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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
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~それが彼の実力のヒミツ~

 今起きたのはたった一瞬の攻防。

 それにも拘らず、極限の緊張と凄まじい動作が二人の体力を根こそぎ奪う。

 既に二人の口からは荒い息が漏れ、互いに呼吸を整える様子が見られていた。


「もう辞めてくださいレンネィさん!! これ以上戦ったって何の意味も無いでしょ!?」


 勇に攻める意思は無い。

 ただ防御に徹するのみ。

 レンネィがその手を緩めるまで、勇が守る魔者の命を奪おうとする意志を失くすまで。


 だからひたすらに訴えるだけだ。

 恨み辛みに乗っかって始まったこの戦いの無意味さを。

 思考停止で全く関係の無い魔者にまでその手を掛ける事の理不尽さを。




 この時、勇はレンネィと剣聖のとある一つの違いに気付く。

 それは今こうして魔者を容赦なく殺そうという意思を見せている事への違和感である。


 剣聖はある時こう言っていた。

 〝仇討ちなんて意味も無い〟と。

 そう言いながらも、仇討ちに協力しつつ勇を守る様に容赦なく魔者を殺していた訳だが。


 でもそれらの行為には意味があったのだ。


 剣聖が勇に魔剣を渡したのは決して仇討ちをさせる為では無く、戦う意思を尊重したから。

 魔者が襲い掛かって来たから火の粉を振り掛かって来ただけ。

 戦って力尽きそうな勇を助ける為に、襲い来る相手を返り討ちにしただけ。


 今のレンネィの様に、自分から魔者を殺そうとした訳では無く。


 だからこそ今なら剣聖の言った意味が勇にはわかる気がしていた。

 彼の言う仇討ち……それは人が魔者に殺されたから、殺してくるから殺すしかないという『あちら側』の価値観の在り方そのもの。


 剣聖はその在り方そのものを否定していたのだと。


 そしてレンネィがあれだけ反発していたのは―――剣聖という存在が彼女達にとって異質だから。

 たった今勇に抱いている感情も同じで、共に自分達の持つ常識から余りにも乖離した存在だからなのである。




 それに気付いたからこそ、勇は今こう言う事が出来る。




「殺されるかもしれないから殺すってッ!! 力があるのにそんな回り道するから誤解ばかりが増えて!! そんな貴方達の価値観を押し付けないで下さいよ!! ここは俺達の世界で、殺し合うだけ世界とは違うんだッ!!」


