~聞いてもらいたくて~
勇達は隠れ里を脱出して早々に自衛隊員達と合流し、事の顛末を速やかに説明。
福留へと救護ヘリコプターを要請して今に至る。
とはいえさすがの自衛隊員達も、先日に引き続いての魔者の登場には驚きを隠せず。
いくら敵意が無いとはいえ、勇程に受け入れる事は普通に考えれば難しいだろう。
何せあれだけ死闘を繰り広げた後なのだ。
種族が違えど同じ魔者なだけに、恐ろしいという先入観が先行するもので。
そんな様子を見て、レンネィは勇から感じていた特異性が彼だけの物なのだとよく理解出来た様だ。
「予定通りであれば後三十分程で降下地点に到達するハズです。 これから案内しますので付いてきてください」
しかし彼等に迷っている暇は無い。
こうしている間にも魔者が弱って命を落としてしまう可能性も否定出来ないから。
食事を摂って栄養が通ったからだろうか、魔者自身は先程よりも目の動きが機敏となっているが。
自衛隊員達の案内の下、再び山中を駆け抜ける勇達。
そうしてものの数分で、山間の見える大きな開けた平原がその姿を現した。
「ここでしばらく待機願います」
どうやらここがヘリコプターの着陸予定地点の様だ。
予めそういった場所や、呼んだ時の対応も作戦前に決めていたらしく。
既に何やら訳のわからない柱の様な機材が付近に置かれていた。
点滅した光を放っている辺り、恐らくは着地地点を表す目印と言った所か。
レンネィも待機と言われれば担いだままにしておく訳も無く。
魔者を付近にそそり立っていた木の幹の下へとそっと降ろす。
「すまない」
「いいのよ。 お礼なら彼に言ってあげて」
そう言われてふと魔者が見上げると、そこには自身を見下ろす勇の姿が。
勇は空かさずその膝腰を落とし、心配そうに魔者の顔を覗き込む。
体の状態がわからないからこそ、まだ不安を抱いたままなのだろう。
なんだかんだで魔者自体の事などまだよく知らないからこそ。
「えーっと……魔者さん、身体の方は大丈夫ですか?」
―――もちろん、その名前もだ。
そもそも名前があるのかどうかすらも勇にはわからない。
考えても見れば、文化や言葉があろうとも名前もあるとは言い切れず。
常識外れな『あちら側』生物なだけに、『こちら側』の常識が通用するとも限らない訳で。
「……グゥだ」
しかしそんな疑問すら抱かせる間も無く、魔者がそっとその名を明かす。
惜しむ事無く、堂々と。
「グゥさん……それが貴方の名前なんですね。 俺は勇っていいます。 ハハ、なんだか似てますね、俺達の名前」
「そうだな、きっと他にも色んな所が似てそうだ」
そうしんみりとして答える所も、どこか何かを想う様に虚空を見上げていて。
でもその瞳は先程と違って、ずっと透き通っている。
ここまでの話できっと勇と共感出来る話も多かったのだろう。
そして何より、そこから思い出す事も沢山あったから。
意識をハッキリとさせてしまう程に、今の今まで驚く事ばかりで。
「もうすぐ空からでかい鉄の塊が飛んで来ますけど、危なくないんで驚かないでくださいね」
加えてそんな勇の信じられない発言を前に、もはや笑いしか込み上がらない。
「ははは……」と細やかな笑いを零し、「鉄の塊とやらを楽しみに待とうか」とさえ思う。
とはいえ、彼はただ待つだけのつもりは無い様だ。
「ではそれが来る前に少し、話を聞いてくれないか……?」
「え? あ、はい」
そう尋ねたグゥの表情は僅かに陰りを帯びていて。
聞き逃さない様にと、勇もまた地べたへとドカリと座り込む。
聞き耳を立てていたレンネィや自衛隊員達もまた音を立てぬ様にして。
