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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第七節 「絆と絆 その信念 引けぬ想い」
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~Hairball <毛玉>~

 遂に結界を破り、勇とちゃなが隠れ里への侵入を果たす。


 しかし心配していた敵らしき姿は無く。

 敵意などといった気配も一切感じられない様でほっと一安心。


 ―――などと思った矢先に二人が見つけたのは、とある奇妙な物体。


「あれ、一体何でしょうか」


 それは景色の先に見えた、石で出来ているであろう何か。

 でも自然に出来た物ではなく、明らかに人が手を加えたであろう形で。

 まるで鳥居の様なアーチ状を描いており、高さはと言えば人五人分程とそれなりに大きい。

 それが坂を上がる様にして幾つも並んでいたのだ。


 その物体を見つけた時、自然とその周囲の状況もハッキリしていく。


 よくよく見れば、アーチ石周辺を木々が囲う様に立っていて。

 それでいて、石の並ぶ間には何も無い―――つまり通路となっている。


 どうやらアーチ石は何かの入り口なのだろう。

 それが遠くから見てもそうわかる程にハッキリとしていたのだ。


「もしかして、あれは魔者の集落の入り口なんじゃないか?」


 そう疑うのも無理は無い。

 何せ勇達はまだ、マトモな魔者の住処という物を見た事が無いからだ。


 精々ウィガテの時に見た、急ごしらえの雑木で出来た小屋程度。

 それも遠巻きで見ていただけで、ちゃなの炎弾によって調べる間も無く消し飛んだ。


 そんな前例もあったから少し戸惑いもあったのだろう。

 それだけ、思っていた以上の文化を感じられる様相を誇っていたのだから。


「なんか神社みたいですね」


「うん、なんていうか凄いな……それしか言えないや」


 ただそれ以上に、映る景色はとても印象深いものだった。


 生い茂った葉々が燦々とした陽光を遮って黒い影を落としていて。

 でも木漏れ日と木間の光がてらてらと無数の線を引き、そんな闇を絶え間無く裂いている。


 そんな白と黒がせめぎ合う様に織り成す光景はどこか神秘的。

 そこで神社という一言が合わさり、この光景が以前からあった日本の景色なのだとさえ錯覚させる。


 まるで本当に八百万の神様が住んでいるのではないかと思えてしまう程に神々しかったのだから。


 気付けば二人揃ってそんな景色に見惚れていて。

 本来ならば油断も出来ないであろうこの場で思わず立ち尽くす。

 多感な少年少女にとって、それだけ魅力的とも言える光景だったのである。

 少なくとも、この一ヵ月の間で不思議な非現実的世界に浸り続けて来た二人にとっては。


 とはいえ、いつまでも眺めてはいられない。


 結界を解く為の行動で疲弊していた心も、そんな景色を見れた事で僅かに浮き上がり。

 満足した二人が揃って、入口と思しき道へと向けて一歩を踏み出す。


 その足取りはどこか軽快そのもので。

 これから戦うかもしれないというのに、二人共どこか嬉しそう。


「話、通じるといいですね」


「うん、きっと大丈夫さ」


 会う前から怖れていても仕方が無い。

 恐れたり敵意を向けるのは、相手を知ってからで十分。


 それを勇もちゃなもわかっているから、今こうして前向きでいられるのだ。

 





 こうして二人は歩き続け、とうとうアーチ石が佇む前へと到達する。

 そっと見上げれば案の定、昇り易い様にと設けられた丸太製の階段がお目見えだ。


 そう、ここは明らかに誰かを導く何かの入口。

 丘の上にあるどこかへと通じる道なのである。


「ここからは少し離れて歩いてもらっていいかな? あとここは多分【アメロプテ】くらいで平気だと思う」


「あ、はい」


 とはいえあくまでも警戒のスタンスは崩さない。

 互いのベストポジションを維持しつつ、有事の際に動ける様にしておく。


 勇は魔剣を抜かないまでも、柄に手を充てながら。

 ちゃなは【アメロプテ】だけを片手に。


 丈の長い【ドゥルムエーヴェ】をこの場所で奮うのは少し危ない。

 迂闊に振り回せば、アーチ石や木に引っ掛かって動きが抑制されかねないからだ。


「それじゃあ行こうか」


 その打ち合わせで準備は万端。

 勇が階段へと向けて、遂にその一歩を踏み出す。

 坂の上で待っているであろう〝何か〟へ赴く為に。

 ちゃなもまた同様に、一歩遅れる様にして。




 だが二人はまだ気付いてはいない。

 そそり立つアーチ石に隠されたとある意思に。


 敵意とは一つ違う、別の意思を向けられていたという事に。




 そして、その影から四本程の毛の塊がフリフリと動いていた事に。


 


