~興味津々過ぎるのもどうか~
「折角だから一つ相談したい事があるんですが、いいですか?」
こうしてお互いに理解出来れば印象も変わるものだ。
今の勇にとってレンネィはいわゆる「色々知ってる親切なお姉さん」に見えていて。
今までの「得体の知れない怪しい女性」という印象はもはや既に残っていない。
その印象が勇に一つの些細な欲をもたらした様で。
「ええもちろん。 こうやってお互いに馴染めたのだから、もっともっと知っていきましょう。 ただ、足を止めてしまっていたから話しながら、ね?」
そんな勇に対してレンネィもまんざらではなく。
片手でくるくると進みを促す様にして見せ、止めていた足を動かさせる。
何せ調査はまだ始まってすらいない。
課せられた目的を果たすという確固たる意思を持つ彼女だからこそこんな配慮も出来る。
こうやって人を導く事もれっきとした技能の一つで。
それを有しているからこそ、フェノーダラ筆頭魔剣使いを冠する事が出来るのだろう。
「それで相談っていうのはですね、えーっと、簡単に言えばあのヴェイリの事です」
「あら、ヴェイリを知っているのね」
そうして歩みを再び戻してからようやく放たれたのは、疑念の素に関する質問。
レンネィに不信を纏わせた張本人の事である。
勇としてはどう切り出したらいいかわからず。
その名前さえ出せばすぐわかってもらえると思った様なのだが。
どうやらレンネィは勇とヴェイリの間に起きた事柄をまだ知らない様子。
「あ、まだ教えられてないんですね」
「ええ。 城に戻ってからまだ日は浅くて、復調するのに時間も掛かったから。 それで、ヴェイリが何かやらかしたのかしら?」
そう漏らす辺り、レンネィも何かしら心当たりがあるのだろう。
表情こそライトなままだが、僅かに引きつりを見せる。
しかしそんな一言が勇の抱いていた不満を余す事無く引き出していて。
始まった途端、いつかの思い出があれよあれよという間に勇の口から溢れ出す。
満を辞して飛び出したエピソードを前に、レンネィの顔は苦笑へと歪んでいくばかりだ。
若干、愚痴にも足る語りを前に辟易している風にも見えるが。
「―――あの子がそんな事を。 随分と盛大にやらかしたものねぇ」
とはいえこれにはレンネィも頭を抱えてならない。
何せ仲間とも言える人物を囮にしたのだ。
信頼する人物にそんな事をされれば誰でも不信感を持つものだろう。
ヴェイリのしでかした事は『あちら側』の人間にとってもやり過ぎな行為だったのである。
「ヴェイリはまだ若手で手柄を欲しがっていたから。 少しでも強いって所を見せつけたかったんでしょうねぇ。 ま、死んじゃったら何の意味も無いけど」
ヴェイリ当人もある意味で言えば必死だったのかもしれない。
ご法度とも言える行為に手を染めてでも名声を欲していたから。
しかもフェノーダラ王国の宿敵とも言えるダッゾ王の首が掛かっていて。
勇達が自分達の世界の住人ではないと知っていたからこそ及んだ事なのだろう。
「自分達に所縁の無い者達ならば切り捨てても構わないだろう」と。
ただその結果は結局敗北。
これにはレンネィも呆れるしかないという訳だ。
ただ自業自得な事ではあるが、結果を前にした時の反応は実に淡泊そのもの。
放たれた一言は剣聖と同じで、その価値観だけは共通認識な様だ。
「なるほど、それで私も同じじゃないかって疑ってたのね」
「えぇ。 なんだか勝手に勘違いしてすんません」
「あーまぁ、基本的にはそう疑った方がいいわよぉ。 私みたいなのが全部って訳じゃないし?」
どうやらレンネィ当人も希有な人物の一人にあたるという自負はある模様。
逆に言えば、そんな人物じゃない限り魔剣使いという存在は殆ど怪しいという事か。
そうも思えば勇としても「そういうもんなのかなぁ」と苦笑せざるを得ない。
