~意思の返礼~
ウィガテ討伐を終えた勇達が次に向かうのはフェノーダラ城。
目的は当然、魔剣奪還成功の報告だ。
後日でも良いという話もあったのだが……
勇たっての願いともあり、戦いを終えた直後に足を運ぶ事になったのである。
時刻は昼過ぎ頃―――
栃木南部変容区域、フェノーダラ城。
灰色掛かった暗雲が空一面を覆う中を一機の青いヘリコプターが突き抜けていく。
そのまま城上へと差し掛かると、垂直降下で城門前へと着陸した。
多くの兵士達が突如現れた空飛ぶ鉄の塊に「おおっ!?」驚き慄く様子を見せる中、満を辞して勇達が降機を果たす。
勇の手に握られているのは当然【大地の楔】。
その姿を目撃した途端、兵士達が揃って「おおっ!!」という喜びにも近い驚きの声をも打ち上がっていて。
この反応からして、兵士達は皆フェノーダラ王から既に事情を聞いているのだろう。
勇達はそんな兵士達に迎え入れられ、堂々とした足取りで王の間へと向かうのだった。
◇◇◇
「―――さすがはフジサキユウ殿、見込んだだけの事はある」
間も無く、王の間。
フェノーダラ王や剣聖、エウリィ達に迎えられ、勇達が目的を達する時がやって来た。
とはいえ既に勇が持つ魔剣を目前に言いたい事は全て伝わった様で。
第一声がそれとあって、もはや語る事など何一つ無さそうだ。
勇としては「その一言を受けるには相応しくない」などと思っていた様だが。
「いえ、情けない話ですがかなり苦戦しました……」
虚勢を張れない勇らしい答えだ。
肩を寄せて縮こまる姿はどこか申し訳なさそうで。
俯かせた顔が更にその雰囲気を助長する。
その姿が隣に立つちゃなとそっくりで。
勇が自信を無くせばちゃなになるのではないか、そう思えてしまう程に。
しかしフェノーダラ王はと言えば相変わらずの勇の態度に笑いを上げていて。
福留を前でももはや構う事無く、その地の性格を前面に押し出していた。
「まぁそう言うな、君が動いたおかげで不安は拭えたのだ。 そこは誇っていい所だぞ?」
「はい、ありがとうございます!」
誠意を感じさせる受け答えに、フェノーダラ王も喜びを隠せない様子。
例え世界が違くとも、勇達とフェノーダラの人としての考え方は予想を超えて似通っている。
価値観や文化は違えど、未だ発展途上の勇が彼等から学べる事はまだまだ多そうだ。
「ところで王様、すみませんが少しお願いがあります」
「何かね?」
そんな勇からの切り返しに、突如としてフェノーダラ王の笑みが「フッ」と消え失せる。
それだけ今の勇の一言に重さが感じられたから。
フェノーダラ王が「言ってみせよ」と言わんばかりに手を差し出して見せ。
すると勇は頷いて見せ―――
突然、【大地の楔】を両掌に載せてフェノーダラ王へと掲げたのだった。
突然の事に、フェノーダラ王の眉がピクリと動く。
「王様の好意には感謝しています。 ですがやっぱり今の俺じゃ【大地の楔】は相応しくありません。 まだ力不足なんだって痛感しました」
「ほう……」
「きっと俺よりも相応しい魔剣使いが居ると思うから、これをお返ししたいんです。 受け取って頂けないでしょうか?」
これが勇の導き出した答え。
福留に魔剣を渡す事を拒否した時から考えていた事である。
だが決して【大地の楔】を受け取った事への責任を放棄したのではない。
勇はまだまだ成長過程。
ウィガテ王との戦いでも【エブレ】の力を全て引き出しているとは思えなかったから。
つまり、今の自分には【エブレ】で十分なのだと理解したのだ。
勇がこう踏み切ったのは、【大地の楔】を使わなくとも責任を成す事は出来る、そう確信したからである。
勇の発言はきっとフェノーダラ王も予想打にしていなかった事だろう。
魔剣の返納、それは彼等の持つ価値観から考えれば非常識極まりない事だったから。
それでもフェノーダラ王も悪い気はしなかった様だ。
口を紡いで顎を取り、思考を巡らせる。
そんな姿がどこか勇の心に寄っている気がして。
そう感じさせる程に柔らかさを纏っていたから。
「―――わかった、いいだろう。 大地の楔は我々が責任を以って預かるとしよう」
「預かる……?」
「そうだ。 いつか来るべき日が訪れた時、再び君の眼前にその刃を晒す事となると我々は信じている。 だからそれまで預かる事にしよう。 期待を胸に待ちながらね」
そう言い切ったフェノーダラ王は誇らしげで。
大きな笑窪を浮かべた笑顔がとても印象的だ。
隣に立つエウリィもまんざらではなく、澄んだ笑みを向けたまま手を振り応えていて。
そんな二人の姿を見れた事が勇には堪らなく―――喜ばしかったから。
「ありがとう……ございますッ!」
気付けば魔剣を両手に携えたまま、大きな礼を見せていた。
なんとなく事情を察した福留も微笑みを見せる。
誰に気付かれる事も無く、勇へと向けて。
「フジサキユウ様、【大地の楔】をお預かりします」
エウリィが勇の傍へと歩み寄り、掲げられた魔剣へとその手を伸ばし。
抜き身であろうと構う事無く、白の手袋に覆われた掌でそっと掬い上げる。
「フフッ、でもやはり期待通りみたいですね」
「え?」
そんな意味深な発言を残し、エウリィがウィンクを飛ばしながら踵を返す。
意図のわからない勇はと言えば、ただただ立ち尽くす事しか出来なかったが。
「だが敢えて言わせてもらおう。 その時は決して遠くない、私はそう思っているよ」
二人の贔屓に聞こえなくもない発言も、今の勇には心地良く。
照れ隠しの様に下げた頭を掻き毟る。
今の勇にはこれで良かったのだ。
大き過ぎる力も必要無い。
今の力で成せる事を成せばいい。
今はそれが叶うから。
そう、勇の心が呟いていて。
そしてそんな勇へと、剣聖が誰にもわからない程の小さな笑みを向けていた。
勇達が踵を返して帰路を行く。
そんな彼等の背中をフェノーダラ王とエウリィが微笑みで見送る中で。
いずれ訪れる「その時」を願い、待ち望みながら。
二人にはきっと最初から、そうなるとわかっていたのだろう。
勇が平然としながら【大地の楔】を直接、握ってやって来たその時から。