「そ、それでも相手が殺す意思を持つなら結局話は一緒よ!! どちらかが滅びないと安寧は来ないッ!!」


「来るッ!!」


「ッ!?」


 その時勇から放たれた答えはただただ迷い無く。

 未熟だろうが若かろうが関係無い程の強い意思が籠っていて。

 その自信に溢れた一声がレンネィを圧倒する。


 確かに勇はまだ若く、世界を知らなさ過ぎると言えるだろう。

 それでもこの歳になるまで多くを学んできたから。

 学業の場で今まで培ってきた人類の歴史を何度も見返してきたから。


 だから自信満々に答えられたのだ。

 人類の歴史もまた戦いの歴史で。

 でもその戦いに明け暮れた過去を乗り越えて清算したから現代(いま)があるのだと。


 勇が自信を以って答える事が出来たのは、人類の歴史が出来る事を証明しているから。

 現代文明という存在そのものがその証拠なのである。


 レンネィはその事を当然知らない。

 だから勇の自信の素もわからない。


 それでも命力の乗った言葉をぶつけられた事が彼女から反論の言葉を奪う。

 それほど真っ直ぐで、強い意思の乗った一声だったから。


 もはやレンネィに反論の意思は無い。

 でも、だからと言って今の彼女に引き下がるべき理由も無い。

 今あるのは刃を交わした勇への反抗意思と、魔者への敵意のみ。


 魔剣使いにとって戦い以外の解決方法など本来有りはしないのだから。


「クッ、それでもまだやるのか……!」


 留まる所を知らない敵意を前に、勇もただ身構えるのみ。

 〝来るなら何度でも跳ね返してみせる〟、そんな強い意思を魔剣に乗せながら。






 一方で、レンネィはそんな押し問答をしつつも裏では別の事を考えていた。

 それは単に、「何故彼は私の斬撃を防ぐ事が出来たのか」という疑問に対する考察である。


 先程の二連撃はそれ程に容赦無く力を込めていて。

 その攻撃だけで勇の首を真っ二つに斬り裂いたつもりだったのだ。


 でも結果は全く違い、斬撃を弾かれるという結末に。


―――彼はまだ魔剣を手に取って間も無いハズ。 なのに何故―――


 勇は魔剣を持ち始めてまだ一ヵ月程度。

 『あちら側』の魔剣使いからしてみれば新人もいいとこな期間である。

 大抵魔剣を上手に扱える様になるにも最低半年。

 命力の操作に慣れ始めるのに最低二年。

 レンネィ程の技術を得るには十年以上の戦闘経験が必須となる。


 なのにも拘らず、勇は今レンネィに匹敵する程の反応速度と防御能力を誇っていて。

 先程の二連撃も押しきるどころか弾き返されてしまっていて。

 それが経験一ヵ月そこらの魔剣使いでは本来成し得ない程の力を誇っていたのだ。


 例え天才と呼ばれる類の者であろうとも、短期間でその域に達するには困難を強いられる。

 それ程の高みを、才能が無いと言わんばかりの勇が見せていたという事なのである。


―――考えられる要因があるなら、それは外的要因。 だとすれば―――


 そんな異常過ぎる状況だからこそ、その答えに至る事は容易だった。


 つまり勇の力は本人そのものの力ではなく。

 何かによって与えられた力としか考えられないという事。


 そしてその起因と成り得る物を、レンネィはよく知っている。




―――まさかあの子、【大地の楔】を既に使いこなしているという事なの!?―――




 そう、彼女は知っているのだ。

 勇の力の秘密がかの魔剣【大地の楔】に秘められた能力と同じであるという事を。




 魔剣【大地の楔】……それは古代の魔剣の一本。

 強力な攻撃性能を誇ると共に、実は隠された能力が秘められている。


 その力こそが【感覚鋭化】と【骨格強化】。


 それは使用者に類稀なる五感強化と思考加速の力を与え。

 かつ、それに耐えうる骨格・身体強化を行うというもの。

 この力を賜った時、例え魔剣を所持していなくとも身体に宿し続ける事が出来るのだという。

 しかも無意識上に宿るおかげか命力の消耗は限りなく少なく、負担はほぼ無い。


 だが、それらはあくまでも好影響(メリット)に過ぎない。

 実はそこには隠れた悪影響(デメリット)が存在しているのだ。




 その悪影響こそ、持つ者を選ぶという要因に他ならない。




―――【大地の楔】を使いこなせる!? あんな気色の悪い物をどうして!?―――


 レンネィはただただ心の中でそう叫ぶしかない。

 勇の様な未熟な少年が【大地の楔】を使い慣れているという事実が余りにも信じられなかったから。


 それも当然だ。

 レンネィにとって【大地の楔】とは忌避すべき魔剣とも言える存在なのだから。