「特にあの剣聖はダメよ。 ほんとあれはダメ。 なんか人間として違う」
おまけに飛び出したのはあの剣聖の名で。
しかも顔と手を左右に「ビュンビュン」と素早く振り回す程の嫌悪っぷり。
本人が居ないのをいい事に、言いたい放題やりたい放題だ。
お尻をツンと突き出している所がまた意味深である。
でも勇としてはその反応がどうにも納得いかない訳で。
今の所、絶対的な信頼を置く人物なだけに。
「な、なんでですか……俺、あの人に凄い助けられたんですけど?」
「え"ッ!?」
だがその返しの一言が余りにも衝撃だったのか、レンネィの体がガチリと固まる。
加えて、つい今しがたまでスッキリとしていた面立ちが驚きで歪みきっていて。
思わず勇が「へ?」と首を傾げてしまう程の反応っぷりだ。
「え、なんスかその顔……」
「剣聖が助けたって、どう解釈してそうなったんだか。 彼が他人を助けるなんてそっちの方が驚きよぉ。 なんたって魔者に襲われてる人を見捨てるくらいなのよ?」
そうして次にはうんざりした顔を向ける始末で。
余程剣聖との間に何かがあった様だ。
何せ私怨を感じる程にその口調は彼を責め立てるかの如く一方的で。
まるで先程の勇の愚痴のお返しと言わんばかりに剣聖の悪口が出るわ出るわ。
その殆どが非常に些細な事ばかりであるが。
「面倒くせぇ」と言い放ってレンネィのもてなしを何度も断ったり。
伝えた情報をただ「違ぇよぉ」とだけ返して混乱させられたり。
使っていた薬品を渡しても「んなぁの無駄だぁよ」などと言い放って勝手に投げ捨てられたり。
やる事なす事いい様にあしらわれてばかりで、良い事なんて何も無かったそうな。
一体何に期待をしてそこまでしていたのかは別の話として。
気付けば話の方向はずれにずれ、レンネィによる剣聖トーク一色に。
もっとも、望んでいた事は既に聞けたので勇としては全く気にしていない様だが。
「あの人は魔剣と戦いにしか興味ないからねぇ、自分が欲しい魔剣の為ならなんだって殺すわよ?」
「え、ええ!?」
「魔剣使いを極めるって彼の目的聞いた? あの人の魔剣に対する執着は普通じゃないの。 まるで魔剣を集める事に命を賭けてるってくらいにね。 その理由まではわからないけど―――」
そうも言われれば勇としても心当たりが無い訳でも無く。
そう、それは勇が【大地の楔】を賜った時の事だ。
剣聖はその時、ダッゾ王を討ち取った報酬が【大地の楔】であった事に憤慨していた。
その時まで見せた事が無い程の剣幕で。
ただ、それと同時にもう一つの疑問も浮かぶ。
それは勇がそのまま魔剣を剣聖に渡そうとした時の事。
剣聖は魔剣を受け取らずに押し返していて。
「おめぇが貰ったもんだ、今更とやかく言うつもりはねぇ」と比較的落ち着かせた声色で。
感情的ではあったが、殺してでも奪い取る様な雰囲気では無かったから。
その話のあべこべさに更なる疑問を呼び込んでならない。
それはまるで剣聖の本心が蝶々の様に「ヒラヒラ」とどこか飛んで行ってしまった様で。
知れば知る程不思議さを増していく。
剣聖という存在はそれ程までに掴み所が無いと言えるのだろう。
なお、レンネィによる怒涛の語りはまだまだ終わる気配を見せない。
勇がそんな考えを巡らせている事などお構いなしだ。
「年齢だって三百くらいっていうけどどこまで本当なんだか。 そこまでして生きていく理由も教えてくれないし。 あれだけ強いんだから子孫を残す為~とかならわかるんだけど、女なんか遊び程度にしか抱かないもの」
「だ、抱くって……」
「それでもあの人に抱かれたい女なんて腐る程居るから困らないんでしょうけどねぇ~。 そうそう、半年くらい前にも兵士の子と城内でぇ―――」
しかし気付けばレンネィの口から放たれるのは下の話ばかりに。
これにはウブな勇としては堪ったものではなく。
