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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
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~いきなりなんてあんまりだ~

「おかしいな、なんでだろ」


 二人が森に足を踏み入れてからおおよそ一時間。

 会話にほんの少し落ち着きが見られた時、勇は()()()に気が付いた。


「どうしたのかしら」


「今ふとスマートフォン見てみたんですけど……ほらこれ」


 そんな声に誘われるかの様にレンネィが掲げられたスマートフォンを覗き込む。


 覗いた画面には自衛隊員に教えられたマッピングアプリが映し出されていて。

 自分の位置であろう光の点が点滅を続けている。

 自衛隊員の位置こそわからないままだが、どうやら自分の位置だけは認識している様だ。


 とはいえ、レンネィはアプリこそ知っていても仕組みまでは知らない訳で。

 それだけでは勇の疑問の理由がわからず首を傾げるばかり。


「つまりですね、電波は通ってないけど何故かGPS(座標測位システム)は動いてるんですよ」


「んん……つまりどういう事なのかしらぁ?」


「えっと、俺も詳しい話はわからないんですが―――」


 そうして勇が語ったのは素人なりの観点からのGPSの仕組みだった。


 電波を拾って情報を表示するのがこういった携帯機で。

 その仕組みはレンネィの持つ【波】と同様で、互いに電波を発して情報をやりとりするという事。

 それが通じると、お互いに連絡し合う事が出来るという仕組みだ。


 それも今、自衛隊員が電波を発する中継基地を設置してもこうして電波は遮断されていて。

 通話やメールなどのやりとり、勇側からのインターネット接続は不可能となっている。

 それは全て隠れ里の結界が悪影響を及ぼしているからという事なのだが。


 でもGPSだけはほんの少し違う。

 これはいわゆる衛星通信を利用したシステムで、電波の発する元は宇宙。

 つまり頭上遥か彼方から電波を落としてきているという事だ。

 GPS搭載機というのは詰まる所、その頭上からの電波を拾う事が出来る機器というだけ。


 そしてマッピングシステムはどうやらインターネットに接続しなくても機能する様で。

 衛星電波を拾い、こうして自分の位置を表示する事が出来ているという訳だ。


 ちなみにこのGPSの知識もまた心輝から得た物である。


「ふぅん。 じゃあつまり、ここは水平方向には電波を遮断するけど、頭上からは防げてないって事なのかしら」


「うん、多分ね。 だからもしかしたら、空には結界が掛かってないのかもしれない。 だから衛星画像とかで発見出来たんだろうな」


 考えても見れば、福留達が隠れ里らしき場所を探り出したのは相当最近の事だ。

 何せレンネィが帰還してからまだ一週間も経っていない訳で。

 帰還してから情報を得るまでの期間を考えれば、余りにも素早い発見だと言える。


 それでも成し得たのは、「この場所が変容区域である」とすぐにわかる情報があったから。

 そこで衛星画像を駆使したとすれば辻褄が合うだろう。


 この場所は空からだと丸見えなのだと。


「帰りはスマホが使えそうです。 入ってきた場所もちゃんと記録されてますし」


「あらほんと!? それは良かったわぁ。 結界破るのって結構しんどいのよね」


 言うからには余程なのだろう。

 レンネィが大きな溜息を吐いて安堵する様はその苦労を体現するかのよう。

 あれだけ脂汗まで浮かせてじっくりと切らなければならないのだから、それも当然か。


 なんにせよ帰りの心配は無い様で。

 調査が終わったら、入って来た所を目指すだけだ。


 後は何事も無ければそれで―――






 そんな想いを胸に、二人はゆっくりと森を進み続け。


 気付けば歩き続ける事、二時間。

 次第に周囲の景色から明るみが消え始めていた。






 ほんの僅かな隙間から覗くのは赤暗い空。

 太陽は山の彼方に消えかけていて、勇達の歩く場所には光が殆ど届かない。

 それでも微かな空明かりで輪郭は残り、まだ灯が必要という程ではなさそうで。


 二人が歩くのはいわゆる山腹。

 緩やかな傾斜ではあるが、安定しない道程が二人の足取りをぐねぐねと歪ませる。

