~理由 勇退 静かに歪みて~
校内に昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響き。
たちまち教師が授業の終わりを宣言する。
すると途端に心輝が立ち上がり。
話し掛ける間も無く教室から走り去っていく。
当然、勇には目も暮れないままに。
もはや取り付く島も無い。
勇はただただ苦悶の表情で後ろ姿を追う事しか出来はせず。
ただただ暗い溜息が溢れるばかりだ。
「アイツ昨日、勇の事凄い心配してたのよ?」
そんな気落ちを見せる勇の傍に瀬玲が歩み寄っていて。
そこで初めて聞く事情が更なる落胆を呼び寄せる。
気付けば項垂れる様に頭をガクリと落とす勇の姿が。
「そっか。 俺、そんなにないがしろにしてるように見えたかな……」
「そんなんじゃないよ多分。 結構アイツも統也の事とか一杯一杯だったし」
幼馴染ともあって、瀬玲にはそんな感情も読み取れたのだろう。
傍に置かれた机に腰を当てながら知る限りの事を語り始めた。
なんでも、心輝は一昨日に勇達と別れた後から何度もメッセージを入れようとしていたのだとか。
そこは瀬玲が制止した事で送る事も無かった訳で。
結局一つも入れなかったという事は、ずっと送る事を憚れていたからなのだろう。
昨日も勇の登校を待っていたり、授業が始まった後も席をしきりに見ていたなどしていたそうで。
最後には「アイツ、変な事してないよな?」なんて事も漏らしていたのだという。
そして悩んだのだろう。
自分が蚊帳の外に居るのではないかと。
まだ統也の死を告白されてから二日しか経っていない。
気持ちが整理しきれていない中での出来事だったから。
そこから生まれた不安が懐疑を呼び、疑念が誤解を作り上げた。
本当なら隠している事も大した事は無いかもしれないのに。
世界の急激な変化は人々に多大な不安を呼び込んでいて。
忘れた様で忘れられない出来事が人知れず歪みを生む。
心輝もきっとそれに囚われてしまったのだろう。
彼もまた、ただの少年に過ぎないのだから。
「アイツは私が宥めておくからさ、勇は適当に―――ううん、シンが納得出来る様な説明とか言い訳を考えておいてよ」
「セリ……ごめん、お前が一番辛いハズなのにさ」
そしてそれは瀬玲も同じだ。
でも気丈で心が強いからそれを見せないだけ。
だからこそこうして勇は瀬玲を信頼出来る。
数少ない女友達であると同時に、腹を割って話せる相手だから。
互いに弱みを見せる事も、こうして守り合う事も出来るから。
統也とは違った憧憬の念を持つ心強い親友なのである。
「私はいいの、もう振り切ったから。 でも勇はいきなり居なくなったりしないよね?」
「うん、俺はずっといるよ」
瀬玲の一言はまるで事情を知っているかの様に的を得ていて。
でも不思議と勇は落ち着いてそう返す事が出来ていた。
これから勇には福留から正式な仕事の依頼が来る事になるだろう。
そうなった場合、生き残れるという確証はどこにも無い。
まだ彼自身も未熟で、戦いそのものに馴れきった訳ではないから。
それでもこう答えられたのは、勇にもなんとなく瀬玲の不安が見えたからだ。
〝統也と同じ様に勇も消えてしまうんじゃないか〟、と。
だから勇はこう思う事が出来る。
〝絶対に居なくならない〟と。
それは決して自分が生き残りたいという想いからではない。
統也が言い残した〝守ってやれよ〟という一言が深層心理に根付いていたからである。
もう既にその一言は雑多の言葉の中に掻き消えて記憶には無い。
でも確かに勇の根底には残っていたのだ。
〝守りたい〟という強い想いが。
ちゃなを、心輝を、瀬玲を、あずーを、家族を。
自分を取り巻く人々を守り続ける為に、死ぬ訳にはいかないのだと。
「それじゃ、それとなく言い訳は考えてみる。 正直自信無いけど」
「アンタ嘘付けないもんね。 絶望的なまでに」
「それは仕方ないだろぉ、そういう性格なんだよ。 でもお陰で―――あ、いや」
