~Monument <石碑>~
実は魔者達の長が勇との話し合いに肯定的であるという。
その事実が突如舞い込み、遂に勇と京都隠れ里の魔者との話し合いが実現する事に。
今度はグゥの時の様な危機的状況とは違う。
一つの集団として残ったままの魔者達との対話である。
巨人が先導する中で勇が続き、階段を登っていく。
とはいえ、巨人はやはりまだ納得していない様だ。
「言っとくがワシは反対したんじゃぞ。 その事を忘れんなや」
「は、はい……」
何せこんな事になったのも不本意で。
あのお騒がせカプロ少年が引き起こした思惑外の結果なのだから。
でも、勇にとってはこれ以上に無い好機と言える。
彼等の長が肯定的だという事実は何よりもの希望だったのだ。
そんな二人が階段をとうとう登りきり。
勇はこの時、遂にその姿を目の当たりにする事となる。
そう、魔者達の村である。
その様相は実に穏やかなものだった。
まるで街路樹の様な整えられた木々が村の上空を包む様に覆い、空の大半を隠していて。
でも不思議と村全体は明るく乾いていて、心地よい気候が包み込んでいる。
その下には大小さまざまな多くの家々が。
木の板を張り合わせて出来た家もあれば、藁の様な物を積んで造られた家も。
しかも家を造る文化が生まれているのだろう、いずれもしっかりと形になっていたのだ。
丘の上に造られた村だからだろうか、外縁を見れば石を積み上げた塀まで設けられ。
村の中も丸石の足場が所々に埋められていて、土面共々きっちりと固められている。
その大きさはと言えば、もはや計り知れない。
景色の先は建物などに阻まれて先が見えない程に広く。
唯一、頭上を覆う木々だけがずっと向こうにまで続いている事だけがわかる。
つまり相当広いのだろう。
それこそ東京ドーム一個分などという指標が適切だと思える程に。
よく見れば、遠くから勇を眺め観る魔者が四~五人ほど。
いずれも勇に敵意を向けはせず、ヒソヒソと話し合うばかりだ。
「凄い……皆ここで暮らしてるんだ」
「この村に人間が入るなんざ初めての事でな、誰しも恐れとる。 じゃからあんまり気ぃ飛ばすなよ?」
「あ、はい。 気を付けます」
しかしそんな光景に見惚れている暇も無く。
巨人はまるで外縁を回る様な道程へと足を踏み出していて。
その一言で気付いた勇もがその後を付いていく。
これが村の魔者達を刺激しない様に考えた道程なのだろう。
勇が村に入る事を想定し、予め決めておいた順路という訳だ。
「しっかし、大人達が言う様な魔剣使いとは思えないッスねぇアンタは」
そんな時、三度あの緩い声が背後から上がり。
それに気付いたふと勇が振り返って見れば―――
そこには星になったはずのカプロの姿が。
どうやらあれだけの見事な遠投だったのにも拘らず無事だった様で。
しかもこうしてさりげなく、何事も無かったかの様に現れたのだから勇も驚きである。
「実は尻尾とか生えてるんじゃねっスか? 魔者だったりしないッスか?」
「いやいや……普通の人間だよ。 君達にしたら変な奴かもしれないけどさ」
そして気付けば二人、普通に話しながら並んで歩いていて。
無警戒なのはカプロも一緒なのか、両手を頭後ろに回してのびのびとしている。
そうして話す姿はまるで友達と会話しているかのよう。
「人間と言えば尻尾無しでも四本足で這いずり回れて、通った後には草木一本残らない、血と肉が大好きで魔者見つけたら容赦無く食い殺すヤベーヤツって聞いてたんスけどね、拍子抜けッス」
おまけに、そう聞いていてもなお人間と戦おうとしたカプロの根性は目を見張るものがあると言える。
にしても、一体彼等は人間がどの様な存在だと伝えているのだろうか。
その人間である勇もこれには苦笑を浮かべずにはいられない。
とはいえ、ネットでも似た様な魔者の噂が飛び交っている訳で。
その現代人の代表とも言える勇が反論出来る事ではないが。
「そう言えば……カプロ君、だっけ? 君のおかげで話が進められそうだよ。 本当にありがとう」
「えっ、そうッスか!? いやぁ~礼には及ばねッスよぉ! 【ボモイニ】を奢ってくれればそれだけで」
「え? ぼも……?」
そんなカプロ君、どうやら調子に乗り過ぎるタイプな様で。
こうもなれば前を歩くあの者が黙ってはいない。
楽しそうな会話の最中、またしても巨人の睨みが強い輝きを放つ。