「そこで止まるッスよ!!」


 それは勇が一個目のアーチ石を潜ろうとした時。

 突如、甲高い叫びがその場に響き渡る。


「うっ!?」


 その叫びに篭められていたのは強い否定の意思。

 思わず勇がその身を怯ませてしまう程の。


 たちまち勇が警戒心を露わにし、その腰を僅かに落とす。

 声が聴こえた方へと睨みを付けながら。


 ちゃなも当然、正面だけでは無く周囲へと警戒する様にその身を引かせ。

 手に握った魔剣に僅かな力を灯す。


 そんな時、あろう事か一人の人影が、先に佇むアーチ石の裏から姿を晒す。




 そうして現れたのは―――なんと魔者。




 ただし、凄く小さい。


 背丈で言えば一メートルちょっと。

 全身が茶色い毛で覆われていて、長い尻尾がフリフリと左右に動く。

 耳が左右に伸びている所は魔者共通だが、鼻がツンと伸びている所は今までに有りそうで無い容姿。

 そんな鼻先の毛だけは体毛と異なって白く、動きに合わせてフワフワと動くだけにとても柔らかそうだ。

 それでいて横に膨らむ様な体毛がまるでタヌキを彷彿とさせ、どこか愛らしい。

 もちろん半袖短パンという衣服を纏い、文明的な側面も見せている。


 更にはその手に意味あり気な木の棒らしき物を掴んでいて。

 敵意は見せているのだが、どうにも強そうには見えない。


「ここから先は何人たりとも通さないッスよ! この手に握られし魔剣【カプロンテ】の名に賭けてっ!!」


「なっ!?」


 だがその名が放たれた途端、極限の緊張感が勇達を覆い尽くす。


 魔者が魔剣を持つという事。

 その恐ろしさは相対した事のある勇が最も良く知っている。


 大地の楔を奪い、勇にも負けない鋭感覚で翻弄したウィガテ族。

 怒涛の雷撃で強烈な傷を負わされたザサブ族。

 いずれも一筋縄ではいかない、苦戦を強いられた者達ばかりだったのだから。


 それに魔者の強さが大きさで変わるという保証は無い。

 目の前に居る魔者が如何に小さくて弱そうだとしても、実際に弱いとは限らないのだ。


 魔剣【カプロンテ】……その見た目は【エブレ】や【アメロプテ】同様に木を彷彿とさせる物。

 木の枝そのものにも見えるが、これも見た目で判断する事は出来ないだろう。


 名を賭ける程の一品なのだ、その威力はもはや計り知れない。


「人間の魔剣使いッ!! 魔剣から手を離してここからゆっくりと立ち去るッス。 さもなければ、タダでは済まないッスよ……!!」


 そしてこの謎の気迫。

 小さな体から放たれたとは思えぬ自信に満ち溢れた警告は、勇の先制攻撃すら封じ込める。


 下手に手を出せばやられる。

 そう思えさえする気迫を、目の前の毛玉―――魔者は放っていたのだ。


 まだ勇の魔剣は鞘に収まったまま。

 とはいえ今の実力ならば、そのまま抜いて斬りつける事も出来るだろう。


 でももし相手の力がもしその速度を上回っていたら。

 その場合、反撃は必至。


 例え反撃が来たとしても勇なら躱す事も出来るかもしれない。

 でもちゃながそれに巻き込まれた場合、彼女を守り切れる確証は無い。


 まだ互いに離れれているという距離間ではないのだ。

 そう離れる間も無い、図ったかの様なタイミングだったから。


 何もかもが計算通り―――

 目の前の魔者はそう言わんばかりに魔剣の先を向けていたのである。


「さぁどうするッスか? 去るか、死か……!? この里一の戦士カプロ様は気が短いッスよ!!」


「ま、待ってくれ!!」


 自らをカプロと呼んだ魔者にもはや隙は見当たらない。

 一瞬にして全ての可能性を削がれたから。


 ただ、厳密に言えばまだ一つ可能性は残されているが。


 これこそ、まさに最後の手段。

 でも勇はそこに秘めた可能性に賭ける事となる。


 その手段とは―――



 

