~二人は似た者同士だから~
さすがに受け取った全てを与える訳にもいかず。
ペットボトルの水を一本だけレンネィに返し、残りの全てを魔者に与える。
とはいえ量が多かったのだろうか、後半ともなれば食の勢いは衰えを見せ。
今では米の一粒一粒を丹念に噛み締め、味わった事の無い旨味を堪能する様子を見せていた。
「ねぇユウ君、これどうやって開けるのかしら」
「好きに開けたらいいじゃないですか。 全力の命力ねじ切ったり、自慢の四連撃で切ったり。 あ、でもゴミは出さないで下さいね。 自然に悪影響出ますから」
「何この扱いの差」
「当たり前ですよ。 先程殺されかけたんですから」
今や勇にとっての扱いはレンネィよりも魔者の方が上だ。
いくら和解したとはいえ、一方的に殺され掛ければ扱いも変わる訳で。
自業自得だとわかっていても、レンネィとしてはやはり不服な模様。
思っていたよりも複雑だった『こちら側』の人間感情に頭を傾げてならない。
でも実は彼女達こそが単純だから、という事に気付くのはいつになるやら。
「ふぅ……」
そんな問答をしている間に魔者は食事を終えていて。
頭を幹に再び預けて項垂れる。
しかしその顔はと言えばとても満足そうで。
日本が誇る厳選されたお米の味は彼等にとっても満足のいくものだった様だ。
「どうでしたか?」
「美味しかった……とても」
だがその顔もたちまち震えを呼び。
ほころんでいた口元も次第に噛み締めて歪みを帯びる。
「とても、美味しかった……うう、美味しかったんだ……」
そう呟く声にも震えを纏い、所々に嗚咽が混じる。
水分を多くとったお陰だろうか、目元に涙が滲み。
乾いた泥で茶こけた毛をじわりと湿らせる。
その様子はまるで堪能した事が悲しかったかの様で。
「私の体はまだ、生きたがっているんだな……」
「そうですね……きっと」
心が折れ掛けていようとも、体は正直だ。
例え死を望み、懇願しても。
生きる可能性を前にした時、生き物は総じて生きる道を選ぶ。
彼もまたそうだったのだろう。
こうして生きる可能性を得たから、体が望んだのだ。
まだ死にたくない、と。
それは勇が感じた救いの声と同じで。
もしかしたらそう願っていたから、気付かせる様な言動を思わず呟いたのかもしれない。
心の奥底でそう願っていたから、勇に届いたのかもしれない。
魔者が見上げ、虚空を見つめる。
そんな想いを脳裏に過らせながら。
「君は一体何なのだ。 魔者に対して食料を恵む人間など聞いた事も無い」
「何って……まんま人間ですよ。 貴方に対して敵意が無い、ただそれだけです」
「そうか……人間か、そうか……」
幹に預けていた頭を垂らし、しみじみとしながら「ウンウン」とした頷きを見せる。
人間という存在を真に知ったから。
自分の知るそれとは全く違う、勇という人間の暖かみを知ったから。
だからこそ、彼はこう言う事が出来る。
「ありがとう人間よ、君の事は忘れない。 さぁ行きたまえ。 もしかしたら私がまた飢えて、今度は君を襲うかもしれないから」
精一杯の笑顔を返しながら。
まだ食べたばかりで力もろくに出せはしないのだろう。
見せた表情はまだ頑なだ。
それでも彼は笑顔で返し、言葉で勇を突き放す。
それが最もあるべき形だと思ったから。
人間と魔者が相容れる事は決して無く。
二つの存在には隔たりがあり、互いにその目を向け合う事は無いのだと。
彼が知るのは「相見える」のではなく、「合間見える」世界なのだから。
だが、勇はそんな一言で引き下がるほど単純な人間ではなかった。
その時突然、そんな事を宣う魔者の腕を引き―――
「なっ……」
なんとその背中に手繰り寄せたのである。
これにはレンネィどころか、魔者さえも驚きを隠せない。
