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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第七節 「絆と絆 その信念 引けぬ想い」
189/426

~Proof <証明>~

 マイペースなジヨヨ村長の横槍も落ち着き、ようやく話が再開する。

 とはいえ思った以上の愉快な面々を前に、勇もどこか楽しそう。

 話の腰を折られようとも不思議と憎めない、そんな雰囲気が思わぬ笑顔を呼び込んでいた。


「元気になったグゥさんは俺に色んな事を教えてくれました。 隠れ里がどの様にして生まれたのかとか、エウバ族の文化とか色々と。 そしてそんな生活が俺達の世界ともほとんど変わらないって」


 確かに文明の発展度は大きく異なるだろう。

 東京暮らしの勇にとってグゥの話はとてものどかな生活模様に聞こえていて。

 でも考えてみればそんな田舎の様な生活は、『こちら側』の人間が発展の最中に送って来た日々とほとんど変わらない。


 勇達はただその先に居るだけなのだと。


「俺もグゥさんに現代の事を色々教えました。 一人で勝手に動く機械とか道具が溢れてて、人が暮らすのに便利になってるって。 例えばこのスマートフォンとか……」


 そうして取り出したのは、今がその先であると証明出来る代表的な機械。

 福島隠れ里を探索した際に自衛隊から持たされた、作戦用のスマートフォンである。


 実は勇、ザサブ戦にて壊れたスマートフォンを未だ買い直していない。

 治療や特訓に夢中だったのと、グゥの事があってから買いに行く暇も無いままで。

 こうして作戦用スマートフォンをずっと持ち続けているのも、言わばその代わりなのだ。


「なんやこれ」


「これで色んな情報が見れたり、遠くの人と話出来たり、遊べたりもするんですよ」


「遊べるッスか!! ほんとッスか!?」


 興味を持たれるままに勇が画面を見せながら動かしてみれば。

 小さな筐体の画面の中をスイスイと画像が動き回っていて。

 当然見た事も無いジヨヨ達が「ほぉ~?」と興味深く見つめて止まらない。


 どうやらそんな彼等の手も人間と同じ構造を有しているらしく。

 いざ彼等が画面に触れればしっかり画面が動きを見せていて。


「かぁ~けったいな道具やのぉ、若いもんが好きそうやわ」


 それがどうにもジヨヨ達には奇怪な物に見えた様だ。

 あのバノでさえほんの少し触っただけでしかめっ面を浮かべている。


 末にはそのスマートフォンは若者代表であるカプロの手に渡っていて。

 村長の言った通り、興味の赴くまま、思うがままに遊び始める姿が。


「まぁこれだけじゃないんですけどね。 でも俺はこんなのを普及させたいとかそういうつもりじゃないんで安心してください。 そこの所は皆さんにお任せしたいなって」


 人によっては、こんな文化を広める事も一つの侵略とみなす場合がある。

 発展途上の国に便利な物を持ち寄って発展を促しても、それがその国にとって有益になるとは限らないのだ。


 でも勇達は決してそんな()()にし来た訳ではない。


 あくまでも相手の意思を尊重した上で、望む物を用意する。

 その関係が成り立つ限り、人であろうが魔者であろうが融和を促す。


 それが勇の意思であり、日本政府の要望でもある。

 福留からそんな話もしっかりと聞いているからこそ、勇はこうして伝える事が出来るのである。


「ちょっと論点ズレちゃいましたね。 それで俺達はグゥさんともっと仲良くなる事が出来ました。 そして生まれたのが、皆さんとも仲良くなりたいっていう俺の欲です。 バノさんに指摘されて気付いた事ですけど、それでもこの根幹は消えないと思います。 仲良くなりたいっていうのは嘘じゃないから」

 

「さよか。 まぁそう思えるのはええこっちゃ」


「うん、俺もそう思います。 それでグゥさんはこれを俺に託してくれました」


 その中で取り出したのは、やはりグゥの日誌。

 勇とグゥが信頼し合う事の出来た証だ。


「これは何でも、グゥさん達エウバ族に長い事受け継がれてきた日誌なのだそうです。 グゥさんはこれを『エウバの生きた証』だと言っていました。 そしてこれが信頼する者に渡して受け継いでいくものなのだという事も」


