~Disclosed <暴く>~
命力レーダー……それは卓越した魔剣使いだけが使えるという、周囲感知技術である。
まず大気中に波状の命力を放出、周囲へと拡散させ。
流れていく命力が障害物へと当たった時、その反力で放出者へと波が帰っていく。
それを受け取った放出者は自然と、その波が描いた周囲の形状を感じ取る事が出来るのだ。
その原理はまさに人類が造りだしたレーダーと同じ。
命力を備えた人間は、その能力をも自らの力だけで可能とするのである。
「フゥー……イメージだ。 粒を等間隔に、高さは腰辺り、角度は五度刻み、間隔は一秒ごと……!」
腰を僅かに落とし、両手を広げて目を瞑り。
その上で息を整え、心を落ち着けながらイメージを脳内に膨らませる。
最初は十字方向。
これは実に簡単だ。
前後左右とは、人間の感覚において最も単純で思考し易い基礎の方角だからである。
次にその中間、斜め四十五度方向である。
これも比較的簡単だと言えるだろう。
何故なら、指標とも言える基礎方角の中間位置を想像すればいいだけだからだ。
でもそこからが難しい所だ。
その次は十五度刻み、中間点の存在しない位置取りとなる。
それは例え理屈で位置がわかっていても、イメージとは成り得ない。
ハッキリとした位置を形として描けなければ、それはただ「考えた」だけに留まってしまう。
命力を操るまでの「イメージ」には昇華されないのである。
だから勇はこの日までそのイメージを固める為に何度も何度も練習を重ねた。
大きな分度器と定規を幾つも購入し、そこから自分の放出する命力の位置を視覚化し。
その上で線をなぞる様に放出を続け、トライアンドエラーを繰り返し。
グゥに会いに行った時も、トレーニング施設で同じ様な実験と実証を繰り返していた。
だからこそ、今の勇に十五度刻みの命力放出も問題無く行う事が出来るのだ。
そして最終地点、五度刻みの狭角放出。
これこそ勇が未だ道具を使わねば成し遂げられない領域である。
その実験を行おうとした時にグゥが姿を消し。
それ以降、練習する間も無くこの時が訪れて。
だからこそ自信があった訳ではない。
出来るという確証があった訳でもない。
でも今、悠長に道具を並べる程の余裕は無いだろう。
敵が居ようと居まいと関係無く。
だからこそ勇は土壇場である今この時、培ってきたイメージを脳内だけで固める事を決めたのだ。
感覚と、記憶と、経験を重ね合わせて脳内に分度器と定規を生成、基礎方角に合わせ込み。
そこに今度は鋭いラインを引いていく。
五度刻み、自分の引きたい位置を寸分の狂いも無く。
でもそれだけではイメージには今一つ届かない。
だからこそ、振るいを掛けるのだ。
その名の通り、振るうのである。
自身の体を腰上から敢えて捻り、想像と現実に差異を生む。
すると現実との差異による感覚のズレによって、未熟なラインはぼやけて崩れていく。
もしそうなってしまえばそれはただの考えの領域、イメージに届いていないという事に。
だがそれでも描いたラインを維持し続ける事が出来るならば―――
「……見えた、イメージの景色が!!」
―――命力レーダーの完成である。
こうしてレーダーが出来上がった時、勇の脳裏にとあるイメージが浮かび上がる。
それは現実と寸分違わぬ線上景色。
目を瞑って真っ暗だった景色に刻まれた、手に取れそうな程のハッキリとした空想現実である。
周辺の木々や低木の形。
葉々の揺らめき。
大地の細かい凹凸。
微風の流れ。
果てはちゃなの容姿までもがハッキリと。
「凄い、ここまでハッキリするのか……!」
それを成し得た時、勇はただ驚くばかりだった。
五度刻み、それはすなわち命力レーダーを成す為の限界角度。
道具を使っても、一つの角度を失っても成し得なくなる、必須条件とも言える要求能力なのだ。
でもそれを今ようやく、勇は実現する事が出来た。
こうして実感する事が出来た。
実感―――それはイメージの定着を意味する。
つまり勇は命力レーダーを完全に物にした、という事なのである。
そして命力レーダーを習得した今、目の前にあるであろう〝違和感〟が心の景色にハッキリ映り込む。
そう、結界だ。
それはレンネィの言った通り、どこからともなく下がるカーテンヴェールの様な物で。
微風の勢いにさえ煽られては砂の様にサラサラと動いて形そのものを変えている。
まさに掴み所の無い形。
吐息でさえも邪魔になってしまいそうな程の。
あの時レンネィが「静かにしていて」と言うのも頷ける性質だったのである。
「なるほど、それでレンネィさんはあれだけ集中していたのか……」
レンネィ程の手練れですら極度の集中力を有する相手。
それが今度は勇の目の前に在る。
でもその事実があろうとも勇の意思は止まらない。
相手がこうしてハッキリとした今だからこそ、立ち向かう意欲は坂を駆け登らんばかりに上昇中だ。
命力レーダーを習得して自信を付けた以上、その意識と意欲を留める障害などもはや有りはしないのだから。
「よし、やってみるか……!」
遂には目を瞑ったままにその一歩を踏み出し。
ゆっくりと確実に、空想現実の中を進んでいく。
ちゃなも身動き一つする事無く、勇の姿を静かに見守り続けるのみ。