予想だにもしない行動だったが故に。
余りにも信じられない行動だったが故に。
「な、なにを―――」
「生きるって言ったじゃないですか。 なら生きましょうよ」
ズシリと重い魔者を背に乗せ、「よっ」と器用に背負い込む。
そうなればされるがままに魔者は背負われていて。
驚きの余りにただただ目を丸くするばかりだ。
「ちょっとユウ君、何を考えているの!?」
「何って、この人を連れて行くんです。 当然でしょ。 病院に連れて行けばもっと回復が望めるかもしれないし」
「「連れて、ええっ!?」」
果てにはレンネィと魔者が声を揃える始末だ。
どうやら彼等にとって勇の行動は全く理解出来ない行動らしい。
もしかしたら恐らくは現代人でも同じ様に思うかもしれない。
これは勇がただお人好しだからなだけで。
決して守るとかそんなしがらみとは無縁の事である。
救えるなら、ちゃんと救う。
それが今、勇に出来る精一杯の仕事なのだから。
魔者を背負ったまま、勇が帰路を行く。
二人分の荷物を抱えたレンネィを連れて。
なんとなく進んで来た道は憶えていて、スマートフォンを握る程ではないと思ったから。
薄暗くてもまだ何とかなると。
先程の戦いでそれなりに命力は消耗しているが、動けない程ではない。
脚部と腰に残った命力を充て、重くなった体を必死に支える。
ただやはり来た時と違って歩幅はとても狭い。
この状態で歩き続けても、出発地点に帰り着くのはいつになる事か。
それどころかこのままでは勇が力尽きかねない。
もしくは魔者の方が先に、か。
そうならない為にも、勇は諦めずにただただ一歩を踏みしめるのみ。
「うおお!」と気合いを入れ、いつ終わるとも知れない道をひたすら無心で。
「何故、ここまでするんだ……?」
そんな様子から魔者も状況はなんとなく理解出来ている。
それでもなお諦めようとしない勇に驚かされてばかりだ。
その姿がまるで自身を助ける為に命を賭けているかの様だったから。
でも、そんな質問を前に見せた勇の顔には笑顔が浮かんでいて。
「実は前に話も聞かずに倒しちゃった魔者がいたんです。 普通に言葉が交わせるのに。 それでその魔者と話し合えば本当は戦う必要なんか無かったんじゃないかって思ったんですよ」
勇が言うのはウィガテ族の事だ。
わからず屋な雰囲気こそあったものの、和解出来る可能性が無い訳でもなく。
それがずっと心に引っかかっていたから。
「とある人は『そんなの構いやしねぇよ』って言ってたんですけどね。 でもやっぱり出来るなら殺し合いなんてしたくないし、別に殺したいって思って戦ってる訳じゃなかったから。 戦わずに済むならそれが一番だなってさ」
そして今、敵意を向けない魔者と出会った。
だから勇はチャンスだと思ったのだ。
いつか想っていた事を実行に移す為に。
魔者ともわかりあう事が出来るかもしれない、その可能性を実証する為に。
とはいえ、そんな事も『あちら側』の者にとっては信じられない考えで。
魔者も、聴く耳を立てていたレンネィも首を傾げてならない。
「君はそんな性格で何故魔剣使いになったのだ……」
それどころかこんな質問まで飛び出す程だ。
この魔者も『あちら側』での魔剣使いの在り方を知っている。
それでいてこうも覆されれば、こう尋ねたくもなるだろう。
何せ聞けば聞く程、不思議が深まるばかりだったのだから。
ただそんな質問には、勇もどことなく答えるのが恥ずかしかった様で。
「ハハ……」と苦笑いを見せ、偏った笑窪を口元に滲ませる。
「実はですね……俺も貴方と一緒なんですよ。 いきなり魔者に遭遇して、そんで親友を目の前で殺されて―――」
「なら……」
