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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第五節 「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」
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~期待 日常 夢は現実に~

 翌日、土曜の朝。

 勇は家の前でストレッチをこなしていた。

 

 サボっていた朝練の再開である。


 それというのも、この数日はちゃなの同伴登校やウィガテ戦で朝練をする暇も無かった訳で。

 久しいとも言える運動を前に張り切る姿が。

 日課と化した朝練は彼の日々のモチベーションともなっている様だ。


 ただその姿は学校の体育用紺色ジャージと、いつもと様相が異なる。

 いつも使っているパーカーは先日瀬玲に渡してそれっきり。

 返される暇もタイミングも無いとあって、現在もまだ貸しっぱなしだからだ。


 とはいえ、そこでジャージを選んだのにも勇なりに理由がある。


 それと言うのも―――


「折角だから今日は全部ダッシュで行ってみるかな。 命力もちょっと使ってみよう」


 今日の勇は一段とやる気充分なのである。


 先日の大騒動(返り討ち)でふんだんに命力を行使し、力の使い方は何となくだが理解した。

 でも肝心の命力の効力に関してはまだまだ謎が多い。

 何せ剣聖はそんな事なんにも教えてくれなかった訳で。


 だからこそ、手探りで色々と試していくしか使いこなす方法は無いのだ。


 これは命力の使い方だけに限らない。

 様々なアスリートが自分の肉体を調整する事と大して変わらないのである。


 自分の肉体がどの様に成長しているのか。

 どの様に動かす事が出来るのか。

 どこまで動けるのか。

 その範疇を知り、最も有効的に動かせる者が高みを目指せるのだから。

 

 そして勇も曲がりなりにアスリート。

 この数日での戦いでこうも著しい成長を迎えれば、こうして試してみたいと思いもするもので。

 それが今ここまでのやる気を引き出しているのだ。


 そのやる気を十分に奮う為にも服装には気を付けねばならない。

 もはや普通の服では耐えられるかどうかも怪しい訳で。

 でもジャージなら伸縮自在で命力を使った運動でも十分耐えられるはずだ。

 それはウィガテ戦でも既に証明済み、多少小さくとも関係無く動けていたから。


 そう考察した結果この様な服装に至ったという訳だ。


 命力も暴力に使うのではなく、自分だけで解決するランニングでならお咎めは無いだろう。 

 もっとも、先日の戦い程度では福留もあまり気にしない様ではあるが。

 大衆にバレなければそれでいいという程度の認識なのかもしれない。


「よしッ!!」


 こうして勇はまた、朝の街を行く。

 日が昇ったばかりで涼みが残る中を。


 健やかな笑みを満点の青空に向けながら。

 