「あれは本当に突然の事だった。 突然、我々の里が水に飲まれたのだ。 何が起きたのか、どの者もわからなかった……皆ただ必死だった」
グゥが語り始めたのは―――悲劇の始まりの出来事。
内容もさる事ながら、語る声もまた重く。
起きた出来事は始めから既に凄惨だった。
「我々が居たのは深い深い水の底で。 地上がどこかもわからないまま、皆もがき苦しみながら必死に泳ぎ続けていたよ。 でも、ダメだったんだ……」
その語りが続けば続く程、壮絶な秘話が明らかとなっていく。
勇達の呼吸が思わず留まり、息を飲む程に。
「女子供、若者年寄り、そんな事関係無く、皆が溺れ、苦しみもがきながら死んでいった。 私の目の前で……」
その光景は考えるまでも無く壮絶そのもの。
語るグゥ自身が思い出すだけで体を震わせてしまう様な絶望と成るまでに。
それでも彼は語り続ける。
ただ聞いて欲しかったから。
苦しみを打ち明けたかったから。
「それでも私を含めた数人はかろうじて生き残る事が出来たのだが……陸に上がった時、私達はただ絶望したよ。 森が全く見た事の無い景色に変わっていたのだから」
そう、事は全て転移から始まったのだ。
恐らくグゥの住んでいた里は場的に考えて湖かダムの底。
勇達の調査区域の中にはそれだけ大きな水場も存在していたから。
不幸にも彼等の里はそんな場所と重なってしまったのだろう。
その結果、自慢の障壁でも防げない自然の力によって瞬時に淘汰されてしまったのである。
「中には水に沈んだ者達を引き上げようと試みた者も居たが、彼も帰ってこなかった。 そんな力も皆残されてなかったから。 諦めるしか無かったんだ……私の家族も、多くの友人も、皆……!!」
それは例え魔者の様に強靭な肉体をもってしても抗う事の出来ない現実。
圧倒的な力を前には、絶望も諦念すらも受け入れざるを得ない。
「でも私達は生き残ったから……皆で協力して生き残る事を決めたのだ。 死んでいった仲間達の分まで生きようと―――でも、そこからが更なる絶望の始まりだった」
転移が始まってから一ヵ月が既に過ぎ去っている。
つまり、グゥは勇と出会う今日の今日まで生き残って来たという事。
しかも変わり果てた森の中で。
その状況は想像を絶する凄惨さだったのだ。
「仲間が溶けた水を飲みたいと思う者は居なかった。 だから朝露を舐めて渇きを凌いだ。 食べれそうな物を手分けして探し、やっと見つけた草木の実で飢えを凌いだ。 でもそれだけでは生きるには足りなかったんだ……!」
そして、こう語るだけで感情が昂ってしまう程の地獄が待っていた。
「まず、見た事の無い草や花を口にし始めた者が激痛に苛まれて死んでいった。 それの所為で見知らぬ物に手を出す事を恐れた者が空腹で狂い死んだ。 死んだ者の肉を口にしようとした者が居たが、彼は死者の友人に叩き殺された。 叩き殺した者は気が狂った挙句、水に落ちて帰ってこなかった。 奇妙な虫に襲われて死んだ者も居れば、その絶望に耐え切れず自害する者も居た。 皆、散々な死に方を私に見せて去っていったんだ」
その語りはただ静かに、淡々と。
でも声は僅かに震えを纏い、感情が僅かにちらつく。
それは全てを諦めきったからこそ放てる声。
自身も去りたいと思う程にどうしようもない絶望しか無かったから。
「そして最後には親友も……結局、こうして私一人が生き残ってしまった……」
でも、そこで勇達と出会った。
「君達が現れた時、最初は幸運だと思った。 苦痛から解放してくれる者が現れたのだと。 だがそれは違ったのだな。 友はこの時の為に私を生かしてくれたのだ。 そう、思う……」
