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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
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~疑わしいって結構わかり易い~

「全く……貴方本当に新人魔剣使いなワケぇ?」


 二人の戦いはようやく終わりを告げ。

 敵意に溢れていたこの場に再び平穏が訪れていた。


 レンネィは泥まみれの体を起こし、嫌そうに顔をしかめながら泥を拭う。

 距離を取って行う辺り、泥は拭いたくても警戒心までは拭えない様だ。


「別に特別って事でも無いと思いますけど。 レンネィさんを止められたのは偶然みたいなもんです」


 おまけにそんな事まで言われれば彼女としては呆れるしか無く。


 勇はまだ自分の力の秘密には気付いていない。

 自分の異変を「命力のお陰で感覚が鋭くなった」程度にしか感じていないから。

 それをこうして普通の事だと言われてしまえば隠れた秘密も有耶無耶に。

 特殊な力かどうかを確かめようにも疑念しか残らない訳で。


「また止められる自信は無いんで、背中からとか止めてくださいよ?」


「わかってるわよぉ。 戦士に二言無し、一度言ったからには守りますぅー」


 勇の「偶然発言」には、例え負けたとしても納得出来る訳も無い。

 自分の培ってきた実力を「偶然」防げたとも言われれば腹も立つだろう。


 そう不貞腐れて答える姿はまるで駄々っ子である。


 とはいえ、どうやらレンネィは完全に確信した様だ。

 勇が【大地の楔】の力の恩恵を受けている事を。


 彼女を止めた行動そのものがそう証明していたのだから。




 繰り出した三連撃を止められたのは確かにレンネィが加減していたからというのもあるだろう。

 ただ、真面目に繰り出したとしても防がれる可能性は大いにありえる。

 何故なら、彼女の四連撃目もまた勇の手中だったから。


 勇は四連撃目をその目で見てはいない。

 だが明らかに見えていた。

 それはつまり、四連撃目を捉えたのが視覚や聴覚というレベルの話ではないという事。


 それは全て予測反応の賜物。

 レンネィの動きから行動を予測し、先読みし、体を動かさせる。

 その結果行き着いたのが、視界外での行動という訳だ。


 しかしそれはただ体を動かすだけでは成し得ない。

 レンネィはその並みの反応速度では読み切れない程の速度を有していて。

 それを捉える事は肉体だけの動きの範疇では不可能なのだから。


 では何故勇がそれを可能としたのか。


 答えは簡単だ。

 勇は防御行動を起こしたあの時、命力に体を委ねていたから。


 その動作を敢えて命名するならば―――【命力機動】。


 ザサブ戦で見せた【命力機動】を今この場でも実践していて。

 しかも【命力機動】は意思の力で動くからこそ、脳が認識して返すよりも反応が速くなる。

 おまけに予測反応もまた命力の力によるもので、その親和性は非常に高い。


 つまり、【命力機動】が予測反応の導いだ動作を、思考伝達よりも先に実行させていたのである。


 だから見る必要は無かったのだ。

 心で見えていたのだから。




 そして驚くべき点はそれだけではない。




 勇が凌いだ三連撃だが、その一つだけは明らかに感触が違っていた。

 物理的に防いだ物とは違う感触をレンネィは感じていたのだ。


 それは一撃目を防いだのが魔剣によるものでは無かったから。


 その正体は―――【命力の盾】。


 いつか剣聖が見せた、車を守りきる程の大きな【命力の盾】。

 それを勇が実践して見せたという訳だ。


 しかし命力の少ない勇にとってそれ程までに強く大きい盾など展開する事は出来ない。

 それこそレンネィの攻撃を全て防ぐ程には。


 でも一発だけでも耐える事が出来ればそれで良かった。

 ()()()()()()()()四連撃目に備える為に。

 だから初撃目を防ぐ為だけに命力の盾を展開したのだ。


 その腕に豆粒の様な盾を。


 初撃目を魔剣ではなく命力の盾で防ぎ。

 二・三撃目を魔剣で凌ぎ。

 四撃目に、初撃を防いだ腕を伸ばして胸甲を掴み取った。




 これが勇の見せた戦いの秘密なのである。




「にしても四連撃目を防がれるとは驚きよ。 せっかく宣言までしてあげたのに」


「当たり前ですよ。 レンネィさんの事だからきっと裏があるって思ってたんで」


 もちろん予測反応も万能という訳ではなく。

 行動予測をする上で、ある程度は相手の事を知る必要もある。

 でも今回は性格までをも理解出来たとあって、しっかり予測出来た様だ。


 これにはレンネィも顔をしかめるしか無く。

 身から出た錆というかなんというか、もはやお手上げである。


「そんな事より―――」


 その時、勇が思い出したかの様にその身を捻らせながら振り返る。

 彼にとっては戦いが目的という訳ではないのだから。


「すいません、あの人が迷惑を掛けました」


「え、あ、ああ……」


 それは死に掛けた魔者の事。

 勇には彼に話を伺うという目的があったからこうして助けたのだ。


 隠れ里の調査もさることながら、彼を救う為に何が出来るかを知りたかったから。


「貴方に戦う意思が無いのなら聞いてください。 一体、何があったんですか?」


 だからこそ勇はこうしてそっと優しく語り掛ける。

 敵意を抱かせない為に。

 自分は敵ではないと暗に伝える為に。


 ただ、魔者の方も既に警戒心を残していない。

 勇を前にただ静かに頷きを見せていて。

 彼の在り方を目の前でこうしてしっかり見届けたからだろう。


 そんな事もあったおかげか、その口の動きは先程よりも少しだけ軽く。 

 

