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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
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~彼女、圧倒的なんです~

 遂に荒ぶるエウリィが世に解き放たれた。


 しかし勇はあろう事か彼女の愛のカタチ(猛牛タックル)を躱してしまい。

 たちまち王の間に不穏な空気が流れ込む。


 果たして二人の恋(?)の駆け引きは一体どうなるのだろうか―――




「な、何故、避けるのですか……」




 勇の傍らでエウリィが震えたその身を起こさせる。

 だがその震えの起因は決して悲しみでも痛みでもでも無い。


「私では……エウリィでは不服というのですかァアアアア!!!!」


 それは―――怒り。


 それも怨念にも足るドス黒いオーラを撒き散らさんばかりに放つ程の。

 余りにも深い業がその顔さえ真っ黒に染め上げて。

 叫び、打ち震える様はまるで怨念の化身。

 魔者ですら怯え惑いそうな程に強烈な負の気迫を轟々と揺らめき燃やす。

 

 だがその怒りはも飛び掛かりを避けられたからではない。


 今までずっと放置プレイされた事に対しての怒号なのだ。


 あれだけ熱烈に迫ったのに。

 想いを受け入れて貰えたと思っていたのに。

 それでも今までずっと音沙汰無しで、彼女は怒り狂っていたのである。




 勇も何度か訪れた機会はあった。

 それはウィガテ戦の時だけではない。

 実はインフラ整備の約束事を取り次いだ時にもちょっとだけ顔を出していて。


 でもいずれも真面目な話ばかりで、エウリィが話を交わそうとしてもすぐ居なくなっていたから。

 勇がこういう事に対して余りにも朴念仁(ぼくねんじん)過ぎて話す機会すら与えて貰えないままで。

 しかも肝心の父親(王様)はと言えば、事後に「すまないエウリィ、ユウ殿がそのまま行ってしまうとは思わなくてな」などとやり過ごしてばかり。


 募りに募った想いはストレスと共に心の中に詰め込まれて爆発寸前にまで膨れ上がり続け―――




 それが今こうして愛の抱擁(猛牛タックル)を躱された事で遂に火が付いてしまったのである。


 


 こうなってはもう勇に止める事さえ叶わない。

 いや、敵わない。


 もうこうなった場合、彼女を止める術を持つ者はこの場に存在しないのだから。


ガッ!!


 その時一瞬の隙を突き、エウリィの両手が容赦無く勇の肩を掴み取る。


 勇は決して油断した訳では無かった。

 隙を見せたつもりも無かった。


 ではこうして掴まれてしまったのは何故か。


 それはまるで蛇に睨まれたカエル、猫の前の鼠の如く。

 ドス黒い雰囲気に呑まれ、抵抗すら叶わなかったからだ。


 しかも掴まれた事で勇はある事実にすぐ気付く。


 全く振り解けない。

 それどころか、圧倒的な力を前に身動きさえも出来ないのだ。

 彼女はそれまでの握力・腕力を再現する程の命力を有しているのである。


ミシミシィ!!


 余りにも強烈故に肩の骨が軋んでしまう程の力を。


「フフフフフフ!! ユウ様、もうこうなったらずっと一緒に居るしかありません!! そうです、そうしましょう。 今すぐ私と夫婦になってこの城に住みましょう!! ええ、それがいいです!! さぁ!! では!! 今すぐ婚姻を!! たった今夫婦の契りを交わしましょう!?」

