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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第六節 「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
151/426

~何か妙ですけど~

 七月中旬。

 学生にとって待望とも言える時が遂に訪れる。


 それは―――夏休み。


 遊びたい盛りならば遊び惚け。

 スポーツに青春を賭けるならば汗を流し。

 知識に憑りつかれたならば読み耽る。


 勉学から解放される一ヵ月と数日。

 この溢れんばかりの自由な日々が彼等を待っているのだ。






「いやぁ終わった終わった!!ようやくあずー勉強期間が終わった!!」


 ようやく余計なしがらみから解放され、心輝がいの一番にその大手を振り上げる。

 「苦労所はそこかよ」などというツッコミを周囲から受けながら。


 勇達も一学期終業式を終え、こうして現在帰宅中。

 期末テストもなんとか全員無事に乗り越え、晴れて夏休み迎える事に。


 一番心配だと思われていたあずーも、どうやら赤点補習は免れ。

 それが身内であり、勉強を教えた身でもある心輝にこれ以上無い解放感を与えた様で。

 

 なお、この日は全校一斉下校。

 こうして帰るのは勇達二年組だけに限らず、ちゃな達一年組も一緒。

 あの愛希達もが混じって行列を成し、一緒に帰路へと就く姿がそこにあった。


お前(心輝)はどうなんだよ? テスト大丈夫だったのか?」


「当たり前だ……俺は知識と知恵の神を心に宿しているからな」


「あっそう」


 心輝が恒例とも言える厨二病を惜しげも無く晒す。

 余程自信のある結果を残せたのだろう。

 胸を張り上げる様に腕を組み、優悦な表情を見せつける程に。


 しかし勇もそんな厨二病患者(心輝)の対応にはもはや馴れたもので。

 あしらう様に手で払い除けて適当に受け流す姿が。


 どうやら勇はそんな心輝の事よりも、その先に居る人物の方が気になる様子。

 心輝の身体に隠れてしまう程に縮こまったその子を。


 瀬玲である。


 先日までのお高く留まった様子は既に無く。

 まるでしなびたキュウリの様に真っ白になって干からびている。

 余程テスト結果が散々だったのだろう。


 これもまた勇達には見慣れた光景であるが。


「勇はどうなんだよ。 来なかった時の授業内容、丸ごとテストに出てただろ」


「自習捗ったから何とかなったわ。 二人には助けられたよ、ありがとな」


 治癒期間に行った自習が充分勇の助けになった様で。

 そのお陰もあって、勇のテスト成績は例年よりも若干高めという結果に。

 この成果を前にして、寄与してくれた二人へ感謝しない訳にはいかない。


「だからといって【エブレ】は渡さないけどな」


「なにぃ!? くっそ、なんでだよぉ! ちょっとくらい遊ばせてくれたっていいじゃねぇか!!」


「ダメよお兄様、勇君は渡すつもりなど一切無いようです」


 すると二人の背後から伊達眼鏡を輝かせる一人の少女がその存在感を露わとする。


 それはなんとあずー。

 しかしいつもと様子は違い、物静かで勤勉そうな雰囲気を纏っていて。


 それというのも彼女、ただいま勉強モードに変身中。

 雰囲気もさることながら、眼鏡の位置合わせを「スチャッ」と決める様はもはやお馴染みか。


 実は彼女、テスト期間が近づくと心輝によって毎度この様に変身()()()()()

