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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第七節 「絆と絆 その信念 引けぬ想い」
184/426

~Reason <理由>~

 隠れ里へと進入した勇達の前に突然現れたカプロとその仲間達。

 しかし敵対したと思いきや、調子の狂うコントの様なやり取りが展開され。

 おまけにその愛くるしい姿に勇達は見惚れ、戦いはもはやただの可愛いモノ鑑賞会へと成り下がる。




 そんなほのぼのとした雰囲気がいつまでも続くと思っていたその時―――




「何やっとんじゃいカプロォ!!」




 突如、野太い声がその緩い雰囲気を跡形も無く吹き飛ばした。


「ッ!?」


 それに気付いた勇達が咄嗟にその顔を振り向かせる。

 声が上がった方、坂の頂上へと向けて。


 その時、二人が目にしたのは―――坂の上に聳え立つ巨大な影。


 木漏れ日を弾き、大きな闇を林の中に浮かび上がらせていたのだ。

 遠くからでも巨大だとわかる程に大きな闇を。


 そこから一段、また一段と力強く降りて行き。

 とうとうその影が日の下に晒されていく。


 そうして現れたのは―――まさに巨人。


 二メートルを軽々と超える、肩肘が太く張った上半身。

 それを支える下半身も太く、見るからに頑丈そのもの。

 タンクトップ風のシャツと短パンを身に纏う様は豪気極まりなく。

 カプロと同じ茶色の毛を纏うが、一本一本が突き刺さりそうな程に張りがある。

 しかし毛先はどこも白さを帯び、瑞々しさはどうにも感じない。


 だが見た目のインパクトは勇達へ再びの警戒心をもたらす程に強烈。

 カプロ達とはまさに正反対、剛腕オブ剛腕と言わんばかりの力強さを見せていたのだから。

 あの剣聖にさえも負けんと言わんばかりの図体である。


「か……可愛くなぁい……」


 ちゃながうっかりそう漏らしてしまう程に。


「お、お師匠!?」


 しかも案の定、カプロが良く知る人物な様だ。

 その巨体を前に、勇達以上の震えを見せて止まらない。


「カプロォ!! もしこいつらが容赦ねぇ奴らだったらどうなってたかわからんのかぁ!!」

「ヒィ!! す、すんましぇーん!!」


 その怒声は地響きを起こさんばかりの振動を伴うもの。

 向けられていないはずの勇達にまで「ビリビリ」とした感覚を伝わらせるまでに。

 まるで空気そのものを揺らしているかの如く。


 そんな威力の怒号が直接ぶつけられれば、当人としては堪ったものではない様で。

 カプロが毛を逆立てさせながら、飛び上がる様にしてその場から駆け去っていく。


「小僧共、お前らもだ!! とっとと戻らんかぁい!!」

「キャーッ!!」


 そして残っていた子供達も同様に。

 もっとも、この三人に限ってはどこか楽しそうではあるが。


 その時の巨人の形相はと言えば、勇達が慄く程に歪んで厳つい。

 気付けば二人までが怒られて固まったかの様に、ビシッとした姿勢でその場に立ち尽くす。


 どうやらそれだけの迫力を誇っていた様だ。


「―――たく、ハァ……」


 でもそんな子供達へのお節介が終わると、たちまち気苦労を露わとしていて。

 面倒臭そうに頭をボリボリと掻き毟り、走り去る子供達をゆるりと見上げるばかりだ。

 魔剣使いである勇達がすぐそこに居るにも拘らず。


 とはいえ勇達もその巨人と同様、子供達を見届けていて。

 敵意を見せていない事がわかっていたからこその態度だったのだろう。


「それで何の用だ、魔剣使いの若者達よぅ……?」


 しかしそれも子供達が去れば終わりを告げ。

 あろう事か巨人の方から、しかも落ち着いた声が投げ掛けられる。


 その様子は先程までの延長上、まるで警戒心の欠片も見せる事無く。

 グゥを含めた今までの魔者達とは違い、最初から温和な雰囲気を醸し出している。

 その巨大で力強そうな図体に似付かわしくなく。


 少なくとも勇達にはそう感じる程の余裕がこの魔者から感じられたのだ。


 そうもなれば、勇がやる事はもう決まっている。

 相手が話せる相手なのならば、もはや敵意など必要無いのだから。




「お、俺達は……話し合いをしに来ました」




 それはただ素直に、正直に。


 グゥの時もそうだった。

 自分の心に正直に動き、彼の言葉に耳を傾け、そしてその心に秘めた願いを掬い取る事が出来た。

 ならば他の魔者にも同じ様に相対すればわかってもらえるかもしれない。


 そんな希望が今、勇の中に強く強く膨れ上がり。

 目の前の巨人に真っ直ぐ目を向ける。

 その想いが通じれば、きっと耳を傾けてくれる―――そう信じているから。




 だが……時としてそんな真っ直ぐな願いは、思わぬ方向へと導く事もある。




