~戦慄 の 裂断~
予期せぬ大男との邂逅。
それは勇と少女への感情の解放を促した。
異形への恐れと。
親友を見捨てた苦しみと。
良き理解者を失った悲しみを。
己の非力さを痛感させると共に。
二人の昂りは涙を呼び、静かだった場に悲哀の声を響かせる。
大男もここまで来れば困った様で、太い指で頭を掻き毟っていて。
「どうすりゃあいいんだぁってぇの……」
どうやら話を聞いたは良いものの、扱い方がわからないらしい。
遂には眉間にしわを寄せ、お手上げの様をも見せるという。
もしかしたら子供の扱いは苦手なのかもしれない。
ザッザッ……
しかし、そんな時だった。
その場にふと、大地を擦る音が響く。
しかもそれは人間とは違う、強靭な足腰が刻んだ足音で。
なんと異形が現れたのだ。
それも三人、勇達を挟む様にして。
前に二人、後ろに一人。
間隔はどちらもおおよそ五〇メートル程。
駆け出せばすぐにでも届いてしまいそうな距離である。
その存在感はもはや勇や少女にとって最悪そのものだ。
今まで包んでいた悲しみが吹き飛ぶ程に。
収まっていた恐怖心が奥底から噴き出す程に。
当然だろう、その恐怖を植え付けた怪物が三度現れたのだから。
「あ、あぁ……」
もう逃げられない。
そう悟るのに時間は掛からなかった。
思いっきり走って、感情を出し切って、息も上がって。
それでもこうして何度も現れて。
今や足も手も震え、立つ事すらままならない。
絶望が勇と少女に抵抗の意思さえ持つ事を許しはしなかったから。
「カッカカッ、ココニモイタゾォ」
統也をやった奴とは服装も髪も違う。
恐らくその個体とは別物なのだろう。
でもそんな事は今の勇達には関係ない。
異形達がゆっくりと歩を進めて近づいてくる。
逃げられないと悟った二人の顔を見て、急ぐ事もないだろうと感じたのだろう。
だが大男だけはその中において―――異質、だった。
「あぁ……んだってぇ、来ちまったのかよぉ。 そこぉ動くなガキ共ォ」
この危機的状況にも拘らず、その口調は変わらない。
それどころか、大男は笑みすら浮かべていたのだ。
片笑窪を吊り上げ、歯を覗き見せる程の不敵な笑みを。
それは困り果てていたとは思えぬ程に精悍な顔立ちで。
先に佇む異形を前に臆する事無く睨み付けるという。
対して、異形達もまた変わらず。
醜い顔を更に歪ませながら歩を踏み出していて。
「イッタダキ、ダッ!! カカッ!!」
「キィヒッ!!」
待ちきれんとばかりに、二人の異形が遂に走りを始める。
殺意と、敵意をばらまきながら。
鬼気と嬉々を混ぜ合わせたおぞましい顔を向けて。
しかしその時、出遅れた後ろの一人が何かに気が付いた。
途端その足を滑らせる様に止め。
それどころか身体全体をも引かせて。
引きつり上がった顔で叫びにも足る大声を張り上げる。
「ハッ!? コッ、コイツ!! ヤメローッ!! ソイツ【そーどますたー】ダアッ!!!」
その叫びは先行する二人の仲間に届いたのだろうか。
その一言が彼等に何をもたらしたのだろうか。
でももはや彼等は止まらない。
勢い付いた体を止める事は出来なかったのだ。
いや、厳密に言えばこうか。
〝止めようとする意志さえ抱く事は無かった〟と。
それは大男の身体がふわりと輝いた時の事。
それから全ては、一瞬だった。
その一瞬で、二人の異形が同時に、幾多にも切り裂かれていたのである。
余りにも速く。
余りにも強引に。
勇や少女が理解する間も無く。
その時目の前で何が起きたのか、二人には全くわからなかった。
でも異形だったモノは既に影も形も無くなっていて。
たちまち周囲に鮮血を、肉片を撒き散らしていたという。
大男がたった右腕一本薙ぎ払っただけで、だ。
大男は今、異形が居た場所に立っている。
今しがたまで勇の傍に居たはずなのに。
それだけ、まさに瞬きしている間の出来事だったのだ。
先程まで居た場所をつい確認してしまう程に。
「アッ―――」
一方の一人残った異形はと言えば、呆けた声を漏らすだけで。
無残な肉塊と化した仲間を前にして、ただただ愕然と顎を落とす。
しかしそれが最後の一言だった。
たったそれだけの間に、大男がその異形との距離を詰めていたのである。
しかもその巨体でにわかに信じられない程の速度で。
勇達の髪をも激しく巻き上げる程の凄まじい突風を伴って。
そして巨体は瞬時に異形の背後へ。
誰も認識する事さえ許さないまま。
こうして重なる様に比較して初めてわかるのだろう。
大男の強さと大きさが。
巨大だと思っていた異形すらも凌駕する、迸る程に強靭な肉体が。
間髪入れず、巨木の如き両腕が【マモノ】の首へと掛けられる。
それはさながら鋏の如く。
なればその歪な首は千切れる事となるだろう。
掛けられた両腕によって慈悲も無く。
余りにも強い力だった。
刎ねられた首が高く高く宙を舞う程に。
それも、鮮血を螺旋状に撒き散らして。
そして屑と化した頭部はそのまま景色の彼方へ。
弧を描きながら路上遠くへと落ちていったのだった。
勇と少女がただただ唖然とする中で……。




