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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第五節 「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」
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~身話 契約 その待遇~

 勇が着替えを終えて階段を降りて行く。

 心なしかその足取りは身軽で。

 よほどちゃな()()()連絡先を得た事が嬉しかったのだろう。


「田中さん帰るの遅くなるって。 すいません、ついうっかり福留さんが来てる事伝え忘れちゃって」


「あぁいえいえ、無理強いをするつもりはありませんから」


「七時くらいには帰るって言ってたので、それまで待ってもらっても平気ですか?」


「えぇもちろんです。 それだけの余裕はありますから」


 やはり政府関係の人物ともあって忙しいのだろう。

 特に今、特事部(特殊事案対策部)は変容事件の対応で手が回らないはず。

 本来なら部下などを寄越せばいいのだろうが、こうして当人が直接訪れていて。

 それもこの様に時間を作って来てくれている事には、勇も感謝の念を禁じ得ない。

 

「あらそう、じゃあ福留さん晩御飯でも食べていきますか?」


「いやいや、さすがにそれは悪いので遠慮しておきますよ。 まぁ色々積もる話もあるでしょうし、ここは素直に情報交換と行きましょうか―――」


 途端、福留が机に両肘を突き、口元を隠す様に両手へ沿え。

 たちまちその目が妖しく輝き、勇達を堪らず動揺させる。




 福留の言う情報交換。

 それは政府が握る変容事件に関する極秘情報―――




 では無く。


 ただの他愛も無い世間話であった。




 福留には十四歳の孫娘がいて、土日になると色々と引っ張り回されるのだそうな。

 しかし先週は事件の所為で時間が取れず、孫娘が怒り散らしているとの事。

 複雑な年頃という事もあるのだろうか。

 いつも温和な福留が苦悶の表情を浮かべる程に凄い様だ。


 そしてきっと今週も忙しいのだろう。


 そうもなればまたキレ散らかすに違いない。

 そうさせてしまい孫娘に申し訳ないと嘆く普通の老人の姿がそこにあった。




 もちろん、福留が語ったのはこの程度の文字数では伝えきれるはずも無い程の悩みの数々。

 これにはさすがの勇も苦笑を浮かべるばかりである。

 母親は少し気持ちがわかるのだろうか、「ウンウン」と頷きながら静かに聴いていた訳だが。


「福留さんも大変ですねぇ~」


「いやぁ自分で言うのもなんですが、上司には絶対の信頼を得ていると自負している私も孫娘にだけは勝てません……」


 組まれた手の先からは溜息が「はぁ~」と堪らず漏れる。

 それ程までに恐ろしい相手なのだろう。

 

