~調理 見栄 見えし物は互い違う~
母親は何も無い土日では基本朝食を作らない。
こういう日の朝食は大抵、個々で勝手に食べる事が決まっている。
冷蔵庫の食材を使ってもいいし、買い置きのパンを食べるのもアリだ。
この間は例外で、剣聖やちゃなが居たからと張り切っていたに過ぎない。
そして今日も例外では無く。
先程の騒動もあったからか、この日は勇が台所に立っていて。
冷蔵庫でありあわせの材料を探る姿が。
現在、買い出しが必要な程に冷蔵庫は空っぽ気味。
幸い、数を置きがちな卵だけが目立って置かれている。
栄養価が高くて調理もしやすい、いざという時に便利な万能食材だ。
というよりそれ以外が見つからない訳だが。
「卵あるな。 ねぇ、スクランブルエッグとかでもいい?」
しかし父親からは返事は返らない。
現在、父親は真っ白に燃え尽きてソファーに寝そべり中。
余りにもショッキングな出来事の所為で。
相当堪えたのだろう、微動だにすらしていない。
「……重傷だなぁ。 田中さんはどうする?」
「え? あ、それでいいです。 ありがとうございます」
「おっけ。 あ、でもそんなお礼はいらないよ」
居候であるとはいえ、もう互いに打ち解けている事に変わりは無い。
今更お礼なんて不要だと思える程には。
それに勇がこうして台所に立っているのも、ちゃなに朝食を提供する事が主目的だからだ。
それは先日までの事。
母親の作った朝食を美味しそうに食べていた彼女が居て。
逆にパンなどはそれ程強い反応を示してはいなくて。
作ったばかりの料理の方が好みだとわかる程に、その差は歴然だったのである。
そんな事がわかれば、今の勇としては喜ばせる方を選びたいとも思う訳で。
とはいえ勇自身、それ程料理をした事がある訳でもない。
やり方も母親の見様見真似だ。
それでもこうしてフライパンを奮うのは、彼なりのアピールの一環なのだろう。
女の子の前でいい格好をしたいと思う年頃の彼らしい行動と言える。
でも料理までがカッコよく、とはいかなかった様で。
焼き上がったのは間違いなくスクランブルエッグ。
しかしその出来栄えと言えば、コロコロとした細かい固形物が目立つタマゴボール状態だ。
おまけにちょっとだけ焦げ目付き。
どうやら加減がわからず、少し火を通し過ぎた模様。
それでも食べられない訳では無いし、初めて作るにしては上出来か。
その出来栄えに、当人としては満足な様子。
大きめの皿へと得意気にスクランブルエッグ、もといタマゴボールを移し替え。
おまけに隠れていたハムを見つけて、ササっと火を通して軽く添え。
空きスペースの方が圧倒的に多いというみすぼらしい演出を付け加えて堂々の完成である。
「はいこれ、あんまり美味しくないかもだけど」
もちろんトマトケチャップも忘れない。
そうしてちゃなの前に差し出された料理からはちゃんとした卵焼きらしい香りが漂っていて。
それが空腹に飢えた彼女の鼻腔をくすぐってならない。
見栄えなど全く気にしていないのだろう、もはやガン見と言わんばかりに料理に釘付けだ。
その様子はまるでお預けを食らった犬のよう。
こうなれば「ヨシ」と言わない限り自分からは動かない。
勇も今までそれはただの遠慮とも思っていたのだが。
先日の話を聞けば、別の理由がある事も察せる訳で。
これは今までに見に付いた生活習慣でもあるのだろう。
彼女の母親を不機嫌にさせない為に憶えた癖とも言える習慣だ。
でも今はそんなものなど必要は無い。
先に食べようが許可を得なかろうが、もう誰も咎める者はいないのだから。
「今御飯よそうから、先に食べてていいよ」
「い、いただきます」
だからといって特別扱いするつもりも勇達には無い。
ただただ普通に、自然に。
ちゃながしたい様にしてもらう為に促していくだけだ。
それが今の彼女が一番望む、「家族」という形なのだから。
そんなこんなでようやく料理も出揃い。
二人が揃って朗らかな朝食の時間を満喫する。
ちなみに父親はまだ塞ぎ込んだままだ。
添えられた朝食には見向き所か反応もしない。
そんなのにいちいち構ってもいられない訳で。
リビングでは朝食を摂りながらの、二人だけのいつも通りな会話が交わされていた。
「昨日オカンも言ってたけど、せっかく臨時収入入ったんだし、身の回り整える為に買い物でも行く?」
ゴムの様な弾力のタマゴボールをフォークで突く中、勇からそんな提案を持ち掛けられて。
ちゃなもまんざらでは無い様で、口に放り込んで「はむはむ」と噛みながら頷きを見せる。
途端、ちゃなの顔が「パァ……」と明るい笑顔に。
よほどその提案が嬉しかったのだろう。
そうともとれる反応を前に勇も浮かれてならない。
満足そうな笑みを零しながら、料理を口へと運ぶ。
でもやはりこのタマゴボール、味としては満足行く出来では無かった様で。
しまいには「少し硬かったかな」とコロコロ転がすだけに留まる始末だ。
見栄えの悪い物を避けつつ、食べられそうなものだけを口に運んでいく。
こんな物を提供して申し訳ないという小さな罪悪感を抱えながら。
「そうですね、勇さんお付き合いお願いできますか?」
「うん、いいよ。 俺も色々欲しい物あるし、買い出しも頼まれてるからさ」
そんな会話を交わす中も、勇の意識はちゃなの皿に向けられたままだ。
とはいえその様子はと言えば罪悪感よりも喜びの方がウェイトが大きいが。
どうやらちゃながそんな物でも嫌な顔一つ見せずに食べてくれている事が嬉しかった様で。
焦げたタマゴボールすら口に運んでくれている所がまた堪らない様子。
そこに慈悲さえ感じられ、「いい子だなぁ」などと思わせてならない。
気付けばちゃなの皿からは料理が全て消え。
余韻の溜息を吐く程に満足した様だ。
勇もこれには嬉しさを隠しきれず、朗らかな笑みを浮かばせる。
こんな料理でも平らげてくれる彼女の優しさに感謝を込めて。
お昼ご飯くらいはもっといい物を食べさせてあげたいと思う程に。
しかし勇は料理に夢中で気付いてはいない。
今交わされた約束がすなわち『デート』と呼ばれるモノであるという事を。
そして勇はまだこの事にも気付いていない。
彼が残したスクランブルエッグをちゃなが物欲しそうに見つめていた事を。