「ほう、話し合いとな? 魔剣使いが話し合い……フフッ、ファーッファッファ!!」




 勇の言葉を聞いた途端、巨人が何を思ったのか鼻で笑い始めたのだ。


 たちまちその笑いは周囲に響く程の大声へと成り変わり。

 期待を抱いていた勇達の唖然を誘い出す。


「なるほど、それがお前達の作戦か。 取り入って中から、魔剣使いらしいやり方じゃわい」


「ち、ちがうっ! 俺達はそんなつもりじゃ!!」


「今初めて出会ったばかりで、しかも殺し合いが生業の魔剣使いが! あろう事か敵である魔者に対して話し合い、そして信用しろと? 冗談では無いわあ!!」


 更には疑いの眼差しまでをも向け、その語りは遂に怒号にまで発展する。

 もはやそこに取り付く島は無いと言わんばかりに。




 そう、信用出来る訳も無いのだ


 魔剣使いとは『あちら側』に置いて例外無く敵を殺す為の存在で。

 あの気さくなレンネィでさえ魔者を前にしたら容赦無く殺意を向ける。


 その関係は単純至極。


 <人間/魔者>を見つけたら、まず殺す。

 それが『あちら側』においての一般常識。


 そこに勇達の様な話し合いを望む魔剣使いなど存在しない。

 相手が信用出来ないからこそ、話し合いが一切成り立たないのである。




 しかし勇はそれでも諦めない。


 『あちら側』の事情など既に知った事だ。

 今までに痛い程、その理不尽さを身をもって味わってきたのだから。


 でもグゥの前例が出来たから不可能ではないという事も知った。

 そしてこの巨人が相対し、会話を交わせる事も知った。


 争わなくても良い道を知ったから――― 


「俺はただ、無駄な戦いをしたくないんだけです! 確かに俺は魔剣使いで、魔者を沢山手に掛けてきました。 相手も俺を殺そうとしてきて、それに立ち向かってきました。 でも、その中で一人、話し合える魔者が居たんです! それで魔者とだってわかり合えるって知ったから……!!」


 争わなければ、戦わなければ。

 余計な血も見る事も無かったし、もしかしたら笑い合えたかもしれない。


 殺し合ってきた魔者だってそうだ。

 ダッゾだって、ウィガテだって、ザサブだって。

 もしも最初から話し合って手を取り合えるならば。


 今頃見ている未来は違っていたかもしれない。

 一緒に笑い合える程に仲良くなっていたかもしれない。


 勇にとってはそっちの方が幸せだと思ったのだ。

 否定し合うよりも、肯定し合う方がずっと。


 だから勇は願う。

 争う事無く、人と魔者が手を取り合う希望の未来を。


 『平和』という名の世界の安寧を築く一歩を。


「お願いです、話し合いをさせてください!! きっと……きっと話せばわかり合えるハズなんですッ!!」


 この時、勇の願いの一声は巨人の怒号にも負けない程に空を突き。

 互いの声が途端に途切れ、たちまち優しい葉音の調べがその場を包む。


 それはまるで、互いの火照った心が日陰に晒されて冷めやるかの様に。

 ただただ揃ってその口を(つぐ)み、秘めたる想いを脳裏に駆け巡らせる。


 そんな静寂がいつまでも続くかの様に思えた時―――


「わかり合う……か。 そうさなぁ、それはきっと夢の様な話じゃなぁ。 それで戦う事も無く、いがみ合う事も無い世界があるならば、そりゃあ言う事無いよのぉ」


 勇の想いに感化されたのだろうか、巨人がそんな一声をポツリと漏らし。

 何かを想う緩んだ顔をそっと空へと見上げさせる。


 きっとこの巨人もまた思い描いた事はあったのだろう。

 争う事無く、安心して外を歩ける世界を。

 こうして魔剣使いを前にしてもなお自然であり続けられる、それ程に余裕がある人物なのだから。


「ッ!! じゃ、じゃあ!?」


 その様な肯定的な態度が勇の希望を大きく引き上げる事となる。

 思わずその身を前のめりにさせてしまう程に。

 堪らず「わぁ」と笑みが零れてしまう程に。


 人は安寧を求めるものだ。

 戦いも、殺し合いも、結局はそれを求めての行為で。

 手段であり、目的ではないからこそ。

 だから現代は今もこうして争いを乗り越えて発展を遂げたのである。




 そう、安寧を求めるからこそ―――その答えは決まっていたのかもしれない。






「では、わかり合ってどうする? お互いが戦わなくなるだけなのであれば今までと何ら変わらん」






 その期待の中で返って来たのは、余りにも予想外の一言。


 いや、それはきっと勇が相手の事を何も知らないからこその当然な答えだったのだろう。


「ワシらは今のままで十分満足しとる。 この里を出なくとも、人間と手を取り合わなくとも。 この場所に居続ける限り、出ない限り、余計な争いも無ければ生活を脅かす物はなんもねぇ。 他になんも要らねぇ。 ならばお前さんはどうする?」


