~その勢い、猛牛にも負けません~
事情を知らないはずの瀬玲が驚愕して止まらない。
その雰囲気、緊張感にただただ呑まれ、「ヒャアアアア!!」と叫びを上げる。
遂に打ち明けられた真実を前に、ただただ恐怖に引きつった顔を見せつけながら。
呆れて物も言えない勇の後ろで。
「エウリィが退屈で死にそうだと。 ユウ殿が全然来ないので癇癪を起してやりたい放題なのだ……」
「えぇ~……」
先程までの気迫も命力もたちまち霧散し消え失せ。
想定外に次ぐ想定外の出来事に、今度は勇がしおれんばかりに気力を萎えさせる。
福留もやっと事情が伝わった事を理解したのか、腕を組みながら頭を抱えていて。
自分の口から伝える事も憚れるくらいなのだ、決して喜ばしい事ではないのだろう。
彼にも溺愛する孫が居るだけに、共感出来る事があったのかもしれない。
その〝癇癪〟とやらの恐ろしさを。
突然この様な知らない世界に転移させられて。
今まで共に在った街が消え、退屈を凌ぐ場所も無い。
その後も岩壁に囲まれて閉じ込められた生活がずっと続き。
変わったはずの外の世界を知る事すら叶わない。
やっと出会った愛しき人も訪れず、想いはただただ募るばかりで。
この様な状況下で、エウリィの様な年頃の少女が退屈しない訳は無いのだ。
きっと相当な心労が溜まっていたのだろう。
やりたい放題する程までに。
勇がふと気付いて王の間の端へと視線を向ければ、何やら妙な物が沢山積まれていて。
よく見てみれば、それはどこかで見た事がある様な道具ばかり。
それは電気店などでよく見るコンセント延長ケーブルや変圧器などなど―――の残骸。
分解され、解かれ、ねじ切られ。
見るも無残な姿となった家電機器が山の様に捨て置かれていたのだ。
「うん、福留さんの気苦労がわかった気がする」
「わかって、くれますか?」
これが剣聖のやった事だと言えばまだ納得も行く。
「また乱暴に扱ってぇ」と笑い話にしかならないだろう
でもこれはきっと彼女がやった事な訳で。
福留が言うにはなんでも、ストレス解消の為の捌け口としてエウリィが全て遊んでしまったのだそうな。
それは日本政府とフェノーダラ王国が正式に対話を交わした後の事。
勇達の戦いの裏で、幾度と無く福留の手の者達がフェノーダラ城へと出入りしていた。
その理由は、城内のインフラ整備のため。
例え別世界の城とはいえ、ここは現代で。
それなりの待遇をする必要があると踏んだ福留はこの城を現代化しようとしたのである。
家電が使える様に送電線をここまで伸ばして城の各所に延長ケーブルとコンセントを設置し。
送水チューブやガスボンベを持ち寄っては要所に供給所を配備。
電灯や水道、ガスを利用出来る様にと整えるにまで数日で至る。
これによって城内の生活環境は一変。
冷蔵庫や電子レンジ、コンロや湯沸かし器などといった家電が城の人間達の生活を一気に豊かにしたのだ。
原始的とも言える文明しかない彼等がそんな物に触れた事などある訳も無く。
文明の利器を見せつけられ、興奮冷めやらない毎日が続いたのだとか。
だが、そこで遂にエウリィのストレスが極限に達した。
例え便利で面白そうな道具を取り揃えられても、それで遊ぶ事が出来る訳ではない。
全ては生活の為の道具で、彼女だけならず兵士達もが使う物だから。
共用ともあれば満足に使う事も出来ず、暇である事には変わりなかったのだ。
すると彼女は何を思ったのか、そんな家電を片っ端から分解し始めたのだそうな。
元々どういう仕組みで動いているのか気になっていたのだろう。