それというのも、以前勇から結界の話を聞いていたから。
その事を思い出し、邪魔をしない様にと自らの意思で動きを止めているのだ。
こうしている間にも勇は進み続け、とうとう結界の前へと到達する。
手を伸ばす事も無く簡単に振れる事の出来る距離へと。
その時、勇が「スッ」っと右手を持ち上げ。
レンネィがやって見せた様に、かつ自分が想像しやすい様に。
そっと人差し指だけを伸ばし、結界へと向ける。
その時生まれたのは―――淡い光を纏った光の刃。
いや、刃と言うには少し物足りない。
どちらかと言えば、光の糸と言った方が正しいだろうか。
それもハッキリとした形ではなく、今にも消えてしまいそうな程の灯を伴った線である。
今の勇にはこれが限界だった。
何せ命力レーダーとの併用が必須なのだから。
例え習得しようとも、集中力を必要とする事に変わりは無い。
その上で指にも別の命力を灯すという芸当を行わなければならないのだ。
それはつまりマルチタスク。
二つの事を同時に行うという、訓練していない人間には本来成し得ない技能が必要となる。
だが勇はそれをも可能とした。
今までの戦闘経験が確実に生きていたのだ。
まだまだ不慣れではある事に変わりは無いが、今の作業を行うには充分である。
「……よし、やるぞ」
その呟きは誰にも聴こえない程の小声。
吐息で結界を無駄に揺らさない様に。
それでいて、意思を固める事で僅かでも刃の威力を押し上げる為に。
プツンッ
そして突き出した刃が奇妙な感覚と共に結界へと突き刺さる。
これもまたレンネィの言った通りだ。
布を突いて出来た、繊維が切れた様な感覚。
そう錯覚する程に近い感触が振動となり、神経を通して脳へと伝わってきたのである。
しかしこれも勇には想定内。
マルチタスクの練習にこそ至ってはいないが、命力メスに近い技術は既に練習済みだ。
実はちゃなのエーヴェホルダーを構成する布地は、勇が命力メスの練習で切った物。
一枚の厚手の布を買い、練習を兼ねて勇が切り、母親が設計図通りに縫い込んだのである。
これは予めレンネィの話を聞いていたからこその練習法と言えるだろう。
小物を造る時でも練習の糧にする。
そんな前向きさがあるからこそ、勇はこうして成し遂げる事が出来た。
数年魔剣を扱い続けた手練れにしか成し得ないと言われる技術を。
その技術が今、こうして実践で輝きを放っているのだ。
ズッ、ズッ、ブツツッ……
とはいえ、今はそれが使えるだけで刃が安定している訳ではなく。
まだまだ勇の命力コントロール技術は不安定ともあって、かろうじて形を成す程度でしかない。
その為、伝わってくる感覚はまるで切れ味の悪いカッターで分厚い布を切っているかのよう。
繊維一本一本が障害となり、切れる度に刃の勢いが止められていて。
切っていく速度はこれでもかという程に遅い。
もちろんこれはレンネィも同様だった事で、覚悟の上でもあるが。
ズッズッ、ズルル……
ただその技術も、いつまでも成長しない訳でもない。
そう―――勇はこうして切っている間にも学び、改善し、改良し続けている。
その証拠に、人差し指から放たれた刃は先程よりも僅かに切れ味を増していて。
当初の一分で〇.五センチ程度しか動かなかった速度が、その倍程に達していたのだ。
それでも決して焦らぬ様に。
刃が結界から抜けない様に。
優しく、丁寧に、そして確実に刻みを入れていく。
風で揺れようとも、その揺れに合わせて手の位置を動かして。
刃の形成状況にも合わせ、のこぎりの様に引いては押してを繰り返し。
端点に到達して方角を変えようとも、その動作を繰り返して開き続ける。
そうして気付けば、刻んだ跡は既に大きなL字を描いていて。
その隙間からは僅かに先の景色がチラリと覗いている。
ようやく折り返し地点。
でもその勢いは疲れて衰えるどころか更に増すばかりだ。
切っている内に命力メスのコツを覚えたのだろう。
気付けば不安定な太さだった刃は均一に。
ブレていた光量はしっかりと線とわかる程に整っていて。
簡単に言えば、今までは切れかけの蛍光灯。
でも今は新品同様。
そう形容出来るだけの差が生まれていたのである。
こうもなれば、結界を刻む速度が増すのは必然で。
腕の引き上げ速度はもはや見てわかる程に。
のこぎりの様な動作も収まり、代わりに糸状の刃そのものが刻む様に動いている。
しかも刃そのものが短くなり、最適化まで果たしていて。
無駄という無駄を限界まで削ぎ取った結果が今こうして動きとなって現れていたのだ。
とすれば結界に穴が開くにはもはや時間も必要としない。
ブツンッ―――
その感触を最後に、とうとう結界へと四角い穴が生まれる。
以前とほとんど変わらない景色を映した大穴が。
「出来たッ!」
「わぁ……」
ここに至るまでおおよそ四十五分。
まだまだ改善点は多いが、初めてにしては充分な好成績だと言えるだろう。
でもこれで終わった訳ではない。
むしろこれは始まりに過ぎないのだ。
この先に待つ隠れ里の住人と話を付けるという目的を果たす為の。
こうして勇は最初の試練を乗り越え、新たな隠れ里への一歩を踏み出す。
その地に住まう者の正体もまだ知らぬままに。
果たして、勇達の前に現れるのは如何な魔者なのだろうか。