 なんと魔剣に充てていた手を離し、両手を頭上に掲げたのである。




 人間社会において、この仕草は言わば降参の意。

 無抵抗を示し、相手に敵意が無い事を伝える行為だ。

 人という生物が最も器用に扱える手を晒すという事は、生物学においても同様の意を秘めているのである。


 それが魔者に通じるかどうかはわからない。

 例えそうだとしても、同様な文化、考え方、体型を有する以上は通じる物があるかもしれない。

 その可能性に賭け、勇はこうして示したのだ。


 自分達に戦うつもりは無いのだと知らしめる為に。 


「俺達は戦いに来たんじゃない!! 話が出来るなら訳を聞いてくれ!!」


 これは必死の懇願である。

 相手が魔者であり、こうして話す事ができ。

 魔剣を向けられる中で無抵抗を示して対話を問う。


 先手を取られて手段を失った以上、今の勇に出来るのはこれだけだったのだ。




 しかし現実は得てして非情である。




「問答無用ッス!!」




 そう、本当に非情なのである。

 人に選択肢を振っておきながら問答無用と言い放つこの理不尽さが。

 勇が「今までの主張はなんだったの?」と愕然する程までに。


 ただその一言も、もしかしたら策略の一つだったのかもしれない。


 勇が唖然としたのも束の間。

 なんと魔者がその身を乗り出していたのだ。

 手に握った魔剣を振り上げながら。


 その一瞬を、勇は捉える事が出来なかった。

 気力を奪わんばかりのやり取りと、余りにも突拍子の無い飛び出しが重なった事で。

 意識を集中させる間も無く、その飛び込みを許してしまっていたのである。




 だが―――




「アッ―――」


 足場にしていた丸太の階段は、その短い足にはきっと大き過ぎたのだろう。

 身を乗り出した拍子につま先が引っ掛かり。


 あろう事かカプロの姿勢は前のめり。


 無情にもミサイルの様に頭から突っ込んでいき。


 無抵抗を示す勇の真横を無造作に抜けていく。


 勇もそれには反応しきれず、視線だけが追い。


 遂に毛玉は、驚くちゃなの胸元へ―――




どすぽォーんっっっ!!