 リュックから取り出した日誌をそっと中央の机へと添える。


 すると相変わらずの紫のハードカバーが仰々しさを主張し。

 初めて目の当たりにしたジヨヨが「おぉ」と思わず声を漏らす様子が。


「俺にはこの中に書かれている事はわかりません。 でも、これを託してくれたからこそ、俺はグゥさんが俺を信用してくれたんだって思っています。 それに皆さんもそんなグゥさんと同じで、話のわかる人達だってわかったから、俺は皆さんの事も信用したいんです」


 そして勇がそのまま本から手を離す。

 まるで「読んでも構わない」と言わんばかりに堂々と。


 グゥも同じ事をしてくれたから。


 それが一つの、勇の信頼の姿だったのだ。




 ただこの場において、そんな日誌へすぐさま手を出す者は居ないが。

 

 


「なるほどのぉ。 それがおぬの、魔者を信用する理由ちう訳かの」


 ジヨヨの細い手は本にでは無く、手前に置かれた茶器へと伸びていて。

 残り僅かな茶をちょびりと舐めては戻していく。


 だがそうした時、シワだらけの目元がピクリと動き―――


 鋭い目を勇へと向けていた。




「……ならば問おう、そのグゥという者は何故この場に来ない?」




 これは彼等からしてみれば当然の問いだった。


 勇の話が本当ならば、グゥは今でも元気にやっていて。

 言った通りの便利な世界なのならば、例え病み明けであろうとも訪れる事は出来るだろう。

 今見せているスマートフォンで話をする事だって出来るだろう。


 でも、今この場にそのグゥらしい存在感は一切無い。


「……実はな、エウバ族の事はワシも知っとる。 とある繋がりでな、話した事もあるでよ」


「えっ!?」


「同じ魔者で、知っている者ならばすぐさまにでも話は付けられよう。 じゃが、今それらしい姿はこの日誌にしか無い。 それがどういう事かわかるかの」


 存在感が無いのは当然だ。

 勇にはその姿を見せる事が出来ないから。

 そしてその事実をそれとなく伏せていたから。

 

 その事が逆に、ジヨヨ達の不信を招いていたのだ。


「この本はおぬの言う通りエウバの物かもしれん。 じゃがおぬがこれをどう手に入れたのかまでを信用する程の証明は出来ん。 この本を奪って嘘をこじつければ済む話や」


「ッ!?」


 それは彼等にもまた心があるからこそ。


 物は言い様。

 事実がどうあれ、口で言うだけならどうにでも真実を曲げられる。


 決定的な証拠が無い限り、相手を信じさせる事は出来ないのだ。

 報告書や結果・結論を見ただけでは。

 それに至る経緯を伝えただけでは。


 そう、勇を叱責した村野大臣の様に。


 当事者同士が実際に会って認めなければ、確たる証拠とはなり得ない。


「で、もう一度問おう。 グゥとやらはどこに()る?」

 