―――福留さんを負かせる程の孫娘ってどんだけ凄いんだ……!?―――


 もはや勇には想像すら付きはしない。

 ただただ畏怖だけが先行するばかりだ。


 そんな話も落ち着きを見せ、再び緩やかな会話の時が訪れる。


「そういえば福留さんの上司ってどんな方なんですか?」


 そうともなれば、勇からこんな質問が飛ぶ事も吝かでは無く。

 福留という存在が謎に包まれ過ぎているからこそ。


 福留の役職はわかっているが、その立場はと言えば未だわからず仕舞いだ。

 政府関係者として動くからには相応の立場なのだろうが。


「あぁ、それなりに偉い人ですよ、ええ」


 しかしこう訊いても、返ってくるのは大概こんな曖昧な答えばかりで。

 話してはいけない理由があるのか、それともまだ話すべきではないと思われているのか。

 なんにせよのらりくらりと躱されて、結局何もわからないまま。


 ある意味剣聖とも似た、見透かしにくいタイプであると言えるだろう。


「そうやって言葉を濁して……福留さん秘密多過ぎないですか?」


「ミステリアスな男の方がかっこいいと思うんですが、ダメですかねぇ……」


 そしてこの様に本質からどんどん離れて行き。

 こうもなるともう着地地点(答え)を聞き出す事も難しく。


―――やっぱりこの人は謎だ……―――


 最後にはこう思ってやまない。


 まるで掴み所の無い雲の様な御仁である。






 そんなこんなで話も続き、気付けばもう間も無く夜の七時という時間帯に。

 終始語り上手な福留のペースに乗せられっぱなし、二人とも時間も忘れて聴き入っていた様で。


 その時、玄関の敷地を踏む足音が僅かに聴こえ、勇達に時間の事を思い出させる。


「ただいまー。 どうも福留さん、遅くなって申し訳ない……」


「いやいや、どうもお邪魔しております」


 というものの、帰って来たのは父親の方だ。

 玄関へと上がり込む足取りは疲れを感じさせる程ふらふらで。


 案の定、馴れない満員電車は帰宅すら遅らせた模様。

 実の所、会社から駅までもが遠いともあって仕方の無い事ではあるが。


「さっきちゃなちゃん見かけたから、もうすぐ帰ってくると思うよ」


「あら、一緒に帰ってくればよかったのに」


「友達と一緒みたいだったからね、声掛け辛くてさ」


 そんな父親からの朗報に、勇も母親も思わず「お~」と漏らさずには居られない。


 あの引っ込み思案な性格だから友達も居ないのではないかとも疑っていた様で。

 しかしそれも要らぬ心配だったと母親は胸を撫で下ろしていて。

 勇もさっきの予想が勘違いじゃないとわかり、「ホッ」と一安心だ。


 そうこう話を交わしていると―――


ピンポーン……


 途端に屋内へ呼び鈴の音が鳴り響き。

 ふと父親が歩き様にリビングから外へ顔を覗いてみれば、軒先に佇むちゃなの姿が映り込む。


 藤咲家も一応は他人の家。

 さすがにまだ遠慮がちなのだろう。


 空かさず父親が手招きして家へと呼び込み。

 間も無くちゃなもが帰宅を果たす。


「た、ただいま……あ、福留さん」


「どうもちゃなさん」


 思いもしない相手の登場に、ちゃなの戸惑いは隠せない。

 聞かされていなかったのだから当然知るはずも無く。

 どうしたらいいかもわからず、目を丸くしながら玄関前で佇んでいて。


 勇達に手招きをされて初めてリビングへと足を踏み入れていた。


「早速で申し訳ないのですが、ちょっとお話があるので皆さん着席願えますか」


 四人が揃った所でどうやらようやく話が進む事となった様だ。


 福留の離席に合わせて勇も席を移動し始める。

 ダイニングテーブルには彼等なりの定位置があるのだろう。

 ちゃなも含め、いつも食事を摂る時と同じ席へと腰を降ろしていて。


 しかし食事の時とは違って、皆どこか神妙な面持ちだ。

 やはり政府関係者である福留の()という所には緊張を隠せない様子。


 その内容が変容事件に関する事であるのは明白なのだから。


「ではまず手始めに概要から。 これからは勇君とちゃなさんには非公式となりますが正式に政府からの要請を受けて頂く事になります。 内容は当然、『変容事件に関する問題解決』に関してです」


 その話題を前に勇とちゃなが小さく頷く。

 両親の方はと言えば応える様子は無い。

 まだこの様な形になる事には納得がいかない様だ。


「正直に言いますと、魔剣のノウハウは勇君達に一日の長があります。 加えてその道の達人である剣聖さんという方に扱い方を教えてもらった経歴もある事から、火急を要するこの案件ではお二人の力添えが最も有効的であると言わざるを得ません。 今何も知らない状態から魔剣使いを育成する猶予はありませんからね」


 例え剣の達人であろうとも、魔剣使いとして慣れていなければ魔者に傷一つ付ける事も叶わない。

 その事は不本意にも実証済みだ。


 だからこそ、もう既に実績がある勇達が戦った方が効率的なのである。

 勇から魔剣を取り上げて別の魔剣使いを一から育成するよりもずっと。

 もちろんそこには「本当はそうしたくない」という意思も添えての事だが。


「それにあたり、お二人には『政府との契約』という形で要請を行う事となりまして。 こちらが契約書類になります」


 その一言と同時に、机に置かれていた書類の束の一部を四人へと広げて渡していく。

 契約に関する説明文と、保護者のサインと朱印用の欄が設けられた書類だ。


 満を辞して手渡された書類には紙面を埋め尽くさんばかりの文字が羅列していて。

 思わず四人揃って目を凝らしてしまう程に。


「そこにはお二人が契約するにあたって政府から受けられるサポートと補償が記載されていまして。 要請の件だけに限らず、生活面でも手厚く補助していくつもりです」


 この間の突発的な要請ともなれば、また学校を休む事も充分にあり得る。

 それはすなわち社会的なペナルティともなる訳で。

 補助とはそれらを政府側からコントロールして不利が無い様にするという事である。

 〝要請〟するからこそ必要な対価と言えるだろう。


 そんな形になったのは福留の配慮の息が掛かっているからなのかもしれない。

 

「今までは非常時かつ暫定とした形での協力であった為、我々も大々的には動けませんでした。 ですが今後は政府がお二人を最大限にバックアップしていく事となります」


「バックアップ……?」


「ええ。 例を一つ挙げますと、戦闘時の自衛隊員等からの救援対応等、お二人を守る為に政府も全力を尽くすという事です。 例えば、緊急時の移動に交通規制を行ったり、緊急車両を手配したり。 この間の様にヘリコプターを手配する事もあるでしょう。 その様に可能な限りのストレスを排したサポートを行う予定です。 詳細は今お渡しした書類に目を通して頂ければと思います」


 勇もちゃなも難しい言葉が羅列していた事で読む事を諦めた様子。

 だが対面で座る両親はと言えば―――


 なまじ読む事が出来るからこそ、そこに書かれた文面に思わず目を丸くしていて。

 それ程までに書かれた内容が、一般市民である彼等にとって常軌を逸していたのだから。


「本音を言いますと、二人は我が国にとって大きな財産です。 絶対に失ってはならない存在という訳ですね。 だからこそ、上司からは相応の対応をとる様にと仰せつかっております」


「相応……?」


「ええ。 強いて例えるなら()()()()()といった所でしょうか。 もちろん世間の体裁や生活もあるので派手な事は出来ませんけどねぇ」


 その一言は勇の両親の思考を停止させるには十分で。


 言葉の意味がわからず首を傾げる勇やちゃなの前で、ただただ静かに唖然とするばかりであった。




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