 単純思考ゆえに心輝の巧みな話術によってコロッと騙されて、結果この様に真面目となるのだ。


 ちなみに効果は約一週間で連続使用は出来ない。

 しかも元々の学力が無いので完全追い込み用である。


「天然あずーはもうこのままでいとけって……」


「で、でも明るいあずーちゃんの方が楽しくていいよ?」


「まぁ噂以上に酷い訳でもないし元のままでも、ねェ?」


「そうね~ネタに困らないし~」


 勇達の背後ではちゃなと愛希達三人組が並んで道を行く。

 彼女達も余裕そうな雰囲気を見るに、テストは無事凌いだ様子。


 この二週間で仲良くなった経緯も説明済み。

 そうもなれば当初の蟠りもあっという間に溶けるもので。

 こうして一緒に帰る事ももはや初めてではない。


 もちろん、こう素早く打ち解けたのは愛希の妙な目論見もある様だが。


「ねーね、センパイ達もカラオケ行かない~?」


 そんな提案を意気揚々と打ち上げるのはその当人。


 どうやら勇達がテストの話をしている間に一年生組でカラオケに行こうという話をしていた様で。

 いわゆるテスト終了&夏休み突入の打ち上げというヤツだ。

 愛希は愚か、ちゃなや風香や藍も既にノリノリ。

 あずーに至っては興奮の余りに眼鏡の動きが止まらない程である。




 だが、そんな彼女の様子を他所に勇達二年生組の反応は渋く。




「ごめん、俺この後用があるんだ」


「わりぃ、俺もなんだ! 実は友達(ダチ)から家に呼ばれててよぉ」


「ワ タ シ、ム リ……」


 揃ってこの様な反応な訳で。


「あーそうなんだーそれじゃーしかたないねー」


 愛希からはもはや諦めにも足る棒読みの一声しか出ず。

 その様子を前には、風香と藍も「プークスクス」と笑って止まらない。


 どうやら無念にも目論見失敗の御様子。


 そんな会話を最後に勇達はちゃな達と別れ、それぞれの帰路へと就く。

 景色の彼方に去っていく勇達を前に、愛希はどこか残念そうに肩を落としていた。


「残念だったね、勇さん来れなくて」


「うーん、作戦失敗だったかぁ」


 本当はカラオケでのスキンシップでも謀っていたのだろう。

 しかしなかなかガードの硬い勇を前にその目論見も儚く崩れ去り。

 ただただ虚しくその背中を眺めるしかなかった。






 その後、五人は揃って仲良くカラオケ店に突撃。

 今までの鬱憤を晴らさんが如く、終日歌い明かす事に。

 日が変わってもなお喉が枯れるまで歌い続け、帰ったのは翌日の昼頃だったという……。


 あずーがこれを機に普通へ戻ったのは言わずもがな。






◇◇◇






 一方、勇達はちゃな達と別れた後、そそくさと自宅へ帰還を果たしていた。

 ただし三人揃って勇の家に、である。




 それというのも―――




「やぁ皆さん、予定通りのお帰りで助かります」


 家の前で彼等を待っていたのはなんと福留。


 そう、勇達は福留がこうして訪れる事を知っていたのだ。

 そして話があるという事で、敢えてカラオケの誘いを断ったのである。


「こんにちは福留さん。 とりあえず家の中で話をしましょう」


 手軽く挨拶を済ませ、四人揃って家の中へと足を踏み入れる。

 今日は両親共に居ないとあって、家の中は静かなまま。


 勇達がリビングの席に着くと、福留がようやくその口を開かせた。


「こう訪れたのは、勇君達に少し協力して頂きたい事がありまして」


 相も変わらずのゆるりとした口調が勇達の緊張を解す。

 雰囲気からしても、前回の様な戦いの要請とは一つ違う様だ。


「ですが今回ちゃなさんと亜月さんには少しばかり荷が重いと感じましてね。 そこで心輝君と瀬玲さんにも是非力添えをと一報を入れさせて頂いたのです」


「それでこの口裏合わせっスか。 なんかヤバイ事でもやるんスか?」


「は、はは……いえね、大した事ではないのですよ。 詳しい話は現地で話したいと思っているのですが、とりあえず要点だけ。 これは勇君も知っている事なのですが、栃木に【フェノーダラ王国】と呼ばれる『あちら側』の人間の国がありまして」


 まだ心輝達に事の全容は語られていない。

 不要な情報を語る必要性が無かったからだ。


 しかしこうして福留から語られたという事はつまり、遂に知る時が訪れたという事。

 それを心輝達も理解しているからこそ、示す反応は真面目そのもので。


「実はそのフェノーダラから今回ちょっとした要請があったのです」


「要請?」


「えぇ。 なんでも、行方不明になっていた魔剣使いが自力で帰ってきたらしいのです」


「え、本当ですか!?」


 これには勇も驚きを隠せない。


 小耳に挟んでいた事だが、フェノーダラ王国にはもう一人魔剣使いが居るらしく。

 その者も転移前に命令を受けてどこかへ向かったっきり行方不明に。

 しかしそれも今こうして、なんと転移後に姿を現したというのだから。


 世界が変わった後から既に一ヵ月近くが経とうとしていて。

 それでもなお生き残る事が出来ていたのは、よほど生存能力が卓越しているからなのだろう。

 しかも世間に見つかる事も無く隠れる様に。


 半ば諦めていた事なだけに、こう驚くのも無理の無い話なのである。


「それじゃ、フェノーダラも大分落ち着いてきたんじゃないですか?」


「えぇ、城自体も生活環境を大分改善しましたので状況的には。 ですがね、そこで奇妙なお話を頂きまして。 戻ってきた魔剣使い曰く『妙な空間に閉じ込められていた』のだと。 剣聖さんの翻訳ですので詳しい話はよくわからないのですがね」


