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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第五節 「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」
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~憤怒 制止 無念を清算す~

 遂に勇が切れた。

 理不尽な敵意を向ける池上達を前にして。

 もはや福留に言いつけられた事など構う事も無く。


 目の前の敵意を振り払う為に―――その力を迷う事無く奮う。




 戦士とは、戦う為に常に進化し続ける者を言う。

 負ける事があろうともくじけず、敗因を追求して次に立ち向かう。

 相手が負けを認めない相手ならば、戦いの最中でも成長するだろう。


 その時勇が見せた構えは先日の素人の構えとは違う。


 肘を降ろし、両腕を正面に構えるその姿は―――まるでボクサー。


 そう、勇は学習(ラーニング)したのである。

 池上との戦いで、何がどう有効的に戦う事が出来るのかを。

 素人的な考えでは無く、池上というボクサーの在り方を客観的に考察して。


 そして今、こうして曲がりなりにも形に出来ている。



 

 それが出来る勇は紛れも無く戦士だったのだ。




 圧倒的な気迫を見せつける勇を前に、池上も、男達も身じろぐばかり。

 その迫力の正体を唯一読み取れる池上だけが、誰よりも強い反応を見せていて。


「ッ!? なんだコイツの―――ッ!?」


 それは周りの男達には聞こえない程の小さな声。

 勇が向ける意思に反応した、明らかな『畏怖』。


 池上光一は畏れを抱いたのである。

 目の前の藤咲勇という強大な相手を前に。


「ぐっ、クソッ……! お前等、やっちまええッ!!」


 それでも池上も収まりはしない。

 その内に秘めた怒りを体現するかの様な叫びがその場に木霊する。


 それがきっかけとなり、たちまち男達が雄叫びを上げ。

 己の手に握る武器を振り上げて勇へと襲い掛かる。


「「「うおおおおッ!!!」」」


 前後から囲む様にして。


 その勢いは留まる事を知らない暴徒の如く。

 もはや彼等も体裁など気にしない。

 世間体すらも。

 もしかしたらこの様な事をしたのも初めてではないのかもしれない。

 こうして集められたのはその様な人間達なのだ。


 その相手が普通の人間ならたちまち袋叩きにして事は終わるだろう。

 多勢に無勢、如何に強くとも囲んでしまえば抵抗すら許さないのだから。


 だが今回だけは違う。

 目の前の相手に敵意を向ける事自体が間違いだったのだ。


 そう言いきれる程に、勇はもう普通ではない。




 もう勇には何もかもが見えていた。

 ウィガテ王戦の時以上に。




 男達の動きはもはや当然の事。

 彼等の裂く空気の音も。

 筋肉の軋みの音も。

 地面を突く足音も。

 その振動も。


 当初は視覚だけだった感覚も更に研ぎ澄まされていて。

 今では聴覚も、触覚までもが意識するだけでハッキリと鋭覚化してたのである。


 しかも一切の雑多音(ノイズ)も無く。

 意思の乗った者だけの動きだけがハッキリと読み取れていたのだ。

 