 木々のみならずちょっとした段差や崖など、飛び越すのも億劫になる障害ばかりだ。

 それどころか泥となった土面が足を引き、下手に動けば転倒さえも誘発しかねない。


 そんな山道のアップダウンを繰り返した所為で、勇もレンネィも疲労を免れない。

 時折休憩を挟みつつ、夜間移動用に装備を切り替える。


 懐中電灯もレンネィには珍しい物な様で、強い光を放つ仕組みにはとても興味津々だ。

 まるで子供の様に光を振り回す様子を見せていて。

 勇も童心を思い出し、彼女の真似をして遊び始める有様である。




 しかしその時、そんな勇の視界に何かが「チラリ」と映り込む。




 懐中電灯の光が過ぎ去った途端、不意に微かな違和感を感じた気がして。

 思わず緊張感を露わにし、しきりに違和感の素を辿り始める。


 レンネィも途端の豹変に気付いたのだろう。

 即座に電灯を消して勇の動向だけに意識を飛ばす姿が。

 

 勇が電灯の光を頼りに、違和感を感じた場所へとゆっくり近づいていく。

 レンネィが背後で魔剣に手を伸ばしながら。

 いつでも何が起きてもいい様に。


 こうして見せる連携はさながら組み馴れた者同士の様相。

 二人であるという強みを生かした動作である。


 警戒心を露わにし、じっくりと進み続け。

 泥を踏む音の方が大きいのではないかと思える程の静寂がその場を包む。




 そうして歩を進み続けていた時、遂に違和感の素がその姿を露わにした。

 


 

 その時勇が光を照らして見つけたのは―――なんと魔者。


 まるで犬の様に突き出した鼻と、毛で覆われた頭部。

 それと服も纏っている様で、上下を着こなす様は現代人と余り変わらない。

 体格も勇達とほとんど変わらず、むしろ痩せこけている様にすら見える。


 だが、身動き一つしない。

 木の幹にもたれ掛かり、死んだ様に動かないまま尻を突いて座っていたのだ。

 周囲の景色に同化する程の泥にまみれながら。


「こ、これは……気付かない訳だわ」


 レンネィがそう唸るのも当然か。

 それというのも、この魔者からは命力が発されていなかったから。


 つまり、それだけ消耗しているか、あるいは既に死んでいるか。

 どちらとも判別出来ない程に、この魔者は全く微動だにもしていなかったのだ。


 おまけに木々に紛れる程に微動だにもしていなければ、命力レーダーにも引っ掛からない。

 景色の一部として勘違いしてしまうからである。


 こんな盲点を目の当たりにする事となったレンネィの悔しさは計り知れない。

 何せあれだけ得意気に語ってこれなのだから惨めにもなるだろう。


「レンネィさん、これって……」


「ええ、魔者よ。 でもこれは一体どういう事なのかしら」


 でもそんな悔しさなど露わにする事も無く、目の前の事実にただ首を傾げるばかりだ。

 それ程までに異質な状況だったのだから。




 隠れ里の噂はレンネィも良く知っている事だ。

 なんでも彼女は魔剣使いになってから何度も旅を続けていて。

 その先々で隠れ里の噂を聞き付けては確かめようなどと思った事さえある程で。

 ただ一度遭遇した事はあったものの、もぬけの殻だったそうな。


 その理由は―――そこにあった集落が既に滅んでいたから。

 

 その原因こそわからないが、かなり昔に滅んだ様で。

 建物も殆どが老朽化で崩れ、土地も荒れ、知的生命体が住む環境では無かったのだそうな。



 

 まだ滅んでいたり、繁栄していたりすればまだ理解は出来るだろう。

 けど今目の前に居る存在はこうして肉があり、皮があり、形がある。

 それはつい最近までしっかり生きていたという事に他ならない。


 では何故今こうして倒れているのか。

 それがレンネィには不思議でならなかったのだ。

 一体何が起きたのか、そう思わせる程に。


 しかしそう思っていたのも束の間―――




 突如、魔者の体が動きを見せた。




 それはとても微々たる動きで。

 指が「ピクン」と動いた、ただそれだけだ。


 でもそれが勇達の警戒心を強く煽り、堪らず後ろへと跳ねさせる。


 例え弱っていようとも相手は魔者。

 死に物狂いで襲い掛かってくるのではないかという恐れを抱いていたから。


 ただそんな警戒を嘲笑うかの様に、魔者は相変わらず身動きの無いまま。

 二人に魔剣を抜いて肩掛け箱を置く余裕すら与える程だ。


 それでも二人が警戒を解く事は無い。

 