「グゥさんは……居なくなりました。 何故居なくなったのか、理由はわかりません……」


 しかし今ここで、遂に勇がその理由を吐露する。

 出来うる事ならば伝えたくなかった事実を。


 日誌を託したグゥはそのまま姿を消し、今も痕跡一つ見つかっていない。

 互いに信頼し、あれだけ楽しく話せたのに。


 その事実をもし迂闊に話してしまえば。

 ジヨヨ達にも同じ様に逃げられてしまうのではないかと思ってしまったから。


「ならばお前さんの話の裏付けを出来る者がおらんではないか」


 更にはバノの一言が、勇の心に追い打ちを掛ける。


 実は信頼されていなかったのではないか。

 実はそう思わせて逃げたのではないか。

 そんな不安すら脳裏に過らせてしまう程の痛みを催させる。


 それ程の心の痛みを。


「……確かに、そうかもしれません」


 言い返す事の出来ない正論を前に、勇は項垂れる他無く。

 目の前に置かれた日誌に、悔しさと哀しさの滲む眼をそっと向けていて。




 勇にとってはあの時の思い出は嘘じゃなかった。

 少なくとも勇にとっては。

 紛れも無く、グゥと楽しく話せて嬉しかった―――そんな日々だったのだ。


 その想いを伝えきれない悔しさが。

 あの出来事が嘘じゃないって言えない哀しさが。

 勇の心を取り巻いて、辛くなる程に絡んで縛り上げる。


 でもその心を支えてくれる人は、今ここには居ない。

 想いを繋げてくれた人はもう居ない。


 きっと勇の心が強くなければ、助けてくれと叫んでいただろう。

 きっと命力を得なければ、逃げ出していただろう。


 それだけ心は追い詰められていて。


 気付けば指は日誌へと伸び。

 重厚な質感をなぞる様にして確かめる姿が。

 その様子はまるでいつかの記憶にすがるかのよう。


 しかしその行為が沈んだ心の片隅に光を灯す。


 たちまち、勇の脳裏に数日前の記憶がちらつき始めていて。

 その記憶が思わずその口を綻ばせ。

 楽しかった数日の思い出を懐かしみ。

 それが嘘ではないと心が叫ぶ。


 あの日々が全て真実なのだと、心の奥底からの願いが迸る。




 そしてその願いが脳裏を走った瞬間―――




 突如、勇の意識に鮮明なグゥとの思い出が溢れ出んばかりに甦り始めた。




 まるで心を縛る黒い影が浄化されていく様だった。

 暗く沈んでいた世界を真っ白な光が掻き消したかの様だった。


 日誌が沈みきった勇の心を救ってくれたかの様だった。




 グゥが勇に救われた時と同じ様に。




「―――そう、そうかもしれない。 そしてそれを俺は証明出来ないかもしれない……」


 その感覚を感じた時、勇は自然とそう漏らしていた。

 でももうそこに、先程までの追い詰められていた姿は無い。


「でも、それでも……俺は言います。 言い続けます。 グゥさんが俺に繋いでくれたこの本と想いを無駄にしない為に。 今までに受け継いできた人達の想いを俺も繋ぎたいから!!」


 その時、日誌に優しく触れていた勇の指に力が籠る。

 机へと押し付ける様にして。


 すると何を思ったのか、日誌を「ススッ」とジヨヨへと向けて押し出していく。

 その様子こそまさに「読め」と言わんが如く。


「この日誌の真実を教えてくれたのは紛れも無くグゥさんだ。 それが嘘ではないという事は、この日誌そのものが証明してくれます!! 例え俺が間違っていても、グゥさんという存在は一切間違っていないんだって!!」


「おぬが間違っていても……?」


「ええ、俺は繋ぐだけですから。 俺には読む事が出来ないから、この日誌を繋げた一人としては居なくたっていいんです。 グゥさんが言った『仲良くなった魔者にこの日誌を託して欲しい』という想いを繋げられれば、それだけで構わないッ!!」


 そしてその指が離れ、再び膝上へと戻った時。

 勇の眼は真っ直ぐ、ジヨヨの視線と交差する。




「俺は皆さんにそんな日誌を託せるくらいに仲良くなりたい―――そう思っているんです……ッ!!」




 その真っ直ぐな瞳は、想いは嘘ではない。

 受け取ったジヨヨが思わずそう言い切れてしまいそうな程に純粋で。


 それでいて、これ以上に無く伝わったから。


 気付けばジヨヨの先程までの刺す様な眼は緩みを見せ。

 その背を背もたれへとゆっくり預ける姿が。


「……そうけ」


 きっと今の一言でも、信用に足るとは言い難いだろう。

 具体的な証拠も無く、証明した訳ではないのだから。


 ただ、想いとは言葉だけでも十分伝わるもの。

 熱意に掛けた想いの押し引きだけで人の心は動かせる。


 その熱意が、今間違いなくジヨヨの心を動かしたのである。


「それに俺は知っているんです。 皆さんがそれ程疑ってはいないって事を。 さっきバノさん言っていましたよね。 あの石碑の事を。 『人を恐れて受け入れるな』って」


「む……お、おう」


 更に勇の自信は確証へと繋がり、新しい可能性を導き出す。

 先程のバノとの会話を思い出したのだ。


 ポッと沸いて出た様で、それでいて強い希望を含んだ石碑の真実を。

 

