~戦場 準備 狙うは統率者~
軍用ヘリが阿蘇山麓へと向けて空を抜けて行く。
とはいえ経由場所からは比較的近かった様で。
飛び始めてから三十分と経たない内に、機体は阿蘇山付近へと到達していた。
窓から覗き込めば、既に山の様子がハッキリと見える程に。
麓と言っても、目的地は比較的住宅街から離れた場所の様だ。
山肌一面には緑が広がり、山らしい風景を醸し出す。
とはいえ、草木に覆われていない部分は黒い土肌が覗いていて。
そこが火山地帯であるという事を浮き彫りとするかのよう。
幸い気候は安定している様で、山頂までがしっかりと見える程に空気が澄んでいる。
戦場を見渡す事が出来るくらいには。
そう、眺めている間に変容地区へと突入していたのだ。
そうともなれば景色も変わるもので。
先程まで草木で覆われていた山肌はとある地点を境にして途端に緑を失う。
黒い土面や白い岩だけが見える様になっていたのである。
『あちら側』もこの場所は火山地帯だったという事なのだろうか。
そして当然―――
「どうやら既に均衡が解けている様ですね」
福留が何かを察し、緊張の一言を漏らす。
よく目を凝らせば人や魔者らしき者達の姿が蠢く様子が。
更に見えるのは爆発や光。
戦いの様子が景色に紛れ始めていたのだ。
もちろんそれだけではない。
空に居ながらも微かに「ドーン」「パァーン」という音が振動の様に伝わって来ていて。
それが勇達に、ここが戦場であるという事を実感させるには十分だった。
「お二人にはすぐに動いて貰う事になりそうです。 早速ですが戦闘準備をお願いします」
福留の指示の下、勇とちゃなが早速装備の点検を始める。
勇が持ってきた魔剣ホルダーを【エブレ】ごとその身に纏う。
衣服は当然、昨日買ってきたばかりのスポーツウェアだ。
ただし、福留による多少なりのバージョンアップ付きだが。
肘から手首まで、膝や脛を保護する為のガードパッドが備えられていたのだ。
カーボンファイバーを仕込んだ超薄型・超軽量の保護具である。
もちろんこれは攻撃を防ぐ装備ではない。
勇が肘や膝を使って動く際、余計なダメージを避ける為に用意したもの。
腕や脚の可動域を阻害せず、かつ重さを感じさせず、より自然に動ける様にする為に。
すぐに切り離しも可能で、不便であれば即座に取り外す事も考慮されている。
いわゆる試作装備という訳である。
ちゃなの方は普段と装備は変わらない。
巨大な【ドゥルムエーヴェ】を片手に掴んで戦いに備える。
背中には【アメロプテ】の柄が飛び出したウサギのリュックサックが。
服装も昨日買ったばかりのワンピースとカーディガンのままだ。
彼女に防具は必要無いと福留は判断したのだろう。
体が弱い事もあるので、余計な重量物を備えさせる訳にはいかないのだと。
その代わり彼女には別のサポートが与えられる事になるが。
だがそんな二人の戦闘準備の様子を前に、心輝達の不安は募るばかりだ。
例え真実を知らされても、戦うという事にはまだ懐疑的で。
でもこうして目前とした事で実感がその疑惑を塗り潰し始めていたから。
戦い、殺し合い……そこに恐怖を抱かずには居られなかったのだ。
しかしそんな彼等に、福留がそっととある物を差し出す。
それは双眼鏡。
戦いをその目に納める為に用意された物である。
「これって……」
「戦闘は遠くで行われますので、これを使って勇君達を見守ってあげてください。 それがこの話に乗った貴方達の果たすべき義務です」
知りたいから知る、それだけではただ無責任なだけに過ぎない。
世の中には、知るからには果たさなければならなくなる義務や責任が存在する。
果たしたからこそ知れる事柄すらある程だ。
今回の出来事もその一つ。
その義務と責任を果たせないと判断した者達を、福留はここまで連れてきたりはしない。
そして福留の想いに応える様に、三人が双眼鏡をその手に掴む。
義務と責任を果たす覚悟を決めた頷きを見せながら。
こうして軍用ヘリが下降を続ける中で各々が準備を果たし。
勇が一人、深い呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。
でもその姿が心輝達にはどこか痩せ我慢の様にも見えてならなくて。
「勇、お前平気なんだよな? 怖くねぇのかよ……?」
「怖いよ。 今までも死ぬと思った事があったしな。 でもさ、もうそんな事も言ってられないんだよ」
「勇……」
「見ててくれよな。 俺は死ぬつもりなんてないし、皆を守りたいって本気で思ってるからさ、俺は負けられないよ」
そう、勇は負けられない。
もし勇が負ければちゃなは愚か、最悪の場合には福留や心輝達にまで被害が及ぶだろう。
それどころか再び地元住人にすら犠牲者が出るのは必至である。
例え自衛隊が展開していようとも、彼等では魔者達を押し返す事は出来ないからだ。
つまり今の勇の気持ちは不退転、背水の陣。
だからこそ勇は言ったのだ。
「負けられない」と。
そう覚悟を決めて自身を追い込んで。
いざという時に力に出来る様に。
失敗しない為にも。
その強さを、勇は今までの経験でよく理解しているから。
軍用ヘリが遂に着陸を果たし、後部ハッチが開いていく。
その隙間から覗くのは、既に意思を整えて立つ勇とちゃなの姿。
その顔にもはや迷いは無い。
それどころかハッチを開ききる前に駆け出していて。
勢いのままに黒の大地へと飛び降りていた。
「いいですか勇君!! 現在相手は麓を降りる様に向かってきていますが、王の様な姿はまだ確認出来ていません!!」
軍用ヘリの巨大なローター音に掻き消されまいと、福留が叫び声を放つ。
しかし不思議と二人にはその声がしっかり耳に届いていて。
「しかし全体的に動きが纏まっていて統制は取れているので、恐らくあの集団の中に王の様な者がいるハズです!!」
福留のアドバイスが一語一句漏れる事無く勇達へと伝えられていく。
必ずしも王と呼ばれる存在が居るとは限らないのだろう。
でも統率者が居るならば。
例えどの様に獰猛な者達でも統率者さえ押さえれば途端に組織力が瓦解する。
つまり統制が取れなくなり、大きな隙が生まれるのだ。
もしそうなれば残党狩りも容易になるかもしれない。
もしかしたら対話も可能になるかもしれない。
これはあらゆる戦いにおけるセオリーとも言える。
早く戦いを終わらせるにはそれを狙う事が最も有効的なのだから。
「まずは統制者を探し出し、倒す事が重要になります!! 勇君、ちゃなさん、健闘をお祈りいたします!!」
この一言を胸に、勇とちゃなが戦場へと走る。
背中に受けた期待に応える為に。
未だ人類劣勢のまま戦火が広がり続けるばかりの阿蘇山麓。
だが、二人の到着がこの戦いに大きな転換を及ぼす事となるだろう。
今この時、魔剣使いの勇達と【ザサブ族】と呼びし者達との真の戦いが遂に幕を上げようとしていた。