 木刀が勇の頭上目掛けて振り下ろされても、見る事も無く紙一重で躱し。

 返しのたった一突きでその刀身は粉々に砕け散る。

 連なる様にして放たれた肘撃ちはその男の意識を一瞬で刈り取る程に強烈だ。


 間髪入れずに鉄パイプが襲い掛かろうとも。

 その柄を裏拳で殴るだけで、パイプだけが宙を舞い。

 その衝撃だけで奮った男の両腕が激しくしなり、その体をも弾き飛ばす。


 金属バットが振られれば、振った男はその目を疑う。

 バットの胴体を、勇の手刀が突き抜けて来たのだから。

 たちまちバットは真っ二つに千切れ。

 間も無く裏拳で軽く顎を打たれて意識を手放していた。


 懐に潜り込まんとナックルダスターを構えて走る者は悲惨だ。

 その拳に合わせて勇の拳が打ち込まれ。

 道具そのものが指を押し潰さんばかりにひしゃげて手の甲をも粉砕する。

 邪魔だと言わんばかりに腹を蹴り上げられ、空へと舞いながら。


 ナイフを取り出した者さえ居た。

 だが命力で鍛えた手刀はもはや鉄すら切り裂くほど。

 一瞬にして刃をへし折る事は愚か、奮った本人の胸に追撃の肘撃ちを見舞っていて。

 ナイフを刺した事よりもずっと重い、呼吸困難にまで至らせる。


 男達の攻撃が全く当たらない。

 それどころか武器は次々に破砕され、無為に消え。

 間髪入れずに襲い掛かったのにも拘らず、次々と地面に崩れ落ちて行く。




 圧倒的だった。




 勇たった一人が、二十人近い暴漢達をあっという間に叩き伏せたのである。


 それでも勇は余力を十二分に残したままだ。

 何もかもが見えていて、感じ取れて。

 今まで以上に力が迸っていたから。


 抑える事を忘れればこれほど自由に動けるのかと思える程に。


 実際、勇の動きは先日の池上との戦いの時とはほんの少し違う。

 以前は威力を増させようと拳や足に力を込めていて。

 その結果、アスファルトを砕いたり、素人の拳で池上を堕とす事が出来た。


 でも今回特に篭めたのは―――肘や膝、腰などといった関節部。


 各所のスナップを利かせる事でより柔軟に、より威力を持たせた一撃を放つ事が出来るのである。

 勇の全身が煌めいたのもそれが要因だ。


 今の勇の身体状態は言わばこうである。

 自身の本来の動きに加え、命力という高出力のモーターを搭載して駆動する機械。

 そこに命力そのものの強靭さを加えれば、自身を鋼鉄にしたも同然。


 すなわち、今の勇は強力な戦闘スーツを纏った様なもの。

 更に機械の様な隙も死角も無い。

 生身の人間では勝てるはずも無い相手なのだ。


 そして見せた動きは実に軽やかかつ無駄が無く。

 何もかもが意味を持つかの如き鋭さで。

 襲い掛かった全ての男達を、その力を奮って一撃で叩き落したという訳である。

 たった一人、池上を除いて。


 命力が伴わねばダメージを与える事が出来ない魔者相手ならいざ知らず。

 素手でもダメージを与える事が出来る人間であれば、この形がベストだと言えよう。


―――まだ命力の練習台だと思った方が気が楽だ―――


 もう勇には目の前に転がる者達がその程度にしか思えなかったのだ。

 その程度の相手でしかなかったのだから。


 今の戦いは、集団の魔者に囲まれた時を想定した闘法。

 つまり、これから先ありえるかもしれない戦いに向けた予行練習(リハーサル)と化したのである。


 予想もしえない惨状に、池上ももはやたじたじだ。

 例え一人一人が喧嘩馴れしていなくとも、数が集まれば圧倒出来るとでも思っていたのだろう。


「クッソ!! コイツラ使えねぇ!!」


 しまいにはそんな事まで吐き捨てていて。


 それが勇に募った怒りを更に焚き付ける。


「だったらお前が掛かって来いよ。 なんでどいつもこいつも他人任せなんだよッ!!」


「うああっ!?」


 もはや勇の怒りは留まる事を知らない。

 理不尽な事ばかりを宣う者達への怒りが。


 先輩に言われた事もそうだ。

 こうして池上が無関係の人間を集めた事も。


 そして、今は瀬玲に頼る事しか出来ない自分の事も。


 そこから生まれた怒りが、憤りが、悔しさが。

 勇を更に昂らせ、その声にこれ程無い威圧感を纏わせる。


「血祭りにするんじゃなかったのかよ……! ボコボコにするんじゃなかったのかよ……!!」


「あ……ああ……」


 一対一となった今、彼等を止める者は誰も居ない。


 勇が睨み付けながら一歩を踏み出し続け。

 池上が堪らず後ずさる。

 圧倒的な存在を前に、もはや怯えを隠す余裕すらありはしなかった。


「お前がやってみせろよッ!! 口だけで咆えるんじゃねぇよおッッッ!!!!」

