し意向が異なる様で。 どうやらエウリィさんは特に勇君を指名している様なのです』、俺かぁ~~~!!」
もしかしたらこの間触れあった事で調子に乗ったのかもしれない。
なまじ心が通じ合ってしまうと、ほんの少し我儘っ気が出てしまうもので。
指名された本人としては頭を抱えざるを得ないが。
「ホラホラ、項垂れてないで続き続き!」
対して、外野な母親は気楽な物言いである。
完全に面白がっている模様。
「少しは心境察しろよな……『そこで是非とも彼女のストレスを解消出来るよう御助力をお願いしたく』、ですよねーそうなりますよねー」
「婚約者ですし、当然ですよね」
「え、そういう話まで行った気は無いんだけど!?」
婚約とは双方の同意があっての事で、互いの気持ち的にも成立しているとは言える。
とはいえ、やっぱりお互いまだまだ子供なので。
さすがに婚約までの話となると、勇も戸惑いを隠せない。
「勇君、顔がにやけてるわよぉ?」
「うるさいなぁ、ほっとけよ……」
こうして照れてる辺り、乗り気ではないという事ではなさそうだが。
「―――『本書にミズニーランドのパスポートチケットを三枚同封致します。 政府より外出許可も下りましたので、エウリィさんとちゃなさんを連れて是非とも遊びに行ってください。 特事部 福留晴樹より』、福留さん、遊びに行ってってスケールが大き過ぎるよ。 エウリィさん外に連れてって平気なのかな……」
そしてその締め括りは、今までの小話すら吹き飛ぶ程に衝撃的だった。
まさかのエウリィ外出許可。
つまり、『あちら側』の人間史上初と言える現代観光となる。
アルライの里での交流会に続く異文化交流という訳だ。
一応は人の姿をしているからいいものの、文化の違いがどの様な騒動を引き起こすやら。
そこに勇も不安を隠せない。
「あら、いいじゃなぁい? 夏休みの最後の思い出に王女様とミズニーランド!」
「ミズニーランド行きたい!」
しかし隣の二人はと言えば実に楽観的だ。
ちゃなに至っては期待と喜びの余り、目をキラキラと輝かせていて。
これでは何かがあって中止になった場合、一週間前のネガティブちゃなが再来しかねない。
勇の心配ももっともだ。
シチュエーションとしては申し分無いのだが、何せ不安要素が多過ぎるので。
「一応福留さんに確認しとこ」
その期待が膨らみ過ぎる前に。
間違いを犯す前に。
手紙の内容確認だけではなく、ちゃんと当人の声で確認する事も大事なのだ。
という訳で早速スマートフォンを片手に、福留へと電話を掛ける。
すると―――
『あっ、勇君ですか? いやぁいい所に電話をくれました! すいません今忙しくて余り相手出来なくて! いきなりで申し訳ないんですがミズニーの件、一人追加でお願いします』
「え? あ……は、はい」
繋がって早々挨拶を交わす間も無く、福留の怒涛の声が押し寄せてきて。
マシンガンの様な早口と、挟む隙間も無い言葉の数々に、勇も相槌さえほぼ打てない。
『その件は、ええ、ハイ―――あ、勇君? ミズニーは明日なのでゲート前十時に待ち合わせでお願いします。 この間送った【大地の楔】用の鞄を肩に背負っておいてください』
「え、ええ!?」
しかも、そう言い切った途端に電話は切れ。
「ツーツー」という切断音を耳にしながら唖然とする勇の姿が。
スマートフォンを前にするも、忙しそうな福留に再度掛けなおせる訳も無く。
「なんて言われたんですか?」
「明日一人追加だって」
「えっ、誰だろう……」
結局、その「もう一人」が誰かもわからないままで。
エウリィの事も訊けず、不安要素がただ増えただけだ。
「ミズニーランド初めてなんですっ! ずっと行きたかったの!」
おまけに、隣ではチケットとパンフレットを受け取ったちゃなが「ルンルン」と跳ねていて。
もはや勇にこの状況を治める手段は無い。
「ちゃんとエスコートしてあげなさいよ?」
「もう高校生くらいの年なんだからなんとでもなるだろ……」
とはいえ、これはつまり両手に華。
考えてみれば夢の様なシチュエーションな訳で。
こんな事を言いつつも、心中では楽しみでならない少年がここに。
これは普通の健全な男子なら真っ当の思考で。
今まで頑張って来たきた彼へのご褒美の様な物だ。
決して不純でも何でもない。
後の一人がどんな人物かはこの際置いておくとして。
そんな事から始まった東京ミズニーランド旅行。
果たして、勇達は無事に遊び終える事が出来るのだろうか……。




