~雷撃 劣勢 少年は友を想う~
雷……それはこの世界における、自然界が誇る脅威の一つ。
かつて人類に炎という存在を教えたとも言われる、高エネルギー放電現象である。
その威力は人体を破壊する事さえ容易であり、例え死に至らなくとも強い後遺症を与える程に強烈。
科学を発展させた人類でさえも、未だその脅威を完全に克服する事は出来ていない。
その雷を人為的に起こせる者が居るなどと誰が思うだろうか。
確かに威力こそ、自然界のモノと比べれば遥かに弱い。
だが人体を焼くだけならばそれだけでも十分な程に強烈。
例えそれが強靭な肉体を誇る魔剣使い相手であろうとも。
「があああーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
空を切り裂く蒼の雷が勇の頭上を撃ち抜いた。
その瞬間、光が迸る程に強烈な放電現象がその身を焼き焦がし―――
バァーーーンッ!!
そしてその途端に強く弾かれ宙を舞う。
高電圧の落雷が引き起きこした空間膨張によって吹き飛ばされたのである。
大地へと落下した体はまるで人形の様に力無く。
坂を転げ落ちるようにしてうつ伏せに倒れ込む。
全身からはたちまち白煙が立ち上り始め。
「ビクンビクン」と痙攣するものの、意思を持った動きは一切見せない。
今の一撃は勇の意識を消し飛ばす程に強烈だったのである。
「ゆ、勇さぁーーーんッ!!」
ちゃなはこれを予感していた。
彼女が魔剣を使って火球を撃ち出せる様に。
魔者にも同様に、自然現象を利用した攻撃を行える者が居たとしてもおかしくはない。
それ程までに、暗雲も稲妻も不自然に作為的だったから。
しかしちゃなにそれ以上の思考は許されない。
魔者達が一斉に活気付き、今まで緩やかだった足取りを途端に勢い付けたのだ。
勇が倒れた事で障害が一つ減った。
それがつまり反撃の狼煙となる。
彼等はこの時をずっと待っていたのである。
「ウオオオオ!!!」
たちまち凄まじい叫びを上げて、倒れた勇に向けて魔者達が駆けて行く。
そのトドメを刺し、勝利を確実なものとする為に。
やはり彼等は知っていたのだ。
先程の稲妻が自分達の秘密の一端であるという事を。
そしてその威力もまた、命を奪う程ではないという事を。
これこそが【ザサブ族】の展開した布陣、【ジンジャラムの陣形】の真の意図。
疲弊した魔剣使いを稲妻で撃ち抜き、とどめを刺す。
そして一気に押し返し、敢えて劣勢を演出する事で勝利を飾るという戦術だったのだ。
それにまんまと勇達は引っ掛かり、こうして窮地に追いやられてしまったのである。
「くうッ!?」
ちゃなも必死だ。
勇に近づかせまいと炎弾を撃ち込み続け、駆け寄る魔者達を一人づつ確実に吹き飛ばしていく。
だがそれでも勢いは収まらない。
魔者達が近づいてくる数の方が圧倒的に多いのだ。
周囲をひしめく魔者達が二人に対して一気に攻め込んできていたのだから。
自衛隊員達も二人を守らんと必死に防御を展開する。
分断部隊が間も無く追い付くが、それでもなお魔者達の勢いを前に押され気味。
圧倒的な劣勢へと傾倒するばかりで、先程までの快進撃の勢いはもはや欠片も残っていない。
全ては勇という存在が要だったからこそ。
「このままじゃ……!!」
自衛隊員は勇の下へは近寄れない。
下手に近寄ればちゃなの炎弾に巻き込まれかねないからだ。
勇を守れるのが彼女しか居ない今、その手を休める事さえ叶わない。
突如として訪れた窮地は今まさに二人を飲み込まんばかりに膨れ上がっていった。
◇◇◇
前線を襲う窮地は間も無く本部拠点側も察知する事となる。
福留が、心輝達が勇の危機を目の当たりにする事によって。
「まずいッ!? 救護班を派遣してください!! 彼を全力で救助願いますッ!!」
その時、福留が今までに無い剣幕で叫びを上げる。
それ程までの緊急事態。