「う、うわああーーーーーー!!」


 その時、勇の怒声が引き金となって。

 池上が遂にその拳を奮う。


 だがその一撃は素人かと思える程の振り被り。

 もはやそこにボクサーとしての威厳は微塵も無い。


 そんな見え見えの大振りを躱す事など造作も無く。

 勇は流れる様に―――自ら迫り来る池上の肩を軽く「ポンッ」とただ押すのみ。


「ひいっ!?」


 たったそれだけでも池上の恐怖心を煽るには十分だった。

 驚く余りに、まるでカエルの様に跳ね上がっていて。

 それだけに留まらず勢いのままに背後へよろめいていく。


 しかしそんな彼の動きはたちまち塞き止められる事となる。

 その背中が付近にあった小ビルの壁を突いていたのだ。

 これはアウトボクサーとしては致命的な、空間把握不足。


 池上は勇によって完全にコントロールされていたのである。

 まるでその掌で転がされたかの如く。


 その事実を認識した時、池上は理解する。

 〝目の前に居る男には手を出しちゃいけなかったんだ〟と。


 そう、本能が告げていた。


 きっとそれは先日倒された時からずっと告げていたのだろう。

 でも池上がなまじ強かったから気付けなかったのだ。


 そして今、全てを理解する事となるだろう。

 その視界で一瞬にして迫る勇の怒顔を前にして。


「ヒャアーーーーーーーーー!!?」


 その一瞬で池上は勇の力の一端を垣間見る事となる。


 全ての力を込めた渾身の正拳突きを以って。




ドッゴォォォンッッッ!!!




 その時、大地が揺れた。

 勇の打ち抜いた拳がビルを揺らしたのだ。

 池上の顔側面スレスレを通り過ぎて打ち抜かれた拳が。


 それだけではない。


 たちまち突き刺さった勇の拳を起点として、壁に亀裂が走る。

 まるで蜘蛛の網の様な、人一人二人を包み込める程の巨大な亀裂跡を刻み込んだのだ。


 それ程の威力。

 それまでの破壊力。


 勇の持つ命力はそれを可能にする程のポテンシャルを秘めているのである。


 これにはもはや池上も成す術は無い。

 人知を超えた一撃を前に、ただ茫然とする他無く。

 そのままぺたりと地面に尻餅を突いていて。


「はーっ、はーっ……!!」


 目には薄っすらと涙が浮かび上がり。

 たちまち荒い息継ぎが過呼吸気味に続く。

 極度の緊張は呼吸すら忘れさせていた様だ。

 

 勇が拳をずらしたのは一瞬の迷いがあったから。

 先程の男達と違って、もはや池上に強い敵意も無く。

 委縮した相手を叩きのめしたいと思うほど暴力に飢えている訳でもない。


 ただ、こうも思う。

 〝もしこのまま見逃せばまた復讐しに来るかもしれない〟と。

 そんな考えが、再び勇の拳を振り上げさせる。


 「こんな奴もうどうにでもなればいい」、そんな想いを過らせながら。




「待つんだっ!!」




 だがその時、二人しかいないはずの場に何者かの声が響き渡る。

 低くともしっかりと地に付いた、焦りを伴う一声が。


 ふと勇が、池上が声のした方へと振り向けば―――そこには大柄な男が立っていて。


 それは先程勇が倒した男達とは違う、とても真面目そうな成年男性。

 歳は四十代ほどだろうか。

 角刈りに角ばった面立ちと厳ついが、体は低くて比較的丸め。

 纏ったウィンドブレーカーが彼を何かのスポーツの類を嗜んでいる事を暗に悟らせる。


「君、待ってくれないか。 後はどうか私に任せて欲しいんだ」


 それよりも何より、男からは敵意を感じない。

 それどころか、とても申し訳なさそうに眉を下げて唇を震わせていて。


「あ……オーナー……」


 どうやら池上の知っている人物の様だ。

 しかしその目は丸くなっていて。

 ここに居るのが不思議でならない様子。

 

 そう、彼は池上が通うボクシングジムのオーナー。

 プロボクサーを目指す彼を支える人物なのである。


「コウのやった事は一部始終見ていた。 本当にすまないと思っている。 取り返しがつかない事だとも。 だがこの通りだ!!」


 途端、男が勇へと深々と頭を下げ。

 これでもかという程の謝意を見せつける。

 きっと体もこれまでにない程に強張らせているのだろう。

 手足が僅かに震えている様だ。


 とはいえ勇もその態度にはまんざらでも無かった。

 気付けば振り上げていた拳も既に下がっていて。


「君が思う事は百も承知だ! でもこの場は穏便に留めたいんだ。 もちろん、彼等や壁の処置は全部私が責任を負う! 君には一切迷惑を掛けない! だからどうか聞き入れて貰えないだろうか……」