 二度と触りたくないと思ってしまう程に。


 彼女は過去、この魔剣に触れた事がある。

 フェノーダラ王国へと訪れて間も無い頃に。

 当時魔剣使いだった王の戯れで触れさせてもらえる事となったから。


 でも彼女はその直後から数日間寝込む事となる。

 その頃既に手練れとも言うべき存在だったにも拘らず。


 それは何故か。


 彼女では【感覚鋭化】の力に耐えられなかったのだ。


 【感覚鋭化】とはつまり周囲全ての情報を脳に取り込もうとする行為で。

 それはすなわち、習得すると否が応にも多大な情報量が頭に流れ込んでくるという事。

 その量は普通の人間では受け取りきる事が出来無い程に多い。

 不用意に使用すれば、余りの負荷が掛かる故に意識が強制シャットダウンしてしまう。

 つまり、脳が負荷に耐えられないのである。


 それがお蔵入りした理由でもある。


 【大地の楔】は使いこなす事が出来ればきっと強力な武器となるだろう。

 ただ使いこなすには才能にも近い適正が必要となる訳で。


―――つまりあの子は既に適合しているという事なの!? エウリィと同じ様に―――


 けれど勇は持つ事が出来ていた。

 意識を飛ばす事無く、平然と持ち歩く事が出来ていたのだ。

 なお、これはレンネィの帰還時に得た数少ない情報の一つでもある。


 フェノーダラ王が疲弊したレンネィに意気揚々と伝えたのだ。

 「あの【大地の楔】を持てた魔剣使いが居る」と。

 それだけの重大事件だったのだから。


 しかもこうして特殊能力までをも知らず内に使いこなしている。

 それが何よりも信じ難い事実だったから。


―――有り得ない、たった数回握っただけで使いこなせるなんて―――


 こう思ってしまうのも無理も無いのである。


 ただそう思うレンネィでも、目の前の事実に背ける程ロマンチストではない。

 彼女も魔剣使いで、現実を理解して受け入れる事を続けて来た存在だから。

 主君であるフェノーダラ王の言った事を事実と信じて重ね、改めて認識する。


 勇は間違いなく、【大地の楔】が持つ二つの能力を共に使いこなしているのだと。


 とはいえ、確証がある訳ではない。

 あくまでもその可能性が大いにあり得るというだけだ。


 だからこそ彼女は行わなければならないと心に思う。

 勇が本当にその能力を得て、今も駆使し続けているのかどうか、その証明を。






 レンネィがそう考えていたのはほんの一、二分に過ぎない。

 その間にも勇は彼女の一挙一動を見逃さずに見据え続けていて。

 既に息も整い、臆する事も無い堂々とした真剣顔を向けていた。


「―――そう。 なら私を引かせてみなさい」


 するとそんな時何を思ったのか、突然レンネィがその口を開かせる。

 先程と比べると冷静さに富んだ口調で。


「これから私は貴方に()連撃を見舞う」


「三……ッ!?」


 そう、レンネィの斬撃には更に上があったのだ。

 つまり先程以上の速度で攻撃が出来るという事。

 二連撃でさえも慄きを見せた勇がその事実に驚愕しない訳も無い。


「貴方がもしその全てを防ぎきったのなら、私も潔くその魔者の事を諦めてあげる」


「えっ!?」


 だが続くその一言が勇にとって何よりも大きな希望となる。


 レンネィがチラリと見せたのは理性の感情。

 それは彼女もまた怨念や憎悪、宿命から自分の意思で脱却出来るという事に他ならない。


 もしそれが叶うなら―――


「―――なら、やりきって見せます!!」


 突然見えた大きな希望が、願いが勇の意思を更に強固とさせる。

 彼女の言う三連撃、それを防ぎきる為の意思を。


 この不毛な戦いに終止符を打つ為に。


「言うじゃない。 でもそれは私の全てを受け止めるという事。 そう覚悟なさい」


 レンネィも勇の強い意思を前に退こうとはしない。

 それどころか勇に更なる重圧(プレッシャー)を与えんばかりに言葉で煽る。


 でもそれは決して虚言では無い。

 彼女の言う全て、それはすなわち全力だという事。

 宣言した三連撃はつまり彼女にとっての最大の攻撃手段という事なのである。




 今、レンネィが己の持つ力を全てぶつけようとしている。

 生まれた疑念の真偽を確かめる為に。


 そして己の価値観と誇りを守る為に。


 だから勇も逃げる訳にはいかない。

 是が非でも全てを凌ぎ、明日へ繋ぐ為に。




 緊張が場を包む中―――短くとも長い二人の攻防は途端の終局を覗かせ始めていた。




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