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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
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~他愛もない事だから~

 グゥが救助されてから、はや五日が過ぎた。


 病院での経過診断は―――問題無く良好。

 当時の衰弱は二日目ともなれば完全に消え、今では部屋の外に出歩く事も出来る程に。


 先日に至っては、フロアで自販機のペットボトルジュースを堪能していて。

 そんな最中の勇の訪問で、堪らず互いに笑いあったものだ。


 とはいえまだまだ安心も出来ないからこそ、施設に缶詰めのままではあるが。


 


 しかしそれもここまでの話。

 医者によればこれ以上の入院は不要との事。

 福留もその話を聞いた上で、最終検査を経ての退院を許可したのである。




 そして朝早くから幾多の精密検査を経て、グゥが遂に最後の診断を受けるべく診療室にて座り込む。

 相対するのは今回グゥの面倒を見続けてきた担当医。

 傍の机にはライトアップされたレントゲン写真などが貼られ、グゥの体内が露わとなっている。


 どうやら放射線などは障壁に防がれない様で、精密検査に支障は無く。

 その結果と言えば、いずれも人並みの健康体。

 それどころか人間にも似た体内構造が明らかとなり、医者の方が唸りを上げる有様で。


 とはいえ、そのお陰もあって問診にはそう時間も掛からなかった様だ。


「もう大丈夫そうですね。 わかる範囲だけですが、特に異常は見つかりませんし」


「そうですか、それは良かった」


 この結果にはグゥも一安心。

 ハッキリとこう言われた事で、ようやく肩の荷が下りた様子。

 やはり何も知らないと、検査とはいえ何をされているのかと不安にも思うのだろう。


「何はともあれお疲れさまでした。 色々怖かったかもしれませんが、もうしばらくはこんな検査を受ける必要はありませんから安心してください」


「しばらく……また受けなければならないのか。 それは参ったなぁ」


 安心した束の間の宣言にグゥも堪らず頭を抱えてならない。

 それほど精密検査が身に堪えたのだろうか。

 とはいえその様子は冗談交じりで。


 そんな様子や仕草が医者に堪らず笑いを呼び込む。


「それにしても、貴方の様な『人』に出会えて本当に幸運でした。 なんたって全く知識の無い生物の診療を依頼されたんですから。 実は最初不安だったんですよ」


「はは……確かに私は『人間』ではありませんからね。 種族が異なればそう思うのは仕方のない事でしょう」


 それは異種族であるが故の運命か。

 姿形が違うだけで畏れたり、いがみ合うのは世界が異なっても変わらない。

 その事を良く知るグゥだからこそ、こんな答えを返すのは当然だった。


 でもどうやらその答えは、医者の求めていた物とは全く違った様だ。


「いえ、そうではありません。 貴方の様にお互いの事を思い合える方々を我々は総じて〝人〟と呼ぶのです。 それは人間や魔者といった種族の事ではなく、〝理性ある者〟という意味でね」


「えっ……?」


 それは資料に文字を書き連ねながら淡々と放たれた一言。

 でもその一言に籠っていたのは……明らかな〝人〟としての心。


「藤咲さんと福留先生から話も伺いました。 魔者はとても恐ろしい存在だったのだと。 それは彼等が命を物ともしない〝人〟ならざる存在だったからです。 けどお二人共こうも言っていました。 『グゥさんは魔者でも〝人〟だから話せる』のだとね」


 すると刻んでいた筆跡が跳ねる様して止まり、ペンが軽快にクルリと回る。

 そう見せた医者の顔はとてもにこやかで。


 グゥが茫然としてしまう程に。




「貴方は『人間』でこそありませんが、立派な〝人〟なのだと私達は思っていますよ」




 そして続いた一言がグゥの胸を打つ。

 今までに聞いたどんな言葉よりも何よりも。


 今の一言にはそれ程までの温もりが込められていたのだから。

 人間がその一言を魔者に伝えるという事の温もりが。


「私が〝人〟……そう、ですか……」


 医者を通して勇達の想いが心に響いて感傷に浸らせる。

 「彼等は私の事をその様に想ってくれていたのか」と。


 それが人間や魔者という区分け(カテゴリ)の外から見た同情ではなく。

 共に生きる者としての共感から生まれた想いなのだと、今やっと気付けたから。

 

