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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第五節 「交錯する想い 友よ知れ 命はそこにある」
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~昂り 切情 かくも御せぬ~

ウィガテ族との戦いを終え、無事勝利する事が出来た勇達。

大地の楔を返納し、再び日常へ戻っていく勇達であった。

しかし今度は日常の方が妙な動きを見せていた……。

 ウィガテ族との戦いを終えた翌日。

 そんな戦いの事など露知らず、街にいつも通りの朝が訪れる。


 当然、激戦を制した勇とちゃなにも等しく。

 戦いで勇が負った傷は、青あざが出来る程度と大した事は無かった様だ。

 ほんの少し痛みはあっても日常生活を送るには申し分無い状態だったそうな。

 命力のお陰で体力が向上したからだろうか、翌日には二人とも元気そのもので。


 お陰で再び揃って登校する姿を見せる事が出来ていた。


 そんな二人がいざ見回してみれば、街はなんて事のない以前の様相のまま。

 会社員や学生が街を行き、車が行き交う、そんな千差万別の営みが垣間見える。

 変容事件が起きた事などもはや記憶の彼方なのだろうか。


 先日の戦いの事は愚か、まるで渋谷の事など知らないのかと思える程に。

 



 いや、実際知らないのだろう。




 テレビやインターネットでは未だ魔者に関する情報は流れていない。

 せいぜい『噂の怪物騒動』などといった特番が組まれたり、信憑性に乏しい動画が投稿される程度である。

 しかしいずれも視聴率は下火、興味を持つ者はいても騒がれる程では無かった様で。


 それというのも、既に世間では『怪物騒動は噂や都市伝説(作り話)』という話が出始めていたからだ。


 確かに無数の人が消えたという事件そのものは奇怪だっただろう。

 でも怪物騒動はその事件に尾ひれが付いただけに過ぎない。

 つまり、誰もが「誰かが流した蛇足」だと思い始めていたのである。

 自衛隊の攻撃行動も含めて。


 人というのは実際に遭わなければ実感など湧かないものだ。

 例え多くを知る事が出来る情報社会となった今でも、なおデマやフェイクが行き交っている。

 それに騙され、先導される者が多い昨今で、今回の様な情報に疑念を持つ者も少なくは無かったのだろう。

 それだけの特異性を放っていた事には間違いないのだから。


 もちろん、勇達の様に事件に遭遇しながらも生き残れた者は僅かながら居る。

 しかし彼等も秘密裏に保護され、情報を秘匿されたままだ。


 何せあれだけ恐怖を振り撒いた相手から逃げおおせた訳で。

 日常生活に支障をきたす程、心をすり減らしていてもおかしくはない。

 勇が福留から聞いた所によると、何でも彼等は現在は隔離施設で療養中なのだとか。


 そんな事もあって、少なくともこの国において目立った混乱は既に無い。


 その様子はまさに平和そのもの。

 先日までの出来事が嘘だったかのよう。


 けれどそれが勇達にとってはこれ以上に無いほど嬉しくて。


 彼等ほどにこの様な日常を心から望む者は今この時、きっと他に居ないだろう。

 いつもの様に学校に登校し、友人と出会い、授業を受け、帰り、遊ぶ。

 戦いとは無縁の、そんな一日を享受出来る事を。


 それを実感する事が出来たから。

 二人の歩みはいつもよりもずっとずっと軽快だった。






 二人の軽快な歩みは校舎まで続く。

 既にそこから不安は一切何も感じられない。


 先日のいじめの事もあったからと、勇はほんの少しちゃなの事が気掛かりだったけれど。

 別れ際には優しい微笑みを見せていたから、何も心配は無いだろうと思えてならなくて。

 それが相まって、教室へと向かう歩みは一層の軽快さを伴っていた。