◇◇◇






 それからおおよそ一時間後。

 勇がようやく帰宅を果たす。


 しかしその様子はと言えば―――


「ぶはーッ!! はーッ!! えうっ……」


 疲労困憊で先程の余裕は見る影も無く。

 もはや見るに堪えない程にヨレヨレでフラフラである。


 鉛の様に重くなった足は引きずる様に。

 規則正しく振り抜いていた腕はもうプラプラとぶら下がっていて。

 酸素不足が極まり、呼吸の為に開いた口はもう閉じる事すらままならない。


 〝走り出したら終わるまで止まってはいけない〟という自分ルールが勇にはあって。

 それのせいでどうやら限界ギリギリまで走り込む事になってしまった様子。


 ペース配分失敗、というヤツである。


「命力ッ……ハーッハーッ……体力に関係ねーじゃん……ハーッ」


 残念ながら、命力を得ても体力までは備わらない様だ。

 ここで判明した意外な落とし穴に勇の落胆は隠せない。


 命力が身体能力を増させる事には間違いないのだろう。

 でも体力に起因する部分には影響しない。

 それはつまり、今のままでは命力を使った戦闘も長続きはしないという事だ。




 運動と体力は実に密接に関わりあってると言える。

 まるで算数の様な数値のやりとりがそこにあるのだ。


 例えば一〇〇の体力があったとしよう。

 そこに腕を動かすという行動を行えばそこから一〇消費して引かれ。

 そしてその行動を繰り返して体力がゼロになれば疲労困憊になる。

 これが普通の人間の在り方だとして―――


 命力による運動はその行動の消費が一〇から二〇、三〇になっただけに過ぎないのだ。


 つまり、普通の人にプロアストリート並みの動きが出来るようになったのと同じ。

 元ある体力が伴わなければ結局もたないのである。




 例え強い力を誇ったとしても体力が無ければ後が続かない。

 それを許容出来る体力を備えなければ、あっという間にバテてしまうだろう。


 今の勇の様に。


「はーっ、はーっ……くそぉ、これじゃ長期戦とか、どうしようもねー……はぁ~~~」


 落胆の溜息が呼吸に混じる。

 こうして弱点が浮き彫りとなれば心境も複雑で。


 何せ体力というものはそう簡単には付かないのだから。


 毎日走り込みを続けた勇でもこれなのだ。

 並みの体力増強ではまかないきれず、これから先もきっとネックになり続けるだろう。


 おまけに命力も尽きれば身体能力に支障をきたす。

 戦闘中に膝が崩れでもしたら後は悲惨だ。


 それを補う為にも体力は絶対に必要と言える。 

 いざという時には命力に頼らず、自身の力で乗り切らねばばらないからだ。


 新たな課題とも言える問題に頭を抱えてならない。


「体力増強、後でちょっと考えるか……」


 とはいえやる気が無い訳ではない。

 改善したいと思う事も今の勇には許されている。

 まだそれだけの時間が彼にはあるのだから。


 そんな悩みを巡らせ続けていたら、気付けば呼吸も落ち着いていて。


 どうやら考える余り、無意識の内に軒先の階段へ座り込んでいた様だ。

 極度に疲れたともあって、家に上がる気力も失せていたのだろう。


 それも僅かに回復し、ようやく立ち上がれる程の体力に。

 足はまだ見てわかる程に震えているが。


 このままでは居られないと、玄関へと足を踏み入れていく。


 