 その事に気付けたからこそグゥは涙する。

 ここまでしてくれた事への感謝と。

 そしてそれに今まで気付けなかった事への謝意を篭めて。


 膝に乗せた拳が握り締められる程に強く。


「さて、この()()()()()ですが、福留先生からも外出許可を頂いています。 なので安心して外の空気を吸ってきてください」


「おぉ……」


「以上で診察は終わりです。 お疲れさまでした。 午後には福留先生が来られると思いますので、今後の待遇に関してはあの方から伺ってください」


 そんなグゥの想いを包み込む程に、医者の言葉にもまた慈しみが纏っていた。




 こうして診察は無事終わりを告げ、グゥが診療室から退室していく。

 向かうのは外ではなく、自室となっていた病室。

 その手に医者から受け取ったペンを握り締めて。






◇◇◇






 もう間も無く昼に差し掛かろうとしている時間帯。

 空高くで太陽が燦々と輝き、大地を強く照り付ける。

 眩し過ぎて手で覆いたくなってしまう程に。


 この日、夏日―――

 

 そんな気候の事などもわからない程、医療棟内は空調が効いている。

 廊下を行く看護師も、そのお陰か歩みはどこか軽快で。


 そしてグゥもまた同様にして、涼しい空気を浴びながら看護師とすれ違う。

 互いに穏やかな会釈を交わして。


 事実上、今日がグゥの退院日。

 つまり、今日まで世話をしてくれたこの看護師ともお別れだ。

 先程の医者の話もあったからこそ、感謝の気持ちは絶えない。

 「ありがとうございました」と丁寧な一言を添え、別れの挨拶を終える。


 そのまま歩いて訪れたのは―――医療棟の入場口(エントランス)