 教室に辿り着けばクラスメイトとすれ違い、互いに元気な挨拶を交わす。

 去り行く彼等が微笑みを浮かべていたのは、勇のそんな姿が微笑ましかったからだろう。

 それほどまでにハッキリと周りからわかる様子だったから。


 彼の姿が妙に誇らしげで。




 それもそのはず。

 勇はウィガテ王との戦いで勝利を納められた事が何より嬉しかったのだ。

 強くなった事がこれまでに無いほど実感出来たから。


 思えばあれだけ動けたのが本人でも不思議でならなかった様で。

 ちゃなのサポートがあったとはいえ、殆どが無我夢中の事。

 それでも、逃げまくるウィガテ王を追い詰め続けた時の動きはまさに理想の形。


 かつてヴェイリとダッゾ王が見せた戦いにも劣らないとすら思える動きだったのだから。




 真偽はさておき、それが勇の自信にも繋がったのだろう。

 その事が自然と体や仕草に出てしまっていた様だ。

 いざ教室へと足を踏み入れれば、友人達から「おっ、今日なんかやけに明るいじゃん」などと返ってくる始末である。

 勇としてはそれも嬉しかったのか、「にしし」とした笑みで返していて。

 友人達も返し笑いを浮かべずにはいられない。


 それだけ浮つけば見慣れた教室も遊園地(ワンダーランド)の様な物で。

 意気揚々と席に着く勇の姿がそこにあった。




 だがその時、勇は気付く。

 そんな教室でたった一つだけ、何かが違うという事に。




 それは一つ席を挟んだ先に座る心輝の姿だ。

 いつもなら「オーッス!」などと言って向こうから近づいてくるのだが。

 今日はまるで勇と対局、別人になったかの様に静かで。

 頬杖を張りながら、勇から顔を背けていていたのである。

 

「シン、おはよう」


「おっす……」


 返す挨拶もどこか覇気を感じられない。

 勇の方へと振り向いても、じっと見つめて黙りこくったままだ。

 先日まではあれ程ハイテンションさを見せていたのにも拘らず。


「なんだよ、元気無いじゃんか」


 その様子は勇が心配を向ける程。

 何せ出会ってから今まで、そんな姿を見せた事は一度として無かったのだから。


 しかし返事は返らない。

 頬杖を解いた今でも、机の上で肘を組んでもたれ掛かり。

 浮かない表情でただただ勇を見つめ続けるのみ。


 それが勇にはどうにも耐えられなくて。

 堪らずこめかみを「ポリポリ」と掻き、途端に生まれた焦燥感を誤魔化す。


 勇にはそんな心輝の様子が怒っている様にも見えてならなくて。

 とはいえ思い当たる節は見当たらないが。


 せいぜい、昨日学校を黙って休んだ事くらいだろう。

 遊ぶ約束をほったらかした訳でもなければ、仲違いした訳でもない。

 そもそも一昨日以降から二人はやり取りしていない。


 でも話さなければ何もわからないままだ。

 

「昨日は色々あってさ、連絡しなくて悪かったな」


 そう思った時、自然とそう連ねていた。


 こんな気まずい雰囲気でも、今の勇が物怖じする事は無い。

 魔者との戦いを退ける事が出来た今、恐れる物は何も無いのだから。




 でもきっとそれは、勇が本当の『恐れ』を知らないからなのだろう。




 そんな一言を前に、たちまち心輝の目が細り。

 鋭い眼差しとなった瞳で勇を睨みつける。


「色々ってなんだよ」

「えっ?」


 それはまるで威嚇の様で。

 唸る様に低い声、突き刺す様な視線。 

 それだけではなく、仕草の全てが勇を追い詰めんとばかりに前のめり。


 心輝は明らかに怒っていたのだ。

 その証拠に、そう言い切った後の下唇が妙に吊り上がっていて。


 そんな頑なな態度が思わず勇の声を詰まらせる。 


「統也とか田中ちゃんの事といい、一昨日のお前の動きといいさ。 お前……何か隠してんだろ?」


 図星だった。

 全てバレているのではないか、そう思えてしまう程に。


 