「実はカプロから聞いたんです。 あそこに書かれていたのはそんな事じゃないって。 『人間と仲良くなれたらいいな』って書かれてるんだって」


「うぴ……」


「だからジヨヨさんもこんな話の場を設けてくれた。 バノさんだってなんだかんだで話を聞いてくれた。 俺はそんなこの村の想いに感謝してます。 人間と仲良くしたいと想ってくれてありがとうって……」


 それが勇の精一杯の言葉だった。


 この村に来て、知って、話して。

 そして受け入れる事を前提としながら隠し、それでいて心の内を曝け出させてくれて。

 言葉に詰まったりもしたけれど、それでもこう最後まで言い切る事が出来た。


 きっとこれは必然だったのだろう。

 ジヨヨが、バノが、こう導いてくれたのだと。

 彼等の善意がこうして実ったからこそ、勇もまた本音を全てぶつけられたのだと。


 だから感謝したかったのだ。


 例えその結果受け入れられなくとも。

 仲良くなる事が出来なかったとしても。


 勇はそれだけでもう満足だったのだ。




 だが、そう言われたジヨヨとバノはと言えば―――




 ―――これでもかと言わんばかりに、ただただ目を丸くしていて。




「えっ?」


 それは余りにも予想外と言える反応。

 勇が思わず首を傾げてしまう程に。


 しまいには二人がそんな顔のまま揃って向き合う姿が。

 たちまちその場に何とも言えぬ緊張感の無い雰囲気が漂い始める。


「……のぉバノや、もうええやろ? ここまで()出されちゃワシでもわかるわ」


「かぁ~……まさかここまでとは思わんかったで」


 おまけに二人が何を言っているのかさえもさっぱり。

 たちまち勇の頭上にはクエスチョンマークがビュンビュンと飛び交うばかりである。


「あーなー……すまんのぉ。 おめぇさんの事、試させてもらったわ」


「えっ!?」


「実はの、おぬに敵意が無い事は最初からわかっとったんじゃあ」


 そしてその飛び交うクエスチョンマークが消え去った時、勇はただただ呆ける事となる。

 突拍子も無い事実を前に、返す言葉一つ思い浮かぶ事無く。


「このバノは少々荒っぽいが、心の色を感じ取って相手の性格を読み取る事が出来るんじゃよ。 んで頭も切れるもんでな、こうしておぬの心の色がどこまで染まりきるか試してたっちゅうワケや」

 

「人間や魔者っちゅうもんは誰しも心の色がある。 強気だったり弱気だったり、感傷的だったり利己的だったり。 それぞれに必ず色が付くもんなんでのぉ」


「そ、そうなんですか……」


 そんな話は今まで聞いた事も無い。

 剣聖もフェノーダラ王もレンネィも、それらしい事は教えてくれなくて。


 打ち明けられた新しい事実は、勇にこれと無い驚きをもたらす事となる。


「そんでおめぇさんの心の色はと言えば―――限り無い空色じゃ」


「俺の心は空色……それってどんな色なんですか?」


 同時に好奇心もまた。


 自分に知らない所があるとわかれば知りたがるのが人というものだ。

 よほど自分自身に興味が無い限りは。


 そんな人らしい好奇心が思わずそう訊いていて。

 バノもまた、今や話す事に躊躇いが無いからこそ言い切る事が出来る。


 勇の持つ心の色―――その意味を。




「まぁ平たく言やぁ、バカの色っちゅうこっちゃ」




 ただしその事実も、時として非情である。




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