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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第八節 「心の色 人の形 力の先」
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~組手、見えた力の片鱗~

 勇が打ち、ちゃなが躱す。

 その様なやりとりを繰り返す中、心輝達は静かに動向を見守り続けていて。

 ただ、遅過ぎるやりとりともあって若干退屈そう。


「地味だな。 俺はもっと激しい応酬を期待してたんだが?」


「アンタの要望なんて知らないわよ。 今はこれで十分なんでしょ」


 瀬玲の言う通り十分ではある。

 ただ二人の戦いがほぼ、素人向けの格闘技体験会と化している訳で。

 微笑ましくはあるが、面白さは殆ど皆無だ。


 ただ一人を除いては。


「いいないいなーアタシも遊びたい! 勇君とああやってエクササイズしたーい!!」


 前向きに捉えれば、そんな二人の戦いも十分価値を見いだせる模様。

 予想もしていなかったあずーの意見を前に、瀬玲が颯爽と食い付く。


「あーそれナイスアイディア! 特訓に付き合うのもいいシェイプアップになるかも」


 たちまち外野は別の意味での盛り上がりを見せていて。

 蚊帳の外である心輝を端の端へと追いやり、女子二人で騒ぐ様子が。

 当然この二人も戦いになんぞ興味が無いからこその結果であろう。




 外野の盛り上がりの最中も応酬は続き。

 そのやりとりがリズムに乗って次第に加速していく。


 やはり見えているのが大きいのだろう。

 ちゃなの動きが段々と先鋭化されていて。


 避ける事に慣れ始めたのだ。


 しかもそれだけではない。

 徐々に体に命力が籠り、身体運動を支え始めたのである。


 つまり、ちゃなも【命力機動】を使い始めているという事。

 それも無意識に。


 勇と比べればそれほど顕著なものではない。

 でも疲れて衰えた体を支える為だけならこれで十分で。


 有り余る命力とそれを操る才能が、自然と最良であるこの形を導いたのだ。

 

 そうして至る速度はもう既に普通の人間が殴り合う程に。

 それこそ心輝が納得するまでに進化していて。

 「おおっ!?」と身を乗り出して注目する姿が。


「その調子だ! 今の君なら魔者の攻撃だって避けられる! 後はどうやって倒すかだけだ!」


 ここまで引き上げられたのは何もちゃなの才能があったからだけではない。

 勇の自信を持たせる指導方法も性に合っているのだろう。

 運動が苦手な彼女であるが、こうして避ける姿はどうにも嬉しそうで。


 経験だけでなく、自信も付いてきている証拠だ。


 まだたったの三〇分程しか動いていないが、随分な進歩と言える。

 それが叶うだけのポテンシャルがあったからこその結果と言えよう。


 ただこれではまだ不十分。

 避けているだけでは敵は倒せないのだから。


 そう、今度は攻撃に転じる経験を積まなければならない。


「今度は避けながら攻撃するんだ! 避ける動作のまま、拳を振ろう!」


 でももうその地盤も出来ている。

 回避する動きは既に鋭く、格闘家とも思える程に機敏で。

 自信もあり、気迫も十分だ。


 故に―――次に迫る拳を前に、ちゃなの瞳がキラリと光る。


 そして次の瞬間、信じられもしない事が起きた。




 それは勇が拳を振り抜いた時の事。

 その隙を縫って、ちゃなが勇の懐へと瞬時にして潜り込んでいたのである。

 それも勇が気付けない程に素早く。




 油断していたというのもあった。

 感覚鋭化も必要無いだろうと使っていなかった。

 それ故に、気付けなかったのだ。 


 ちゃながその拳に多大な命力を篭めている事さえも。


「えっ?」


 その時認識出来ていたのは、本能的な感覚でのみ。




 でも―――今更認識()ろうとも、全てはもう遅い。






ドゥグンッッッ!!!!






 たちまちその場に、肉を潰した様な低く鈍い音が響き渡る。


 なんと、ちゃなの拳が勇の脇腹へと撃ち込まれたのだ。

 情け容赦の無い、本気の一撃を。


 途端、勇の体がくの字に曲がる。

 「メキメキ」と体を軋ませながら。

 苦悶の表情へと変わっていく中で。


 そしてその拳が振り抜かれた時、勇の体が高く高く打ち上げられる事に。




 ちゃなが驚愕と困惑と焦燥の入り混じった、珍妙な表情を浮かべる中で。




ドゴォーーーンッ!!!