 心輝はこういう時やたらと鼻が利く。

 昔からそうなのだ。

 何かの噂話を耳にしたり、心境を探り当てたり。


 元々大雑把な性格で感付いていないと思わせぶりな所があるのだろう。

 細かい所を気にしないからという事もあるのだろう。


 実はそれに気付いていて。

 得た話から色んな情報を探り当てて答えを導き出すのだ。

 池上の事を知っていたのもその一環に過ぎない。


 そんな情報も些細な事ならまだ馬鹿な事を言って誤魔化す事もあるだろう。


 でも今回は違ったのだ。

 勇が見せた行動は明らかに何かを隠していて。

 頑なに知らせたくない事だと悟らせてしまったから。


 そこから見えた不可解さが心輝を堪らなく不快にさせたのである。


 もっとも、勇の隠し方が下手なのも一因なのだが。




 二人のやり取りは明らかに周りの空気と異なっていて。

 次第にクラスメイト達もが異様な様子に気付いていく。

 それは片隅で友人達と話していた瀬玲も例外では無い。


 彼女は心輝の様子がおかしい事に元々気付いていたのだろう。

 途端に話を止めて、二人の下へと歩み出す。


 だが心輝の気持ちはそんな中でも留まる事を知らない。

 周囲に構う事無く、感情を更に過熱させていて。


「一昨日車に乗ってどっか行った後、お前に何か連絡した方がいいかと思ったけど、止めといたよ。 邪魔したらわりぃと思ってよ」


「シン……」


「でもお前、あの後何も言わなかったじゃねぇかよ。 何も教えてくれねぇじゃねぇかよ……!!」


「シン、ちょっと―――」


 その加熱度は想像以上で。

 瀬玲が堪らず駆け出し、焦る様にその手を伸ばす。


 でもそれが心輝の癪に触れたのだろう。

 途端、心輝の昂った怒り頂点に達し―――




バァーン!!




 ―――机を両手で叩かせていた。


 たちまち教室中に高らかな音が鳴り響き。

 瀬玲が、そしてクラスメイト達までもが驚きでその身を止める。


 それ程までの剣幕だったのだ。


「俺達親友かと思ってたよ。 俺に最初悩みを打ち明けてくれた時とかよ、すげえ嬉しかったのに……そう思ってたの俺だけなのかよ!?」


 溢れ出た怒りはもう留まる事を知らない。

 歯を食いしばり、顔を震えさせていて。


 そして涙目で。


 その怒りの根源は孤独感。

 だからこそ生まれたのは怒りだけではなかったのだ。


 心輝の睨みは未だ向けられたまま。

 返す言葉を失った勇が堪らず視線を外す。


 それもまた心輝にとっては腹立たしかったのだろう。


 机に叩き付けた両手が途端に握り締められて。

 彼の心に秘めた怒りをこれ程までと言わんばかりに体現する。


「もういいよ。 知った事かよ……ッ!!」


 最後はそう吐き捨てて顔を背け。

 再び頬杖を突いて頑なな態度を見せつける。

 僅かに鼻を啜る音も聞こえるが、それもまた彼の一つの感情の表れか。


 もはや入り込む余地も無い心輝を前に、勇も瀬玲もただただ押し黙るしか無く。

 

 


「お前らどうしたんだ? ホームルームを始めるぞ」




 そんな折、担任教師が教室内に姿を現した。


 タイミングが良かったのか悪かったのか、彼には心輝の怒号が届いていなかった様だ。

 「しん……」と静まり返った教室をしきりに見渡し、首を傾げさせていて。

 そこでクラスメイト達も我を取り戻した様で、急いで席へと戻っていく。


「勇、後で」


「うん……」


 たったそれだけを言い残したまま、瀬玲もまた同様にして。




 何もかも話せればこうもならなかったのだろう。

 でも真実を語る事は許されなくて、誤魔化せなくて。


 それで勇は何も返す事が出来なかったのだ。

 けれどそれが結果的に、火へ油を注ぐ事となってしまった。


 この時、勇の心境は複雑だっただろう。

 心輝の言いたい事がわからない訳ではなかったから。


 統也の事もちゃなの事も、そして先日の福留との事も。

 ほんの少し気を付けて、気を遣えばこうもこじれはしなかったかもしれない。


 もしメッセージで誤解させない様に返信していたら。

 もし再会した時に統也やちゃなの事を話せていたら。

 もし福留の事を軽く伝える事が出来ていたとしたら。


 そして今、それが出来なかった事を勇は後悔する。

 そのせいで心輝を怒らせてしまった事に罪悪感を感じてならなかったのだから。



 

 間も無く、事情を知らない教師によってホームルームが始められ。

 沈んだ雰囲気のまま、その日が始まりを迎える。




 こうして勇の日常を望む願いは無情にも朝から断たれた。

 あろう事か親友の心輝によって。


 しかし、どんなに後ろめたい想いに駆られようとも世界は動き続ける。

 勇の気持ちなど構う事は無く。


 例えこの後にどの様な苦悩が待ち続けていようとしても―――




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