 今までは律儀に外へと出ない様にしていたが今日は違う。

 外出許可が出て、ようやく東京の空へとその身を晒す事が出来るのだから。


 ガラス張りの自動扉が開くと、たちまち熱風が棟内へと流れ込み。

 その纏わりつく様な重く熱い空気が外の香りを導き、ツンと伸びた鼻に触れる。

 でもそんな熱気も、空調など無い世界を生きて来たグゥには何の抵抗も無い。

 惜しげも無くその一歩を踏み出し、遮られる事無く照り付ける太陽の光を一身に浴びる。


 ようやく今、彼は東京の真ん中でその姿を晒したのだ。


「とても気持ち良い日差しだ……」


 現代人には厳しい日光も、彼にとっては恩恵の日差し。

 まるで全身にその熱を行き渡らせるかの様に、両手を広げて一身に受け止める。


 とはいえ、今の彼は出会った時の様な露出の多いラフな服装とは異なるが。


 外出用にと用意されたのは白の長袖シャツと茶色のロングパンツ。

 それを着こなす様は現代人と何ら変わらない。

 これで容姿が人間に近ければ、例え街に繰り出してもきっと誰も気付かないだろう。


「さて、いくか……」


 しかしそう呟いた顔に穏やかさは無い。

 細めた目を行き先へと静かに向けるだけだ。


 その視線の先にあるのは―――敷地の入り口。

 塀に囲まれたこの敷地にて唯一出入りする事が出来る場所。


 そこへと向けてグゥは行く。

 迷いも、躊躇いも無く。




 だがその時突如として、グゥは思い掛けない出来事に遭遇する事となる。




「あれっ!? グゥさん、外出許可出たんですね!!」


 視界に一人の人影が飛び出して、そんな軽快な声を張り上げたのだ。


 そう、勇が今丁度訪れたのである。


 まさかの偶然な巡り合わせに、グゥも驚きでその身を強張らせる。


 てっきり今日は福留と一緒に来るかと思っていて。

 この時間に来るとは思っても見なかったからこそ。


「……おぉ、ユウ殿。 そうだ、医師に許可をようやく頂いてね。 いやはや、気持ちの良い空だ」


 でもその驚きを顔に出す事は無く、いつもらしい笑顔で迎え。

 グゥの相変わらずな様子に勇もどこかご機嫌だ。


「はは、むしろ今日は暑過ぎる気がしますけどね」


 余りにも強い日差しの所為か、今日は勇も堪らず帽子を被って来ていて。

 バイザー(つば)を「グイッ」と上げ、「ニシシ」と笑みを零す。

 命力を得て体が強くなっても、肌を焼く様な陽射しはさすがに耐え難かったのだろう。


「それで、これから街を散策してみようと思ったんだ。 ()()()()も頂いたのだし、折角だからね」


「えっ、街に?」


 しかし突然のグゥからの発言が勇に戸惑いを呼ぶ。


 確かに〝外出許可〟の事は聞いていたから知っていて。

 でもそれがどの範囲までかは聞かされていない。

 まさかそれが街へも有効かどうかなと、勇にはわからなかったのだ。


「ああ。 実はここだけの話、フクトメ()()にも許可を貰っている。 ()()()()()()()()だってね」


「あ、そうなんですね。 福留さんが絡んでるなら平気かな」


 守衛もが聞き耳を立てる中でも話はなお続く。

 むしろ彼等にもしっかり聞こえるかの様に、グゥの語る声は声量に溢れていて。


「よしっ、それじゃ俺が案内しますよ」


 勇もそんな気概を見せるグゥに気乗りしたのか、力強いサムズアップで応える。


 でもグゥはと言えば―――

 その善意を前に、小さく首を横に振っていて。


「いや、ユウ殿は大事なトレーニングがあるのだろう? それに、変にガイドが付いていると逆に怪しまれそうだからね。 ほら、この間話をしていた【こすぷれ】みたいなものさ。 堂々と一人で歩いていた方が怪しまれないって」


「ああーそうか、それなら確かに」


 そんな説明を前に、勇も妙に納得だ。


 勇がここに訪れたのは、「午後までにこの場所へ来るように」と福留から言われていたから。

 ついでだからトレーニングでもしていようと思い、こうして早めに訪れる事に。

 口外していない事だったのだが、グゥにはお見通しだった様子。


 それに今居る場所からほんの少し南に向かえば、某オタクの名所とも呼ばれる地へと辿り着く。

 そういう場所ともあって、この上野は同じ東京でも比較的そういった行為に対しては寛容的な方で。

 例え本物の魔者でも、コスプレイヤーとして紛れてしまえば疑われる余地も減る。

 そうなれば比較的安全に観光も出来るという訳である。


 むしろ現代人である勇にそう説明出来てしまう辺り、グゥの順応性は想像以上に高い様だ。


「それならこれだけでも持っていってください。 外、暑いですから」


 そうして勇が差し出したのは、自分が被っていた帽子。

 この陽射しの恐ろしさを良く知るからこその配慮なのだろう。


 相変わらずのお人好しっぷりに、グゥも口を綻ばせずにはいられない。


「折角だからそれ、あげますよ。 今さっき買ったばかりなんでほぼ新品です」


「ありがとう、それでは遠慮無く」


 受け取った帽子はグゥの頭にも丁度良かった様で。

 調整する必要も無く、スッポリとその頭部を包み込む。


 勇もそれには「おおー」と感激気味だ。


「似合ってますよ」


「はは、そうかい?」


 場所が場所なだけに、そのデザインは白黒で彩られた物。

 単調でこそあるが、その明暗は某動物を連想させるに容易い仕上がりとなっている。


 それがグゥの服装に似合っているかと言えば違うのだろう。

 でも勇にとっては、帽子を被る事が出来ただけで充分で。


 ただそれだけで、人と魔者には差なんて無いと思える出来事だったのだから。



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