 何故なら―――魔者がその目を開かせていたからである。


 その目は薄っすらとする程に細く。

 虚空を見ているのではないかと思える程に瞳孔が開いていて。

 静かにじっと勇達の方へと向けているがそれだけだ。

 襲い掛かるどころか、敵意の欠片すらその瞳からは感じ取れない。


 それはまるで何もかもを諦めたかの様な……


「……最後に出会ったのが人間の魔剣使いとはな」


 その時放たれた一言もまた同様にして。


 こんな状態の当人がきっと一番状況を理解しているのだろう。

 如何に自身が窮地に立たされているのかという事を。


 末にはその原因さえも。


「これも報い、なのだろうな……」


 その状況から何かを悟り、静かに独り言を呟く。


 それはとても小さい呟きだった。

 声と呼ぶのもおこがましい程の。

 掠れてハッキリともしておらず、吐息と思われてもおかしくない程度の声量だったから。


 でも何故か勇達の耳にはしっかり届いていて。

 一句一言を認識出来る程に明瞭に感じ取れていたのだ。


「報い……?」


 つい勇がこう返せてしまう程に。

 

 しかし返事は返らない。

 そう語る舌を持たないのか、それとも既に語る力も無いのか。


 続く一言をただ想いのままに呟くのみ。

 

「……殺せ、私にはもう何も無いのだ」


 それは静かに、そっと目を瞑りながら。

 首を差し出さんばかりに顎を上げる。


 なのに表情はどこか安らぎを伴っていて。

 その姿はまるで死を待ち望んでいるかのよう。


 そんな懇願をする魔者を前に、レンネィが遂にその一歩を踏み出す。

 躊躇う事も無くその腕を振り上げながら。


 その顔に今までに見せた事も無い冷徹な目を浮かばせて。


「そう、なら遠慮なくやらせてもらうわ」


 そう語る口にさえも迷い一つ無い。

 これがレンネィの魔剣使いとしての在り方なのだろう。


 人間の天敵である魔者を殺す事こそ魔剣使いの使命と言える。

 そこに情けも容赦も必要は無い。

 何故なら、そう加減をした事で逆に死んだ同胞を何人も見て来たから。


 だから彼女は躊躇わない。

 同胞を守る為に持つ力を奮い、全力で脅威を取り除かなければならないと知っているから。

 そうしなければいつか自分も殺され、仲間達も滅ぼされてしまうかもしれない。

 そうならない為にも、何度も何度も敵を殺してきた。

 命を奪う事に馴れて来た。


 人を愛するが故に。 


 そうして命のやり取りにも馴れ過ぎたからこそ、命の価値観は剣聖達と同様となったのだ。

 命を守る為に命を軽んじる……その矛盾を抱えながら。


 目の前の魔者に対しても同様だ。

 例え弱っていようと、死に掛けていようとも。

 死を懇願するならばなおさら、その手に掛ける事こそが彼女の使命。 


「さようなら」


 だから後は掲げた魔剣を振り下ろすのみ。

 ただ一言、虫に掛ける様な心無き別れの言葉を捧げて。




ギィーーーンッ!!




 だがその時、突如としてレンネィの魔剣を振り下ろした腕に衝撃が響き渡る。

 

「なっ!?」


 そして予想だにもしない光景が視界に映り込み。

 二つの出来事を前に、驚愕を禁じ得ない。


 それもそのはず―――




 なんと、勇がレンネィの斬撃を受け止めていたのだから。




 その一瞬、レンネィには何が起きたのか全く理解出来なかった。

 いや、理解出来るはずもなかったのだ。


 まるで勇が魔者を守る様に魔剣を盾にしていて。

 何故か今こうして自身と対峙している。


 それは彼女の知る常識を遥かに覆す所業。

 魔剣使いの使命を根幹から揺るがす事態に他ならない。


 その非常識とも言える行いは彼女の警戒心を強く刺激する。

 思わずその身を背後に跳ねさせ、勇や魔者から遠く離れさせる程に。

 