その時、グゥの脳裏にちらついた友の面影が心を激しく揺さぶる。
昂った感情と、揺さぶられた心が彼の中で反響し、これまでに無い悲しみを呼び込んだ。
大粒の涙を目元へと呼ぶ程に。
きっとグゥを生かしてくれた人物は掛け替えのない親友だったのだろう。
勇にとっての統也と同じくらいに。
だから共感した。
勇を守ってくれたという統也の話を聞いて、自分も語りたくなったのだ。
同じ境遇を持つ勇に全てを聞いてもらいたかったのだ。
勇もまたその事を今教えられて気付かされたからこそ。
だからグゥに対してはっきりとこう言い切る事が出来る。
「絶対にそうです。 そう願いましょう。 その人がグゥさんを生かした事は決して無駄では無く、これから生きる為に意味がある事なんだって」
「ユウ殿……」
勇もそうやってこの一ヵ月で思い知らされて。
自分の力に意味を感じて戦ってきた。
そしてこれからも意味から生まれた意思で戦いに挑むだろう。
グゥの様な者を救う為に。
そんな想いをさせない為に。
すると、そんな話の最中で「バババ」といった音が空の彼方から微かに響いてくる。
しかもその音は更に増していくばかり。
そう、救助ヘリコプターが到着したのだ。
それに気付いた勇達も思わず空を見上げていて。
そうして間も無く、景色の彼方から巨大な機体がその姿を現した。
まるで暗闇を引き裂かんばかりの光を照ら付けながら。
「あれがそうか……」
「あはは、冗談でしょ……」
たちまちその場に身を押し出さんばかりの突風と、耳を閉じたくなる程の轟音が鳴り響き。
ヘリコプターの事など全く知るはずも無い二人の前で遂に着陸を果たす。
想像も付かない程の巨大な鉄塊を前に、二人揃ってただただ唖然とするばかりだ。
地上を駆ける乗り物くらいは『あちら側』でもあるだろうが、空を飛ぶ乗り物だけは別だろう。
「今からあれに乗せてグゥさんの体を治せるかもしれない場所に連れて行きますから、安心してください」
「あ、ああ。 でもその前に一言言わせてくれ」
「え?」
ヘリコプターから救護班が駆け出す中で。
轟音・突風が掻き乱す中で。
ただ一言、心を乗せた声が勇へと届く。
「―――君に出会えて本当に良かった」
それもはっきりと。
周囲の雑音など全く何の意味も成さないほど明瞭に。
「うん! でもまだこれからです。 これからゆっくり、体を治していきましょう」
「あぁ」
この場で最後に交わした声は互いに穏やかそのもので。
もはやヘリコプターを目前にしても、グゥは恐れる事は何も無かった。
今は勇が居てくれるから、何も不安は無かったのだろう。
ストレッチャーに乗せられて運ばれていくグゥと、彼に付く勇。
二人は間も無く機内へと姿を消し、そしてそのまま空へと飛び去っていく。
既に闇夜が覆い尽くそうとしていた空は、そんな巨体すらをもあっという間に飲み込んでいて。
それを見送っていたレンネィと自衛隊員達の視界にはもう既に残ってはいない。
取り残された彼女達だったが、それでもその顔はどこか満足そうで。
機体が空に消えてもなお、レンネィだけはずっと見上げ続けていた。
「がんばってね、期待の新人君……」
そんな細やかなエールを送りながら。
こうして思わぬ事から始まった調査はこうして即日中に終わりを告げ。
勇達を送り届けたレンネィ達は、自分達の乗って来た車で帰還する事に。
彼女には帰る場所があるのだから。
グゥの話を聞いたから、自分の境遇が幸運だと思えてならなくて。
でも沈んだ空気は似合わないと思ったから。
助手席にて夜風を浴びるその顔には―――
穏やかで嬉し気な、彼女らしい微笑みが浮かんでいた。




