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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第八節 「心の色 人の形 力の先」
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~跳躍、やっぱりアイツは規格外~

 訓練棟にあるのはもちろん設備室だけではない。

 いざ隣へと赴いてみれば、ビルの中とは思えない広大な空間がお目見えだ。


「なんじゃこりゃあ……」


 床は一面木の板張りで、一部にはマットも敷き詰められている。

 そこは一見なんて事もないだろう。


 しかし周囲を見回せば、壁全面がセメントで塗り固められていて。

 見上げてみれば、人の手が届かなさそうな高さの場所に窓ガラスが二段、三段と。

 その境目には加工跡が僅かに浮かんでおり、元の形がなんとなくわかるかのよう。

 この空間が中床を抜いて作ったのだというのが予想出来る。


 その代わり、天井から壁に掛けて鉄柵の様な物が張り巡らされており。

 恐らくは、ぶち抜いた事で脆くなった建物を補強する為に取り付けられたのだろう。


 そんな様相はまるで体育館。

 そう彷彿とさせる様な造りの広間が、堪らず心輝達を唸らせる。


「ビルの中に入ったら体育館って。 何? ここってビックリ箱なの?」


「俺も最初驚いたよ。 新しいの建てる時間が無いからこうしたんだってさ」


 加えてその理由もまたブッ飛んでる訳で。

 庶民の勇達には、こうなった背景などもはや想像も付かないレベルの話である。


「それでそれで! 勇君はここでどんな凄い芸見せてくれるのー!?」


「俺は芸人か」


 もちろん心輝達にとっては勇とちゃなも「ブッ飛んでる」の対象内だ。

 ともなればこうして見世物扱いされるのもいざ仕方のない事か。


 なんだかんだで、こうやって超人的な力を見るのが本来の目的なので。


「いいか勇。 英雄の持つ力ってのはな、大いなる責任が付き纏うモンなんだよ」


「何言ってるのかわからないんだが?」


 心輝が言うのは詰まる所、「四の五の言ってないで早く見せろ」という意味。

 厨二病らしくそれっぽい事を言っているが、その本質はあずーの言う事と変わらない。


 これも優越感に浸り過ぎた事への代償か。

 瀬玲が後ろで「ププーッ」と笑う中、勇が不貞腐れた顔付きで仕方なく前へと歩み出す。


「ったく……じゃあちょっと試しに跳んでみるか」


 超重量バタフライマシンの次は自己跳躍を実践する模様。

 とはいえ、どうやらこれはまだ試した事が無い様で。

 手足をストレッチしながら、しきりに顔を床と天井へと行き来させる姿が。


 距離感を測っているのだろうか、ほんの少し表情に不安の色を浮かばせる。


「おいおい、まさか天井に届くとか言わねぇだろうな!?」


「そのまさかだよ。 フゥー……ッ!」


 だが、信じられない一言を返した途端―――




 一瞬にして、ちゃな達の目の前から勇の姿が消えた。


 


