~黄昏 苛立 力の在り方~
勇が一人、街を行く。
行く宛ても無いままに。
勇が住むこの街は東京の外れともあってそれなりに栄えていて。
白代高校への道程から少し外れれば大きな国道があり、多くの店が軒を連ねている。
特に際立つのが、道路を挟んで向こう側にそびえるショッピングモールだ。
その建屋は白代高校の校舎から見てもハッキリとわかる程に大きい。
モールともあって当然、中に入った店は多種多様。
ショッピングに限らず、ゲームセンターや映画館といった娯楽施設も完備である。
それに加えて高校から近いともあって、下校の際に寄る生徒も少なくはない。
夕方ともなれば当校の制服を纏った子供が目立つ様になる。
気付けばそんな建屋へと、勇は訪れていた。
「はぁ……」
建屋を前に、溜息が止まらない。
それというのも当然、心輝や先輩との確執による気落ちが未だ尾を引いているからだ。
だからこうやって気晴らしにとモールに訪れた訳なのだが。
「なんかいい映画とか無いかな……」
いくら勇でも映画一回分を観るくらいの小遣いくらいは持ちあわせている。
例え映画でなくても、欲しい物が見つかればそれでいい。
何でもよかったのだ。
気晴らしになるならそれで。
ただ、ここは奇しくも来慣れた場所で。
小さい頃から何度も訪れているから、やり尽くした感は否めない。
そんな彼が建屋内をうろついても、目に付いた店舗を前にそのまま歩き過ごしてしまうだけだ。
「やりたい事なんてそう簡単に見つからないよなぁ……」
結局何も見つからないままただただ歩き続け。
ものの三十分程で、勇は建屋の外へと足を踏み出していた。
たった一つ歩道を越えれば周囲はまたいつもの街並みに。
ここから勇の家へは歩いておおよそ十五分。
そんな事もあって、住宅街から歩いて通う者も少なくはなく。
勇の姿が紛れる程に、道を行く人の数は多い。
こうして歩いて通う事が出来るのも、今の立地が恵まれているからこそなのだろう。
とはいえ、そんな活気に溢れた道もほんの少し外れれば途端に人気を失うもので。
気晴らしの延長で、家に帰らずに大通り沿いを歩き続けてみたのだが。
気付くと周囲に興味がありそうな店が全く見えなくなり、道行く人もまばらとなっていて。
そんな光景を前にただただ立ち尽くし。
道路向かいにそびえ並ぶ街路樹を見上げる。
この場所には滅多に訪れないともあって、余計気になったのだろう。
街のシンボルとも言えるその樹はビルを覆い隠す程にとても雄大。
それが先に連なるコンビニチェーン店などよりもずっと強く気を惹いてならなかったのだ。
「……帰るか」
そしてそれを最後に、勇は踵を返す。
陰鬱な気も退屈も、その樹を見るだけでは紛れるはずも無いのだから。
これなら家に帰って家事をした方がマシ。
そう思えてならなかったのだ。
その方がずっと落ち着けるのだと。
だが勇は気付かない。
そんな行動の一部始終を遠くから眺めていた者が居た事に。
彼を落ち着かせまいとせんばかりに不穏な空気を纏いながら。
勇の歩みはどうやら隣街にまで届いていた様だ。
これには「ちょっと行き過ぎたな」などとぼやきが漏れていて。
見慣れた景色の訪れに、ほんの少しだけ心が浮き上がる。
それが普段は通らない道へと足を踏み入れさせていた。
とはいえ小さな頃から住んでいるので知らない道でも無い。
いちいちモールまで戻って迂回する様な面倒な事をするはずも無く。
それにこのまま住宅街へと向かえばすぐにでも家に着くのだから。
でもその選択が、勇に不運を呼び寄せる事となる。
そこは人通りの殆ど無い道。
住宅街と繁華街の外れで。
人の営みはあっても閑静で出歩く者の姿は全く見えない。
しかしそれが勇にとある事を気付かせる。
人が居ないはずなのに、背後から足音が聴こえたのだ。
しかも一人では無く複数人。
それもまばらではなく、纏まった様にして。
勇が咄嗟に振り向けば、そこには不運の根源が。
なんと、十人程の若い男達が列挙して歩いていたのである。
その身なりはあからさまに一般人のそれではない。
派手でラフな格好の者やツナギを着込んだ者。
髪も黄色や青や紫と、派手に飾っていて。
銀色のアクセサリーをジャラジャラと肌に沿わせている。
存在そのものが既に異様だ。
「お、気付いちゃった? ハハッ」