「……ふぅん」
こうしてまたしてもうっかりと喋ってしまいそうになっていて。
それが堪らず瀬玲の「ニヤニヤ」とした嘲笑を呼びこむ。
そんな仕草が勇に〝本当に彼女は何でもわかっているんじゃないだろうか〟と思わせてならない。
だがそれは勇が気付いていないだけだ。
僅かに自身の鼻が伸びていた事に。
瀬玲からしたらもはやバレバレな訳で。
「と、とりあえず、ちょっと用事があるから行くよ」
「ん、わかった。 んじゃよろしくー」
勇がすっくと席を立ち、苦笑を浮かべつつもその場を後にする。
瀬玲がいじらしい笑みを浮かべながら手を振って見送る中で。
言った通り、勇にはこの後成さねばならない事がある。
今やらねばならない、とても大事な事が。
決して誤魔化しではない事を補足しておこう。
とはいえ―――
「ふぅん、田中さんと随分仲良くしてるんだぁ~、へぇ~」
ここにもまた一つの誤解が爆誕していた事を、勇が知る由も無い。
◇◇◇
勇が向かったのは職員室。
先日の様なカウンセリングで呼び出された訳ではない。
勇自身に用があったから赴く事となったのだ。
用があったのは他でもない―――剣道部の顧問の所である。
「先生、ちょっと相談があるんですが」
「どうした藤咲?」
突然の訪問に、顧問も思わず首を傾げていて。
しかし勇の神妙な面持ちを前に何かを悟ったのだろう、静かに部屋の奥へと指を差す。
その先にあるのは先日も利用したカウンセリングスペースだ。
今はもう利用している人は居ない様で、誰かが話している様子は無い。
恐らく先日の内に対象者全員と話を終えたのだろう。
二人がそこへと身を埋め、椅子へと腰を掛けて対面する。
ちょっとした個人面談の場としても有用的な様で。
「それでどうした?」
「えっと、凄く言いにくいんですが……」
するとその時、勇がブレザーの内ポケットに手を伸ばし。
そこから取り出した物を目前の机へとそっと置く。
顧問に差し出す様にして。
それは……『退部届』と書かれた一枚の紙であった。
「なっ……」
これにはさすがの顧問も驚きを隠せない。
何せ勇は剣道部の主力。
実力で言えば部長だった統也の次、すなわち現エースなのである。
その勇が抜けてしまえば戦力的にはガタ落ち。
去年の様な成果を出す事は絶望的となるだろう。
でもこうしなければならない。
勇には理由があったからこそ、今こうやって面と向かっているのだ。
「すいません。 やっぱり俺、統也の事引きずってるみたいで」
「そうか……そうなんじゃないかとは薄々思っていたけどな」
顧問もこうなる事はなんとなく察していたのだろう。
勇と統也が親友同士で相当仲が良い事を顧問が知らない訳も無く。
その親友との思い出が深い剣道部に残り続ける事は精神的負担が大きい。
そんなもっともな理由を出されれば反対する事も出来ない訳で。
先日学校を休んだ事ももしかしたらそれに拍車を掛けていそうだ。
「わかった。 皆には私から伝えておくから安心していいぞ」
「わかりました、ありがとうございます」
ほんの少し頑なではあったが、伝える事は伝えきり。
顧問は「行ってもいいよ」と言わんばかりの頷きを見せていて。
勇はそっと会釈を向け、足早にその場を去っていった。
後に残された顧問はと言えば……深い深い溜息を零していた訳であるが。
勇の退部理由は決して顧問に言った通りの事では無い。
では何故そう言い切ったのか。
それはそう言う様にと、福留から言いつけられていたからである。
全ては勇が嘘を付けないからこその入れ知恵。
本当の理由を話す事が出来ないが故の。
勇が退部を決意するに至った真の理由―――
それは先日のフェノーダラからの帰宅時に交わした福留との約束が発端だった。
――――――
――――
――
―
「勇君、ちゃなさん、君達に少しお話しておかないといけない事が有ります」
それは太陽が輝きを失いそうな、空に白が浮かび始める時間帯の事。