「きゃああっ!!」


「た、田中さんっ!?」


 果てにはボヨヨンと毛玉が跳ねながら、二人揃って地面に激突である。




 幸い、ちゃなは背中から倒れたものの無事。

 背中のウサギリュックと魔剣がクッションになった様だ。


 しかしそんなちゃなに更なる不幸が。


 なんとその膨らみ掛けの胸に、カプロの顔がすっぽり埋まっていたのである。


「あっ、あっ……」


 これにはちゃなもどう抵抗したらわからない様で。

 顔を真っ赤に染めながら、ただただじっとするばかり。


 そしてカプロの方はと言えば―――


「むっはあ!! シュゴゴ……こっ、この香りは……お母さんの匂いッス」


 ちゃなが纏う女の子独特の甘い香りを堪能するかの様に、思いっきり鼻を吸い込んでいて。

 しかもその顔はどこか幸せそう。






―――懐かしい香りッス……―――






 その瞬間、ボクは深い深い眠りへと誘われた。


 優しく甘い香りは確かに天国へと導いてくれたッス。


 その時、まるで心が天を突くかの様に飛び上がり。


 澄んだ青い空を一望する様に見渡していて。


 それはお母さんが、お姉さん達が、ボクを見守ってくれてるかの様な感覚。


 指一つ一つに香りがまとわりつ


「カプロー!!勝手に死ぬなー!!バカーッ!!」

「うぴっ!?」


 その時突如、甲高い幼な声が心の語りを遮る程に響き渡る。


 なんと別の小さな魔者が更にアーチ石の裏から姿を現していたのだ。

 それも三人、しかもカプロよりも更に小さい個体が。


 しかもカプロがどうやら今の声で意識を取り戻した様で。

 気付けばちゃなとカプロの密着状態で見つめ合う姿が。


「あっ」

「えっ?」


 そうしてカプロが見せたのはキョトンとした真ん丸の大きな目。

 ちゃなが思わず「はわぁ」と驚いてしまう程に綺麗な。


 しかしそこからのカプロの行動は速かった。


 自分の置かれた状況に気付き、飛び上がる様にちゃなから離れ。

 唖然としたままの勇の横を驚きの速度で駆け登っていったのである。


 シュパパーンと音が鳴りそうな程に素早く。


 余りにも速く、それでいて軽快に。

 それ程までに階段を走り馴れたかの様な動きは、勇の鋭感覚ですら捉える事は出来ない。

 ……というよりも、虚を突かれ過ぎて集中出来なかっただけだが。


 それ程までに、他の魔者達との連携(?)が的確だったのである。


 勇が遅れて振り向けば、カプロは既に再びドヤ顔を見せつけながら二人を見下ろしていて。

 小さな魔者達と共に小さな胸を張り上げる自信満々な姿を見せつける。


「フッフフ、ど、どうやら今の攻撃が見えなかった様ッスね。 所詮この【カプロンテ】の幻術の前には―――ってああっ!?」


 しかしそこでそのカプロ、とある事に気が付いた模様。

 なんと意気揚々と突き出した手に持っていたはずの魔剣が無かったのだ。


 そしてその魔剣はと言えば―――


「えーっと、これ、落としましたよ?」


 現在はあろう事か、ちゃなの手元に。


 ふわふわした彼女らしい対応というかなんというか。

 自分の魔剣を地面に落としたまま、【カプロンテ】を両手で差し出していて。

 その様子はまるで「落としたので取りに来てください」と言わんばかりである。


「ああーっ!! ボクの【カプロンテ】がーッ!?」


 でもカプロとしては気が気でない模様。

 それも当然だ、彼の自慢の武器がこうして敵の手に渡ってしまったのだから。


 ただ、それ以外にもどうやら理由がある様であるが。


「あれ……これ、ただの木の枝ですけど……」

「あーッ!! あーッ!!」


 無垢な少女の純粋な告白は、時に虚栄を大恥へと換える。


 カプロが騒げどもはや時すでに遅し。

 ちゃなの言葉はしっかりと命力が乗っていて。


 カプロだけでなく、勇や小さな魔者達の心にまでしっかり届いた様だ。


「ねーえ、カプロ……やっぱ無理だったんじゃ……」


「当たり前だよ。 カプロが里一とかその時点で無理があるじゃん」


「里一の間抜けって言われた納得できそー!」


 しまいには自分より小さな魔者達にさえ容赦無くこき下ろされる始末である。


 三人揃っての毒舌を前に、カプロの頭が堪らず「ガンッゴンッドンッ!」と沈み行き。

 果てには涙目で悔しそうに上唇を噛み締める情けない姿を晒していて。


 勇達もそんなコントの様なやり取りを前に、ただただ呆れるばかりである。




 しかしそんなやり取りが不思議と勇に冷静さを取り戻させ。

 警戒によって狭まっていた視野がたちまち透明(クリア)となる。


 そうなる事で見えてくる物があった様だ。


「彼等はもしかして子供なのか?」


「ひょっとしたらそうかも……」


 それはちゃなもまた同様に。

 落としていた腰を上げ、勇の傍へと歩み寄っていて。


 そんな視点で見てみれば、たちまちカプロを含めての素顔が露わとなる。


 四人とも、体の大きさに対する手足の比率がまさに人間のそれと同じ。

 背丈だけでなく手足も短くて、それでいてとても柔らかそう。

 全身を覆う毛も綿毛の様にモコモコとしていて、見るからに触り心地がよさそうだ。

 フワッフワと動く尻尾も、触ってしまいたくなるくらいに優しく揺れていて。

 勇達に対して警戒する姿でさえ、どうにも愛くるしく見えてしまう。


 そんな可愛いモノ好きなちゃながうっとりしてしまうくらいに魅力的だ。


「な、なんか可愛いです……! もふもふしたいです……!」


 それはどうやら勇も同感な様で。

 思わず「うん、わかる」と言わんばかりに頷く様子が。


 カプロは相変わらず沈み落ち。

 魔者の子供達はなおも妙なやる気を見せたまま。

 勇達はそんな姿にさえホッコリし、温かい笑みを向ける始末で。


 先程までの緊張感は一体どこへ行ったのやら。

 気付けばその場はゆるーい雰囲気で覆い尽くされていた。




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