 遂には壁へと叩き付けられ、瞬時に亀裂を刻み込む。

 それだけの威力が今の一撃にはあった様だ。


ベチャッ……


 しまいにはそのまま力無く床へと落ち。

 まるで潰れたカエルの様に沈み込む。


 一撃の名の下に、完全ノックアウトである。


「ゆ、勇ーーーーーーッ!?」


「きゅ、救急車ーーー!!」


 まさかの事態に外野もパニック状態。

 揃って急ぎ駆け寄っていく。


 なお、その勇はと言えば―――




「んぐおぉぉ……い、いっでぇ……!!」




 何とか生きていた。

 ただし腹部を抑えて悶絶するしか出来ない程に痛々しい。


 それだけの威力が今の一撃に乗せられていたのだ。

 寸止めとは一体何だったのか、と思える程の威力が。


「きゅ、救急車はいい、だい、じょうぶッ……!! ぐぅおお……」


「本当に大丈夫なのかよぉ!? どうみても大丈夫じゃねぇよ!?」


「なんとか耐え、る―――カハッ……」


 しまいには白目を剥き、「ビクンビクン」と痙攣を起こすまでに。

 ただ意識はあるのだろう、「だいじょぶぅ~」という呻き声を漏らしていて。

 都度寝返りを打っては、痛みを必死に堪え続ける。


「ご、ごめんなさいぃ~!!」


 その原因を生んだちゃなも、やり過ぎたと反省している模様。

 のたうち回る勇を前に、もう泣きだしそうな程だ。


「今のは事故みたいなもんだから仕方ねぇって。 相手が勇で良かったわ」


「ほんとね、私らだったら間違いなく死ぬし、勇で良かったわ」


「―――ぐぞぉ……お前等、他人事だと思っでェ……」


 とはいえ、これは確かに事故の様なもので。

 攻撃方法を教える前に実践に入ってしまったのだから、こうなるのも必然だ。


 実はちゃなの力、加減するのがとても難しい。

 普段は魔剣が制御しているからこそ、安定して炎弾を撃てている訳で。

 こうして自力でコントロールしようものなら、今の様に暴走しかねない。


 ジャンプでは跳べなかったり、でも今の威力のパンチが出来たり。

 こんな不安定さがある意味で言えば彼女の弱点と言える。


 もっとも、悪い魔者(想定)相手に加減など必要無いけれども。


「とりあえず田中ちゃんが接近戦でもう困る事はねぇな」


「人が飛ばされるところ初めて見たんだけど? 田中さん強すぎない?」


「そ、そんな事ないです。 私は勇さんみたいに戦えないし……」


 でも事実、ここまでの威力であれば十分だ。


 魔者の身体能力は基本的に普通の生物と大差無い。

 障壁や力、体格差はあっても、結局生物という枠からは外れていないからだ。

 つまり、今の様な攻撃ならば勇の様に相手を悶絶させる事も可能。

 きっと前線であろうともしっかり戦えることだろう。


 もちろん、もう少し経験を積んでからの話ではあるが。


 しかしその訓練も今日はもうきっとおしまい。

 何せ勇がこうして完全にオチたので。


「勇君グロッキーってことは訓練見れなくなっちゃったね」


「まぁしょうがねぇよ。 でも田中ちゃんの必殺技は見れた。 俺はそれで満足だ」


 ただ心輝はと言えば、こんな事になろうともどこか嬉しそうで。

 「よしっ」と肘を腰に引き込み、真顔でちゃなへと頷いてみせる。


「あれ必殺技だったんだ!?」


「必殺・勇殺しだな」


「死んでねぇよ……」


 これには死に掛けの勇もツッコミを入れざるを得ない。

 絶望的なネーミング故に。


「なにそれー! カッコ悪すぎィ!!」


「かっこわるくてごめんなさい……」


「いや田中さんの事じゃなくてネーミングの話ね!?」


 余りの罪悪感によるネガティブな感情は、時に自身を追い込む事がある。

 そんな今のちゃなにはどんな言葉も自虐にしか聞こえないワケで。

 「ズズゥーン」とどんどん沈みゆくちゃなを前に、フォローする瀬玲ももはやお手上げである。


「勇がこんなんじゃ訓練も何もねぇし、落ち着いたら帰ろうぜ」


「そうね。 お昼ご飯くらいはこっちで食べていこっか」


「おーなんかお高い物食べちゃう!?」


「あ……お詫びにおごります」


「「そこまでしなくてもいいって」」


 勇の方はともかくとして。

 ちゃなの方は心が休まるまで周囲が落ち着けなさそうだ。




 という訳で。


 結局、以降はそれ程動き回る事も無く。

 ちょっとした戦闘に関する座談会を行い、落ち着いたのを見計らって帰る事に。


 こうして、心輝の提案から始まった今回の催しはあっという間に終わりを告げた。


 その結果得られたのは、ちゃなのちょっとした戦闘経験と知識くらい。

 巻き込まれた勇としては……ただ痛い目を見ただけの残念な一日になっただけだ。


 以降、勇が心輝の提案に対してちょっと渋めになったのは言うまでもないだろう。




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