~棘はありますか~
ようやく勇によって合同調査の背景が翻訳され。
しかし同時に事態の重さまでもが伝わる事に。
たちまち緊張がその場を包み込み。
勇も福留も予想外に膨らんだ事態を前に押し黙る他なく。
この世の不条理さをただただ苦い顔で噛み締めるのみ。
するとそんな時、王の間の奥から一人の人影が。
そう、渦中の人物の登場である。
「レンネィただ今参りました」
「来たかレンネィ!」
その人物こそが噂の魔剣使い―――レンネィ。
ただその見た目はと言えば、勇達が驚く程に若々しい。
ぱっと見ただけでも二十台前半かそこらといった所。
それどころか、十代と言っても騙せてしまいそうな瑞々しい素顔を見せていたのだ。
歴戦の猛者などとは到底思えない程に。
髪は薄め目の桃色、それでいて現代人にも負けない艶やかさを誇っていて。
ウェーブが掛かっており、纏まりこそ感じないがそこが逆に戦士らしさを演出するかのよう。
顔付きも現代人から見てスッキリとした顔立ちで美人の類だ。
しかしそこから見せる目付きは相手を貫かんばかりに細く鋭い。
勇よりも背が高く、節々もしっかりと筋肉らしき引き締まりを見せ。
それでいて女らしいボディバランスを整えている辺りは戦士でもあり女性でもあるという事か。
スリーサイズこそわからないが、それなりに各部豊満な模様。
そして腰に下げるのは当然―――魔剣。
大きく湾曲した刀身はまるで斧のよう。
ただ刀身はまるで鉄板を切り抜いて作ったかの様にとても薄い。
軽さの為だけに強度を無視した様な造りの、特異な形状を持った曲刀型魔剣であった。
「この少年が先日伝えたユウ殿だ」
「彼があのエウリィに気に入られたという……」
その鋭い目付きを前に勇も身構えるばかりで。
レンネィの突き刺す様な視線が強い警戒心を引き出していたから。
そう、勇は『あちら側』の魔剣使いをまだ信用していないのである。
全ての発端はヴェイリとの事。
勇はかつて騙されて囮にされた事を未だ根に持っていて。
人の命を簡単に犠牲にする『あちら側』の魔剣使いに強い不信感を抱いたまま。
そしてそのヴェイリの仲間でもあり上司でもある彼女だからこそ、警戒せざるを得なかったのだ。
なお、剣聖やフェノーダラ王、エウリィはもちろん別。
彼等に限っては疑う余地がほとんど無いのだから。
だがそんな心配を他所に、レンネィはと言えば―――
「……フフッ、思っていたよりずっと可愛いじゃなーい!」
「へっ?」
たちまち堅物そうな口調が綻びを見せ。
その口からは女性らしい柔らかくて明るい声が飛び出していて。
……というよりもどちらかと言えば髪の色と同じ桃色の声色か。
おまけに鋭かった目もパッチリとした目付きに変わっていたのだから勇も驚きだ。
「可愛い」と呼ばれた事だけはどうにも不服そうではあるが。
やはり年上相手でもそう言われる事に抵抗がある模様。
かつての渋谷でのトラウマ再来である。
「やっぱり貴方だけを推してよかったわぁ、〝おまけ〟が居ると愉しめなさそうだもの」
しかもその一言が勇の感情を更に逆撫でするかの様で。
堪らずその顔に「ムスッ」とした口元が浮かび上がる。
彼女の言う〝おまけ〟……それはきっとちゃなの事だろう。
そうも気付けば、勇としてはその扱いが納得いかない訳で。
ちゃなは文句一つ言わずに後ろから戦いを支えてくれた。
そんな彼女は言わば勇にとっての相棒的な存在に他ならない。
加えて、自分の憧れとも言える強力な力を持った人物である。
その相棒がこうも軽く「おまけ」などと言われれば怒りもするだろう。
怒りを向ける相手に立場も性別も関係無い。
この発言そのものが勇には納得がいかなかったのだから。
その後に続いた〝愉しめない〟という一言には気付いていない様であるが。
「あらら、聴いた通り根が正直ねぇ。 フフッ」
遂にはその顔から感情を読み取られた様で。
それが弄ばれている様にも感じさせ、勇の不満はドシリと腕を組ませるまでに高まりを見せる。
出会ったばかりの二人だが、初対面の印象は最悪と言えよう。
これにはフェノーダラ王もさすがに再び頭を抱えてならない。
「レンネィ、遊びはそれくらいにしておいてくれ。 一応二人はこれから行う合同調査のパートナー同士なのだから」
「えぇ、承知しております。 ご安心を、ほんの少し本音を引き出して見たかっただけですので」
打って変わり、フェノーダラ王に対しては堅物な態度へと戻っていて。
まるで人そのものが変わったかの様な変わり身である。
これが彼女の処世術という事なのだろうか。
「そうか。 だが気に入ってくれて何よりだ。 後はよろしく頼む」
「御意に」
しかしどうやらレンネィは勇の事を気に入ったらしい。
一体このやりとりのどこにそんな要素があったのか。
そこまでは勇は愚か福留さえもわかりはしない。
ただただ言葉で遊ばれていただけとしか思えなかったのだから。
こうして勇は新たに現れた魔剣使いレンネィと共に城を後にする。
目的は福島、隠れ里のある森の調査。
そこに何が居るのか、何が在るのかをその目で確かめる為に。
だが掴み所の無い雰囲気を見せるレンネィを前に不安は募る一方だ。
これから向かう先で一体何が起きるのかすらわからない状況にも拘らず。
信用出来ない人物に背中を預ける事の恐ろしさ。
それを戦いの前からひしひしと感じてならない勇なのであった。




