~全食 望食 食への熱意~
朝の何も無い緩い時間もあっという間に終わりを告げ。
待望の昼が遂に訪れる。
空は僅かに雲の方が青空よりも広がっているが、買い物する分には好都合。
そんな暑くも無い天気と気候は人が歩くのに適していると言えるだろう。
そんな中で、勇とちゃなは近場にあるショッピングモールへとやってきていた。
やはり休日とあって客の数はとても多い。
施設自体も相当大きいのだが、それすらも埋め尽くさんばかりで。
ちゃながそんな様子を前に呆気を取られる中、真っ先に向かったのはレストランルート。
一階フロアの端にて各種レストランが連なる様に設けられたフロアである。
店先に飾られたショーケースにはメニューの見本が幾つも並べられていて。
その前を横切る度に人々の目を惹いてならない。
それは二人も例外ではなく。
選びたい放題のメニューの数々を前に、二人揃って釘付けだ。
主にちゃなが、であるが。
これには勇も「良かった」と思うばかりで。
先に昼食を摂る事に決めたのは勇だ。
〝やはりお昼なのだから昼食が先だろう〟という提案が発端だった。
もちろんちゃなもそれには乗り気で。
出掛ける前にはこのレストランルートの話で盛り上がったものだ。
しかし勇には伝えていない裏の意図がある。
それは「ちゃなに好きな物を食べさせてあげたい」という想い。
朝食は勇が作ったスクランブルエッグとハムと御飯だけ。
量もさることながら味も言わずもがな。
満足させたとは言い難い。
そう思ったからこそ、ちゃなが食べたい物を食べてもらう為にこうしてこの場所を選んだのだ。
ここなら思う存分に選べる程の多種多様な店舗があるのだから。
勇は決まったお店で食べたい物を選ぶだけで十分。
どうせお金は一杯あるのだ、こんな時くらいは贅沢してもいいだろう。
ここで金額による選り好みなどもはや無用である。
とはいえちゃなもさすがにすぐには決まらない様子。
気付けばレストランルートを抜けていて。
引き返す様にして再び品定めを始めていく。
するとそんな時、彼女の視線がふと留まりを見せ。
勇も釣られる様にして視線をその先へと向ける。
そこにあったのはなんとステーキ専門店。
しかもこの施設屈指の豪食家御用達レストランである。
安い肉から高級肉までの多種多様な肉を取り扱い、肉を求める顧客のニーズに充分に応える仕様。
その値段は一応誰でも手が出せる程に相応だが、基本的には上限が無い。
何故なら基本は顧客の要求するサイズで提供される為、大きい物を選べば選ぶ程値段が吊り上がるからだ。
勇も訪れた事はあるが、家族からは「三〇〇グラム以上はダメ」と強く止められる程には跳ね上がるのである。
そこが相当気になる様で、ちゃなの足が停まって動く気配は無い。
もう既に意識はステーキオンリー、体も店側に向きっきりだ。
その異様なまでの食い付きに、勇も唖然とするばかりで。
確かにこの店なら思う存分に食べられるだろう。
お金だって気にする必要は無い。
以前しゃぶしゃぶのお肉に強い反応を示していたから肉が大好きなのかもしれない。
でもよりによって何故ステーキなのか。
女の子ならお洒落にイタリアンとか焼き立てパンのお店とか選ぶものかと思っていて。
そんな意外な展開に勇も驚きを隠せずにいたのだ。
「田中さん、こ、ここでいいの?」
「はい、お肉たべたいです」
そしてこの通り、もう決定事項である。
もちろん勇もこの店の肉は好きだ。
ガッツリ行きたいと思う時にこそ訪れたいと思う程に。
でも今は昼で、ガッツリ行く様な時間帯じゃない。
下手をすれば消化不良さえ引き起こしかねない。
ちゃなの様な体の弱い子ならなおさらだ。
勇の心配は色んな意味で募るばかり。
だがそんな心配など無用だと、すぐに気付かされる事となるだろう。
「じゃあ、肉の種類選べるんだけど、どれ選ぶ?」
ショーケースにはメニューの代わりに肉の種類と説明が書かれていて。
この店では肉種を選び、伝えたグラム数のステーキを提供するというシステムだ。
スタンダートな「ノーマルリブ」、脂身の多い「サーロイン」、肉質を重視した「フィレ」など、質によっても値段が変わるというもの。
それに則って勇が丁寧に説明し。
その上でちゃなが選んだのは―――
「え、じゃあ……全部で」
この時、勇は彼女が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。
「どれかを選んで」と訊いたつもりだったのに。
返って来た答えが「全部」。
これはいつか全種類総なめしたいという意思表示なのだろうか。
それとも今すぐ全種食べたいという事なのだろうか。
勇の疑問は絶えない。
「一応一品ごとに最低サイズ決まってるから、一種類だけにしとこう?」
「え、そうなんですね……残念」
どうやら結論は―――驚きの後者である。
これには勇の動揺も隠せない。
こう釘を刺しておいて正解だと思える程に。
という訳で二人の昼食はステーキに決定。
揃って店へと踏み入れた。
だがこの時、勇はまだ知らない。
ちゃなが宣った事が如何に冗談では無かったのかという事を。
この時勇が注文したのはランチのカットステーキセット。
お肉も一五〇グラムとお手軽で、手頃な価格ともあって人気ナンバーワンの品物だ。
それに対してちゃなが選んだのは―――
「お待たせしました。 国産和牛サーロインステーキ五〇〇グラムとライス大盛になります」
そこで初めて勇は知る事となる。
彼女の底知れない食欲を。
食に対する貪欲なまでの執着を。
大容量の肉を欠片一つ余さず平らげた事によって。
こうして勇はこの日、人体に秘められし大いなる可能性をその目で垣間見る事となるのだった。