「あ、あの、俺一応未成年なんですけど~……」
遂には釘を刺す様な一言が飛び出すまでに。
だからといってこの様な話に興味が無い訳では決してない。
純真故の理性がそんな下ネタへの興味を徹底排除していただけだ。
今立つこの場所はいわば戦地の様なもので。
例え目的地から離れていても、その様な話をするにはいささか場違いとも言える。
そんな真面目な考えが強い理性を引き出していたのである。
だが―――
「ふぅん? ユウ君って今歳幾つなのかしら? そっちの成人って何歳なのかしらぁ?」
レンネィがここぞとばかりに勇の話に喰らい付く。
勇と違い、彼女はどうやらこんな話題に隠す必要も無いほど興味津々な様だ。
その事を体現するかの様に、勇に向ける表情は実に歪んでいる。
「ニタニタ」としたいやらしい笑顔で。
「じゅ、十七ッス……成人は二十歳ですよ。 それが何か―――」
ただそれも間も無く驚愕の表情へと成り代わる。
勇とレンネィを隔てる文化差が余りにも大きかったが故に。
「十七歳!? もう所帯持ってもいいくらいよ私達の場合!! 子供だっていてもおかしくないわよ!? 普通なら十三、十四にもなれば子供いてもいいくらいなんだから!!」
「え、ええ!?」
「成人二十歳ってどんだけ生き遅れよ!? 十五になったら所帯持つわよ普通!!」
もはやレンネィ、興奮しっぱなしである。
それ程までに、勇達の世界の年齢に関する価値観が違い過ぎて。
互いの世界や国の暦が違うかもしれないという可能性すらも気付かない程に。
とはいえ、いつだかエウリィが言っていた「十五歳で結婚」という話もどうやら嘘ではない様で。
これには勇も思わず顔をしかめさせてならない。
先程の騒動を思い出した所為か、悪寒が背筋にゾクリと走る。
でもその背中に次に走ったのは―――またしても二つの突起の感触。
そして艶やかな感触の手指と、耳を撫でる吐息が更なる追い打ちを掛けるかのよう。
「良かったら私が手ほどきしてあげましょうか? ウフフッ」
「えええええっ!?」
突然のアプローチは勇を慌てさせるには充分で。
堪らず背筋を「ビクッ」と伸ばさせてしまうほど。
ここまでの積極的なスキンシップの連続に、抑えていた衝動ももはや爆発寸前。
彼女の誘惑は年頃の男の子な勇には余りにも刺激的過ぎたのだ。
理性という名の防壁をことごとく打ち破るが如く。
だがその時、残された最後の壁が勇の脳裏にとある映像を映し出させた。
それは陽だまりに包まれた お花畑の光景。
そこにちゃなと 瀬玲と エウリィの 走る姿があって。
「ウフフフッ」と笑い合い 暖かい日差しを一身に浴びながら。
朗らかな笑顔で 跳ねる姿はとても楽しそう。
そんな喜びに満ちた表情で 誰かを待っている。
笑顔を揃えて、貴方を待ってる。
「―――ややややめときますっ!!」
そんな光景が見えた途端、勇の心を支配していた邪な衝動は瞬時にして消え飛ぶ。
それだけの破壊力を誇る切り札を理性は用意していたのだ。
なお、見えた光景の中にあずーは居ない。
「あら残念っ」
レンネィも「クスクス」と笑い半分にその身を離させる。
とはいえ当人としては十分乗り気だった様で、腰部を包む革パンツは既に半分めくれた後。
股間に続くラインがくっきりと見えていて、数秒決断が遅ければどうなっていた事か。
そんなあられもない様子を目の当たりにした勇も心境は複雑だ。
やはり勇もウブとはいえれっきとした男。
本心は欲情に飢えているが、ただただそういう事に表立って素直となれないだけだ。
いわゆるムッツリスケベというやつである。
しかしちゃなには「前に出てみなよ」なんて助言したのにも拘らず。
綺麗なお姉さんから迫ってくるというチャンスをこうして逃がしてしまった訳で。
こんな時に前へ出れない自身の不甲斐なさを噛み締めてならない勇なのであった。