「―――でもそいつは俺を逃がす為に体を張ってくれたんです。 そのお陰で俺はこうして生き残れた。 アイツが守ってくれたから……」
その様にして語られた始めた勇の話は魔者に何かを感じさせたのだろう。
気付けばその口は止まり、悲哀とも同情とも足る細めた瞳をチラリと勇へ向けていて。
静かに聴き耳を立て、続きを待ち望む。
その心を聞き逃さない様に。
「魔剣を手に取ったのは確かに復讐の為でした。 そのお陰で仇も取れて、特別な力も貰った。 けどそれって俺の目標でもアイツの願いでも無いんだって気付いて。 アイツが願ったのは俺が生きる事で、戦う事じゃないんだって」
なお足がゆっくりと進み続ける中、息を切らさない様に呼吸を整える。
そんな中であろうとも勇は語る事を辞めようとはしない。
語りたいから。
聞いて欲しいから。
「アイツは俺よりもずっと凄くて、何でも出来るヤツで。 そんなアイツに俺は負けたくないってずっと頑張って来た。 だったら俺は、アイツが守ってくれた様に、色んな人を守ってやりたいって思ったんだ。 殺す為じゃなくて、守る為に力を使いたいって―――思ったんだ……!」
そう語る声は力を帯び、感情を帯び、想いを強く乗せて張り上がる。
まるでそうやって自分にも言い聞かせるかの様に。
「だから俺は守れる人の命を全部守りたい……! 友達とか家族とかだけじゃなくて、助けを求めてる人も、魔者だって関係無い! 俺の世界にそんな差別なんて……必要ないんだッ!!」
現代にも差別や偏見がまだ蔓延っている。
それを拭う事が出来ず、同じ人間同士でも小さな争いを繰り返す程に。
でもそんな事など勇にとってはどうでもよかったのだ。
そう思っていたのはずっと昔から。
小さな子供の頃からそう思い続けて来た。
友達同士の喧嘩を見るなんてしょっちゅうで。
その度に嫌そうな顔を浮かべていて。
〝そんな争いなんてしなくてもいいのに〟
〝なんで喧嘩するんだろう〟
そんな風に思った事は数知れない。
池上に絡まれた時だって一方的な行為だけに怒りを見せていて。
理不尽な争いに嫌気が差したのは先程だって同様で。
魔者に対してだって、理不尽にやられたからやり返すしか無かった。
そう、勇は基本的に争う事を望まない。
そんな心が戦いよりも守る事を優先したのだ。
統也に守られたからだけでは無く、自分の意思もそこに在って。
それでいて統也に負けない様にと強く願ったから。
だから勇は人を守る為に、全てを助ける事を望んだ。
それも限り無く、分け隔てなく。
知ってる人も知らない人も、魔者でさえも同じに。
何故なら彼は―――
助けを求められれば助けたくなる、そんなただのお人好しなのだから。
「そうか……強いんだな、君は」
「えっ? つ、強い? 俺が?」
力強い勇の語りは魔者の心を強く打ち、そんな一言を引き出した。
決して嘘偽りの無い、真っ直ぐな想いを乗せた一言を。
そんな誉め言葉を前に勇も照れを隠し切れなくて。
堪らずその顔にニヤけた表情がじわりと浮かぶ。
ただその感情の根源はどこか方向性が違うが。
「あはは、魔剣使いの才能は無いって言われてますけどね……」
しまいには一人でに「なはは……」という苦笑いまでも浮かべる有様である。
どうやら「強い」という言葉の本質を読み取れなかった様だ。
救いの声には敏感でも、こういう事に対しては鈍感な訳で。
これにはそう気付いた魔者も苦笑いを返さずにはいられない。
「君は本当に……面白い人間だよ」
驚く様な長所も、こんな間抜けな短所も持っていて。
強いのか弱いのかわからない力を持っていて。
あべこべ過ぎるその在り方は、余りにも奇想天外。
そんな事実が気付けば―――魔者の苦笑いをただの笑いに変えていた……。