「これは……一体どういう事かしら?」


 もはやレンネィに先程までの緩い雰囲気は残っていない。

 敵意を露わにした鋭い視線を勇にも向け、唸る様な声で疑問をぶつけるのみ。


 そう語るも、レンネィは既に臨戦態勢だ。

 体からは命力の瞬きが漏れ、全身の周囲を駆け巡る。

 その輝きは勇のそれとは異なり、まさに光の膜と言わんばかりの様相。

 まさしく手練れの魔剣使いだけが成し得る、力の象徴とも言うべき瞬きだったのだ。


 しかし勇はそんな彼女を前でも怯まない。


 自分のやった事を理解していない訳ではない。

 それが常識外れな行動だという事も十分理解している。


 それでもこうしなければならないと思ったから。


「待ってくださいよ!! なんでいきなり殺そうとするんですかッ!?」


 そう、勇は納得出来なかったのだ。


 例え死を懇願していても。

 例え人間と魔者が宿敵でも。


 否応なしに殺し合う……それが余りにも理不尽な行いだと思ったから。


「何を言っているの? 魔者は殺さなければならない。 何があろうとも。 じゃなければ人が死ぬ。 貴方の仲間だって殺されるかもしれない。 貴方だって今殺されるかもしれないのよ?」


「でもこの()はまだ何もしてないじゃないですかッ!! 襲ってきた訳じゃない!! それなのに手を掛けるって、それじゃ一方的な殺戮をしてきたダッゾ族と何も変わらないッ!!」


「ッ!? 私がダッゾの奴等と同じですって……ッ!?」


 勇もレンネィも、この魔者が今まで何をしてきたかはわからない。

 でも()、二人は何もされていないのだ。


 もしも相手がダッゾ族の様な相手なら、死に物狂いで襲い掛かってくるか、もしくは逃げ出すだろう。

 万全であろうがなかろうが、生物の本質という物はなかなか変わらない。


 けれど今、目の前の魔者はただ静かに死を懇願している。

 何かがあって、何かを想い、そうするに至ったから。


 これはつまり、何かを考えているという事。

 彼は本能や本質に振り回されているのではなく、理性があるという事なのだ。


 それに気付いたからこそ勇は守ったのである。

 相手が人間と同じで、考える事の出来る存在だと理解したから。


「それにこの人は今、助けを求めているじゃないですかッ!! なのに殺すなんて……あんまりですよッ!!」


「助け……? 貴方何を言っているの? その魔者は死を求めているじゃない……」


 でもこんな考えの差異もきっと、文化の違いが引き起こした事なのだろう。


 確かに魔者は死を懇願した。

 一思いに殺してくれと言わんばかりに。

 レンネィもその一言を素直に受け入れ、容赦なく剣を振り下ろしただけ。


 だが勇は違った。

 魔者の一言一言には想いが乗っていたから。

 声を詰まらせる程の苦悩が。

 その心を感じ取ったから、勇は奮い立たずにもいられなかったのだ。




 もしも自分だけではどうしようもないという状況に陥った時、人は何を求めるだろうか。

 自分で何とか出来る奇跡の力か、それとも諦めた末の死か。


 きっといずれも違う。

 人がまず最初に求めるのは―――救いだ。


 生物のほとんどは集まって生きる事を前提として成長を続ける、いわば群生体で。

 互いに助け合い、支え合い、求め合いながら自分達の世界を構築している。

 そこに人間の様な知恵や知能があるならなおさらの事、魔者でさえも隔たりは無い。


 むしろ、そうするからこそ知恵が生まれる。


 この魔者は天敵とも言える魔剣使いに殺されてもおかしくない所業をしでかして。

 その結果何もかもを失って、こうして動く事も出来なくなったから殺して欲しいと頼んだ。


 本当に何も残されていないなら、助けを求める相手すらいないなら。

 確かに彼にはそう懇願する事しか道は無かったのだろう。




 でも、今は勇が居る。


 こうして救いを求めている事を知ったなら、彼に無視する事など出来はしないのだから。


 


 二人のやり取りを眺めていた魔者は、信じられない光景を前に唖然としていた。


 彼もまたレンネィと同様に、魔剣使いは恐ろしい存在だと思っていたのだろう。

 人間は相容れない存在で、理知的な生物とさえ思っていなかったのだろう。


 それでも今、彼は人間に救われている。

 自身の放った言葉を〝助け〟と理解してくれている。

 これが信じられない様な事実でも、今は現実を感じずにはいられない。


 救ってくれた魔剣使いが余りにも非常識で―――それでいて暖かくて。


 動けぬ彼はもはや見守る事しか出来ない。

 二人の動向を、行く末を。


 でも想う事だけは出来るだろう。

 だからこそただただ願う。


 せめて自分を救おうとしてくれている魔剣使いが無事に生き残ってくれる事を。

 何も残っていない自分ではなく、自分の為に戦おうとしている少年の事を。




 彼もまた心があるからこそ、そう願わずにはいられなかったのだ。




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