 本当に霧の如く消えたかの様だった。

 それ程に無音で、それでいて素早く、余りにも挙動が自然過ぎたが故に。


 ただ屈伸して、そのまま体を伸ばしただけ。

 たったそれだけで、勇は彼女達の視界から消えたのである。


 そして勇の体はあろう事か、既に天井近くへと飛び上がっていて。

 天井柵を掴もうとその手を伸ばす姿が。


「あっ、ちょ……!?」


 しかしどうやら目算を測り間違えた様で。

 あと少しの所で上昇速度が著しい減衰を迎えていく。


「あ と ちょっとぉ!!」


 しかしそこはタダで転ばない勇。

 ジタバタしつつも、思いっきり肩ごと片腕を一杯に延ばして―――何とか柵を指先でキャッチ。

 どうにか恥をかかずに天井へとぶら下がる事が出来たのだった。


「ヒャーーーすっごぉーい!!」


 そんな勇が見下ろしてみれば、遥か先であずーのピョンピョン飛び跳ねて騒ぐ姿が映り込む。

 その隣に居る心輝と瀬玲はと言えば、先程と同じ様にドン引きだが。


 一方でちゃなはというと―――

 恐らく、彼女だけが勇の跳躍をしっかり認識していたのだろう。

 まるで跳べた事が当たり前であるかの様に、ゆるりと手を振って応えていて。


 そんな仕草が勇の心を撫で上げて、つい生まれた微笑みのままに手を振り返す。

 ここまで離れていれば、あの瀬玲でもさすがに心境を察する事は出来ないだろう。


「半端ねぇなアイツ……」


「ね、どこまで規格外なんだか」


 天井までの高さはと言えばおおよそ五〇メートル。

 ぶら下がる勇の姿が小さく見える程に高いとあって、見上げるのも一苦労である。


 しかも今のでも恐らく全力ではない。

 本気で跳んだら一体何メートルまで伸びるやら。


 見え隠れする可能性を前に、一般人の二人はもはや考える事さえ諦めた様だ。

 なお、はしゃぐあずーが最初から何も考えていないのは言うまでもない。






 ちょっとした挑戦もかろうじて成功に終わり。

 舞い戻った勇を中心に再び話の輪が広がっていく。


「そう言えばよ、お前いつもここでどんな事してんだ?」


 こう問う心輝の眼は既に期待でキラッキラだ。

 向けられた勇は堪らずタジタジである。


 そんな話題はと言えば、普段の訓練内容について。


 いくら命力が肉体を強化しているとはいえ、基礎が無ければ今の様な事は出来ないだろう。

 現に、ちゃなでは今の勇の様な芸当は不可能だ。

 今丁度、隣で真似してピョンピョンと跳ねているが、どうにも実現しそうに無い訳で。


 運動能力に関しては、やはり命力よりも鍛錬や馴れが必要なのかもしれない。


 ただ、そんな肉体鍛錬も隣の設備室で事足りる。

 こんな広大な広間など使わずとも済むだろう。


 ともなれば答えは至極単純なもので。


「どんな事って、普通に走ったり魔剣を振る練習したりかな」


 余りにも期待外れの答えを前に、心輝の顎はあんぐりとするばかり。

 落胆しているのが手に取ってわかる程に。


「案外普通ね。 てっきり田中さんと実戦訓練とかしてると思ったのに」


 どうやら瀬玲の期待にも応えられなかった様で。

 首を傾げる彼女を前に、勇もどこか申し訳なさそうに苦笑で返す。

 

 とはいえ、そう上手くもいかない実情が意外とあるものだ。


「田中さんは迂闊に実戦訓練出来ないからね、命力が強過ぎて。 だから大体はいつも俺一人で練習してるよ」


 それはちゃなの持つ特性が故に。


 体を動かす事がからっきしな彼女も、命力に関しては超一級と言える。

 だから無限に炎弾を撃ちまくれるし、数多くの敵を瞬時に焼き尽くす事など造作も無い。


 でもその様な力をこんな場所で使えば、何が起きるかなど想像に容易いだろう。


 なので普段は命力が使えないのだとか。

 ともなれば、勇が一人で特訓する事になるのもいざ仕方無く。


 しかしその特訓内容は身とするには不十分だ。

 何故なら、勇は実戦経験がまだ少ないから。


 一人での訓練など、対人戦闘経験と比べれば有って無い様なもので。

 (シャドー)と呼ばれる仮想対人訓練が出来るなら良いが、それもまだ叶わない。 

 いっそ心輝を相手にした方がまだ幾らかマシだろう。


 むしろ心輝の事だ、きっと想像もし得ないトリッキーな動きで翻弄してくるに違いない。

 その点、ある意味で言えば余程実戦的と言えるかも。


「んだよぉ、必殺技の特訓とかしたりしないのかよ」


「そんな事しねーよ……なんでいきなり必殺技なんだよ」


 だが、やはりここは心輝と言った所か。

 特訓や訓練がどういうものかをはき違えている様子。


 勇の言う特訓は詰まる所の基礎技術の鍛錬に過ぎない。

 剣をどう振れば効果的か、命力をどう奮えば効率的か、今の自分にどんな動きが出来るのか。

 魔剣という現代には無い武器を扱うからこそ、手探りでの技術模索を行っているのである。

 先程の跳躍もその成果の一つだと言えるだろう。


「つか必殺技なんてねーし。 漫画の見過ぎだろ」


「オイオイオイ、魔剣があるなら必殺技とかあるだろ普通!? 敵をこう容赦無くズバーッ!!っとやれるやつがよ!?」


 しかし必殺技などというものは、その技術が特に洗練されなければ閃きはしないもの。

 だからこそ、特訓で自身のポテンシャルを磨き上げなければならないのだ。


 闇雲に剣を奮うだけでは、棒切れを振り回しているのとなんら変わりはないのだから。


 とはいえ、勇には【極点閃(ガードライン)】や【天光杭(フラッシュパイル)】といった技があるのは確かで。

 でも本人はそんな技を撃てても、存在そのものにはまだ気付いていない。


 それに気付く事もまた技術の域の一つ。

 習得に至る地盤は出来ているが、技だと気付ける程に経験が足りないという訳だ。


「がっかりだよ!! 必殺技が見れると思ったのによぉ」


「魔剣使いになったらわかるよ。 魔剣は振るだけでも結構しんどいんだぜ? 命力使い切ったら死ぬって言うし」


 それに、戦いにおいて必殺技が必要かと言えば答えは―――NOだ。


 確かに、戦いの主導権(イニシアチブ)を得たりする為の技術は有効だと言えるだろう。

 けれどそれはあくまでも戦いを有効に進める為であって、派手な一撃である必要は無い。


「命力ってさ、気付けば使ってるって事がザラでさ。 消費してる自覚が無いから、突然ガクンッて来る事が多いんだ。 だから無駄遣いすると逆にピンチになりかねないよ。 追い詰められてると精神的にも復帰が厳しいしさ、意外とシビアなんだぜ?」


