~まだ学生ですし~
命力には人体の自然治癒能力を高める能力も備わっていた。
その事を剣聖から福留を通じて教えて貰い、勇はこうして家に帰って実践していたのである。
その実践の手段が座禅という訳だ。
そんな話を今ここで初めて聴いた心輝達もようやく納得した様で。
加えて「ますます人間離れしていくなぁ」などと言われてしまえば勇も顔をしかめざるを得ない。
「どれどれ、勇君の顔どれくらい治ってるかなぁ」
するとこれみよがしにあずーがその身を乗り出して勇の顔を覗き込む。
「治る前の顔憶えてんのかよ」などという心輝のツッコミが入る中で。
勇も大胆なあずーの肌確認行為を前にはどうにも恥ずかしそうだ。
「どう?」
「うん、治ってる治ってる、凄いよほら見て見て!!」
だが予想を覆すあずーの反応に、心輝達が思わず「ええっ!?」と驚きの声を上げ。
事実を確認しようと四人が揃って勇の顔へと迫り行く。
困惑する勇当人などお構いも無しに。
ただその結果はと言えば―――
「んだよ、どぉこが治ってんだよ。 何も変わらねぇじゃん」
ぱっと見では正直な所大して治ってはいない。
精々焼けた皮の一部が入院時に見舞いに行った時よりほんの僅か縮れてるくらいだ。
むしろ痛々しい爛れ痕をガン見してしまった事が気分を害した様で。
心輝や瀬玲が堪らずしかめっ面を浮かべている。
でもあずーの様子は変わらず、自信満々の笑みを浮かべたままだ。
「そんな事ないよー! 一昨日より一ミリくらい小さくなってるし!!」
「い、一ミリ……」
「その変化に気付くって―――つかアンタどこ見てんのよぉ」
そんなあずーを前に瀬玲の冷静なツッコミが炸裂する。
余りにも突っ込み所満載だったので。
あずーが勇を見ている事には間違いない。
ただし背けられた瞳だけをキラキラと一心に。
適当な事で理由を付けて、近くで勇を見つめているだけだ。
間も無く見事な二つのおさげを瀬玲に引っ張られ。
背後であずーが「ギャワー!」と転がり叫ぶ中、話は再び元の形に。
「でもその調子だと一週間じゃ間に合わないんじゃ……」
瀬玲の言う一週間―――それはすなわち、復学予定日。
来週の月曜には福留の提示した休学期間が終わる。
それまでに顔の傷を元の姿に治せなければ、勇の身近に居る者に傷を負った事がバレてしまう。
それだけは極力避けねばならない。
とはいえ、勇は相変わらず楽観的な雰囲気を醸し出していて。
「うーん、でもなんとなくコツがわかってきたと思うからなんとかなるかなって」
「また根拠の無い自信をさぁ……」
魔剣使いになる前から勇はこんな調子だ。
割と気楽な所があって、そこから困らされた事は今回だけに限らない。
瀬玲だけでなく心輝も知る、勇の一つの長所でもあり、欠点でもある所なのだ。
実はこういう所、福留には既に見抜かれていて。
ここだけの話、心輝達に経過観察を頼んだのはこれが最たる理由。
本人の報告では客観的な答えが返ってこないだろうと踏んでの采配だったのである。
「マジかよ! よしっ、じゃあ勇が体の回復に専念している間に俺が魔剣を使って敵を倒してやるよぉ!」
だがこういう所で真面目になれないのが心輝という少年。
これみよがしに「魔剣はどこだぁ」と言わんばかりに首を伸ばして周囲を伺う。
とはいえ、どうやら勇もこれに関しては見透かしていた様で。
「何が『よしっ』だよ。 お前に魔剣を渡す気も無いし、戦ったって勝てる訳ないだろ」
そんな心輝を嘲笑うかの様に、見纏う服の裾をちらりと引き上げてみれば―――
そこにはしっかり魔剣ホルダーのベルトがチラリと覗いていて。
用意周到な勇の前で、堪らず悔しそうに唇を尖らせる心輝の姿が。
「や、やってみねぇとわからねぇじゃんかよ!?」
「シンの場合突っ込んで終わりな気がするわ。 周り全然見ないし」
おまけに瀬玲の冷静なツッコミが心輝にも容赦なく炸裂。
この客観的事実を前にはもはや「プルプル」と怒りに震えるだけしかない訳で。
ザサブ戦の際、勝手に飛び出した事は彼にとって相当後ろめたい行為となった様だ。
何せあれだけ瀬玲にイジられたのだから堪えもするだろう。
とはいえ、こんなやりとりも彼等にとってはいつもの事で。
気付けば治癒の事や先日までの蟠りの事なども忘れ。
五人揃って笑い話で大いに盛り上がっていた。
そうもなれば終わりも早いもので、気付けばもう外は真っ暗。
夏でそんな時間帯と言えばもはや夕刻すら過ぎ去っている頃合いだろう。
話に夢中だった彼等も、それに気付けばさすがにと話を止めていて。
「それじゃあ俺らは帰るわ。 体の傷治すのもいいけどよ、勉強もやっとけよ?」
これだけ間抜けを晒した心輝だが、実はこの中で一番学力がある。
そんな彼からの忠告ともあれば勇も聞かざるを得ない訳で。
「ああ、皆わざわざありがとな」
そんな心輝の心遣いに勇も感謝を欠かさない。
もちろん彼等の置き土産はそれだけでは済まされないが。