その意欲はもはや留まる事を知らない。
相手がどんな巨大なモノであろうとも。
興味もあった事でその行為は次第にエスカレートしていき―――
「つい一昨日の事、大型冷蔵庫がお亡くなりになったそうです」
とうとう高級家電までもが餌食に。
しかも彼女は分解するが直さない。
というよりも直せない。
興味があるから分解しても、直す気も無ければ技術も無いので。
「バラバラに出来て楽しかったです」だけで済ませてしまうのだそうな。
こうもなればもはや高級家電もその場凌ぎのパズル扱いでしかない。
そもそも工具が無いのにどうやって分解しているのかも謎のままだが。
機械を知るには分解するのが手っ取り早い。
でも復 元構 築出来なければ何の意味も無い訳で。
こうして持ち込まれた家電の半数が既にエウリィの手によって昇天済みだという。
このままでは生活環境発展どころか日本政府の不信を買いかねないと両陣共に判断し。
丁度良いタイミングともあって、エウリィ対策に本腰を上げる事となったのである。
ウサギはよく「孤独だと寂しくて死んでしまう」というがそれは間違いだ。
本来ウサギはストレスに弱く、些細な事でも病んでしまう。
なので突然な環境変化に耐えられず、それが死につながる事も。
だからそんな子にはストレスを与えないよう自分の場所を用意する事が大事。
なお、何かを齧ったり破壊したりするのはストレス解消の一環でもある。
「またウサギかよッ!?」
だがこれには勇もツッコミを入れずにはいられない。
母親の『うさ』シリーズといい、ちゃなのウサギリュックといい、エウリィのウサギ性といい。
勇の身の回りにはやたらとウサギがはびこっているのだからしょうがない。
「剣聖さんにゲーム機渡したと思うんですけど、それじゃダメなんですか!?」
「あのげぇむとやらは剣聖殿が独占してしまい、エウリィはやらせて貰えないのだ。 『まだまだやる事が多いからな』とか言ってな」
まさかの独占。
確かにあの剣聖、子供っぽい点が見受けられたのは事実だ。
でもまさかここまで本当に子供っぽいとは勇も思っていなかった様で。
「あの人子供かよッッ!!?」
これにもまたツッコミを入れずにはいられない。
これでは一体何の為に福留を使って〝お土産〟を届けさせたのか。
でもきっとソフトを大量に加えたのが間違いだったのだ。
充電ケーブルだけで十分事足りたのに。
退屈しのぎのネタが一気に増えちゃったから。
剣聖が今この場に居ないのはつまりそういう事なのである。
そんな事が判明すれば勇も項垂れるばかり。
エウリィのストレスを溜めさせた原因がそこにもあるとは思いも寄らず。
ゲーム機を奪い合う剣聖とエウリィの構図が頭に思い浮かんで離れない。
しかしようやくフェノーダラ王と福留が困っていた理由も判明し。
合同調査という名目で勇を引っ張り出したという事も同時にわかったので。
「まぁ合同調査に関しては本当なんですけどねぇ」
理由はどうあれ、現状フェノーダラ王国としての主目的はエウリィのストレス発散。
まずはそれを解決する事が先決という訳だ。
それを解決せねば出る所にも出られないので。
「っつう事は、だ。 それって詰まる所、俺とセリの任務って―――」
そこでずっと考えていたであろう心輝もようやく答えに辿り着いた模様。
そう、二人がここに連れて来られた目的こそが―――
「話は纏まった様だな。 では、エウリィの入場を許可する……」
入場制限される程に荒ぶるエウリィ。
その姿などもはや誰が想像出来ようか。
バァンッ!!
ダンッ!!