おまけにそんな一言を誰かが放ち。
揃って「ニタニタ」といやらしい笑みを浮かべる。
だが顔に覗くのは、決して友好的とは言い難い程の―――敵意の瞳。
しかも彼等だけでは無かったのだ。
まるで勇を挟む様にして、反対側からも同数程の男達が姿を現したのである。
二度ある事は三度ある。
その状況を前に、そんな言葉が勇の脳裏を過ってならない。
―――今日は散々だ。 いっそ寄り道せずに帰れば良かった―――
この様な後悔の念と共に。
でも決して勇は恐れていた訳では無い。
ただただ面倒だと思っただけで。
こんな無意味な騒動を引き起こす程に暇な奴は誰なのか、と。
その時、まるでそんな勇の想いに応えんばかりに一人の男がチラリとその姿を晒す。
それは池上。
先日勇との騒動で二撃の名の下にKOされた男だ。
池上の登場が奇しくも勇に今の状況を悟らせる事となる。
〝きっとこれは復讐なのだろう〟と。
「オイ藤咲ィ、一昨日はてめぇ、よくもやってくれやがッたな……!!」
どうやら丁寧に名前まで覚えたらしい。
おまけに勇の誤解では無いと言わんばかりにしっかりと説明まで付けて。
「オメーはこれから血祭りにすっから。 ボッコボコにして泣いて喚いても許す気ねーからよ!?」
池上だけでは無く、周囲の男達ももはや乗り気だ。
途端に木刀や鉄パイプ、ナックルダスターまでをも取り出していて。
そんな集団の中で、池上が怒りに任せて咆え散らかす。
今にも飛び掛からんとせんばかりの剣幕で。
だが、それに対して勇は至って冷静だった。
ただただ静かに、落胆のままに深く息を吐き出していて。
「その後も人の事散々コケにしやがって……!! おぉ? テメェ自分がどんだけ俺の事怒らせたかわかッてんのかよ!?」
それは勇も与り知らぬ事だ。
でもそんな言い訳をするつもりも、聞き流すつもりももはや無い。
「この人数を前にして勝てるなんて思うんじゃねぇぞ、オイコラ聞いてんのか!?」
決して聴いていない訳じゃない。
ただ、深く深く息を吐くままに空を見上げていて。
たった一つの事を考えていただけだ。
「この堪らない怒りをどうやってコイツラにぶつけてやろうか」、と。
勇は冷静でも、憤っていたのだ。
それは今朝からの延長。
心輝に怒鳴られて、剣道部の先輩に煽られて。
そこから生まれた怒りが燻ったまま、こうして理不尽に因縁付けられた。
だからもう、勇に止まる理由などありはしない。
「ははっ、こいつビビってんじゃね!? マジで―――」
「ごちゃごちゃ煩ぇよ……いいから掛かって来いよ……!」
もう、勇に自身の昂りを抑える理由など―――ありはしない。
途端、勇の身体周辺の景色が歪む。
まるで陽炎の様に、ゆらゆらと揺らめき始めたのだ。
それは命力。
全身に駆け巡らせた事で、今こうして体表から溢れ出たのである。
決してその量は多いとは言えない。
成長しているとはいえ、微量である事には変わりないのだから。
剣聖やちゃなが見せたそれとは比べ物にならない程に。
ただの陽炎かと思わせる程に。
でもその陽炎すらも、男達にとっては異様そのもの。
まるでそれは闘気の如く。
滲み出す戦意として、それを見た者達をこれと無い程に威嚇したのである。
その時、男達は何を思っただろうか。
目の前に居るのは普通の子供だとでも思ったのだろうか。
否。
本能が彼等の思考を抑えて離さない。
目の前に居るのは決して〝子供〟ではないのだと。
それでも彼等は格闘技を極めた訳でもなければ戦いに身を投じた事も無い。
戦いに関しては素人も同然なのだ。
だから勇の放つそれが何なのかは本能が告げていても理解りはしない。
ただ唯一、池上だけがその気迫とも言える存在感を前にたじろぐ。
彼だけがその道に踏み入れ、極めようとしている者だからこそ。
「俺は今すげぇ気が立ってンだ……!! それでもやるってなら―――」
そして遂に勇の中で何かが切れた。
理不尽にも敵意を向ける相手を許すつもりはもう無い。
今の彼等は本能のままに秩序を壊すただの獣。
魔者と何ら変わりはしないのだ。
だからこそ、勇はもう―――容赦はしない。
「―――もうどうなっても知らないぞッッッ!!!!」
握られた拳を大きく広げ、その身を闘志で滾らせて。
与えられたその力をただ、奮うのみ。