「また余計な事言ってやがんのかぁ!?」と言わんばかりの眼光である。
これにはカプロ少年ももはや脅えるばかり、「あばばば」と歯を震わせて止まらない。
たちまち調子付いた口をギュッと締め上げる様子が。
きっとまた星にはなりたくないのだろう。
「あ、俺は藤咲 勇って言うんだ。 みんな勇って呼んでくれてるよ」
「じゃあ勇さんって呼ぶッスよ」
「うん、よろしくな」
でも自己紹介くらいは許してくれるはず。
それに相手側だけ名前を知ったままでいるのは、勇にとっては不本意だったから。
そしてそこから始まった会話が懲りずに弾んでいたのはもはや言うまでもない。
こうして外縁を歩き続け。
魔者達が見守る中で、勇達はとある場所へと辿り着く。
それは外縁傍に設けられた広場。
どうやらここは現代の公園と同様の役割を果たしている様で。
綺麗に揃えられた石畳みや、簡素に作られた木のベンチがその目を引く。
加えて、中央には大きな石碑が建てられていて。
その大きさを前に、勇も驚かずにはいられない。
その大きさ、横幅おおよそ十メートルの楕円形という巨大石。
その半分程の四角い台座に立て掛けられ、しかも正面部がフラットに削られている。
平面部には何やら文字が彫られており、何かを主張しているかの様であった。
「これは……?」
その存在感が初めて見た勇を圧倒する。
思わず目を奪われて立ち止まってしまう程に。
そんな勇に気付いた巨人やカプロも足を止めていて。
「見ての通りや」
今度はあの巨人の答える姿が。
でも勇の方としてはそう簡素に答えられた所でわかる訳も無く。
「あ、俺、皆さんの文字が読めなくて……」
「そうかい。 ま、異界のモンならしゃあねぇがな」
何せグゥの日誌にも何が書かれているかさえわからなかったのだ。
こうして魔者圏の文化に触れても、文字ばかりはどうしようもない。
命力による翻訳では免れられない残念な側面である。
すると巨人もまた、何やら石碑を見上げていて。
顎毛をワシャリと撫で回し、そこに書かれた言葉に想いを馳せらせる。
「―――こいつぁな、『人間を信用するな、恐れを持って受け入れる事無かれ』って書いてあんのじゃ」
「えっ……」
そして満を辞して上げた一言が、勇に驚愕を誘う事となる。
石碑の主張は人間への恐れと否定。
村を、隠れ里を守る為の戒め。
文化上当然ではあるが、衝撃でもあったのだろう。
こうやって村の魔者達は常識を醸成し、生きて来たという事を知ってしまったから。
そこから生まれた落胆は計り知れない。
巨人はそう言い残して間も無く、再び歩み始めていて。
勇が落胆していようともお構い無しに。
しかし勇は追い掛ける事さえ忘れていて。
その忌まわしいとも思える石碑を前にただ悲しい目を向けるばかりだ。
「いっそこんな物さえ無ければ……」、そんな感情さえ過らせて。
けれどそんな時、突然下半身にズボンを引く感触が。
「勇さん勇さん、ちょっと耳貸すッスよ」
カプロが勇のズボンを引いていたのだ。
先程から変わらない真ん丸な目を向けて。
そうも言われれば勇が聞かない訳も無く。
背が低いカプロに合わせて屈み込む。
すると、勇の耳元にカプロのツンとした鼻が近づき―――
「勇さん、安心していいッスよ、師匠のアレは文字が読めない勇さんについた嘘ッス」
なんと、そんな耳打ちがボソリと。
これには勇、またしても驚きである。
更にはその「嘘」とやらもまだまだ根が続く様で。
「本当はコレ、『人と話し合える事が出来たらいいな』って書いてあるんッスよ」
「ほ、本当に!?」
「ええ、本当ッスよ……うぴぴっ」
そうして打ち明けられた真実が、間も無く先程までの落胆を消し飛ばす。
巨人が嘘を付いた理由こそわからない。
が、少なくともこの石碑には人間への否定的な事など書かれていない。
ただそれだけで勇にとっては充分だったのだ。
むしろ肯定的な事が書かれているという事なのだから、これ程嬉しい事は無いだろう。
たちまち沈んでいた勇の顔に笑顔が甦り。
「やった!」と小さく呟きながら、その身を激しく立ち上がらせていて。
続いて巨人を追う姿は、里に訪れた時同様の気力で満ち溢れていた。
でも勇は気付いていない。
カプロの顔にいじらしい珍妙な笑みと、据わった目が浮かび上がっていた事に。
果たして、今の発言に秘められたヤンチャ小僧の真意は如何に。