 最後の一言には勇も納得せざるを得ず。

 伝える事がこうも曖昧なのは福留相手でも同じの様で。

 治癒の時も同様だが、そういう事を伝えるのが苦手なのかもしれない。

 そうともなれば、正規の翻訳係とも言える勇の出番という事に。


 でもどうやらそれだけでは済まされない様子。


 すると福留が鞄からタブレットを取り出し、画面を勇達に向ける。

 そこにはリアルな日本地図が表示されていて。

 よく見ると、福島の山岳部と思われる箇所でマーカーの点滅する様子が。


「彼等から得た情報を元にこの付近の森を調査したところ、目立たない形で転移が発生していたのです」

「「「えっ!?」」」


 なんと、更に驚くべき事実が勇達を待ち構えていたのである。


 恐らくそれはウィガテ族達の住処の様に、目立たない森の中だけで発生したのだろう。

 しかも簡単には見つからない程に紛れる様にして。


 そんな話を聞いてしまえば、勇達の不安は加速するばかりだ。

 もしかしたら今判明している転移以外にも隠れて起きている所があるかもしれない。

 それも身近な所で起きていたら―――


 そうも思えば、恐れずには居られなかったのだから。


「そこで我々が直接立ち入り調査を敢行したのですがねぇ……どうにも不可解な事に、調査員がその森に立ち入ろうとしても出てきてしまうという現象に遭遇したのですよ」


「まるで森が入れさせない様になってる……?」


 もはや話は既に飛躍し、強い緊張感をその場に齎していた。

 勇に限っては緊張感を隠せず、拳を強く握る様子を見せる程だ。


 その不思議な力はまるで人の目を欺くかの様で。

 そんな事が出来る魔者の恐ろしさをザサブ戦で痛い程理解したから。


「えぇ、まさにその通りです。 そこでフェノーダラが我々に対して合同調査依頼を持ち掛けて来ましてね。 それで彼等は勇君を指名してきたという訳なのです」


「な、なるほど……でもなんで俺だけ?」


 それは当然の疑問だろう。

 とはいえフェノーダラ王が勇の存在を高く買っている事もまた事実。

 それを知らない訳でも無く。


 でもどうやらその宛ては残念ながら外れらしい。


「先方が例の魔剣使いを同行させてほしいという事でして。 しかもその人(いわ)く、『同行するのは君だけでよい』と。 我々も報酬削減が出来ますし、特に断る理由も無いので拝承した次第です」


「そうですか……」


 つまり今回の調査は勇とその魔剣使いの二人だけという事になる。

 今までちゃなに背中を守って貰ってきただけに、勇は不安を隠せない。


 これまでの成果はほとんどちゃなの援護があってこそ成し得たと勇は思っていて。

 特に前回は彼女の機転が無ければ間違いなく負けていた戦いだったからこそ。

 それも今回は期待出来ず、上手く戦える自信を持てないでいたのだ。


 もし戦いになれば苦戦は必至だろう、と。


 それにもう一つの疑念も抱いていたからこそ―――


「作戦実行は明日の朝になりますが、勇君にはお二人と遊びに行った事にして貰いたいのです」


「それなら皆に言っちゃえばいいんじゃないッスか?」


「そうしたいのはやまやまなんですが、少し複雑な事情がありましてねぇ~……。 ま、まぁ他の皆さんに影響が出ないよう、この場だけで片付けたいと考えているのですよ」


 おまけに言えば、ちゃな達は今頃カラオケで熱唱中な訳で。

 遊び惚ける彼女達の邪魔をする様な野暮ったい事を、勇も福留も出来るはずは無く。

 それほど緊急性を要していないという事もあって、敢えて黙って置こうという事にしたのだろう。


 ただ、そう語る福留には言い得ない妙な困惑がチラリと覗いているが。

 その正体までは勇達にもまだわからない。


「取り越し苦労ならそれで構わないんですが。 念には念を、とねぇ」


 しかしその念を押す様子は、まるで調査に向かう勇よりも心輝と瀬玲に向けられている様にも見える。

 何せ福留の視線は二人に向かいっぱなしなので。


 とはいえ勇達に断る理由も無く。

 国からの正式な依頼ともあれば心輝も瀬玲も十分乗り気だ。


「わかりました。 それじゃ二人とも明日はお願い出来るか?」


 それを示すかの如く、二人は勇に間髪入れず頷きを向けていて。

 不安こそあれど、福留が危ない道を渡らせるはずも無いというのはわかっていたから。




 という訳で勇達は福留の相談事(オファー)を引き受ける事に。

 良い返事をもらう事が出来た福留も満足そうな微笑みを向けていて。


 こうして仕事を終えた福留はそのままそそくさと勇の家から立ち去っていったのだった。




 そんな彼が去っていく姿を屋内から勇達が見つめる。

 ただ彼等の表情は先程までの時と異なった険しい表情を浮かべていて。


 やはり心輝と瀬玲はどうにも納得しきれていない様だ。


 それというのも―――


「福留のおっさん、俺達だけになれるタイミングがまるでわかってるみたいな感じで今日セッティングしたよなぁ。 どんだけ読み深いんだよっての」


「ね。 もしかして盗聴器とか仕掛けられてるんじゃないの? スパイ映画みたいに」


 その疑念はどちらかと言えば、話の内容よりも福留自身の謎深さに対して。

 余りにも都合が良いと言わんばかりのタイミングで現れるのだから疑って当然だろう。


「あの人は凄いよ。 何でも見透かしてくるし、嘘が言えないよ」


「私は勇がいい様に使われている風にしか見えないんだけど……」


「ま、同じ様に使われてる俺達も人の事言えないけどな! あの話術、俺も欲しいくらいだぜ」


「あ、それ俺も欲しいな。 まぁあの人は優しいからそういう所は信じていいって言っとくよ」


 福留が去った後をいい事に、何でもかんでも言い放題である。

 ただ、そんな疑念や不満が漏れるのも仕方の無い事か。


 それ程までに福留という存在は掴みどころが無いのだから。




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