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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第一節 「全て始まり 地に還れ 命を手に」
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~遮り の 影~

 長い裏路地を、ただひたすらに走り続けた。

 何も思考する事無く、ただ逃げる事だけを考えながら。

 背中の少女に配慮する事も無く、脚を前に前に突き動かして。


―――早くッ、あの先ッ!! 行かなきゃ!! 逃げなきゃ!!―――


 そんな想いだけが独り歩きし、周囲の光景すら意識には留まらない。

 注意も警戒も払わず、ただひたすらに。


 幾度目かの大通りを抜け、また一つの裏道の影へとその身を埋めていく。

 そうして走れば走る程、生い茂っていた植物の影は薄れていて。

 お陰で障害物が減り、感情の赴くままに走る事が出来る様に。


「ハアッ! ハアッ!!」

 

 とはいえ、呼吸も体力ももう限界に近い。

 乾いた喉が掠れた声を誘発し、呼吸の度に「ヒュー、ヒュー」という音が混じっていて。

 時折、喉の壁面がくっついて咳き込む事も。

 それでも走る事を止めはしなかったから。


 先に見える表道を求め、ひた走る。

 ただただ、無我夢中で。


 走り続ければ不思議な植物は無くなるかもしれない。

 奇妙な虫の生息区域から出られるかもしれない。

 異形達の居る場所から逃げられるかもしれない。

 そんな淡い希望だけが今の勇の原動力だったのだ。


 その希望、その願いに従うままに一歩を踏み出して。

 とうとう大通りへとその身を晒す。

 



 だがその時、巨大な影が突如として行く手を阻んだ。




 勇はただただ必死で。

 前のめりに逃げていたから気付けなかったのだ。


 それは突然の事で、もはや躱す事すら叶わない。

 それ程までに勇は勢いに乗っていたから。


 故に影の主との衝突はもはや避けられなかった。


「ぐあっ!?」


 その瞬間、勇の体へ凄まじい衝撃が走る。

 それ程までに影の主は堅かったのだ。

 まるで硬質ゴムの塊、大型トラックのタイヤが如く。


 しかも激突の影響はそれだけには留めない。


 強い反発力が勇の上半身を横殴りに弾かせたのだ。

 加えて少女の体重が重心を変えた事でバランスも崩れて。

 疲弊した足腰が勢いに負け、立ち続ける事を拒否した。


 するとたちまち、勇の体が前のめりに崩れ落ちていく。


 でも勇は咄嗟に()()でその身を庇う。

 本能が転倒からその身を守ろうとしたのだ。


 しかしその行為が仇となり、少女を勇の背中から離れさせて。

 たちまちその背中から転げ落ちていく。


 そして二人は揃ってその身をアスファルトへと叩き付けられる事に。


 とはいえそれ程強い衝撃でもなく、二人とも無事ではあったが。

 勇は両腕で庇ったお陰で擦り傷、打ち身程度の軽傷で。

 少女も勇がクッションとなったお陰か、転がる程度で済んだ様だ。


 ただ互いに呻き声を上げ、大地に肘を突く。

 大事が無かった事は二人にとっては些細だが幸運だっただろう。




 しかしそれも安堵に変わる事は無い。

 大地に伏し、起き上がろうとしていた二人を、巨大な影が包み込んだのだから。



 それはまるで天を突かんばかりの大きさだった。

 逆光がそんな巨大な影の主を真っ黒に染め上げて。

 見上げる二人の視界を真っ黒に塗り潰す。


 それはもはや先程の異形をも軽く凌駕する程の巨体だったのだ。


 その得体も知れない存在が、姿だけでなく二人の心をも真っ黒に包み込んで。

 恐怖が、畏怖が、戦慄が、全ての感情を支配する。

 