司令官もほぼ同時に叫びを張り上げ、隊員達を動かさせる。
しかしそれも間も無くの事―――
「F地点防衛網が突破されました!! 魔者流出止まりませんッ!!」
F地点、それは本陣営のすぐ横。
肉眼でも確認出来る程の場所。
そう、本陣への攻撃も激化していたのだ。
勇が倒れた事への反動は前線だけでなく防衛網にも影響を与えていたのである。
そしてそこが突破されたという事。
それはすなわち、人員を全て本陣防衛に回さねばならないという事に他ならない。
救護班を送る余裕はもう既に自衛隊側には残されていなかったのだ。
その時福留の脳裏に過ったのは―――この戦いの敗北。
その意思が、決断が、福留にとある行動を取らさせた。
「……皆さん、今すぐ軍用機へと乗り込んでください」
「えっ?」
瀬玲にはその一言がどういう意図なのかわからず。
覗いていた双眼鏡を降ろし、福留に不安の表情を向ける。
「この戦いは我々の敗北となるかもしれません。 そうなった場合この本部は撤退、間も無く魔者達が押し寄せるでしょう」
そう、それは撤退の意思。
勇が倒れ、このままならばちゃなもいずれは。
そうなれば前線に出た隊員達も残らず生きては帰れないだろう。
その時、彼が決断したのは―――残った人員の存命。
間も無く死ぬかもしれない者達を助ける為に犠牲者を出し続けるよりも。
今生きている者達を救うという決断を下そうとしているのである。
「三人には必ず生きて帰って欲しいという勇君からの願いもあります。 だから―――」
だがそう言い掛けた時、ふと福留はとある違和感を憶える事となる。
三人。
心輝と、瀬玲と、あずー。
でも、その一人が―――視界に見えない。
「うあああああッ!! 勇ゥゥゥーーーーーー!!!!!」
「なッ!?」
見えないのではない。
居なかったのだ。
なんと、心輝が駆けていたのである。
戦場の真っただ中を。
勇達が戦う前線へと向けて。
瀬玲も、あずーも、そして福留も、彼の行動に全く気付けなかったのだ。
それだけ静かに、自然に、駆け出していて。
指示を出す事に、戦場を覗き込む事に気を取られて。
気付いた時にはもう、彼の姿はバリケードの先に。
「戻りなさい心輝君ッ!!」
「シーーーンッ!!!」
でももうその声は届かない。
届かない程の距離、届かない程の周囲の轟音。
そして本人がもう、聴く耳も持たない。
「勇ぅううああーーーーーー!!!」
必死に駆け抜けていた。
陸上部で培ったその脚力で。
両腕を交互に振らせて。
ただただ無我夢中に。
自衛隊員が造り上げた分断路を。
既に魔者が流入し始めてる中で。
魔者が、自衛隊員がひしめいていようとも。
恐れる事も無く、ただただ勇の下へと向かう事だけを考えて。
辿り着く訳もない。
間に合うはずもない。
だが心輝にはそんな事などどうでもよかった。
戦う事よりも、怖さよりも。
勇が親友として大事な人間だったから。
心輝はずっと後悔していたのだ。
勇を責めて理不尽な怒りを上げていた事を。
最初に怒った時からずっと。
その後、どうやって謝ろうか悩んでいた。
どうしたら許してくれるか考えていた。
そうしたら勇の方から今回の話を持ち掛けられて。
だから話を聞いた時、決断したのだ。
この戦いが終わったら本気で謝ろうと思っていて。
償おうって思っていて。
でも今、その勇が窮地に立たされている。
想いを打ち明ける事も無く、自分の前から消えようとしている。
それが堪らなく嫌だったのだ。
どんなに馬鹿な事をしても笑って受け流してくれる友を。
困り事を真面目に打ち明けられる親友を、こんな形で失いたくない。
その想いが身体を全力で駆けさせる。
今までに無い程に力強く。
「勇ゥゥゥゥ!!!! 死ぬなぁ!!! 死ぬんじゃねぇえーーーーーーッ!!!!!」
その想いを叫びにも換えて。
ちゃなが、心輝が。
戦場で想いを迸らせる。
二人の願いは果たして勇に届くのか―――