遂にその封印が解き放たれた時、たちまち王の間に戦慄が走る。
その雰囲気はまるで競走馬の如く。
開かれたゲートから勢いよく疾走し、岩の床を激しく掻き鳴らす程に豪快。
屋内に溜まった埃を撒き散らし、障害物すらものともしない。
その様にして現れた者こそ、白いドレスを身に纏いし渦中の女性。
エウリィである。
「勇様ぁーーーッ!!」
だがその様相は競走馬というよりも猛牛。
スカートを捲し上げて突撃してくる姿は威嚇するかの様に荒々しく。
その凄まじい勢いを前に、勇達はただただその身を引かせていて。
何せ彼女の背景にかの有名なスペイン牛追い祭りの風景が重なってしまう程に猛烈だったのだから。
でも勇達には祭りの陽気な音楽が聞こえる訳でも無ければ楽しい訳でもない。
かといって祭りと違い、逃げる事は叶わない。
あれだけ意気揚々と「解決に協力する」などと宣った手前なだけに。
迫り来る猛牛が如き女性を受け止めなければならないという厳しい現実が待っているのである。
「勇様ッ!!お会いしとうございましたあッ!!」
「いいっ!?」
しかし引くに引けない状況で勇はもはや慄くばかりだ。
そしてそんな勇へ受け止めてくれと言わんばかりにエウリィが飛び上がる。
ババッッッ!!
しかも想いの赴くままに両手両足を大きく広げて。
そこにいつか見たお淑やかな少女の姿は無い。
今勇の目の前に見えるのはただ一つ―――
今まさに食い付かれんばかりの、魔者にも負けないおぞましい負のオーラを発した怪物。
いや実際はそんな訳ではない。
ただ勇にそう見えているだけに過ぎない。
今までの話が蓄積して恐怖を肥大化させた影響に過ぎないのだ。
だが勇はその恐怖を知っている。
嫌と言う程思う存分味わってきたから。
だからこそ今この時、勇には見えていたのだ。
悪鬼が如き様相で飛び掛かるエウリィの背中に。
欲望のままに飛び掛かろうとするあずーの姿が重なって見えていたのである。
そう気付いた時、勇はその体を揺り動かしていた。
闘争本能がそうさせたのだ。
「このままでは不味い」と。
その感覚が脳裏を貫いた時、勇はその体に命力を迸らせる。
まるで電気の如く一瞬にして。
そうして見せたその姿はまさしく疾風の如し。
闘牛士さながらの動きで、飛び掛かるエウリィをひらりと躱したのだった。
それは余りにも一瞬の行動ゆえに。
周囲の者達のいずれもが勇の動きに付いていく事は適わない。
ただ勇がその身を激しく捻らせ。
抱き着こうとしていたエウリィに触れる事無く。
ついうっかり避けてしまった所を見届けてしまっただけだ。
そうもなれば続くのは当然―――エウリィの落下である。
勇が受け止めてくれる事しか考えていなかったのだろう。
受け身を取る事など微塵も考えていなかったのだろう。
「ぐえっ!!」
たちまちその身が堅い床に打ち付けられて。
まるでカエルの鳴き声の様な醜い悲鳴を打ち上げる。
もはやその姿に恥じらいも気品さも感じられはしない。
「ハッ!? あ、やべ、つい……」
勇の方も今更気付くが時既に遅し。
ちなみに勇が起こしたのは言わば条件反射。
今まで何度も何度もあずーに飛び掛かられては痛い目に遭い続け。
そこから幾度と無く研究と実験を重ねて回避方法を模索してきたが故の反応。
そこでああも姿が重なってしまえば、体が反射で動くのも仕方の無い事だったのだ。
なお、その事を勇同様に知るあの二人はと言えば―――
「あずーにも負けない見事なタックルだったな。 飛び上がりの勢いは満点だ」
「そうね。 でも勢いだけで身を守る気概を感じない。 あれでは切り返しも出来ないし完璧とは言い難いわ」
……こうして冷静に分析までする有様で。
心輝に至ってはその様に高評価するも口は笑っていない。
先程までビビりまくっていた瀬玲ですらも鋭い目付きで見下ろし鼻で笑う。
その初動は愚か、失敗した時の対処も評価の対象となるのだ。
一体何の為の評価かは不明だが。