 特に勇の様に基礎命力が極端に少ない者であればなおさらだ。

 下手に大きな一撃を見舞えば、命力を無駄に消費してしまいかねない。

 そうもなれば、最悪の場合は戦いの最中に勝手に力尽きる事さえありうる。

 何が何でも派手に決めたい者であれば話は別であろうが。


 そんな事もあって、勇の場合は堅実にセーブしながら戦った方が断然効率的なのである。


 魔剣とはまさに、命を喰らう魔の武器。

 安易に力を奮う事は死に直結するという所は、その名に相応しいと言えよう。

 

「んが……」


「ま、都合良い武器じゃないってワケね。 ご愁傷様~」


 期待を正論で完全に打ち砕かれ、たちまち心輝の肩がガクリと垂れる。

 あれだけ派手だった戦いが、実はこんな地味にシビアだったとは思いもしなかったのだろう。


「んー、まぁ勇がどんな事をしてるかは何となくわかったわ。 でも、田中さんが何してるのかイマイチわからないんだけど?」


「うーん、何もしてない、かな?」


「あ、はい。 私そんなに体力無いのでいつも見てるだけですね」


 ここまで語れる程の勇に対して―――ちゃなはと言えば、実にあっさりとしたもので。

 本人が認めてしまう程に、本当に何もしていないらしい。


「そ、それで本当にいいの?」


「だ、駄目でしょうか……?」


 瀬玲のそんな心配を含んだ問いを前に、ちゃなはただただ困惑するばかり。

 遂には助けを求めるかの様に、勇へと視線を向けていて。


 ただこれには勇もどう返したらいいか、答えがすぐ出ない様子。

 途端に顎に手を充て、考えを巡らせる姿が。


「田中さんは命力の多さが自慢だからなぁ。 動き回らなくてもいいと言えばいいんだけど―――」


「でも、勇が傍に居ない時に敵に近づかれたらヤバくない?」


「そこなんだよな。 いつも守ってあげられるとは限らないし、前みたいに自衛隊の人達が守ってくれる訳じゃないだろうし」


「う……」


 瀬玲の指摘は実に的を得ている。

 弓道部員なだけに。


 指摘の通り、ちゃなの弱点は運動能力の無さそのものだ。

 体力の低さは元より、身体の根幹自体が人並み外れて劣っているからこそ。


 当然、彼女に殴り合いなどの経験があるはずも無く。

 経験も知識も無ければ、接敵した時に敢え無く倒されてしまいかねない。

 それこそ、何の抵抗も叶う事無いままに。


 露呈していく弱点を前に、もはやちゃなも返す言葉が無い。

 

「でもちゃなちゃんに近づくって無理じゃーん! あんなボンボン炎出されたら逃げられないよー!?」


「いいや、戦いを舐めちゃいけねぇな。 中には隠れて近づいてくる奴も居るかもしれねぇんだぜ? サバゲーの基本はひっそりと接敵(スニーキングアタック)よ」


 心輝の言う事ももっともだ。

 魔者との戦いがサバイバルゲームと同じかどうかはさておき。


 魔者も考える生物であり、長いこと戦いに身を晒してきた戦闘のプロフェッショナルでもある。

 実際ザサブ戦においても、熟練戦士が魔剣使いである勇と互角の戦いを繰り広げていて。

 経験も知識も現代の人間と比べても卓越していると言えるだろう。

 何かしらの戦術・戦略を組み込んで挑んでくる可能性も否めない。


 そんな作戦を敷かれた時、ちゃなが意図せぬ相手と遭遇する場合も十二分にあり得る。


 だからこそ、今ちゃなに求められるのは近接戦闘の知識。

 命力戦闘よりも何よりも、自身の力で生き残る為の力が必要なのだ。

 もしその知識があれば、後は余りある力を使って対処すればいいだけなのだから。


 そしてその知識を得るならば、この場所は最も最適だと言えるだろう。




「それなら折角だし、ちょっと組手でもやってみようか?」




 こうして話し合った末、この様な妙案が突如として打ち上げられる事に。

 果たして、この妙案はちゃなに必要な知識を与える事が出来るのだろうか。


 体力の勇と、命力のちゃな。

 全く違う力を持つ二人による組手という名の対決が―――今、始まろうとしていた。




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