「そ、それは……」


「ワシらにそれ以上の付加価値を与えて何になる? 何もなりゃせん。 むしろどこぞの童の様に余計な()を与えて無意味な競り合いを生むだけじゃあ。 イイ事なんざ何も無いわい」


 そしてその答えは、勇でも考えれば簡単に導けるものだ。


 隠れ里の魔者達はずっとずっと今まで隠れて暮らしてきた。

 遥か昔、凄惨な戦争に遭った時からずっと。


 つまり、自己完結が出来る種族として、結界領域内に根付いているという事。

 外の助けも必要無く、衣食住に困る事無く、仲間同士で支え合って生きていける者達として。


 例えそこに何かが介在しようとしても、入る隙間などもはやありはしない。


「要するにワシらにゃお前達と馴れ合う理由は無いっちゅうこっちゃ。 その上で問おう。 そのワシらの満足を覆す程の理由がお前達にはあるのかぁ?」




 だからこそ、勇はその問いに―――答える事は出来なかった。

 



 それも当然だ。

 正直な所、勇にわかり合う為の明確な理由など無い。


 あるとすればただ一つ、それは〝只の自己満足の為〟。

 すなわち、()()グゥと仲良く出来た事から生まれた()である。


 巨人が放ったのはまるでその事を見抜いた様な一言で。

 勇はその一言を前に、自分の浅はかさに気付かされてしまったのだ。




 グゥの時には勇にも明確な理由があった。

 生きて欲しかったから、知って欲しかったから。


 グゥの方にも後から理由が出来た。

 聞いて欲しかったから、託したかったから。


 そんな相互作用があったから、二人はたちまちわかり合う事が出来た。




 でも目の前に居る魔者は違う。




 しっかりと今を生きていて、話を聞く必要も無い。

 見たい・見せたいという欲も無ければ、自分達の存在を伝えたいという意思も無い。 


 そしてそれらを覆す理由も無い。


 そう悟った時、勇には返す言葉も無く。

 口惜しさ故に―――ただただ拳を、唇を、「ギリリ」と強くかみ締めるのみ。


 それがすなわち勇の答えとなっていたのだ。

 「理由は無い」と、無言がそう証明してしまっていたのである。


「話し合いを持ちたいのであればまず理由を持ってくる事だな。 ま、言う程の事では無いが、当然じゃろ?」


 もはや勇が出来る事があるとすれば―――子供の様に駄々をこねるくらいか。

 「それでもわかり合いたい」などと、一方的に騒ぎ立てる事くらいだろう。


 そんな子供の駄々話など、目の前の悟りきったが如き巨人を前に通用するはずも無いであろうが。


「話は終わりの様じゃな。 ワシはもう行くぞ……」


 巨人がそうして見せたのは無防備な背後。

 語り合う事さえ拒絶せんと言わんばかりの壁の様な背中である。


 その様な相手を前に、勇はただただ思う。

 〝いっそこの背中を斬ってしまえば、難しい事を考えずに済むんじゃないか〟と。


 元々勇は考えるより体を動かした方が楽だと思っている人間だ。

 だからこそこの様な頭を使う話し合いもそもそもが苦手で。

 逆手に取られる扱いをされれば頭にくる事だってある。


 ただ、そんな事をしたって何の意味も無いというのも当然わかっていて。

 それよりも何よりも、襲う理由さえ今の勇には無い。


 話し合いを望む意思を捻じ曲げる程の〝もっともらしい理由〟が。


 そう気付いた時、勇はその肩をガクリと垂らしていた。

 自分自身の情けないまでの浅はかさ、その落胆によって。


 相手を顧みない、自分勝手な思惑で動いていた事に気付かされたから。


「理由があればいいんですよね……理由、持ってきます。 また、来ますから……」


「ワシは二度と会いたいとは思わんがね。 期待せんでおくよぃ」


 諦めたくない気持ちがその一言を辛うじて導き出す。

 でももはやその声に覇気は無く。

 続く追い打ちに掻き消されるまでもなく、虚空へ掠れて消え失せるのみ。




 そうして勇もまた振り返り、ちゃなと共に里を後にする。

 その足取りは、訪れた時とはまるで別人であるかのよう。

 今にももつれて転んでしまいそうな程に、弱り切った一歩を刻んでいた……。




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