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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第一節 「全て始まり 地に還れ 命を手に」
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~絶望 の 一重~

 勇が少女を背負ったまま表通りへと飛び出す。

 更にはその身を捻らせ、勢いを落とさぬまま角をも曲がって。

 ただただ必死に、道の先へと駆け抜けていく。


 もうそれしか考えていなかった。

 それでも〝統也となら絶対に逃げ切れる〟と希望を抱きつつ。

 

「ハァッ!!ハァッ!!―――ッ!?」


 するとその最中、統也の雄叫びが木霊して。

 その叫びが聴こえた途端、足裏が大地を滑る。


 それ程までの鬼気迫る一叫だったから。

 今までに聴いた事も無い程に。


 思わず足を止めてしまうくらいに。


「と、統也……!?」


 振り返れば当然、統也は居ない。

 でも確かに、統也と異形の存在感は曲がり角の先に在った。


 故に勇はやっと統也のした事に気付く。

 自らが身体を張って異形へと立ち向かったという事に。


 けれどそんな事を望んではいない。


 本当は隣に居るはずだった。

 一緒に逃げているはずだった。

 導いてくれるはずだった。


 そして一緒に逃げ切って、また笑い合って。

 なんて事の無い生活にまた戻れるって信じていて。


 だから統也ならきっと、今すぐにでも路地裏から飛び出て来る。

 さっき言った通り、一緒に逃げてくれるはず。


 二人でなら、こんな窮地を脱する事なんてきっと難しくないんだって。




 だが現実は、そんな少年にさえ非情を押し付ける。




ボッッ!!!


 その時、まるで空気が弾けた様な鈍い音がその場に響いて。

 それと同時に、裏路地から人影が。


 統也である。


 ただその様子はまるで跳ね飛ばされたかの様だった。

 それどころか、そのまま表通りに力無く転がって行くという。


 しかも赤黒の液体をおびただしい程に撒き散らしながら。


「あ……」


 転がった身体は動かない。

 覗き見えた顔も真っ黒で表情さえ見えやしない。

 だからそれが統也だなんて考えたくもない。


 でも受け入れがたい現実が勇の思考を凍結(フリーズ)させる。

 まるで先ほど殺された少女と同様に。


 何も出来なかった。

 助けに行く事も、逃げる事も何もかも。

 身体が全く動かなかったのだ。


 統也は窮鼠だったが、勇は違うのだろう。

 今の勇は言わば、蛇に睨まれた蛙である。


 それも、路地裏から現れた異形を前にしてもなお逃げ出せない程の。


「あ……あ"っ……ああ"……!!」


 悲鳴さえ出ない。

 震える事さえ叶わない。

 例え異形がゆっくり歩いて来ていようとも。


 きっと異形ももうわかっているのだろう。

 勇がもう逃げられない事など。

 まるで恐怖した人間の事をよく知っているかの如く。




「に、逃げろ勇……ッ!」

「「ッ!?」」




 しかしこの時、双方の思い掛けぬ声が場に響く事に。

 なんと統也がまだ生きていたのだ。

 意識だけが辛うじて残ったのだろう。

 

 でも体は動けていない。

 真っ黒に染まった顔だけが動き、ただただ訴える。


 掠れた声でただ必死に、訴え続ける。


「逃、げ、ろ……逃っげっろッ!! 勇ゥゥゥーーーッッ!!」

「統……也!?」


 この叫びが引き金だった。

 異形が踵を返しては統也の下へと駆けていく。

 恐らく、統也が生きている事の方が厄介だと思ったのだろう。


 ただそれと同時に、勇の身体にも自由が戻っていて。


 そして思考が巡り巡る。

 自分が今、一体何をすべきなのかと。


 きっと統也を助ける事は出来ない。

 敵わなかった異形を倒すなんて出来はしないのだと。

 けれど、親友を置いて逃げるなんてしたくはなかった。

 統也が居なくなるなんて考えたくもなくて。


 その迷いが、きっとまた勇の思考を凍結へと追い込むのだろう。 




「お前は、お前だけは、生きて……ッ!!」

「―――ッ!?」




 けど、それを誰よりも許さない男が最期の想いを捻り出す。

 自分の事よりも、恐怖や絶望よりも何よりも。


 異形に跨られようが、腕を振り上げられようが構う事無く。




 だからこの時、勇は駆けていた。

 踵を返し、親友を背にして。


 ただただ異形から逃げる為に、と。

 

「ああッ!!ああッ、あああーーーーーーッッッ!!!!!」


 必死だった。

 ひたすら逃げた。

 何も考えずに。


 追い掛けて来るかどうかなんてわからない。

 だから統也に教えられ、言われたままに。

 別の裏路地を交えながら、ただひたすら場から離れたくて。


 背中に背負った少女の事などすっかり忘れていた。

 それがわからないくらいの力で細い腕を回していたから。


 恐怖で声が裏返り、醜い声を荒げて。

 呼吸が出来ているかさえわかりはしない。


〝逃げろ!!〟

〝逃げろ!!〟


 統也の言葉が頭の中で繰り返す。

 血塗れの統也が繰り返す。


〝ニゲロ〟

〝ニゲロ〟


 それはまるで呪いの様に。


「―――!!!フグッ……ブフッ!!!うあア"ッ!!」


 走るうちに息も絶え絶えに。

 授業や剣道の練習で学んだ呼吸法は全く働いていない。

 地面を蹴る反動で内臓が押し上げられ、その度に鈍い声が滲み出る。


 それ程までに強い恐怖と後悔が勇の心に渦巻いて。

 それでもなお留まる事無く、その両脚を力の限りに走らせるのだった。




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