勇の家の前に辿り着いた時、福留が途端に二人を降ろす前にそんな話を切り出してきたのだ。
それが〝福留〟からではなく、〝政府〟からの話である事は容易に察せる事で。
それに気付いた二人も、静かに聞き耳を立てていて。
「いいですか、この件は当然他言無用にお願いいたします。 君達の存在は非公式でなければならないので。 漏洩した場合は……わかっていますね?」
これは以前の帰りの折にも言われた事だ。
しかしそう語る口調は以前よりも一層の厳しさを孕んだもの。
福留の面持ちも普段見せない真剣味を帯びる。
何故なら、これから勇達が交わすのはただの口約束ではないからだ。
何でも、これはいわゆる国との契約上必要な「約束事」なのだという。
勇達が魔剣使いとして政府と正式に契約する為の。
余計な混乱を引き起こさない為の情報漏洩防止策の一環なのである。
「それと、凄く残念な事なのですが。 お二方には部活動を辞めて頂きます」
「えっ、なんで……!?」
政府とのお約束、それは十分理解していたつもりの二人。
しかし今この時放たれた事には疑問を隠せない様子。
勇にはその一言がショックだったのだ。
魔剣使いになった事で身体能力を向上させる事が出来て。
それをもし剣道で生かせれば、前大会よりももっと優秀な成績を収める事が出来るかもしれない、そう思っていたからだ。
でも途端の退部勧告。
それに抵抗無い訳が無かったのだ。
それはきっと彼なりのおごりがあったからなのだろう。
自分に与えられた力を、優位性を便利に使いたいという想いから生まれたおごりが。
けれど真意を聞けばきっとまともなスポーツマンなら誰しもが納得する理由な訳で。
「それはお二人が『フェア』ではないからです。 魔剣使いとなって身体が強くなっている今、他の方の不利は免れませんから」
そう、二人は今や〝普通〟ではない。
それがまだ常識的な範疇での成長ならまだ誤魔化す事も出来るだろう。
だが二人の、特に勇が見せた身体能力はもはや人間のそれを超えている。
平均的な高校生は愚か、もはやプロスポーツ選手すら真っ青な動きを見せていたのだから。
池上を倒した時もそうだ。
新人王候補の一人とまで言われた池上を勇は一瞬で大地に沈めた。
例えプロ選手でなくとも、プロになってすぐに日本ランキングを狙えるとまで言われていた存在を。
ボクシングに関してはズブの素人である勇が、である。
ちゃなも同様だ。
そのポテンシャルを勇以上に秘めているからこそ。
二人が命力という驚異的な力を得た今、もはや常人とは比べてはいけない領域へと足を踏み入れていて。
それを知らぬ者との場に持ち込んだ時、それはもはやスポーツではなくなる。
ただのワンサイドゲームへと形替わるのである。
「なるほど、俺達はもうスポーツマンシップを語れないって事なんですね」
「そういう事です。 それに、強くなった勇君が部員にその力を見られても怪しまれそうですしねぇ」
時に道具が制限され。
時に薬物が禁止され。
時に食事も抑圧される。
スポーツの世界はフェアであらんが為に未だ多くの禁止事項が生まれ続けている。
勇達の命力もまたその一つとなりうる力だ。
それはもはや、世間に知られていないだけの―――ドーピング行為と何ら変わりはしない。
そんな命力を使って誇っても、スポーツの世界では何の意味も成さないのである。
むしろそれが発覚した時、きっとその世界は行使した者を徹底的に拒絶するだろうから。
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――――――
これが勇達と福留が交わした約束。
勇達がスポーツマンとしてではなく、人としてフェアであり続ける為に。
そして勇達もそれに気付いたからこそ受け入れたのだ。
その後、勇は福留からとっておきの言い訳を伝えられ。
忘れない様にとその日の内に練習を繰り返した。
こうして今、顧問へと伝えられたという訳である。