勇の机の上にはバインダー用紙が束ねて置かれていて。
今日と昨日の授業内容と思われる文がズラリと描かれている。
可愛い筆跡で丁寧に書かれていて、おまけにポップな絵文字付きだ。
それを書いたのは当然、瀬玲である。
「わかんない事があったら言ってね、教えるから。 シンが」
「俺かよッ!?」
そんなコントを繰り広げながら、騒がしい三人組がようやく部屋から立ち去っていき。
こうして騒がしかった部屋が一瞬にして静寂を取り戻す。
けれど勇はほんの少し名残惜しそうで。
勇の状態を知っているからこそ、心輝達も「見送りなんていいからそこに居ろ」なんて言っていて。
でもやっぱり見送りたいと思う気持ちが強かったからこそ―――
彼等が去っていく様子を、ベッドの上から覗き込む様にして見送る姿がそこにあった。
心輝達が去った後、彼等を見送っていたちゃなが再び勇の部屋へ。
彼女もよほど楽しかったのだろう、ニコニコとした微笑みを浮かべたままだ。
余り会話には入って来なかったが、聴いているだけでも十分楽しめたのだろう。
するとそんな彼女の視界には、先程のノートを手に取って眺める勇の姿が。
「こんな丁寧に纏められるのに成績悪いってアンバランスだよなぁ、セリの奴」
「そうなんですか? あんなに器用そうなのに……」
「うん。 書き写したりとかは凄い早いんだけどね」
そう、瀬玲は実際のところ成績がかなり低い。
例えクール&ビューティでも、人の事を気に掛ける優しさを持っていても。
性格的な性質ばかりはどうしようもない様で。
物を覚えたり、人の行為を真似する事は非常に得意だ。
でもそれを応用して何か新しい形に変えるという行為がこれでもかという程に苦手で。
その為、数学や理科といった応用まっしぐらの理系ジャンルの成績は常に学年ドベを争うレベル。
文系はまだなんとかなるらしいのだが。
ちなみに心輝は逆に理系を得意としている。
元々SFやファンタジーなどに興味津々で、不思議な事に対する好奇心が人よりずっと強い。
そこから理論的な話をする事が好きだという趣向も相まって、根本的な理論に辿り着く事が出来る。
要するに、数式や公式といった物を理解した上で使う事が出来るという訳だ。
つまり瀬玲と心輝はあべこべとも言える存在なのである。
なお、あずーはどれに対しても弱いアホの子なので語る必要も無いだろう。
「一週間の授業の遅れはさすがにきついからね。 助かるよ」
「いいなぁ。 私も愛希ちゃんに事情話せる様にして貰おうかなぁ」
「愛希ちゃんって、もしかしてあの……」
その名前には勇も聞き覚えがある。
というより、忘れたくても忘れられない名前だ。
勇にとって、その名前はまだイジメの現場に遭遇した時のイメージのまま。
詳しい事情もまだ聞いていないとあって、疑るのは無理も無い。
でもそんな勇を前にちゃなはまだ微笑んだままで。
「あ、愛希ちゃんはね、仲直りしたんだ。 それで友達になってくれたんだよ」
「そ、そうなの!? 本当に仲良く……?」
「うん、あずーちゃんも一緒に遊んだよ」
これには勇もびっくりだ。
まさかイジメっ子と和解して仲良くなるとは思っても見なかった様で。
怒涛の前進っぷりに、ただただ感心するばかりである。
その助言を呈したのは勇自身なのだが、当人としてはもう覚えていない。
そんな何気無く伝えた事がここまでの成果を叩き出すとは当時の勇でも夢にも思わなかった事だろう。
「そっか、それでこないだ遊んでたんだね」
「はいっ! ゲームセンターで遊んできたんですっ―――」
ここ数日、ちゃなはこの様に目立つくらい明るくなっていて。
それも最初は過去を打ち明けたからだと思っていたものだ。
でも実は、こうして愛希と仲良くなった事で学校での心配事が無くなったのもあったから。
以前は声を上げる事さえも細々としていたのに、今はこうして自分から話す程になった。
これがきっとちゃなの元々の持ち味なのかもしれない。
それを知る事が出来た勇はどうにも嬉しくてしょうがない様で。
気付けばノートの事も忘れ、彼女の話に微笑みながら聴き入る姿が。
「―――それでね、愛希ちゃん勇さんにも会いたがってましたよ、かっこいいなって言ってた」
「え、ええ!? 俺が!? なんで!?」
「さぁ、なんでだろ……」
しかし突然の話題に、聴き入っていた勇が堪らず首を引かせて驚きを露わにしていて。
予想外の事に動揺を隠せず、思わずその顔をちゃなから逸らして背後の窓へと向ける。
そんな顔にはにんまりとニヤけた表情が。
かっこいいなんて言われた事も無い勇にとって、その一言はどうにも嬉しくてならなかった様で。
抑えられそうも無い間抜け顔をちゃなに晒すまいと必死の抵抗を見せたのだ。
でも勇はまだ気付いていない。
そのニヤけ顔も、窓に反射してちゃなに筒抜けだった事を。
ついでに言うと―――
「そんなに嬉しかったんだなぁ」と純粋な思考を巡らせるちゃなの事にも、当然気付いてはいない。