「うわああああ!?」


 いつもならこんな事を言われればまた鼻を伸ばす事請け合いなのだが今は違う。


 迫ってくるのは以前の様な優しい瞳ではなく。

 勇が怖くて嫌いだと宣う『闇の深い瞳(うさ)から深淵が見える(シリーズ)』というフレーズそのもの。

 迫り来る唇は艶やかで暖かみを感じるものではなく。

 吸い付いたら最後、体の中から何もかもを吸い取られそうな程の迫力と圧力を誇っている。


 おまけに、このままでは愛の契りの前に肩が砕けて潰されかねない。

 それ程までに強い力で握り締められ、「メキメキ」と強く軋む音が響き始めていたのだから。


 この時勇は死の恐怖を心の底から感じていた。

 「まさかここまで人は恐ろしい存在になれるのか」という想いを過らせながら。


 相手が魔者でもなく、敵対魔剣使いでもなく、可憐な少女で。

 まさか愛の告白をされながら死んでいくとは夢にも思わなかっただろう。

 腹上死ならぬ告白中圧迫死寸前である。




 だがその時、その死の恐怖が勇の思考をまっさら(クリア)にした。




 この感覚はウィガテ戦やザサブ戦に感じた時のものにも似ていて。

 余計な考えが消えて、必要な情報だけが過る様になるというもの。


 すると途端に一つの解決策が「スウッ」と浮かび上がってくる。


 そう浮かんだものは決して最適解では無いのだろう。

 それで解決するとは限らないのだろう。

 でもその答えに従わなければ、どの道このまま終わってしまう。


 だから勇はその〝妥協案〟に乗り掛かる事にしたのだ。


 これからも生きていく為に。

 この修羅場を乗り越える為に。






「あっ、そ、そうだぁ~思い出した!! きょ、今日はエウリィさんと遊びたいって言ってた子を連れて来たんだったぁ~!!」






 途端、余りにも白々しい突破口(苦し紛れ)の一言がその場に木霊する。

 余りの剣幕によって静寂が支配していたこの場に。


 もしこれが冷静な相手への一言だったらきっとあしらわれていた事だろう。

 それ程までに棒読みでわざとらしかったのだから。


 だが今のエウリィに―――その効果は絶大だった。


 たちまち全身を覆い尽くしていた黒のオーラが拡散していき。

 ぼやけていた表情までもが露わとなり、そこからキョトンとしたいつも通りの優しい素顔が現れたのだ。


 もしも効果音が付くならば、「ブジョワァ」などと鈍く重く響きそうな程の拡散具合である。


「ほ、本当ですか? 私と遊びに……?」


「う、うん……」


 勇が引きつった笑みを浮かべながら視線だけを「スィー」っと水平に流してみれば。

 その視線の先には当然()()が居る訳で。

 視線の動きに気付いたエウリィが釣られて振り向いた時、そこでようやく気付く事となる。


 心輝と瀬玲という身代わり(かわいい羊さん)の存在に。


「て、てめぇ!! おお俺達をうう売りやがったな!?」


「んん~~~? 知らないなぁ~! 遊びに来たいって言ってたのは心輝()じゃないかぁ~!」


「ちょ、ま、それ私も巻き込んでる!?」


 いくら抵抗しようが勇ももう止まらない。

 当人も死から免れる為に必死なのだ。

 しかもこう言ってしまった以上は突き通す以外に道は無い。


 それに勇が言った事はあながち間違いではない。

 そう、心輝と瀬玲は本当の意味で身代わり(スケープゴート)なのだ。


 福留が勇を作戦へ従事させる為に用意した、対エウリィ用の生贄なのである。


「えぇ、勇君の言う事に間違いはありませんよ、エウリィさん」


「「福留さーん!?」」


「ですので、どうかエウリィ()()殿()()と楽しい一時(ひととき)を過ごしていただければと」


 ここぞとばかりに福留も煽りに煽る。

 狩場に放られた心輝と瀬玲という獲物を逃がさない為に。

 乗り越えられないほど外堀を埋め尽くす様にして。

 一夜城も真っ青なほど俊敏に。


 きっと詳細を語らなかったのはこの為の布石だったのだろう。

 福留の策謀おそるべしである。


 こうもなってはもはや逃げる事も叶わない。

 しかも相手はまさかの王女。

 フェノーダラ王の娘という立場の意味を知らない二人にとってはただただ畏怖しかないのだから。

 そう、彼等と出会ったばかりの勇と同様に。


「つ、つまりお姫様を悦ばせればいいんだな!? それでいいんだなっ!?」

「ままままかせてよ、笑いなら私に任せなさいよォーーーーーー!!」


 こうもなっては二人とも揃って破れかぶれである。

 どうやら妙な方向に気合いのスイッチが入った様で。

 ただしその目には潤いすら見えなくも無い。


 これも勇の真実に関わってしまったが故の宿命か。


「まぁ!! それはとても嬉しく思いますっ!」


 とはいえ、先程までの黒いオーラも完全に晴れた後。

 エウリィの顔にはお淑やかな笑顔が戻っていて。

 「パァッ!」とした太陽の様な明るい笑顔を前に、二人共「えっ?」と呆気を取られるほど。


 「思ったより怖くなさそう」……そう思える雰囲気だったから。


「では早速参りましょう! 私の部屋は奥にありますので、そこで」


 ようやく機嫌を取り戻したのだろう。

 彼女達を眺めていたフェノーダラ王も「ふぅ」と安堵の溜息を零す。




 だが、安心するのはまだ早かったのかもしれない。




 エウリィが心輝と瀬玲の手を掴んで手繰り寄せる。

 優しく掴まれた事で、二人もほっと一安心。


 ―――と思ったのも束の間。


ズズッ……


 心輝が勇に「後は任せろ」などと言い掛けた途端、その足が床を引きずり始めていて。

 瀬玲も同様に、抵抗する事すら叶わず引かれ始めていたのだ。


 たちまち二人の体は半ば引きずられる形に。


 おかしいと思った二人が抵抗を見せる様に踏ん張るも、勢いは留まる事を知らない。

 止まらない、止められない。

 何をしてもビクともしない。

 まるで一足踏むごとにエウリィの足と床がくっついているのではないかと思える程に。


 そしてこの時、心輝と瀬玲は戦慄する。


 エウリィの体は二人よりも小さく、茶奈程にも見える体躯でしかない。

 なのに二人が一緒に抵抗しても全く意にも介さない程に堅牢。

 「一体どこにそんな力が」と恐れる程に圧倒的。


 いくらもがいても、暴れても、叫んでも、彼女はもう見向きもしない。

 その手に得た活きの良い遊び相手(獲物)を手放すつもりはもう無いのだから。


 最終的には二人揃って尻を引きずられていて。

 ただただ訴える様に勇へと潤んだ瞳を向けるしか無く。


 そんな二人を前に、勇もただ一つ笑顔で応え。

 「がんばれよ(グッドラック)」と言わんばかりの力強いサムズアップを見せつける。


「ありがとう二人共。 俺はきっと忘れない……!」


 王の間の奥に消えていく二人に最後の言葉を残して。


 もちろんこれは決して見捨てた訳ではない。

 作戦の後に帰す事をちゃんと忘れないという意味だ。


 ただこの呟きを前に福留が据わった目を向けていた事は言うまでもない。




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