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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
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~こんな不思議な事って~

 未だ興奮冷めやらぬ内に、歩み出していた二人の足取りが再び止まる。

 レンネィが何かに気付いて制止させたのだ。


「近いわ、少しの間静かにしててもらえるかしら?」


 やはりあれ程リラックスしていた彼女でも、事を前にはしっかり戦士へと戻るのだろう。

 先程までの乱痴気騒ぎの時とは打って変わり、その顔には緊張の面持ちが浮かび上がっていて。


 静かに身構え、周囲の景色を鋭く観察し続ける。

 微かな木々の揺らめきさえも見逃さない程に素早く刻む様に。


 ただその光景も、勇には何の違いがあるかはわからなかった。

 変容区域の様に境目から景色が変わっている訳でも無ければ、見た事の無い植物がある訳でもなく。

 薄暗い森の中で、周囲の木々がさらさらとした音を立てながら揺らめいていて。

 動きも風の赴くまま、光も淡くちらつく程度で目立ちはしない。


 余りにも普通な光景ばかりで違和感などまるで無かったのだから。


 しかし気付けばレンネィも視線を移す事さえ止めていて。

 何する事無くじっとその場で佇むばかりだ。

 勇を制した時に伸ばした腕をも納める事も無く。


 息を飲む事さえ憚れる中、静かな時だけが過ぎ去っていくばかり。




 だがそんな時、レンネィが「ピクリ」と動きを見せる。




「―――あった。 〝結界〟の境目が」


 周囲から何かを感じ取ったのだろうか。

 こう呟いたと共に止めていた足をスタスタと動かし始めていて。

 その動きは確信に従うかの如く迷いが無い。


 勇は突如としたレンネィの自信溢れる行動を前にただ唖然と眺める他無く。

 目の前で起ころうとしている事を静かに注視するのみ。


 すると歩んでいたレンネィの足が再び止まる。

 何も無い木々の合間、動き一つすら見えるはずも無い空間の前で。

 そしてそっと右腕を胸元に上げると、間も無く肌からふわりとした淡い光が揺らめきを生みだしていた。


 そう、命力の光である。


 まるで右腕の肌上を駆け巡る様に命力が霧状となって蠢いていたのだ。

 しかもそれが流れ、突き出された二指に収束していき。

 無形だったはずの光が次第に形を成していく。




 そうして生まれたのはさながら―――命力の小刀(メス)




 形こそブレはあるが、明らかに命力が霧状の刃を形成していて。

 身体の動きに合わせてしっかりと形を維持している。

 さしずめお手製の魔剣……命力を使っているのだ、魔者すら斬る事が出来るのだろう。


 でもそれを生み出した本人の顔にはジワリと脂汗が滲む。

 もしかしたら、これを成すには相当な集中力、または命力量が必要なのかもしれない。


 しかしそんな物を生み出して一体何をするつもりなのか。

 未だ状況を読み切れていない勇にはする事成す事全てに疑問が浮かぶばかりだ。




 ただその疑問達も、すぐに消え去る事となるだろう。

 これから起こすレンネィの行動を目の当たりにする事によって。




 この時レンネィは何を思ったのか、命力の小刀を纏った指を掲げ。

 何も無い空間へと刃をそっと添える。

 そしてそのまま垂直にゆっくりと腕を降ろしていき―――


 本当にゆっくりだった。

 一分経過しようともまだ手先が肩より上がったままな程に。


 勇もそんな行動を前にして、尋ねたい衝動が沸々と沸き上がる。

 余りにも奇妙過ぎる動きだったから。


 けれどそれは勇がレンネィ自身に気を取られ過ぎていたからの事で。

 その意識が別の方へと向けられ、起きていた事実に気付いた時―――勇はただ絶句する。




 なんと、何も無いはずの空間に切り込みが浮かび上がっていたのだ。




 それはまるで切り裂かれたレースのカーテンの様に。

 景色を映し出した布の様な何かが裂け目で揺らめきを生んでいて。

 (ふち)には何やらキラキラと煌めく光の粒が舞い散っている。


 レンネィはその空気のカーテンとも言える〝結界〟をゆっくりと裂き続けていたのである。


 その事に気付いた時、勇はただただ唖然とするしかなかった。

 目の前で起きていた出来事はそれ程までに不可思議で。


 ザサブ族の〝偽装〟とは訳が違う。

 その〝同化〟具合はもはや想像を超えた領域。


 『あちら側』の人間が気付くはずも無かったのだ。

 何せ勇が気付けないほど自然に溶け込んでいて。

 彼ほど細かい事を気にしない様な人間達が気付く理由などほぼありはしないのだから。

 