「うわあーーーーーーーーーッッッ!!?」


 そんな勇の口から飛び出したのは裏返る程の叫びだった。

 それ程までの絶望に陥っていたが故の。




「うおあぁ!! なんだぁうるせぇなぁ~?」




 でも二人に返って来たのはウェットに富んだ流暢な声で。

 異形達とは違って、低音で落ち着きを伴っているという。

 それに聴き取り易いし、殺意の欠片も感じない。


 すると何を思ったのか、その影の主が巨体を「グイッ」と勇達へ寄せる。

 「んん~?」と鼻声交じりに、かつ「ミシリ」という妙な鈍い音を立てながら。


 その中で勇達も逆光に馴れ始めたのだろう。

 近づく巨体の正体がようやく露わに。




 そして見えたのはなんと、人だった。




 そう、人間だ。

 ただしかなり大きいが。

 それも二メートルは優に超える程の。


「おうおう、なんでこんなとこにガキがいんだよォ……ったく」


「あ……」


 その大男、筋骨隆々のがっちりとした身体に荒れた薄ら青白い長毛で。

 顎を覆う髭は纏まりが無く、全く手入れされていない様にも見える。

 ただ体付きに伴ってその顔も引き締まり、贅肉の一切を感じさせない。

 肩幅、腕脚もかなり大きく、ゴリラと力比べをしても負けなさそうな力感だ。

 そんな体付きはさておき、顔の見た目は五十~六十代程と言った所か。


 よく見れば、大きく見えていたのは背負い鞄(バックパック)だったらしい。

 身丈よりも更に高いので勇達が勘違いしただけだった様だ。


 とはいえ、それも仕方ない事か。

 合わせれば三メートルにもなってしまうのだから。


「おいガキィ、なんでおめぇこんな()()()にいやがンだ? ここはおめぇみたいな奴が来る所じゃあねぇぞぉ?」


「あ、え? 深い所?」


 おまけに風貌もさることながら、言う事も意味不明だ。

 果たして『深い所』とは一体何の事なのだろうか。


 もちろん何を言っているのかなど勇にはさっぱりわからない。

 ただただキョトンと巨体を見上げるばかりで。


「はぁ~ん、さては【マモノ】に殺された仲間の敵討ちとかそんなトコかぁ? はっはァ!! だからってここまで来るこたぁねぇのによぉう」


 とはいえ男の声は不思議と勇の頭にすんなり入って来る。

 お陰で気になるキーワードにも気付き、「あっ」と何かを思い付く事に。


 【マモノ】。

 その一言は妙にぼやけていて、でも何故か理解出来て。

 お陰で考える間も無く、あの異形達の事なのだと紐付けられていた。

 アニメや漫画などでもお馴染みの名前だからだろうか。


 でも大男はそんな勇などお構いなしだ。

 一方的に語り続けてはゲラゲラと笑い、どうにも止まらなさそう。

 それも事情を知ってか知らずか、配慮の欠けた緩い大声でという。


 勇達が先程どんな目に遭ったかも知らないままに。


「おめぇみたいなガキがあいつらに勝てるわきゃねぇだろぉ、ビビッて逃げだしてきたかぁ?」


 どうやら勇達が誰かなど全く興味は無さそうだ。

 状況が気にならないのか、それとも単に大男の性格故か。


 ただ、今の一言は紛れも無く勇の核心を突いていた。


 図星だったのだ。

 統也を置いて〝逃げた〟事が。


 統也に背中を押されて。

 その統也は目の前で殺され掛けていて。

 最期を看取る間も無く、ただ逃げるしか無かった。


〝そうするしか無かった〟

 逃げた時、そんな一言が脳裏に過った。

 だからこう思い込むしか無かったのだ。


 <こ れ で よ か っ た ん だ> と。


 けどそれは結局、現実逃避にしか過ぎない。

 後悔で押し潰されない様に、そう思い込むしか無かったから。


 でも、きっと本当は訴えたかったのだろう。

 全てを吐き出したかったのだろう。

 叫びたかったのだろう。


 その恐怖を。

 その後悔を。

 その悲哀を。


 そしてそれを許してしまった事への怒りを。




 その全ての隠れた想いを、大男の何気無い一言が呼び起こした。

 



「ビ、ビビるに決まってるじゃないか! あんな化け物、人間がブチって、ブチって簡単に死んじまうんだぞッ!?」


 恐れに支配され抑圧されていた感情が遂に噴出する。

 口を、目尻を、脅えた顔を小刻みに震わせながら。


 それだけ、抱え込んでいた感情が重かったのだろう。

 伝えたい事よりも端的な言葉だけが先走る程に。


「勝てる訳ないじゃないかあんなの!? ふざけんなよッ!! あんなの……一生懸命逃げたんだ。 逃げたのにすぐ追いついてきたんだよ……ッ!!」


 徐々に昂るその感情は、震えた声からも感じ取れる程に強くて。

 それでいて詰まる程に苦しくて。


「統也が、あいつが血塗れでえッ!! 俺は、俺はあ……ッ!! 」


 まるで訴えているかの様だった。

 救いを懇願するかの様だった。

 けどその内容はとてもちぐはぐで。


 叫ぶ度に、目元から鼻から思いの丈が流れ出ていく。

 どうしようもなかった自分の無力さに打ち(ひし)がれて。


 今ようやく、勇は現実を受け入れたのだ。

 親友の統也を置いて逃げたという現実を。

 そうするしか無かった自分の弱さを。


 そんな勇を前にして、大男はいつの間にか口を閉じていた。

 静かに聴き耳を立てていたのだ。

 まるで勇という井戸から、秘めた感情を全て汲み取ろうとせんばかりに。


「ウウッ、フグッ、ウアァァア……ッ!!」


 もう勇が語れる事は無かった。

 後はただ昂るままに涙を流すだけで。

 少女もまた蹲ったまま、呼応するかの様に啜り泣く。


 こうなるのも必然だったのだろう。

 この僅かの間であまりにも多くの出来事が起き過ぎたから。

 それも想像も付かないくらいに凄惨な。


 普通の少年少女が体験出来るはずもない世界を目の当たりにして。


 怖くない訳がない。

 苦しくない訳がない。

 悲しくない訳がない。




 二人は特別でも何でも無い、ただ普通の人間に過ぎないのだから。




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