「……わからぬよ。 ただ、皆死んだのだ。 突然、水に飲まれて。 そして私だけが生き残ってしまったのだ」


「えっ……」


 しかし語られた話はその口を震わせる程に重く、そして辛い現実で。

 勇を思わず絶句させてしまう程に……胸を貫く衝撃的な話だった。


 たった数言でそれが伝わる程の重みを誇っていたのである。


 勇にも当然その気持ちは痛い程わかる。

 その様にして統也を目の前で失ったから。

 共感出来ない訳もなかったのだ。


「だから私もこのまま、飢えて死のうと思っていただけだ。 もう何も残っていないから……家族も、兄妹も、友も、仲間も……」


 そう語る魔者の目も虚ろうままで。

 もう悲しみを露わにする元気も残っていないのだろう。

 涙を流す事さえも出来ぬ程に枯れ果てて。


 だから死を望んだのだろう。

 もう希望も何も残されていなくて。

 生きる意味も無くなってしまったと思ったから。




 だが、勇がそんな事を納得出来る訳もなかったのだ。




「な、なんで仲間が死んだからって貴方も死ぬ必要があるんですか……! 仲間がもし、もしも貴方に生きて貰いたかったらどうするんですか!!」


 魔者にも家族や仲間という概念があるなら、それは人間の考えと変わらないはずで。

 もしも仲間と呼べる存在が居るなら、彼等は今のこの魔者を見てどう思うだろうか。

 自分達と同じ死を望むだろうか。


 そんなはずはない。


 彼はこうして今、仲間を想って自分も死のうとしている。

 そんな者の周りに彼の死を望む様な不埒者が居るとは思えない。

 少なくとも彼がそう想える相手ならば間違いなく。


 もし仲間が生きていたら、きっとこの魔者は生きる事を望むだろう。


 統也と同じ様に。


 そしてその事を願っているからこそ、勇は死を望まない。

 この魔者に生きて貰いたいと願ってやまない。


「貴方はまだ生きてるじゃないですか! なら死んじゃダメだ!! 死んでしまった仲間達の為にも!!」


 その強い想いが、願いが、魔者を生かす為の行動を起こさせる。


 その時勇が手に取ったのは、自分に与えられた肩掛け箱。

 中にあるのは当然、自衛隊員達から渡された装備一式である。

 まだ手付かずの食べ物も中に納められたままだ。


「ちょっとユウ君、それは!?」

「いいんです! こういう為の物でしょ!!」


 レンネィの制止などもはや聞く耳持たず。


 それをおもむろに開くと、中からおにぎりとペットボトルを取り出し。

 丁寧にパッケージを開いて、そっと魔者へと差し出した。


「新鮮な水と食べ物です。 人間の食べ物が口に合うかどうかはわからないですが」


 人間と魔者の味覚が合うなんてわかりはしない。

 ただ食べられる物だという事だけは間違いないから。


 その見立てもどうやら間違いでは無かった様で。


 たちまち立ち上る香りが魔者の鼻腔を突き、言い得ない食欲が突如として湧き上がる。

 飢えた者にしかわからない程の強い香りが弱った身体を呼び覚ましたのだ。


「……いいのか?」


「ええ、食べてください。 毒なんか入ってないですよ」


 死に掛けとはいえ、動けない程ではなかったのだろう。

 勇の頷きに合わせ、震えた手が差し出された食料へと伸ばされていく。


 どうやらもう我慢出来なかった様だ。


 勇が見守る中、魔者はとうとう水と食料を受け取り、即座に口へと運ぶ。

 「ガブガブ」と水を喉へ流し込み、おにぎりをかみ切る事無く喉へと通す。

 荒々しく、それでいてただ必死に。


「食料はまだありますから、喉に詰まらせないようにゆっくり食べてください」


「あぁ、なんて事……」


 そんな様子を前に、レンネィも頭を抱えてならない。

 彼女達にとっては食料も大事な物という認識があるが故に。


 それにまだ彼女は魔者の事を信じた訳ではない。

 空腹を満たせば襲い掛かってくるという可能性も否定出来なかったからこそ。


 しかしそんな思惑など露知らず。

 勇が一つ一つ丁寧におにぎりを開封し、空になったペットボトルを新しい物へと差し替え。

 よほど飢えていたのだろう、それさえもどんどんと腹の中へと納めていく。


 ただ余りの食欲故に、箱の中のおにぎりはもう食べきり寸前。

 こうもなれば残された道はただ一つ。


「レンネィさんの分のおにぎりもください。 ちょっと足り無さそうだ」


「嫌よぅ!! これは私の分なんだからー!! 美味しかったんだからー!!」

 

 しかしレンネィは断固として拒否するかの様に首を横に振るばかりだ。


 よほど車内で食べた弁当が美味しかったのだろう。

 きっとおにぎりも楽しみだったに違いない。


 そんなご褒美とも言える食料を前にすれば彼女も子供みたいなもので。

 勇もそんな駄々っ子レンネィを前に顔をしかめずにはいられない。


「はいはい、後でもっと美味しいものおごってあげますから(福留さんが)。 今はおにぎりください、ね?」


「むぅ……絶対なんだからね!!」


 当然ながらこの時代にはおにぎりよりも美味しい物は沢山ある。

 そんな期待をちらつかせればそんな駄々っ子など簡単に落ちるだろう。


 そうもなればもう一つの箱が宙を舞うのは当然で。


 「この人チョロイなー」などと思って止まない勇なのであった。




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