~Evolution <進化>~
「あの光は一体……!?」
真価を発揮した勇を前に、福留が驚きを隠せない。
それ程の、今までに見た事の無い強い輝きを発していたのだから。
「あれこそが魔剣使いの真の力です。 勇君はそれをたった今理解し、発揮する事が出来る様になったのです」
そう返すのはレンネィ。
ただその顔は浮かれとは程遠い強張りを見せていて。
勇に対して不信とも疑念ともとれる細めた視線を向ける。
でもそんな視線を向けるのも無理は無い。
何故なら、勇がその領域に達した事がにわかに信じられなかったからだ。
「でもあの力を発揮するには本来十年以上の戦闘経験が必要になるはず。 それなのに何故あの子がたった一、二ヶ月で本質を理解出来たのか……私にはわからない」
それというのも、勇が到達した領域はすなわち手練れ・猛者の領域。
数々の戦いを乗り越え、長年を経て修練し、心と体を鍛え続けて来なければ到達出来ない場所だ。
『あちら側』の人間にとってはそれが常識であり、生き残り、戦い続ける事こそが魔剣使いの誉れともなる。
それは魔剣使いの才者でも、命力の才者でも覆す事の出来ない常識。
勇はあろう事か、その常識を今この場で打ち崩したのである。
「あれはもう才能や実力の成せる技じゃないわ。 ハッキリとそう言い切れるくらいに」
「それはきっと勇様が何もかもを受け入れられる程の心をお持ちだからでしょう」
「心……?」
ただその常識もきっと、『こちら側』には通用しないのかもしれない。
それは心の在り方が全く違うものだから。
「勇様の心は空の様に何もかもを包み込む大らかさを持っています。 だから容易く人の言葉を信じ、受け入れ、呑み込む。 その本質までも限り無く」
それに加え、勇の在り方が最も魔剣の仕組みに合っていたから。
相手を疑わずに心から信じる事が出来る彼の意思が。
「だからお父様の言葉を真に理解する事が出来たのです。 これは命力でも理解力のお陰でもありません。 勇様が人の言葉を受け入れられる広い心を持っているからこそ成し得た事なのです」
そしてその勇の在り方を心から愛するエウリィだからこそ、こう言い切れる。
「この方ならば、何があろうと信じる事が出来る」と。
それこそがエウリィの勇を想う形の真実。
出会ったばかりでも信じる事の出来る色を持つ、勇の特別性だったのだ。
「じゃあもしかして、勇君は剣聖さんに勝てるかもしれないって事でしょうか?」
そんな真実が福留に大いなる希望をもたらす。
戦う力を失わなかった事は不本意だっただろう。
でもそれ以上に、勇の背負った物を良く知っているから。
そこに期待を抱かずにはいられなかったのだ。
「いえ、それでも勇君が剣聖に勝てる見込みはありません。 剣聖は本気を出そうものなら、山を砕き、海を割る実力を誇っていますから」
ただそれも叶わぬ答えが返る。
だがそれは決して希望が無い答えだという訳ではない。
「―――でも、彼は戦闘狂。 戦い合う事に重きを置く人物です。 つまり、認めた相手ならば戦い合う為に力を抑え、同等の力でより長く、より激しく戦う事を望むのです」
「うむ。 それ故に剣聖殿は今、勇殿と同じ力量で戦っている。 加減をしている今ならば、付け入る隙はあるハズだ。 その間に興味を削ぐ何かを講じる事が出来ればあるいは―――」
彼等の目下で二人の戦いは今も続いている。
目にも止まらぬ速さで剣を打ち合い、光を放ち、大地を砕きながら。
二人の描く光の軌跡がその激しさを物語る程に。
それが叶う今だからこそ、彼等は切に願う。
勇が剣聖を退けられる事を。
そして勇の無事を。
◇◇◇
「ようやく『魔剣使い』に成ったかぁぁああ!!」
剣聖が叫び、激しく剣を奮う。
それを勇が紙一重で躱し、いなし、素早く反撃する。
その反撃も想像しえない体の動きで躱されて。
でも追い付く事が出来ている。
それは剣聖が加減したからではない。
むしろ動きそのものは先程よりもずっと増している。
なのにも拘らず、勇は剣聖の動きが見切れているのだ。
勇はこの時、今までに無く冷静だった。
止まっている様に動くその世界の中で。
剣聖の動きを見切り、躱すその軌道を読み取れる程に。
【大地の楔】得たから?
命力に覚醒したから?
否。
自分の信念を貫く覚悟が出来たからである。
ちゃなに助けられた。
エウリィに信じられた。
福留に求められた。
心輝達に支えられた
レンネィに教えられた。
グゥに認められた。
カプロ達に伝えられた。
そして剣聖に導かれた。
今の勇は多くの人々に支えられ存在している。
そんな多くの人々が彼の背中を押してくれたかの様で。
今対峙している剣聖ですらも同様に。
まるで自分を成長させる為に戦っているのだろうと思えてならなかったから。
それ程までに心はずっとずっと先を向いていて。
その前向きな心が、勇の持つ鋭感覚さえも『進化』させたのである。
今まで以上のその先を見通す為に。
この時、勇もまた微笑んでいた。
それは戦いを楽しんでいるからでも無く、剣聖と渡り合っているからでも無く。
ただ単に、感謝しているから。
「うおおおおおッ!!!」
「かぁぁぁーーーッ!!!」
再び二人が飛び掛かり合い、激しい応酬が繰り広げられる。
しかしもうそこには互いの目的など介在してはいない。
二人が戦うのは、共に己の信念を貫く為。
勇が誰かを守りたいと想うその信念を。
剣聖が得たい何かを求めるその信念を。
だからこそ、これは殺し合いでは無い。
これこそが、魔剣使いとしての想いのぶつけ合い方なのである。