「なんだあれ……!?」


 そう観察している間にも、切り込みは徐々に広がっていく。

 時間を掛けて、ただただゆっくりと。


 人一人分の高さの切り込みが入ると、今度はそのまま水平に。

 順序を追って、切り込みを加え続け―――


プツンッ……


 遂に、切れ端となった四角い結界片を繋ぐ最後の繋がりが断たれる。


 するとたちまち周囲から切り離された結界片が光の粒となって消えていく。

 まるで煙の様に「ブワッ」と拡散しながら一瞬にして。


 そして残されたのは、普通の景色の中にポツンと浮かび上がる異様な空間。

 四角く切り取られた所から、周囲とはまるで違う風景が覗いていたのである。


 木々の彩りこそ『こちら側』の物とは大差の無い様相だが、その密度が明らかに違う。

 生い茂った森の更に奥地と言わんばかりに、太陽の光も遮って真っ暗だ。

 土面も湿度を外側よりも多く含んでいる様で、もはや泥地と言っても過言ではない。

 漂ってくる空気も籠った独特の香りを乗せていて、離れていても異臭を感じ取れる。

 熟成された腐葉土の香りだろうか、ツンと僅かに鼻を突いて堪らない。

 

 そんな森の姿がこの様にして露わとなり、勇を呆然とさせる。

 今までの事と比べたら実に規模の小さいもの。

 でもその不可思議さは間違いなく今まで以上で。


 光の屈折という物理現象をも歪める程の不思議な力。

 その存在をこうして目の当たりにしたのだから。

 現代ではとてもではないが有り得ない現象と言えるだろう。


「これが隠れ里ってヤツよ。 こうした結界で覆う事で、中の何かを隠すってワケ。 不思議な力だけど、命力で出来ているからこうやって命力で破る事も出来るの。 ちょっとコツが要るけどね」


「これが隠れ里……」


 勇としてはその名の雰囲気(ニュアンス)からして、一つの魔者の住処の様な物を想像していて。

 でもその規模はと言えば、どちらかと言えば地域。

 変容区域と同じ様に、一つのエリアとして存在する場所を差す様だ。


 それはつまり、中に入ったからといってすぐ魔者が控えている訳ではないという事。


 ただ、それでも何も居ない、とはレンネィも思ってはいない様子。


「以前、偶然見つけた時は既にもぬけの殻だったから成果は得られなかったけど。 今回は何かが居るからきっと成果は持ち帰れるハズ」


「何故そう思うんです?」


「それは当然よ。 これが貴方達の言う所の変容区域で、何も居ないのに転移してくると思う?」


「あ……」


 そう、レンネィは既に感付いていたのだ。

 『あちら側』の世界の転移は『こちら側』をベースにして行われているという事に。

 それに加え、教えてもらった転移がいずれも「何かが付いてくる」というおまけ付きだ。

 魔者だったり、フェノーダラ王国だったり。


 まるで土地では無く、そこに居る存在を基点として移動してきたかの様に。


 その事を加味すると、何も居ないのに転移してくるとは考え難かったのだろう。

 だからこうしてハッキリ言い放ったのだ。

 「この隠れ里には何かが居る」と。

 

 元々そうかもしれないという予想はしていたからこそ、これには勇も驚きはしない。

 ただ、収まっていた緊張が再び体を駆け巡っていて。

 溜まりに溜まった唾を温まった息と共にゴクリと飲み込ませる。


「さぁ行きましょう。 ここからが本番なのだから」


「あ、は、はい!」


 レンネィの言う通り、ここからが調査開始だ。

 隠れ里に入れれば、これからは全てが未知。

 レンネィすら知らない何かが潜んでいるかもしれない。


 でも緊張し過ぎれば先程の様にまた足元を掬われかねない。


 だからこそ勇はその事を胸に秘め、吸い込んだ息を「フウッ!」と強く吐き出す。

 そして浮かび上がったのは丸く見開いた瞳で。

 目的地に向ける視線はもはや覚悟を決めたかの如く真っ直ぐだ。


 その様子はレンネィが「もう心配無用ね」などと零す程に堂々としていて。




 こうして二人は遂に隠れ里へとその足を踏み入れる。


 進む先は今まで以上の闇が包む世界。

 きっと二人の行く手を阻む物は多いだろう。


 だが彼等にもはや迷いは無い。

 ただその先に待つ何かを見極めるまで―――ただ足を踏み出すだけだ。




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