 そうして帰宅を果たした彼を一番に迎えてくれたのは、ちゃなだった。




 丁度、洗面所で朝支度を済ませた後だった様で。

 疲れる余りに廊下へその身を預けた勇の横をぺたぺたと歩いていく。


 昨日の事もあったお陰か、その顔にはぷっくりとした微笑みが浮かんでいて。

 無言のまま、手を振っての挨拶だ。

 きっと疲れていた勇に配慮しての事なのだろう。


 勇もちゃなのそんな姿に惹かれてならない様で。

 リビングへと歩き行く後姿をニコリとした顔で追っていた。


 するとその時、勇の視界に珍しいとも言える人物の姿が。


 勇の父親である。


 大抵、土日はと言えば母親が出勤した後に寝直すのだが。

 もう既に居ないにも拘らず、今日は起きっぱなしである。


「ふぅ……親父、この時間に珍しいじゃん」


 とはいえ、実の所その理由を勇が知らない訳ではない。


 ダイニングチェアに座りながらテレビを見るその姿が妙にソワソワしていて。

 隠せない気持ちがニヤニヤとした笑みとして現れている。

 その姿はまるで楽しみを隠せない子供のよう。


 そんなあからさまな様子を見せられれば訊きたくもなるもので。


「そりゃあなぁ、()()の事の聞いたらドキドキして寝られないよぉ~」


 そう返す父親もその話題にまんざらではない様で。

 テレビなどそっちのけで勇を覗き込み、嬉しそうな笑顔を振り撒く。

 向かいに座るちゃなの微笑みも助長して、妙にリビングが明るくなる程だ。


 それ程までに待ち焦がれているのだろう。




 ()()とはいわゆる、福留から勇の父親へ贈られる事になったプレゼントの事。


 先日での話の折、大破した車の補填の事も話題に上がっていて。

 なんと政府がそれを無償で保証するという事になったのだ。


 車が壊れた直接的な原因は剣聖の行動ではあるのだろう。

 でも勇達を威嚇し、脅えさせた事には変わりない。

 そこに福留達としても責任を感じ、こうしてお詫びも兼ねた返礼を寄越すという事になったのである。


 その返礼とはズバリ、代わりの車を一台都合するというもの。


 これを聞いた時には契約の話もあったから浮足立っていて。

 実感も薄く、「はぁ、そうですか」などと一つ返事で受け流していたものだ。


 しかし現実から歩み寄ってくればおのずと実感出来るというもので。


「さっき本当に連絡があったんだよぉ! 『これからお伺いします』って!! 車一台ポンって、どんだけ福留さん羽振りがいいんだよぉ……」


「そりゃ国の予算からだろうし、きっとこれくらいは平気なんじゃん? 知らないけどさ」


 とはいえ、実際に失った車を無償補填してくれるのならば受けない訳にもいかない。

 藤咲家としても生活環境に関わる大きな問題な訳で。


 主に父親の体力的な問題が。


 ちなみに、本当なら母親も立ち会いたかった様だがあいにく今日は出勤日。

 「折角だから今日の晩御飯は皆でどこかに食べに行きましょう、車に乗って」と言い残して出掛けたそうな。

 ちゃなが嬉しそうなのはそこが起因なのだとか。


 だが勇はまだ知らない。

 父親が喜ぶ真の理由を。




 新車の納車以外にも理由があるという事を。




ドゥンドゥン―――


 そんな話を交わしている最中、家の外から聞き慣れない音が響いて来る。

 安物とはワケが違う、高出力エンジンだけが掻き鳴らす事を可能とする重低音だ。


 それが勇の家の前で途端に収まっていき。

 その違和感に気付いた父親が飛び上がらんばかりの勢いで椅子からその身を乗り出した。




 そしてリビングの窓から軒先を覗き込めば、そこには待望の新車の姿が。

 



「きっ、きたっ!!」


 彼にはすぐにわかったのだ。

 その車が納入予定の車なのだという事が。


 やってきた車を運転していた運転手が黒いスーツの男で。

 車もしっかりと自宅の前に停車していて。

 おまけに随伴車付きでだ。


 でもきっとそんな事を気にしなくてもわかっていたのだろう。

 何故なら―――その車種こそが、彼にとって最も大きな要素だったのだから。


 途端、待ちきれんと言わんばかりに父親が玄関へと駆け出していて。

 わんぱくな勢いを前に、勇も慌てる様に疲れた身を起こす。

 何せこのままじゃ重量級の巨体に踏み潰されかねないので。


 勇が面倒そうに玄関の脇へと身を寄せている間にも、父親は既に外履きに履き替え済み。

 呼び鈴が鳴るのを今か今かと待つ姿が。

 しっかりその手は玄関扉の取手を掴み済み。


 重量級なのにこういう時だけはやたら俊敏である。

 

 そんな事情を知ってか知らずか、間も無く呼び鈴が屋内に鳴り響き。

 間髪入れずに玄関の扉が「ガタン!」と開かれる。

 そのまま空かさず満を辞して飛び出した父親を迎えたのは男の冷静な面持ちで。


「お待たせして申し訳ありません。 お約束の車をお持ちいたしました」

「あ、ありがとうございます!!」


 きっとこんなテンションの相手にも対応し馴れているのだろう。

 さすがは政府関係者と言った所か。


 父親としてももはやそのテンションを隠す理由も無く。

 家の敷地に跨がずに佇む男へと駆け寄っていく。


 しかしその視線はと言えば―――




「おおおお、遂にっ、念願の【アルファーダ】だぁ!!」




 目の前に佇む巨体に奪われてならない。


 何故なら、それ程までに待望していた夢の車だったのだから。




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