 確かに池上の行いは許される事では無い。

 本来であれば警察沙汰。

 最悪の場合、逮捕もありうる。


 でも勇にはそんな事どうでも良かったのだ。

 ただこんな事が起きなければそれだけで。

 今回は振り掛かった火の粉を払ったに過ぎないのだから。


 それに男の態度も誠実で。

 勇の怒りをなだめるには十分な程に。


 だからもう勇から闘志は消えていて。

 自然と、男へと小さな頷きを見せていた。


「―――いいですよ」


「おお、本当かい!? すまない、恩に着る! 本当に申し訳なかった……!!」


 勇の肯定がたちまち男に喜びをもたらした様だ。

 有り難いと言わんばかりに、上げようとしていた頭が再び深々と下がっていて。

 しきりにペコペコと動くものだから、勇としてもどこかこっ恥ずかしい様子。


 大の大人にこうまで謝られた事など無い訳で。

 居たたまれない気持ちが堪らず彼から視線を逸らさせる。


「もうこれ以上俺に関わらない様に言っておいてくださいよ」


「わかった。 そう言い聞かせておく!」


 勇もすっかり落ち着いたのだろう。

 地面に転がった()()を前に「やり過ぎたかな」などと思える程には。

 

 勇の予想以上に、今繰り出した闘法は圧倒的な威力を誇っていた。

 体の動きの刻み方も、鋭さも威力も何もかも。

 もしかしたら相手が本物のプロでもこうやって叩き伏せる事が容易なのでは無いかと思える程に。


 試しにやってみた事がこうも上手くいけば、嬉しくもなるもので。

 そう想いから自然と拳を握り締める姿が。


「と、所で君強いね。 ボクシングとかやるつもりは―――」


 どうやらそんな姿を男も見ていた様で。


 ついつい誘ってしまうのも無理は無い。

 それ程までの力を見せていたのだから。

 「彼は無類の天才では無かろうか」と思わせる程に。


 とはいえ、勇はボクシングになど興味は無い訳で。

 それに福留に言いつけられている事もあるからこそ―――


「すんません、興味無いんで」


 今の勇にはそう答えるしか道は無く。

 たったそれだけを言い残し、その場からツカツカと立ち去って行ったのだった。




 残された男はと言えば、池上の下へと歩み寄っていて。

 地面に尻餅を突いたままの池上の傍でそっと屈み込む。


 しかし怒ってる節も無く、どうしたものかと眉間を寄せるばかりだ。


「さて……コウ、どうしたもんかなぁこの惨状」


「ず、ずびまぜん俺、どうじでもあいつ許ぜなぐで……」


 池上の顔は既に涙と鼻水でズルズルだ。

 見るも酷く、醜い程までに。


 勇という恐怖の対象から解放されて。

 また、男の謝る姿を見てしまったから。

 抑圧された感情からの反動で感極まってしまったのだ。


「コウよ、俺ぁお前が小さい頃からずっと出来る奴だと思って付きっきりでお前を支えてきたつもりだ」


「うう……」


「お前は世界を目指せる、そう思ってきたんだが……お前の世界ってのは、子供の世界なのかよぅ?」


 でもそんな池上を前に、男は優しく語り掛ける。


 きっと彼は池上にとっての親みたいな存在で。

 小さい頃からずっと池上と共に暮らしてきたから。


 池上もその事を理解しているからこそ―――


「ぢ、ぢがっ―――」


「お前が大人の世界の頂点を目指すならよぉ、お前が大人にならなきゃ目指すものも目指せねぇよ、なぁ?」


「は、はい……」


 気付けば、さっきまでいきり立っていた姿はもう既にどこにも無く。

 トレーナーと選手という、師弟関係の間柄らしい雰囲気を纏っていて。

 男もまたそういった道を長く歩んできたからこそ、この様に接する事が出来る。


 池上(弟子)のやった事の責任を取る事くらい、彼にはきっと苦では無いのだろう。


 男がそっと池上の肩を叩く。

 じんわりとした暖かみを持った大きな掌で。

 まるで励ますかの様に。


「彼、強かったなぁ。 彼みたいに強くなりたいだろう?」


「な、なりだいっ! なりだいでず……ッ!!」


「なら強くなれ。 今は無理でもよ、まずは全てを清算して、な?」


「あ"い……!!」


 例え未遂に終わっても、池上がやろうとした事は犯罪だ。

 それをうやむやにしようと思う程、男も歪んではいないのだろう。

 勇に誠実な謝意を見せられる人物なのだから。






 こうしてオーナーと呼ばれた男が全ての責任を取り。

 勇には何も影響を及ぼす事は無かったのだという。

 当然、池上からも、そして叩きのめされた男達からも。


 その後流れた噂によると、池上はこの直後に自主退学して今年プロボクサーになる事を断念したのだとか。

 未遂に終わった暴行事件の責任を取る形で。


 なお、それから一年後、池上は栄光を掴む為に再起する事となる。

 今度は真面目に、ひたむきに。


 でもそれはまた()の話で語るとしよう……。




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